08
ここから、解説に入っていきます、かね?
「あけていいぞ、目」
浮いているのか沈んでいるのか分からない、気持ち悪い感覚が収まって数秒後、宙さんの声がもう一度聞こえて、僕はゆっくりと目を開けた。
そして目を疑った。
さっきまで僕の部屋にぎゅうぎゅうでいたのに、今度はだだっぴろい空間に移動していた。
「移動するって言ってただろ」
僕がぽかんとしていたら、宙さんがそっけなく言った。
確かにさっき、そんなことを聞いたような……何しろあの時状況で、正直覚えていない。
なんとか頭をひねっていたら、僕から離れてすたこらと向こうに歩いていく宙さん。
僕もついて行こうと立ち上がったら、
「お前はいい。そこで待ってろ」
背中を向けられたまま断られた。
僕の隣で佐藤さんが元気良く返事をする。
「はーいっ。ここで待ってまーす」
「いやお前は来い」
今度はこちらを振り返って、佐藤さんに突っ込む。
ぶぅとむくれながら佐藤さんが宙さんの後をついて行って、僕が一人取り残されて、……いや、違った。僕は足元に目をやった。
塚原さんはまだ寝ていた。いや、寝かされていた、か。彼女の顔はまだ紙で覆われていた。
この紙に書かれた文字はなんなんだろう、再びしゃがみこんでそっと紙に触れてみる。
−−触った感じはただの紙だな。
今度は紙の端ではなく、真ん中の文字の方まで指を進ませる。
「それにはむやみに触れないほうがいいよ。一般人が触ると危ないからね」
唐突に後ろから咎める声が聞こえてきて、ぎくっとして思わず背筋を伸ばす。
恐る恐る振り返ると、そこにはニコニコと手を振っている三つ編みの女性。
「えーと、山本さん? でしたっけ」
「ん。久しぶりー」
星海学園の図書館の司書、山本さんだった。
なぜここにこんな人がいるのだろうか。ひょっとして、ここは学校?
「とりあえず、君はこっち。塚原さんはそこに置いといていいから、とりあえず話は外で」
親指で後ろを指差すと、そのまま僕に背を向けてスタスタと歩いていく山本さん。見るとその先にはドアがあった。体育館で見るような、大きな両開きのドアだ。
改めてこのだだっぴろい空間を見回してみる。
天井は高い。二階に当たる部分には下を見下ろせる観客席のようなものがある。ここは体育館かなにかだろうか。
「はやくー」
もうすっかりドアのところに着いてしまった山本さんに気づいて、僕も急いでその場を離れる。
◇◆◇
「えぇと……」
山本さんの後を追ってドアを抜けると、今度はさっきまでの広い空間とは違って割と狭いの部屋に出た。いや、さっきが広かったせいでその反対で狭く感じるのか。
細長い部屋には壁沿いや真ん中にベンチがいくつか置かれ、そのうち一番奥のベンチに、山本さんは座っていた。
「こっちこっち」
ちょいちょいと手招きして、僕に来るように促している。
山本さんが座っているベンチのところまで進んでいって、とりあえず近くにあったベンチに座る。
「さてっと、君にはいろいろと話さなければならない事があるな」
足を組見ながらニヤリと口角を上げる山本さん。
「はじめに謝っておかなくては。今回の私達の作戦で君を囮として扱った、悪かったな」
「はぁ」
なんとなく巻き込まれている感じはあったけど、ここまであっさりと言い切られると何も言えなくなる。
とりあえず、僕も聞きたいことを聞くか。
「どこからですか」
「……どこって?」
「うーんと、その作戦っていうのは、どこから始まってたんですか」
「それを今から話すのさ」
ニヤリと笑顔を見せると、山本さんは話を始めた。
「あの女の子について、宙から何を聞いている?」
女の子って、塚原さんの事かな。たしか、何かの宗教に入っていたかなんかだったかな。
「今回の作戦の最終目的は塚原さんを操っていた人の捕獲、そして塚原さん本人の保護ね。あとは、新入り君に私たち『曖昧の書庫』の活動見学ってやつをね」
だってこういう事は口で説明する前に実際に見た方が分かりやすいでしょ、と言ってニコリと笑う山本さん。
ま……まぁ、きっとそうなんだろうな。
「で、ここからは私の解説ね」
そう言って組んでいた足を組み替える。
「今日、昼休みの事を覚えているかい?」
解説って言ったのにいきなり質問されたよ。えーと、昼休み?
