07
「昨日だっけな、あの部屋で話した事覚えているか? 俺たちの家の成り立ちっつー感じのところだ」
あぐらをかいたまま話しを始めた宙さんに目線を合わせようとして、僕もとりあえず腰をおろす。雰囲気的に正座……しようとしたけど、足が耐えられるか自信がないのであぐらにしておく。失礼ならご免なさい、宙さん。
「えーと、安倍晴明の分家とか言ってたやつですか」
「細かいところは違うが、そんなところだ。俺たちは安倍の子孫、土御門家の分家といったところだ」
ま、ここまでは昨日の話だな。と宙さんは言って、話を続ける。
「昨日も軽く話に出てきたが、昔から明治の初期ぐらいまで日本には『陰陽寮』てのがあってな。土御門家は長い間それの統括を任されてきた」
陰陽寮……あぁ、たしかに昨日そんなこと聞いてたな。
「陰陽寮ってのはな、今の時代でいうと陰陽庁−−いや、陰陽省というべきかな、まぁ、それなりな政府機関に相当する組織だったんだ」
今の世にはあんま必要無いもんだけどな、と軽く笑う宙さん。
「明治に入ってその陰陽寮は無くなった。さて、えーとなんだっけお前?」
「川島です」
「あぁそうだったな」
忘れられてたよ僕の名前。いいよ、別に。イラッとなんか、してないから。
「江戸から明治にかけて日本中で起きた、懸命に西洋に追いつこうとした文化の移り変わりのことを漢字四文字でなんと言うか」
え、いきなりの問いかけか。
「えーと、文明開化とか、明治維新とかですか?」
「まぁ正解だ。……だが、俺たちは文明開化だなんて言わねぇ」
正解とは言ったが、宙さんはなにやら浮かない顔だった。文明開化と僕が言った時に軽く眉をひそめていたのは僕でも見えた。
「文明開化っつうのはな、ぶっちゃけて言えば西洋から持ち込まれた文化を良しとし、とにかく何でもかんでも西洋にとって変えようとした事だ。逆を考えてみろ。今まで重んじられてきた古き時代からの文化は完全否定だ。陰陽術や暦もまた然り。暦や古代からのしきたりなどを主に司ってきた陰陽寮は、そんな時代の流れには邪魔としか思われない。それなりに抵抗はしたが、あっさりともみ消されたのさ」
そう言われてみれば、宙さんの言ってることには思い当たる事がある。明治初期、たくさんの貴重な仏像や日本画が不要とされ、ただも同然で海外に流出して後々問題になったと、何かで読んだのを思い出す。
文明開化といっても、日本文化を西洋文化にすり替えようとした、それだけの事なのだろう。
「日本の表舞台から陰陽の言葉が無くなって、長い長い時間が経った。その間俺たち土御門の分家である星ノ本、真海の家の者たちは静かに生きてきたつもりだったんだ」
部屋には宙さんの声が静かに響く。佐藤さんはちゃっかり僕の机のところに移動して、椅子に座って、部屋の中を目で見回している。
僕としてはそんな彼女になんとも突っ込みたくてしょうがないんだが、今は宙さんの話を聞いているし、佐藤さんも意外と話に聞き入っている感じがしたので、とりあえず宙さんの話に戻っていく。
「真海の者は良かったんだよ。家そのものが隠れて生きてきたし、そもそも本名で生活している奴なんかいねぇし」
それはそれで面倒そうなんだが。
「俺たち星ノ本は確かに隠れてはきたが、安倍から土御門と続いてきた陰陽を絶やさないようにってのと、俺たち自身が生きていくために、陰陽術を人前で使っていかなくてはならなかった。占いとかいってな。−−昨日のお茶くみのヤツ、覚えてるか?」
昨日か、なんだかとてつもない過去のような気もするが、大丈夫、覚えてはいる。
あの授業中でも平気でカップをすすっているような人は、いくらなんでも覚えている。
「えっと、蒼さんでしたか? 今日の三限の時、授業が一緒でした」
「あぁそうだったな、今回お前に指示を伝えてたもんな」
僕がこたえると、宙さんはそういえばといった顔で返した。
あの時、授業中の教室の後ろで、蒼さんの紅茶を飲みながら受けた指示のおかげで、僕はいま自宅でとんでもない目にあっているのだからな。まったく。
「あいつ、数年前から民放のテレビ番組の占いコーナーに出てるんだが、それがたいそうな人気でさ。星ノ本の名が少しずつ世に出てくるようになったんだ。そうしてどこから仕入れたのかそれが土御門の血を引くものと知った途端出てきたのが『星ノ本信者』だ。ま、呼び方はいろいろあるがな」
−−それがさっき言ってた『宗教団体』ってやつか。
「もともと、陰陽寮と土御門の復活と称して裏でガサゴソしてる奴らはいたんだが、その土御門の血を引く者がいるって分かると、今度は俺たち星ノ本をわっしょいと祭り上げようとする団体になりやがったんだ。星ノ本様の元に陰陽寮の再興をーとか言ってたかな」
どっこいと呻きながら膝を床について立ち上がると、塚原さんが寝かされている(僕の)ベットのとこまで歩いていき、彼女の顔に被せられている紙を右手で軽く触る。
