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こぞう探偵の憂鬱

 いつもの空。

 青と白。

 陰になった白の、灰色。

 雨はしばらく降らない。

 けれど雨不足なんていう話は聞かない。

 僕が探偵になったのは、言ってみればその格好良さにあこがれたから。

 でも僕はあまり格好良くない。

 探偵らしくないんだもの。

 事件もないし、あっても解決できない。『こぞう探偵』の副業ランキングは低下中だ。

 一ヶ月ほど前短い距離の引越しをしてから、探偵らしいことは何もしていない。

目下基本のラブリーこぞさん、ままのためぞぞう団の一団員といったところ。別にそれが嫌なわけじゃないから始末に悪い。

 ああ、事件は遠いなあ。

 と、思っていた矢先にねずさんがいなくなった。


 引っ越したとき、荷物の整理がつく前にままのCD用の棚を占領したぞぞう団はそこをぞぞうマンションと名づけた。

 マンションの真ん中、写真立てにままの写真、囲むようにぞぞう団。

 ねずさんはままの写真の隣にいた。

 昨日の夜までは。

 今朝、部屋が明るくなると下にいるはずのねずさんがいないことにマンモさんが気づいた。

「あっれえ?」

 はじめはそんな感じで。

 ぞうたちが時々好んでやるかくれんぼかとみんな思った。僕たちは小さいからいろんなところに隠れられる。

 見つからなくて、降参と大声で言っても、けれどねずさんは出てこなかった。

「……?」

 つかいさんのいたずらでもなかった。

 不安の色を帯びた空気が流れ、不吉な予感はしかし頭を振って消した。

「こぞう探偵……」

 みんなが僕を見ていた。

 こぞうにだってわからない。けれど僕は探偵だった。


 夜そこにいた。

 朝、そこにいなかった。そして今もいない。

 みんなの証言は一致していた。

 わかっているのはそれだけだった。

 ねずさんのいた場所を、その周りを、警察のようにくまなく調べる。何もわからない今、できることは他になかった。全然格好良い探偵じゃない。

 地道に調べるこぞう探偵の視界の隅でちょろちょろと何かうるさいものがいた。

 こぞうパンチ。

 ぎゃ。虫だった。ノミだった。うわ。

 止めを刺す。

 ……ノミ?

 そして一本の獣毛を見つける。

 かたりと天井裏で何かが動く音がした。

「……」

 天井裏に行ってみなくてはと僕は思った。


 ままにビニール袋に入れてもらい防塵は完了。

 いざ突撃。

「こぞうさん、一人で大丈夫?」

 ぞぞうさんが心配して声をかける。

「うん。それじゃあ」

 本当は一人で行かないほうが良いと思う。誰かに一緒に行ってもらったほうが安全は増すし、何かに対処する手段も増える。もちろんねずさんのためにもそうすべきなのだ。

 なのだが僕は一人で行くことにした。

 探偵モードのこぞうは他者と距離を開けようとする。こぞう探偵にとってこのバランスは不可欠だった。

 天袋の板を持ち上げ、屋根裏を見る。湿りよどんだ空気が、ひんやりとした風が降りてくる。天井裏に上がり板を戻すとほぼ暗闇。

LEDライトであたりを照らし、不振な物音の原因を探す。

 まだ何も見えない。

 左手のライトで周囲を確認しつつ、右手の指貫と針を確かめる。こぞう探偵が持ち込んだ唯一の武器だ。

 ねずさんの失踪とかかわりがあるかどうかわからないが、ここには何かいる。ビニール袋の中にもじんわりと外の空気が入り込んでくる。それが、臭う。よどんでいるだけじゃなく、排泄物の臭い。そう思った。

