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絵を描く黒猫  作者: よろず
一部
11/56

土曜 2

 ハンバーグ入れたタッパーとおにぎり持ってバイトに行く。

 冷蔵庫借りてハンバーグ入れて着替えてる所で、眠そうな祐介がきた。


「おはよ。」

「あぁ、おは。なんか秋、やる気満々?」


 確かに、オレは朝からやる気が満ちてる。早くバイト終わらせて、華に会いたい。


「なんか最近秋楽しそうだよな。」

「そっか?まぁ、楽しい。」


 祐介もロッカー開けて着替えだす。


「野良猫の手懐けは順調なん?」

「あー、まぁな。バイトの後、野良猫に餌やりに行く。」


 オレの答えに、祐介が噴き出した。失礼な奴だな。


「いや、わりぃ。昼休みの秋思い出して。」

「んだよ、それ?」

「自覚ねぇの?お前すっげぇ幸せそうな顔して餌付けしてんの。」


 いや、自覚はある。実際とんでもなく幸せだし。


「なぁんか、人って変わるもんだよな。あの秋がって感じ。」

「どのオレだよ。」


 茶化してみて、一年の時の自分を思い出す。

 寄ってくる女の子取っ替え引っ替えして、その癖、餌はやらない。餌やらない事を文句言ってきたら、バイバイ。くれる物を貰うだけ。そんな最低なオレ。


「でもさぁ、幸せなんだけど、前のオレのしっぺ返しが華にきてるかもしんねぇの。」

「昨日のお姫様抱っこ事件?」

「それだけじゃなくて、びしょ濡れ事件も。」


 変な名前だなって、心の中でちょっと笑う。


「あー、秋、王子様だかんなぁ。」

「王子ってなんだよ?馬鹿にしてんの?」


 眉間に皺を寄せたオレに、祐介は驚いた顔でこっちを見た。


「なに、秋知らねぇの?お前ファンクラブあんだぜ?」

「はぁ?」


 アイドルじゃあるまいし、訳わかんねぇ。


「おーい。そろそろ表でろー。」

「「はーい」」


 店長から声掛けられて、タイムカード押して表に向かう。


「ま、オレの方でも気を付けて見といてやるよ。」


 並んで歩きながら祐介がそんな事を言うから、こいつ良いやつだよなって、ちょっと感動した。




 今日も一日頑張って働いた!

 ハンバーガーたくさん作ってたから、油臭い体を拭いて制汗スプレーで誤魔化す。

 冷蔵庫からハンバーグ出して、休憩室のレンジでチンした。華の家には電子レンジすらない。


「それ、野良猫の餌?秋が作ったの?」

「まぁな。」


 帰り支度した祐介が聞いてくるから返事したら、驚いた後に呆れたように笑われた。

 なんなんだよ。


「なんつーか、まぁ、がんば。」

「おう。」


 明日祐介はバイトに来ないから、また月曜って挨拶して、オレは華の家に急ぐ。

 駅から学校通り越して約五分で華のマンション。オレの家はそのもっと先。

 自動ドア横のインターホン押して、また無言開錠。エレベーターで上がって、華の家のインターホン押す。

 出てきた華は、絵の具だらけで寝起きだった。もう夕方なのに、昼寝か?

 華は無言で奥に引っ込むから、オレもそれについて行く。ドア開けた広い部屋では、でっかい絵が完成してた。

 それは、一本の木と、泣きたくなるような空の絵。幻想的で綺麗なのに、色使いが、なんか寂しくなる。

 これが華に見えてる世界なら、華は、寂しい、寂しいって、言ってる気がした。


「秋?」


 また泣いてるオレを、華が不思議そうに見上げてる。顔は絵の具だらけで髪もボサボサ。もしかしたら、昨日帰ってからずっと、この絵を描いてたのかも。


「華、お腹空いた?」


 頷いた華を床に座らせて、ちょっと冷めたハンバーグとおにぎりを出す。


「これは、既製品です。」


 あからさまに手作り感出たタッパーだけど、華に暗示を掛ける。そんなオレを華はじっと見てた。


「美味しい?」


 ピーマン入りのハンバーグを、華はゆっくり噛んで飲み込んだ。また口を開けたから、多分気に入ったんだ。


「おにぎりもあるよ。」


 三回ハンバーグを口に運んで、今度はおにぎりに海苔を巻く。梅干しの身を解して混ぜ込んだおにぎり。口元に差し出したら、華が警戒するみたいに匂いを嗅いで、そっぽを向いた。マジで猫みたい。


「梅干し、嫌い?」

「すっぱいの嫌い。」

「そっか。じゃあこっちにしよう。」


 もう一個は、昨日気に入ってたっぽい鮭と胡麻のおにぎり。

 これはまた、オレの手首掴みながら一生懸命頬張ってた。


「ごちそうさまでした。」


 満足そうにお腹をさすって、華は満腹を示す。ほんと、少食だな。

 残ったのは、置いて行ったらちゃんと食べるかなって考えてたら、華が箸を持って、ハンバーグに突き刺した。それをそのままオレの口に持ってくるから、でっかい塊をオレは一口で食った。

 グーで箸を握ったまま、華はオレをじっと見てる。オレが飲み込んだら、次は華が拒否した梅のおにぎりを取ろうとするから、止めた。


「手、絵の具だらけ。」


 不思議そうにした華が、自分の手を見て納得したみたいだ。立ち上がって、台所で手を洗ってる。戻ってきた華の手からポタポタ水が垂れてるから、オレの鞄からタオルを出して拭いてやった。

 綺麗になった手で、また梅のおにぎりを掴んで差し出してくる。

 これは…もしかして、華は自分がやられて嬉しいことを返してきてるのか?

 なんとなくそんな気がして、オレは黙って華の手からおにぎりを食う。華は自分で食うのも下手だけど、人に食べさせんのも下手くそで笑えた。


 飯食い終わったら、華を風呂場に押し込んだ。今回は、事前に着替えも持たせた。自分の理性と戦うのはごめんだ。

 オレはその間に、台所掃除をする。これが終わったら、いたる所の埃を撲滅するつもりだ。

 コンロの埃を落としてたら華がびしゃびしゃの髪で戻って来たから、掃除を中断して奪ったタオルで華の髪を拭く。


「その服、華の?」


 また華はサイズがあってないズボンとシャツを着てる。しかも男物だ。


「華?華、華、華、華?」


 華が無言のままだから、この前発見した名前連呼で答えを促してみたら、答えた。


「パパの。」

「パパ?パパは、どこにいんの?」

「………日本にいない。」


 ちょっと答えが怖かったけど、予想してたのとは違った答えで安心した。海外で仕事をしてる親なのか?でもこんな生活力のない娘を一人にしてるなんて、どんな親なんだろ?


「ママもパパと一緒に海外にいんの?」

「ママはお空。」


 あー、なるほど、わかった。

 それ以上突っ込んで聞いて良いのか、躊躇う。悩みながら華の手を引いて、洗面所でドライヤーで髪を乾かしてやる。


「ママは、いつお空に行ったの?」


 もういっそ、とことん突っ込む決心をして、乾いた髪を梳かしながら聞く。

 華は、鏡越しにじっと、オレを見た。


「産んだ時。」

「……パパとは、一緒に住まないの?」


 華は、目を閉じた。

 そのまま無言が続いて、今オレが許されるのは、ここまでなんだって思った。


「華、好き。大好き。オレは、華が大好きだよ。」


 梳かしてサラサラになった頭を後ろから抱き締めて、またオレは、ちょっとだけ泣いた。

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