塚原さんの顔を覆っている紙に書かれている、字とも絵ともいえない不思議な文様を音もなく指でなぞる宙さん。
この先続ける言葉に迷っているのだろうか。
僕をもそうだが佐藤さんも、銃をそばに置いて窓の外に目をやっている女の人も、宙さんの話に割って声をあげようとはしない。部屋にしばしの静寂が訪れる。
やがて意を決したように、宙さんは口を開いた。
◇◆◇
「今、こいつの中には二人分の精神が入り込んでいる」
ベットに目線を落としたまま、宙はなんとか話の続きを絞り出した。
いきなりそんな話に飛ばして、この手の話には素人の一般人がついてこれる訳ないだろうに。
まぁ仕方がないだろう。私でもこの状況を素人に説明しろと言われたら、無理だろうなぁ。私も口は下手な方だしな。
近くに置いた愛機を指でなでながら、再び窓の外の様子に目をやる。
「まずは、この塚原本人の精神。もう一人、入り込んでいる人がいるんだが、どうやらそいつがその信者なんだそうだ」
宙の説明力はそこまでだったようで、面倒くさそうに頭をわしゃわしゃと掻きむしった。
窓の外はまだ変化無いし、部屋の机を我が物顔で陣取っている佐藤の方も特に何も感じてなさそう。
まだ時間はあるだろう。さて、どうやって時間を潰したもんかね。少しぐらい助け舟くらい出してやるかと、そう考えていると、さっきまで部屋の真ん中にあぐらをかいて座り込んでいた川島君が、恐る恐る口を開いた。
「えーっと、つまり……。この人の中に、別の人が乗り込んで操っているってことでいいんですか?」
思わず私は彼に視線を落とした。
−−なんだ、一般人のわりに理解力あるじゃん。山本さんの言う通り、たくさんの本を読み漁ってきただけのことはあるようだ。
宙も説明したかった事が伝わってホッとしたのか、声が明るくなった。
「そ、そういう事なんだ。そうそう、そういう事だ」
さて、そこで一旦説明は終了。この先を話すとなると、いよいよ星ノ本が使う術の説明になるから、さすがにここは場所が悪い。
「ん?」
急に窓の外に気配を感じ、窓の外を軽く睨みつける。
ベランダの柵に一羽のカラス。目の色を確認する。
どっこいしょ。息を吐きながら立ち上がって、窓のカーテンを閉める。
そのまま部屋を回ってもう一箇所、佐藤がいる机のところのカーテンも私が閉める。
隣の部屋に行こうとしたところで、ずっと座り込んでいた川島君が私に声をかける。
「あの、手伝いましょうか。ここ、僕の家だし」
「結構です。そこでみんなと待っていて下さい。」
彼の申し出を即答で切り捨て、そのままこの家中の窓とカーテンを閉める。玄関の鍵もかかっているか確認する。
みんながいる部屋に戻ってくると、宙が軽く私に視線を投げかけた。
「そろそろか」
「さっき、ようやく私の動きに気づき始めた。移動を開始しましょう」
宙が声を低くして一言聞き、私もそれに手短に答える。
今まで止まっていたかのような時間が、いきなり動き出した。そんな感じを抱くぐらい、みんな一斉に行動を開始した。
宙はベットに寝かせていた塚原さんの体をそっと持ち上げ、部屋の真ん中の床に移動させた。
佐藤はその周りに札を置いていく。その目は真剣そのものだが、小さく歌っている鼻歌が緊張感を台無しにしている。
部屋の隅に追いやられた川島君は、案の定オロオロしていた。やることが分からない上に、自分の家を勝手にいじられてるんだ。そりゃあオロオロするだろう。
私は自分の支度をざっと整え、静かに川島君のそばまでいくとその肩をそっと触れた。
「貴方の家に危害は加えないから。そこでそのまま静かにしていて下さい」
ピクリと肩を震わせると、川島君は恐る恐るといった雰囲気でこちらを振り向こうとする。
出来るだけ優しく声をかけたつもりだったが、やっぱり不安なのは変わらないか。そう思って軽く後悔していると、彼は小さく口を開いた。
「あの、その……あなたは?」
「ん? あ、名前か?」
まぁ、そんなとこですと頷く姿に、内心拍子抜けする。
名前かよ。ま、まーそうなるかな。宙は当然だし、佐藤の方も面識あるだろうから、私だけが初対面になるのか。
「鈴木だ。名乗りが遅れたようで済まなかったな」
「鈴木……さんですか、えっと、川島です。よろしくお願いします」
名前だけで納得してくれたのか、川島君は自分の名前を言った後再び前を向いて、自室がどんどん札まみれになっていくのをげんなりと見つめていた。
特にする話も持っていないので、私もそのまま彼の隣で部屋を見守る。
案外、頭も良さそうだし面白いヤツかもしれないな、川島君は。
◇◆◇
「よし! こんなところかな!」
腰に手を当て、フンと得意げに鼻を鳴らしながら部屋中を見回す佐藤さん。
しかし、隣の宙さんは褒めてはくれなかった。
「こんなところじゃねーよ、札貼りすぎだろ!」
ゴチン。と、それどころかげんこつまで落とした。えっと? 佐藤さんの方が年上? だよね?
