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曖昧の彼方  作者: 南傘 千里
第1章 灰色の出会い
7/10

06



「みーつけた」



◇◆◇



 今日は授業を終えたら、図書館に寄るついでに何か本を借りていこうと考えていたが、言われたんじゃしょうがない。

 だからといって、早く帰るのだったらついでに夜ご飯の買い物を、と思ってもそれも出来ない。帰りに気になっていた本屋に寄ることもできない。

 いざ寄り道をせずに帰ろうとすると、それは案外難しい事だ。自分で決めたのなら別に問題ないのだろうが、人に言われてそうするのならなおさら難しい。

 自転車をこいで道をすすむ。こうなったら、さっさと家に帰ってゲームでもしよう。


 わりと大きい交差点を、信号で止まる。目の前を行き交う車やバイクの類い。その向こうには、僕と同じように信号が青に変わるのを待つ人達。

 やる事も無いので、車や人達をぼんやりと眺める。あ、あの車の色、けっこうかっこいいな。

 もうすぐ青になるな、とペダルに片足をかけた時だった。

「……!」

 道路を挟んだ向こう側に、彼女はいた。

 僕と同じ学校の制服を着た彼女は、まっすぐにこちらを——僕を見ていてた。

 そして、僕と目が合った瞬間。

「————」

 彼女はニィッと笑ったかと思うと、口を開いて何かを言った様な気がした。

 僕が目を凝らして彼女を確かめようとしたとき、信号が青に変わった。

 僕の周りにいた人達が一斉に動き出した。同時に彼女の周りの人達も動き出して、結局だれだったのか分からなかった。

 仕方なく自分もペダルを漕ぎ出して道路を渡る。こっそりとすれ違う人達を見ていたが、どうやらすっかり見失ってしまったようだ。

 道路を渡りきっても、なお気にかかったが、見失ったら仕方ないし、まぁ見間違いだろうな。僕は無理矢理頭を切り替えて自転車をこぐ事に集中した。早く帰ってゲームしたいなぁ。


 大きな通りを外れて少しした所にあるアパート、それが僕の住む所だ。

 小さなアパートに似合うくらいの駐輪場に自転車を止めて、鍵をかけようとする。

 そんな僕の手を止めたのは、後ろからかけられた声だった。

「あの、川島君、ですよね」

「ふぇっ」

 あんまり近くで声がしたから、思わず変な声を上げて振り向く。

 そこにいたのは、まぁなんということでしょうか、女子だった。一体僕の女運は、どこに暴走しだしたらこんなことになるのだろうか。

 あんまり近くにいたから気づかなかったが、彼女は僕と同じ学校の制服だった。確かこのアパートに、星海学院の女子生徒はいなかったはずだが……。近くに住んでるのかな。

 それにしても……。

「ちょっ近い近い!」

「……あっ、ゴメンなさいっ! ついうっかり」

 目と鼻の先とはこの事だと言わんばかりの、まるで僕に覆いかぶさるように迫ってきた彼女は、僕が慌てて手を振るとそこで初めて気づいたかのように後ろに飛び退く。

「川島京君、ですよね」

 彼女はもう一度僕に聞いてきた。

 なんで僕の名前を知ってるんだろうか、少し考えて、ようやく思い出した。確か、今日の昼休みに廊下でぶつかった……、

「ええっと。芸術コースの……だっけ?」

 ゴメン名前忘れた。

 しかし、彼女はそれだけで満足だったのだろう。その顔に笑顔を貼り付けて嬉しそうに言葉を返した。

「はい、塚原です。覚えててくれたんですね!」

「いやぁ……、友達にそういう情報に詳しい奴がいてね」

 アイツのあの無駄なおしゃべりがここで役に立つとはな。いやその前に、これは役に立ったと言えるのか?

「それで?」

「ん?」

 僕が自転車を止めて鍵をかけようとしたその時、あまりにもいいタイミングで話しかけてきたんだ。息を切らしている様子もないから、きっと僕が帰ってくるのを待っていたのだろう。待つくらいだ、何か用があるのだろう。

「僕に何か用か?」

 遠回しに聞いていくのもめんどくさかったから、とりあえず用だけ聞いておこう。そう思って聞いたのだが、塚原さんはニンマリとした笑顔のまま、口を開かない。

「あの、用がないなら、もう行きま−」

「聞きたいことがあるの、川島君」

 早く家に帰りたくて、少し急かそうとしたら唐突に言い出した。

「あなたに関しては、いろいろな情報が飛び交っていてね。直接会って、確かめようってなったの」

 塚原さんはそう言いながら一歩こちらに足を出した。

 その姿に、僕は彼女に何かを感じた。

 悪寒に近いものかもしれない。さっきまでの塚原さんには無かった、なにか嫌な感じだ。 

 彼女がこちらに近づいてくるのに合わせて、僕も無意識に足を後ろに下げようとしたが、何しろここは駐輪場だ。後ろの自転車にぶつかるだけだった。

 背中に冷たいものが走る。彼女は何かがおかしい。

 塚原さんは続ける。

「川島君は、星ノ本様とはどのような関係なのですか?」

 背中を走る冷たいものが、冷や汗から滝にランクを上げた。

 こいつは誰だ?

