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曖昧の彼方  作者: 南傘 千里
第1章 灰色の出会い
4/10

03

 数分後。

 僕は勧められるままに椅子に座り、目の前の大きなテーブルにはティーカップが置かれ、中には紅茶が注がれている。

 山本さんは僕を残し、ベットで相変わらずバタバタと暴れている少女を捕まえて「じゃ、ゆっくりしてて」と一言残してからその子を引きずって四階へと降りていった。

 今この部屋にいるのは二人。僕と、さっきどこからともなく現れた二人の男の人の内の一人。その人もテーブルにつき、優しそうな顔のまま紅茶をすすっている。

 僕をテーブルにつくように勧めて、目の前に紅茶を置いてくれたのもこの人だ。

 ちなみにもう一人の、不機嫌そうだった人は山本さんと彼女に引きずられたままの少女と一緒に四階に降りていった。


 ——静かだ。

 部屋に時計が掛けてあって、カチカチ時を刻んでいるのに今気付くくらい、静かだ。

 というのも、今僕の視界の中で紅茶をすすっているこの人は、これがまた喋らないのだ。静かに微笑んだまま、ニコニコと優雅に紅茶に口を付け続けている。

 こんなに静かな空気というのもなかなか居心地が悪い。

 思わず何か話題を振らないと、と頭の中で必死に話しかける種を探している。

 ようやく見つけた。

「……あの」

「はい。何でしょう?」

 恐る恐る話しかけると、それが合図だったのかのようにその人は動き出す。

 持っていたティーカップを置き、こちらに顔を向ける。相変わらずニコニコと優しい笑みを浮かべて、その表情に似合う優しい声で聞き返してくる。

 その優雅な所作と表情に、思わず奇麗だなと頭の中の何かがつぶやいた気がした。

「あ、あの、さっきはいつからこの部屋にいたのですか?」

「と言いますと?」

 また聞き返される。たぶんこの人は僕の考えを聞きたいのだろう。

 でも、この人を相手に答えるのは結構緊張する。

 表面上の言葉だけでなくて、その奥の何か、考えの根拠まで見透かされてしまう気がするからだ。

 この人の優しい目は、ただ優しいだけじゃない。何処までも貫く、細くて鋭利な刃物を感じさせる、そんな目だった。

 慎重に、慎重に、言葉を選びつつ答える。

「四階から五階に上がるとき、あの階段は結構足音が鳴りました。この部屋と階段の間には本棚とかがたくさんあって、もしかしたら音が吸収されて聞こえないってのも考えられるんですけど、でももしかしたら気付いたかもしれなかったです。……それに……」

 思わず言いよどむ。これは考えというか、勘というか、なんとなくとしか感じなかった事だから、言っていいものかと考えてしまう。

「それに? 大丈夫、思った事があるなら言ってどうぞ」

 にこやかに、しかし僕が考えてた事を的確に押さえたような言い方でその先を促してくる。

 やっぱり言うしかないか。

「なんだか、はじめからいた気がしたするのです。どこに、とまでは分かりませんが、それでも僕がここに来たところからどこかで見ていた。そんな印象がしました。……勘ですけど」

「なるほど、なるほど」

 僕が言い終えるのをしっかり待ってから、再びカップに手を付ける。

 ニコニコと微笑みながらカップに口を付け、「うーん」と考える事数秒。

「あなたの勘はかなりあたっていると思いますよ」

 カップを静かに置きながら話し始める。

「あなたが考えている通り、私と、さっき山本さんと一緒に降りていった——あぁ、目つきは悪いけど根はいいヤツですよ。私と彼は、あなたが入って来るところから見ていました。」

「どこで?」

 そう、それが分からない。

 この部屋に入るところから、という感覚はしたのだが、何処にいたのかが分からない。

 しかし、にこやかな表情から返ってきた言葉は、僕の質問の答えではなかった。

「その前に、自己紹介をしましょう。私は(そう)と申します。ここの大学の一年で芸術学部、音楽を専攻しています」

 そういえば、この人の名前聞いてなかった。

 急いで僕も、生まれた時に貰った肩書き(なまえ)とつい先日頂戴したばかりの肩書きを蒼さんに伝える。

「あ、あの僕は川島京と言います。ここの学校の高等学部一年二組、普通科進学コースです」 

「うん、川島君、よろしくね。一年生同士ですね、昨日の入学式で会ったかもしれないですね」

 いやぁ……あの入学式は、高等学部を含めた大学に加えて大学院もひっくるめた壮大な規模だったはずだ。多分会うのは難しいか、会ったとしても覚えているのは数人であり、その数人の中に今目の前でニコニコと微笑んでいるこの人は含まれていない。