「むー仕方ないじゃない、これからやることを考えたら。ばれるよりはいいでしょう」
大人らしくもなく膨れている佐藤さんの反論に、ぐうと息を飲む宙さん。どうやら彼女の方が正論らしい。
しかし、貼りすぎという宙さんの突っ込みには、僕も全力で同感だ。
鼻歌交じりの佐藤さんによって、札で埋め尽くされた僕の自室。床はともかく、壁、天井までも、札で埋め尽くされている。ただ見ていた僕はげんなりするしかない。こんな枚数、どこから持ってきたのやら。
「ったく、わーってるよ。ほら、そんな隅っこで突っ立ってるんじゃなくて、さっさと行くぞ」
舌打ちまじりに軽く悪態をついた宙さんは、面倒そうに僕に声を投げつけた。
「えっあ、はい?」
いきなりの指示に一瞬あせりながら、オロオロと彼の近くまで寄っていく。
宙さん、佐藤さん、僕に塚原さんが一箇所に固まったのを確認して、鈴木さんは宙さん達に話しかけた。
「じゃ、後で」
「あぁ。そっちも、頼んだぞ」
「出来るだけ時間は稼ぐ。佐藤、ヘマしたら明日私が処理するはずの仕事押し付けるからね」
「えぇー冗談じゃないよあれめんどくさいじゃんそうだ宙君もやろうよ」
「却下だ。だいたいこんだけ札貼っといて失敗するのか?」
「しっしないもん! 大丈夫! 任せて!」
「あぁ心配だ」「心配だな」
佐藤さんの元気な宣言に、宙さんと鈴木さんが同時に言い返す。
「時間はあまりない。さっさとしてくれ」
ため息をついて、宙さんは文句を並べる佐藤さんを急かす。
「むぅ、大丈夫だもん」
「いーからやる!」
いじけた佐藤さんを叱咤すると、ようやく佐藤さんは気を取り直したようだ。
「ではではー……、始めます」
スゥと息を吸って、佐藤さんが凛とした声で言った途端、空気は変わった。
さっきまでの静けさとは違って、キーンと耳鳴りがしそうな、極限まで張り詰めた冷たい空気。
床や壁に貼られた札たちがカサカサと震えだしたかと思うと、僕たちを囲むように幾つかの円や不思議な文字などで作られた大きな方陣が浮かび上がる。
−−これが魔法陣ってやつか。
「あの、これから」
「黙ってろ。今から術使って移動する。お前はこいつを押さえてろ」
これからこの部屋で何をするか、宙さんに聞こうとした途端に鋭く遮られ、それでも僕が聞きたいことは教えてくれた。多分、術っていうのはきのう言ってたやつかな。
僕が軽くしゃがみこんで、寝かされいる塚原さんの元に恐る恐る手を添えたのを確認すると、宙さんはいつの間にか持っていた一枚の札を目の前にかざした。フウッと息を吹きかけると、白紙だった札にうっすらと文字が光って浮かび上がる。
それと同時に、さっき佐藤さんが出したと思われる魔法陣の内側に、つまり僕たちのすぐ下にまた別の魔法陣が現れる。
「うわっ」
僕たちの足元に魔法陣が現れた瞬間、視界が歪む。頭の奥深くが痛くなってくる。何が始まるんだ、これから一体。
「あー、えっと。気持ち悪かったら目瞑っとけ」
宙さんの困ったような声が聞こえてくる。遠くからのような、耳元近くからのような。
何もかもがよく分からないまま、僕はギュッと両目をつぶった。
◇◆◇
「さてと」
誰もいなくなった部屋で、一人呟く。
いやはや、二重陣を使いこなすとは、さすが星ノ本といったところか。
部屋の空間を締め切る必要が無くなったので、外の様子を伺おうと近くのカーテンをそっと開ける。
思ったよりも数が多い……か?
まぁいい。
改めて自分の装備を確認する。銃の状態も忘れずに。
「……始めましょうか」
ここからは私の役目。
真海の者として。曖昧の彼方の者として。