「昨日本日と、星ノ本様のお側にあなたがいる事を、我々の一部が確認しています」

 笑顔のまま静かに聞いてくるその姿に、なぜか僕は恐怖感を増やす。何かを言おうとして口を開いても、喉がカラカラに乾いて何も出てこない。

 彼女は何かがおかしい、だけど何がおかしいかが分からない。

 だからだろうか。彼女が手に何かを持っていることなど気にもしなかった。

「……何も言いませんか。仕方ないですねぇ」

 彼女は何も言えずにいる僕を見てクスリと、仕方ないなぁという感じで笑った。

 その瞬間、さっきまで彼女から感じられた恐怖感が薄れ、僕もほうっと息をついた。しかし、そのおかげで彼女が手に持っているそれ(・・)に気がついてしまった。

「私たちは何としても星ノ本様の御加護を得たいだけなのです。そのために今一番星ノ本に近いあなたを利用しようとしていましたが、あなたが何も言わないのなら無理やり事を動かすだけです」

 彼女は手に持ったそれ(・・)をキラリと翻すと、僕に向かって走り出した。

 そのあまりにも現実離れした光景に僕はやはり対応しきれず、動けないまま彼女がこちらに向かってくるのを見ることしか出来なかった。

 たしか、こういう展開は本で見たことがある。このままいくと、多分僕は−−

 そこまで考えたところで、僕は後ろからいきなり衝撃を食らって暗闇の中に意識を落とした。



◇◆◇



「さてと」

 俺は気絶して寄りかかってきたこいつを抱えながら、突然の俺の介入に思わず足を止めた塚原とやらに顔を向ける。

「お前が、星ノ本を追いかけていた奴か」

 俺が鋭く聞くと、塚原はニヤリと顔を歪めた。

「では、あなたは星ノ本のお方ですか?」

 小さく舌打ちをする。俺の質問に答えてねぇな。

「私たちは星ノ本の名の下に、密かに陰陽寮の再興を願い活動しています。私達の活動をさらに一歩進んだものにするには、本家の方のご支援を承ると、私たちの長はそう決断いたしました。これは(おさ)の命でございます」

 もはや、うわ言を言っているかのように見える彼女の目を確認する。うーむ、これは面倒だな。さっさと片付けるか。

「生憎だが、俺は星ノ本とはちょっと違うかな。だとしても」

 俺はあらかじめ仲間に伝えておいた合図を出すと、前に動き出す。手に重みを感じながら、まっすぐに塚原に向かって走りだす。

「……ッ」

 塚原は俺の動きに追い付けずに、慌てて手に持つナイフ(それ)を構える。

「お前らがどんなに願っても、再興だのなんだのしようと無いものは無いんだよっ!」

 そう吐き捨てながら、塚原に向かって走りながら俺も手にした武器を構える。

 予動無しのいきなりのダッシュに焦った塚原は、俺から目を離せなくなる。さらに俺が武器を持ったことで尚更(なおさら)目線が俺一点に固まる。それは、俺以外の人がどう動いても気づかれる可能性は限りなく低くなる事を意味する。

 さっきの俺の言葉を合図に、少し離れた所で待機していたヤツが準備を整えているはずだ。銃口が塚原を捉えているのが俺の目でも確認できる。

 俺が塚原の懐に入り込める距離まで近づいたタイミングを見計らって、彼女は手のナイフを前に突き出した。その瞬間に、俺は手にした武器を彼女に向かって突き出すと見せかけて(・・・・・)一歩横にずれる。

 空を切った自分の手に虚をつかれた塚原は呆気にとられる。そんな彼女の横に、武器を勢い良く突き立てる。俺が高らかに鳴らした音に隠して、待機していたヤツが銃の引き金を引く!


 カーン!