 そして蒼さんは続ける。

「で、さっきの質問ですね。その回答の併せて、この部屋についても説明しましょう。それくらいなら今お話ししても構わないでしょう」

 紅茶をすすりながら、部屋内を1(べつ)して説明を始める。

「ここはある種の砦のようなもの。私達の秘密基地です」

 さらっと大人げない単語を言うのだなぁこの人。秘密基地とかいう単語、何年ぶりに聞いただろうか。

「だから、余計な人が入ってこないように、侵入者に対するこの部屋の対策はしっかりしています。あなたは山本さんにここに連れて来てもらいましが、途中大変だったでしょう。まずは四階。二重の隠し扉に、狭い隠し通路」

 蒼さんの説明にあわせるように、この部屋にたどり着くまでの道のりを思い出す。

「あぁ、余談として、あの通路に電気を引いてない理由ですが、電気の引き方から通路の存在が知られないようにするためなんです」

 そこまで隠す事に対して気を使っているのか。相当だな。

「そして隠し通路の先の、四階と五階を含めたこの部屋に入るには認証登録をした学生証をカードリーダーに通す必要があります」

 山本さんの場合は、司書だから教員証か。

「万が一、万が一にでもここへの侵入を許すような事があったとしても、四階から上がるためのあの階段はわざと音が大きく響くような作りにしてあるので、こちらではすぐにわかります。すぐに対応の準備ができます」

 さらに続ける。

「五階の作りですが、ここにある本棚そのものが武器のようなものです。視界を制限し、目くらまし、盾、武器にもなります。動かしやすく、固定しやすくもできていますので必要に応じて臨時の部屋のような物を作って待機する事もできます。——と、ここで問題です。ここまでの説明で、先程のあなたがした質問の答えは分かりましたか?」

「は、はいっ!? えぇーと」

 いきなりの話しの振りに一瞬固まる。

 これまでの蒼さんの説明をもとに、頭の中を整理する。答えはそんなに難しくない。

 五階に上がったところにある本棚の群れを目で見やりながら、僕は考えを言ってみる。

「……あの本棚で臨時の部屋を作って、そこで僕の様子を見ていた。そういうことですか?」

 それを聞いて蒼さんはなにやらうれしそうに立ち上がる。どうやら正解だったらしい。

「その通りです。私達は、事前に山本さんの指示でここに待機して、合図を待つようにいわれていました。後は——」

 トントントン。階段を上る音が耳についた。きっと下の階から階段を上ってくる音だろう。

 同時にその音を聞いた蒼さんは気を取り直したように話しを切り替える。

「——どうやら、山本さん達が戻ってきたようですね。続きは、またみんなが揃ってからにしましょう。みんなの分のお茶を出さなくては」

 


◇◆◇



「さて。どこから話したものか……」

 僕の目の前で、山本さんがカップを片手につぶやく。

 先程から蒼さんと紅茶をすすっていた丸いテーブルに、今は僕を入れて五人の人が座っている。

 僕から右回りに見ていって、蒼さん、さっき蒼さんと一緒にこの部屋の本棚の群れのところに待機していた人。

 そして、その人の隣に座っているのが、先程起きたばかりを僕に見られ、ベットからありとあらゆるものを投げつけてきたあの女の子だった。

 改めて見てみると、その姿は高校生というにはあまりにも幼すぎる気がする。まだ中学生くらいだろうか。

 黒くて長い髪は高い位置で一つに縛っているが、それでも毛先は腰の辺りまで伸びている。

 ゆったりとしたワンピースに着替えたその子は最初、並べてあった椅子をわざわざずらして、一緒に入ってきた男に人にしがみつくように、というか完全に背中に隠れるように座ろうとしていたが、椅子ごと追い返されてもとあった場所にちょこんと座っている。