しかし考え始めて、一つ大事な事を聞かないといけないことが分かった。
「あ、あの、今っていつなんですか?」
「ん? あぁ、なるほどね」
アッハハと声をあげて笑う山本さん。いやいや笑い事じゃないって。
女の子に襲われかけたり殴られたり、いろいろな事がありすぎた上にほとんど外を見ていない。おかげで時間の感覚が全くなくなっている。
「まだ一日は過ぎてないよ。お昼休みに階段のところで女の子にぶつかったのも、午後の授業で蒼からまっすぐ帰るように指示をもらったのも。家の前で昼にあった女のの子に待ち伏せされてたのもみんな今日の出来事だよ」
ニヤリと口角を上げたまま、スラスラと答えてくれる。なるほどな、本当にいろいろあったな……いや、ちょっと待てよ。
確かに今山本さんが言ってたのは今日僕が遭遇した出来事だ。それを山本さんが言う……て事は?
「……なんで全部知ってるんですか?」
「いやーやっぱり察しがいいねー」
関心関心と一人で頷く山本さん。さっきからさっぱり僕の質問に答えてくれないが、もうなんだかどうでもよくなってきた、この人の話を聞くことがまずは大事だと思う。
「私たちの中だけでなく、君の存在は星ノ本も真海も注目しているのだよ。なぜか分かるかい?」
さぁねぇ、もうなんだか分からないや。
ぼけっとしている僕に、山本さんは話を進める。
「現在対立している両家から見て、中立の立場をとる私たちは厄介な存在でね。そんな私たちが、初めて部外者に接触したんだからそりゃあ注目するよね。家の者も、家の者に近づきたい者もね」
部外者と言いながらニヤリと僕の方を見据える。つまり僕は部外者って事なのか。
いや、そうだろうな。だって僕は星ノ本の人間でもなければ真海の人間でもない。安倍清明だって、山本さん達にとっては大事なご先祖様なんだろうけども、僕にとっては本で見るような陰陽師でしかない。
やっぱり、蒼さんや宙さんにとって僕は部外者的な存在なのだろうな。
「さて、ここからは本格的に話すよ。一気に話すから、どうぞご静聴ってね」
◇◆◇
今回の目的は大まかに言うと、星ノ本信者の過激派集団の確認と確保。
昨日の午後、図書館の五階の奥にある曖昧の書庫に京を招き入れた時から、学校の敷地外で不穏な気配を察知。
宙に京を校門まで見送らせた後、そのまま宙に京が家まで帰る後を付けてもらった。
その後帰ってきた彼から、宙ともう一人京を付けていた女生徒がいたと報告を受ける。
図書館司書長の権限で学校の生徒一覧を一通りさらってみても、怪しい生徒は載っていなかった。
そこで、外部の信者集団が生徒の中に入り込んで京の動きを探っている可能性を認識。
目的の追加。星ノ本信者集団の操作を受けている生徒の保護と操作している者の精神の捕獲。
そこまで言ったところで、それまで静かに聞いてくれていた京が聞き返してきた。
「……精神の捕獲、ですか」
あぁそっか。そこの説明もしてやらないといけないのか。
「私達が小さい時からそれぞれの家で叩きつけられてきた考え方だよ。精神と肉体、つまり人間の体と人間の精神はそれぞれ独立していて、その二つが繋がって初めて『人』というものになるってね。ほら、よく神事とかで人間の体に神を宿してお告げを……とかあるでしょ」
「はぁ……」
「人間の体に犬の精神が入っていたり、猫の体に人間の精神が入り込んでても成り立つってこと」
「え」
まぁ、例えでふざけるのはやめよう。この子の反応は面白いけど。
話を戻す。
次の日、朝から『曖昧の書庫』のメンバー交代で京の周りの動きを監視する。
昼休みに、京に直接接触する女子生徒を確認。
「ほら、階段のところでぶつかったでしょ〜」
「え……あれですか」
ニヤリとしながら京を見てやると、昼休みのラッキースケベ一歩手前を思い出したのかうんざりしたように目線を反らす。
うんうん。面白い反応だねぇ。思わず喉の奥でクスリと笑ってしまう。
華の高校生。入学早々、階段の所で女子にぶつかるなんていうラノベ的イベントを経験するなんてね。さすがってところだろうか。
「そうそう。あれ、彼女わざとあんたを待ってたのよ」
いやぁ好かれてるねぇ、と軽くからかってケラケラと笑う。
「わざとぶつかるために、ですか?」
……ほうほう、この子はやっぱり面白いね。それとも普通の立場のに人はそこに目がつくのか。
「わざとぶつかるというか、わざと接触するためね」
目的はあくまで、今まで遠目から見てきた京と至近距離または直接触れる事で、接触できるならば例えば持っていた本を渡したり、ただ会話するだけでもいい。私達がそれを確認するのは向こうも分かってるから。