 大きく澄んだ音が辺りを駆け抜け、再び静寂が戻る。

「安心しなよ。ただの麻酔だ」

 まぁ実際は、麻酔とはちょっと違うものだが。

 とにかく、結局牽制の為にしか使わなかった自分の得物をしまいながら、俺のすぐ横で突っ立っている塚原に声をかけてやる。と、言い切るか言い切らないかのうちにドサリと音を立てて彼女の体は崩れ落ちた。



◇◆◇



 山本さんに言われたアパートから、道を挟んで少し離れた建物の2階の物陰。

 宙に指定されたポイントに待機してから30分くらい経っただろうか。

「早く終わんないかなぁ。こちとら仕事あんだってのによぅ」

「うるさいなぁ、いつもの事でしょ」

 隣でブツクサ言っている仕事仲間を黙らせる。彼女は「へーい」と気の抜けた声を返して、手に持っていた札でひらひらと遊び出す。

 私だって仕事の途中だったんだから、ブツクサ言わずにさっさと終わらせるに限る。

 メガネを軽く直し、手に構えた銃を再度確認する。


 数分後、少し離れたアパートに自転車が近づく音がした。

 少し身を乗り出して確認すると、どうやら誰かが帰ってきたようだ。

 駐輪場に自転車を止めている少年の服を確認、星海学院の制服で間違いない。

 そこまで確認してから、隣でうとうと寝始めた彼女を叩いて起こす。

「ホレ仕事だ。あいつで合ってるのか? 昨日のあの一般人ってヤツは。あんたが図書館で山本さんに引き合わせたんだから、あんたが確かめなさいな」

 私に声をかけられて慌てて体を起こそうとして、手に持っていた札を全部撒き散らした彼女は「どれどれー」と声を上げながら私が示したアパートの方を覗き込む。

「ふーむ、あの自転車で帰ってきた子?」

「あぁ、そうだ。昨日『曖昧の彼方』に連れてきた子で合ってるか?」

「合ってると思うけど……ねぇねぇ」

「ん? なんだ、分からないとか言うなよ」

 アパートの方角を覗き込んだまま動かない彼女に少しイラっとしながらも、先を促す。

「早く言え、時間は多分ないんだから」

 彼女は私の声を聞いて、何かを考えて言葉を選ぶように言った。

「うーん、時間が無いっていうより……いや、確かに時間ないよ。なんつーか、時間が無い(・・・・・)ってよりも、時間だよ(・・・・)って感じ」

「はぁっ!?」

 私も慌てて外を見る。


 アパートに帰ってきた少年の目の前に、女性が立っている。

 少年と同じ学校の制服を着た彼女の見た目は女性というよりは少女、もっと言うなら少年と同じ学校の制服を着ていることから同年代としかいえないが、私達が指しているのは彼女の中に入り込んでいる(・・・・・・・)人の事だ。

「札、出しといて」

 いつまでも外を覗き込んでる相方に指示を出して、自分も耳に入れていたイヤホンと襟に付けていたマイクのスイッチを入れる。

「もしもし、宙。聞こえる?」

『あーはいはい、聞こえるよー』

 マイクに向かって小さく声を出すと、耳のイヤホンからだるーっとした声が返ってくる。 

『今の状況は?』

「えーっとね、アパートの駐輪場で男子高校生に女子高生が詰め寄ってる」

「それだけ聞くとかなりアブナイな」

「だまらっしゃい」

 耳から聞こえる宙の声にできるだけ正確に答えてやると。隣でクスクスと笑いながら口を挟むのが聞こえたので一言返してやる。

『俺が出るタイミングはそっちから言ってくれ。そのあとはこっちが出す』

「あいよ」

 宙の声にそれだけ返し、再びアパートの駐輪場に集中する。


 

◇◆◇



 どれぐらい時間がたったのだろう。


「……あ」

 うっすらと目を開く。見えるのは見慣れた天井。

 確かさっき、帰ってきて自転車を止めようとしたところで女子に詰め寄られて、そんでもってその子の話を聞いているうちに殺されそうになって……つまりここは

「どこだ!? って……」

「お前の家だ」

 飛び起きながら無意識に叫ぶと、隣で答えてくれる声。

 ぼーっとしながら辺りを見回すと、なるほどここは僕の部屋だ。

 そして窓際に立って僕に声をかけていたのは、

「えとー、宙さん? でしたっけ」

「へぇ、よく覚えてたな」

 腕を組んで窓の外を眺めながら僕の質問に答えていた宙さんは、腕を解きながら僕の方に向き直った。

「ちょいと、お前ん家お邪魔してるよ」

 僕の横に歩いてきて、ひょいとあぐらをかくのを見て、ようやく今僕が置かれている状況に気づくことができた。

 今朝ご飯を食べていた机は部屋の端のほうに立てかけられ、空いたスペースに寝かされていたみたいだ。

 確か隣の部屋にはちゃんと僕のベットもあったはずだが、僕と宙さんがこの部屋にいるっことはまだ使われていないのだろうか。いや、入られたらそれはそれでさすがに困るが。

 そんなことを考えていたら、宙さんは「よっ」と声を上げながら立ち上がっていくとそのままスタスタと歩いていき、

「おい、アイツ起きたぞ」

 たった今僕が心配していた部屋のドアを開けると中に向かって声を上げ−−−−て、なにやってんのおぉぉ!?