 そして、その隣、僕から見たら左側に座っているのが山本さんだ。


 五人の中に会話らしい会話はまだ無い。ニコニコ顔の蒼さんがみんなの分のカップを出して紅茶を入れ、その後は静かで優雅なティータイムとなっている。

 そして、先程の山本さんのつぶやきに戻る。

「で、だ。……さて、どこから話したものか……」

 口火を切ったのはいいが、彼女も話題に困っている風だ。 

 話題が無い訳じゃない。僕に対して、話の順序に困っているのだろう。

 再び場が静かになろうとしたときに、蒼さんの隣に座っている男の人が話を振る。

「さっきからニコニコしてねぇで、話を進めろ、蒼。お前が適役だ、お茶汲み」

 話を振られたお茶汲み係(蒼さん)はちらりと右を見ると、ニコニコ顔のままカップをテーブルに置くと口を開く。

「ではでは。僭越ながらお茶汲み係の私が話を進めましょう。そうですねぇ……、やはりまずは自己紹介ではないですか? 特にお二人さん。私はもう済ませましたから」

 そう言って、ニコニコというよりはニヤリと右側を見やる。

 話を振り替えされた彼は、舌打ちをいちど一度すると頭をガリガリと掻きながらも自己紹介を始めた。

「あー、俺は(そら)だ。ここの大学の情報学部で、二年生だ。えーと、その……、あれだ、よろしくな」

 それだけ言い切るとぷいとそっぽを向き、カップの中身を一気に飲み干した。

 心なしか顔が赤くになっている気がする。

 隣の女の子が「てれてるよ? どうしたのか?」と無邪気に聞いてくるのに対して、うるさいちょっと黙れと早口で言い返しているのがみえる。

 どうやらそんなに怖い人じゃないようだ。ちょっと肩の荷が下りた気がした。

「だいたい、次はお前だぞ。自己紹介、わかるか? 自分の名前を言うんだぞ。できるか?」

 ようやく照れが終わったのか、宙さんが隣の女の子に話を振った。

 それを聞いてから気付いたのか、少女はちらりをこちらを見ると急に顔を真っ赤にするとぷるぷると震えだした。

「……っ」

 ひとしきり震えると座ったいた椅子から降りて、泣きそうな顔で山本さんにしがみついた。

 その手にきらりと光る物が握られているのは気のせいだろうか。

 しがみつかれた山本さんは少女をなだめにかかる。

「分かった。緊張するのは分かるから、刃物は持つな。いいか、名前をいえばいいんだ。名字は言わんでいい。言えるだろう? 名前だ」

 やっぱり刃物持ってた。

 しかし、僕が言えたものじゃないが、自己紹介であそこまで緊張するものだろうか。いや、それとも名前を言いたくない程嫌われてしまったか。

 両手を空にされた少女は意を決したのか、しがみついたままではあるがこちらを向いた。 

 そして、ようやく口が開きかけて数秒。

「……るるじゃ。」

 顔を真っ赤にしながらようやくそれだけ言うと、いそいそと自分の椅子に戻り、両手でカップを持つとふぅと顔を緩めた。

 さっきまでの慌てぶりなどまるで無かったかのように、ゆったりとくつろいでいる少女をちらりと見ながら、山本さんが話を振る。

「まぁ、この場にいる全員の名前が分かったところで、次の話に行こうか、(お茶汲み)

 もはやお茶汲みと化した(そう)さんは、ちょうど隣の宙さんのカップに紅茶を注いでいた。

「次ですかー。そうですね……」

 ポットを机に置きつつ、「んー」としばらく考え込む。

 しかし、次の話題を提示したのは蒼さんではなかった。

「そういや、お前の自己紹介を聞いてないぞ。いつまでもちびちび茶ぁの飲んでんじゃねぇ」

 注がれたばかりの紅茶に砂糖をスプーンで入れつつ、宙さんが話題を振ってきたのは僕だった。

 僕はそういえばと思い、急いで立ち上がる。

 随分砂糖入れるんだなとは……思わなこっとことにしよう。

「あ、あの、僕は、島田京と言います。昨日ここに入学してきて、えーと、高等学部の一年二組、普通科の進学コースです。ええと、よろしくお願いいたします」

 今日の午後もクラスでやったけど、数人の目線の前で何かを話すって苦手だなぁ。経験あんまりないし。

 そう言えば、確かここ学校だよなぁ。なんか、もうどう考えても普通の学校生活が遠く感じるや。

「さて、今度こそ全員の名前が分かったところで、話を進めましょう。……で、流々(るる)、今のちゃんと聞いてた?」

 ニコニコと蒼さんが話を進めようとして、いったん話を僕の向かいに座る少女に向けた。 

 さっきの「るる」っていうのは本当に名前だったのか。その子はのんびりとティーカップを両手で揺らして遊んでいたが、蒼さんに呼ばれて顔をあげる。

 そして、

「……なんじゃ? 何か言ってたのか?」

 ——この子なんも聞いてねぇ……!

「今こいつがな、見ず知らずのところに連れてこられて混乱してるっていうのに、いきなり俺に話を振られて全力でテンパりながら自分の名前を言っていたんだぞ。ちっとは聞いてやれ」

 あれ、宙さん。なんかひどい事言ってません?