「それで……『曖昧のなんとか』でしたっけ? の皆さんに反応を見るってことですか」
そういう事。そこらへんの流れはありがちだし、ラノベで学んだのかな。
彼女の京への接触を確認して、私たちも動き始める。
まずは昼休みに京とぶつかった女子生徒の特定。一年五組の塚原美愛と判明。
塚原を無傷の状態で、なおかつ彼女を操作している星ノ本信者の精神を彼女の中に留めたまま保護・捕獲する必要がある。
そのための最速かつ最も被害を出さない計画を立てる。
それに併せて、計画に最適かつ必要最小限の人を選ぶ。
精神を体内に留めておく術を塚原(と彼女の中の人)に気付かれぬように遠距離からぶつける、という手段を立てる。
その実行役として、佐藤と鈴木を選ぶ。
「佐藤は星ノ本の人で……普段はちゃらんぽらんというか、色々とテキトーな子だけど、札を使う術に長けてるからね。鈴木は真海の人で、銃の扱いが上手いうえにすばしっこい」
「なるほど、佐藤さんのは、分かります……」
どうやら佐藤の奔放さはもう見たらしい。あいつは奔放というか、緊張感が無いというか。
この二人の存在をできるだけ、確実に気付かれないために、計画のチーフ的な役割としてあえて宙を使う。
「あえて宙さんを……ですか」
「そうだね。星ノ本の信者が一番会いたいのは宙と蒼の二人なんだよね。だから、わざと目の前にさし出してあげればホイホイというわけね」
少し長く話してしまったかな。
一旦息を吐き、今まで前のめりになっていた背を背もたれに預けながら目線を空に向ける。
◇◆◇
遡って、その日の昼。
午前の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った時、ちょうど図書館の司書室で書類を書いていた。
返却期限が過ぎたというのに返しに来ない生徒どもをリストにあげ、それを学校の教員室に渡して校内の掲示板に貼り出してもらう。
後は本人に直接督促状を出して「はよ返さんかいこのボケ」的なことを知らせたりもする。まぁそこまでする前に大体返してくれるが。この学校の図書館の司書長は怖いと評判だからね。
「あららーお仕事熱心だねぇ、鈴木さん」
噂をすれば、だ。後ろから声をかけられて振り向けば、親しみやすいけど実は怖いと生徒から評判の司書長様がマグカップを片手に立っていた。
「あぁ、山本さんよ。本当ならどこぞの誰かがマグカップ片手にやってくれるんだろうけどねぇ」
「本当にねー、代わりにやってくれてありがとね。助かるよ」
イヤミというほどでもないが、うんざりした声で言い返してやると、この仕事を丸々私に押し付けた本人は爽やかな笑顔でマグカップの中身をズズーと啜る。
「それよりも、はいこれ」
それどころか、また紙を差し出してくる。もう、面倒な仕事押し付けんなよ!
心の中で盛大に抗議しながらも指先でつまむように紙を受け取って目を通す。
司書業務の押し付けではなかった。しかし、だからいいというわけではない。むしろもっと面倒臭い類の仕事だった。
「……これをやれと」
「うん、さっき報告があって、川島くんに接触する人がいたからさ」
「早いね」
あの子を連れて行って、もう動き出すのか。星ノ本を慕うってのも大変だなぁ。
山本から受け取った紙は、昨日の夜から少し前まで起こったことの報告と、これから行う作戦の計画だった。
「もう名前も割り出したのか」
「塚原さんのこと?」
それ以外に割り出す必要のある人がいるか。
昨日の今日でもう川島を囮に使うのか。随分急ぐんだな。
そして残念なことにもう一つ、ため息を何個ついても足りないほど頭を抱えたくなる事がある。
「これはどうにかならないのか」
「それは無理だね。このメンバーが最適だからね」
私なりの必死の抵抗もバッサリと山本に切り捨てられるそれは、今回の作戦のメンバーだ。
塚原をおびき寄せるための囮の川島、彼女の注意を引きつけるための囮の宙。遠距離から術を確実に当てるための私。そこまでは納得しよう。問題なのは要である術師があいつだという事だ。
正直、いつまでも無駄に呑気にしているコイツのことは苦手なのだ。
「いつものでいいか?」
仕方なく、ため息まじりに話を進める。
「あぁ。いつもので頼むよ」
事実上の理解と了承だと分かった山本さんんは、じゃよろしくーと手を振って司書室から出て行った。
どっこいしょっと椅子に再び座りなおす。
椅子の向きを変えて、机に向き直る。
山本から受け取った紙をしばらく読み直して、机の上の隅にあったシュレッダーの中に突っ込む。隠滅ってやつだ。
さっきまで作業していたパソコンを閉じて、今日の司書業務を終わらせる。
さぁてと。ここからは、曖昧の書庫としての仕事だ。