 しかも、その声を聞いて部屋の中からひょいと顔を出したのがよりによって女の人だったからさぁ大変。

 あぁ終わった……僕の人生、軽く終わりが来たな。

「あー本当だ。おはよー川島君。頭痛くない?」

 僕が呆然としていると、部屋から出てきたその女の人は何事も無いかのように明るい声で僕に話しかけてきた。なんとなくだが、どこかで見たような……あ、

「……昨日、図書館にいました?」

「お、よく覚えていてくれたね。そうだよー、私図書館の司書やってる佐藤ねよろしくー」 

 司書にしてはやけに明るい口調で話しかけてくる佐藤さんは、まさに昨日僕が呼び出されて図書館に行った時に声をかけた司書だった。昨日図書館にいた時とはだいぶ印象が違うが、まぁ間違いはないだろう。

 確か昨日は、教員室に寄った後に図書館に行ったものの誰に声をかけたらいいか分からなかったので、この司書に声をかけたのだったな。そのあと司書長と名乗っていた山本さんに連れられて五階に行って……。

 そこまで考えたところで、頭の後ろがズキンと小さく傷んだ。

「やっぱ痛いか、頭」

 思わず頭をさすっていると、宙さんが声をかけてきた。

「えぇ、まぁ少し」

 立ち上がって少し頭を振りながら答えると、なんでもない事のように宙さんが続ける。

「悪りぃな、さっき殴った」

 なるほど、さっき殴られたのか。それならまだ頭の中が痛くても納得できるな。って

「はぁ、殴った!?」

「あぁそうだよ。ちょいと黙っててもらいたくてな」

 僕の反応を軽く受け流しながら、隣の部屋に入っていく宙さん。後から佐藤さんもついていく。

 なんとか僕も後に続いて部屋を覗き込む。いや、ね。ここ僕の家だしね。


 僕の家はアパートの一室だが、割とよくできていると思う。一人暮らしの高校生が暮らすアパートとしては、あまりにも立派というもだ。

 玄関から伸びる短い廊下にの突き当たりにはさっきまで僕が寝ていたり今朝朝ごはんを食べていた部屋があって、台所に風呂とトイレがあるだけでなくもう一つ部屋があるのだ。 

 もちろん、普通のアパートがどのようなものが一般的なのかは分からないが、少なくとも今の僕にはものすごく優良な物件だと思えた。

 この廊下の横にある部屋の使い方に少し悩んだ結果、廊下の突き当たりの方をリビングというか一応誰が来た時に通す部屋にしておいて、こっちの部屋を自身の部屋という事にした。自分のベットとかはこっちに置いていた。


 そんな僕の部屋に普通に入っていく宙さんとそれについていく佐藤さん。

 僕もげんなりしながら部屋を覗き込むと、もうため息しか出てこなかった。

 部屋の中は、簡単にいえば僕の思ってた以上に酷いものになっていた。

「随分迷惑をかけてしまっているようで、申し訳ありませんね」

 ベットのすぐ横の壁に背を預けて座っている女の人が僕に顔を向ける。僕の見間違いでなければ大きな銃を抱えている。僕の家は一体いつからこんな物騒な人たちのアジトと化していたのだろうか。

 そして、僕のベットに寝かされているのは女の人−−というよりも僕の学校の制服を着ているのできっと同年代なのだろう、女の子が寝かされていた。 

 顔は見えない。なにやら不思議な模様が描かれている紙で覆われているからだ。しかし僕に、は彼女が誰だかおおよその見当がついていた。

「塚原さん……ですか」

「そう、塚原さんよ、見た目はね」

 そう言いながらガチャリと低い金属音を立てて銃を置くと、座り込んでいた女の人は腰を伸ばしながら立ち上がって、ベットで寝る少女に目を落とした。

 僕もそれにつられて、ベットの塚原さんに目を戻す。

「見た目……ですか」

「簡単にいうと、コイツの中身に、コイツとは別の人が入り込んでて、この体を操っている……ていうと、分かるか?」

 今度は宙さんがその場にあぐらをかいて座り込む。頭をガシガシとかきながら、いろいろと言葉を選びつつ僕に説明をしてくれた。

 宙さんの言葉を頭の中で反芻して、自分の中で整理する。

「えぇまぁ……なんとか」

 そっか、と息をついて、宙さんは話を始めた。

「今回の件は結論から言うと、宗教団体みたいなもんの仕業(しわざ)だ」

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