「糞だ」

 そして歯型。

 そして光る目。

 ビニール袋が引き裂かれた。

 走り過ぎる足音。

 去った方向に光を向ける。

 目が六つ。三匹以上だ。

「奴の仲間だな」

「そうだよ」

「ここは俺たちの場所だ」

「君たちのレベルではそうなんだろうけど」

 人間はそれを認めないだろう。

 彼らは害獣だ。

 もっと小さなものは害虫で、さらに小さなものは病原菌、ウイルス。

「それを決めるのは力のあるものだよ」

 少し憐憫を覚えた。

 個としてみればすでに目撃され、存在を知られた彼らに勝ち目はない。ここから去るか、殺されるかだ。種として見たときは人とネズミ、どちらが長生きだろう。

 どちらでも良いか。

「じゃあ、お前たちは何だ。ぞぞう団?なんだそれは」

「ぬいぐるみさ」

「わからないな。人間に飼いならされて人間と一緒にやってきたのか?」

「人とともにあるもの、それがぬいぐるみなんだ」

「あいつもか。あいつはネズミじゃないんだな」

「ネズミに見えた?ねずぞうって言うんだ。似てるから」

「ネズミにしては不細工だ」

「言っておくよ」

「さて、どうするか……」

「君たちが決めることだよ」

 沈黙が続いた。

 人間の怖さを知っているのだろう。だから決めかねている。

「あんたは弱そうだ」

 ビニール袋をまとったネズミと同サイズのぬいぐるみ。そう見えたのだろう。

「うさを晴らす?」

「……」

 リーダーと思われるその一匹以外は口を利かない。やり取りを見守っている様子だ。

 短い呼気とともに走り出したネズミは直線で向かってきた。

 速い。

 とっさにからだを左手でかばった。

 鋭い歯が左腕に食い込み、力任せに引きずられた。

 床を転がされ、あたりにほこりが舞う。

 引き回されて視界がめまぐるしく変わる。

 僕は長い針を構え、思い切り、自分の左腕を突き刺した。

 僕から見てただ一つ動かない目標。腕に食らいついた先の口中。高い鳴き声がして、放り投げられた。ごろごろと天井の板の上を転がる。

「今、何をした?」

 ネズミはそれほど大きな傷を負ったようではなかった。

 僕はネズミに左腕を見せつけた。

「針で刺した」

 腕の真ん中から針が3~4cm飛び出ている。

「僕の全身、どこからでもこいつは飛び出るよ。それがぬいぐるみさ」

「あいつはそんなもの出さなかった」

「ああ、ねずさんか。うん、彼は針は出さない。彼の特技は大声を出すことだから――ねずさん!」

 声の届くところにいるだろうか。

「こぞうだ。助けに来たんだ。どこにいる?君の得意の大声を出すんだ。僕が行くまで鳴きつづけろ!」

 返事がない。

「ねずさん!」

 ここにはいないのか?

 ……パ、パオーン、パオーン。

 パオーン。

 パオーン、パオーン、パオーン!

 ナイスだ、ねずさん。

 ねずさんの声は大きい。

 パオーン、パオーン、パオーン!

 ネズミたちが落ち着かなくなっている。

「やってられねえ」

 目配せして、ネズミたちは駆け出した。

 さて、ねずさんを助けに行こう。

 声のするほうへ、ライトを照らしながら近づき、角材の切れ端で身動きを封じられていたねずさんを見つけたのはすぐのことだった。

「こぞうさーん」

「うん、今回は結構ハードボイルドだったかも」

 ねずさんを救出し、再び天袋を通って僕たちは帰った。

「やったあ」

「ばんざい、こぞう探偵」

「ねずさん良かったねー」

 みんなの声は暖かかった。

 しかし姿は遠い。

 近づくと、引く。

「こぞうちゃん、動いちゃだめ」

 ままだった。

「ねずさんと二人、お風呂に入らなきゃ」

 確かに防塵のビニール袋は途中で破け、ねずさんはもとから裸だった。

 肩をすくめて見せる。

「こぞうちゃん、動かない!」

 ……これが報酬かい?


 ままに洗われながらねずさんから聞いた話はこうだった。

 物音に目を覚ましてぞぞうマンションを出たねずさんは、どこからか部屋の中へ這い出してきたネズミとばったり出会った。

 とたん噛みつかれ、押さえつけられた。びっくりして声も出なかった。

 もう一つの押入れの点袋から天井裏に連れ込まれ、尋問された。

 どこから来た。

 なぜ来た。

 人間がいるが、いつ出ていく。

 お前は、何者だ。

 聞けばはじめは同族と思われたようで、縄張りを主張された。

 けれどどうにもあつかいにもてあまされはじめていたらしい。

 そこへこぞう探偵参上。

 ねずさんは何度もありがとうと言った。

 三度お湯を換えて洗われるねずさんと僕。

 ようやくすぐに茶色く濁るお湯の色が薄くなってきた。

 お風呂はともかく探偵は悪くない、そう思った。


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