 宙さんの激辛な(僕にとって)アドバイスを聞いた少女——流々(るる)は、両手でカップを包んだまましばらく考えて、

「……あぁ、さっき聞こえてた『あ、あの、僕は、川島京と言います。昨日ここに入学してきて、えーと』とか言ってたやつか。ふむふむ。昨日入学してきて、いきなりここに連れてこられるとは、確かに難儀だったろう」 

 この見た目の幼さとは裏腹に、妙に年を取ったような口調の少女は、ちゃんと僕の自己紹介を聞いていたらしい。というか、完全に記憶しているレベルだった。

 そこまで聞いて、蒼さんは片手に持っていた自分のカップを置くと、口を開いた。

「さて、自己紹介もなんとか済んだ事ですし、次の話題へ移りましょう。山本さん、どこから始めましょうか」

 蒼さんの向かいで、僕たちのやり取りに必要以上に口を挟む事無く、紅茶を片手に静かに聞いていた彼女は、話を振られてはじめて答える。

「まずは、私達の家がどのような関係なのか、祖から教えてあげる事。最近のごたごたは面倒くさいから今はいい。そしてここの部屋はどんな場所なのか。まぁそんなとこかな、後はテキトーに、頼むわ」

「はい」

「そいつ、結構頭いいぞ。本読みあさってるだけあって、だいたいの単語は知ってる」

「あぁ、それは助かりますね」

「そうだろう。それとだな、これは大事な事なんだが——」

 そこまで言うと山本さんは一度言葉をきり、カップを置いて目の前のニコニコ顔をじっと見つめる。

「——紅茶は飽きたぞ。茶菓子出せ。クッキーくらいここにあるだろうが」 



◇◆◇



「先に言っておきます。これから話す事は、あなたにとって意味の分からないものだらけでしょう。しかし、分からないままで結構です。じきに分かるでしょうから。」

 (そう)さんは、僕の目の前のカップに紅茶を注ぎながらそう言った。

 僕は小さくありがとうございますと言って、蒼さんの言葉に頷いた。

 よくよく考えてみれば、学校の敷地内に、普通じゃあり得ないような排他的空間を作って「秘密基地」なんて言ってるくらいだ。わりと重い話が待ってるに違いないだろう。

 蒼さんが席に戻って、みんなが席に落ち着いたところで、蒼さんが話を始めた。

「安倍晴明、土御門家。この二つをご存知ですか?」

「……はい。どちらもよく本で見かけるから」

 安倍晴明といったら、平安時代の有名な陰陽師だ。土御門も同じく、歴史に登場する陰陽師の家系だ。確か土御門は、江戸時代とかにも登場してきて、明治時代には子爵の地位を貰っていたと何かの本で読んだ気がする。

 ——まさか、私達は安倍晴明の子孫です、とか言い出さないよな。

「話が早くて助かりますね。私達は、その安倍晴明の子孫であり、土御門家とは分家の関係にあたります」

「はぁ?」

 おっと、思わず声が漏れてしまった。

 ていうかおいおいおい、本当に言ったぞ。どうしようこの状況。

「土御門家が出来た経緯などは知っていますか?」

 僕の失礼に価する聞き返しも気にしないかのように、蒼さんは話を続ける。

 とりあえず、僕もその話についてゆこう。とりあえず聞くんだ。分からないものは分からないままでいいって言ってたし。

「うーん、あまりそこまでは知りませんね」

 僕の答えに対して、蒼さんは続ける。

「では、まずはそこから話を」

 その隣で宙さんが、テーブルの真ん中に置かれた皿からクッキーを一つつまみ、口に放り込む。

 山本さんに指摘され、蒼さんが本棚から山のように持ってきたクッキーだ。

「室町時代の事です。晴明の子孫である安倍有世(ありよ)が安倍の家名を土御門に変えました。それに伴い二つの家が分裂するように、分家として独立しました。一つは星ノ本(ほしのもと)家。もう一つは、真海(しんかい)家」

 話は続く。

「土御門家は、それまで安倍氏が持っていた陰陽師としての名声と威光。それに対し、星ノ本家は占術——占いに使う力を使う術に特化、そして真海家——今では真海一族と呼んでいますが、陰陽師から離れてある種の戦闘部族として、それぞれ歴史の表舞台に立つ事無く今まで続いてきました」

 そこまで言って、蒼さんは一度カップに口を付ける。

「時代は進んで明治時代の始め、土御門家は陰陽寮の廃止と併せてその地位を奪われました。それに代わり、一部の業界の中で星ノ本と真海の二つの家が『御両家』と称され、じわじわとその名を上げるようになったのですが……肝心の家同士が中が悪いのです」

「いやぁね、一時期は仲良くしようとした時期もあったんだけど結局はそれもパァになっちゃって。更に、最近は両家揃ってお家騒動でややこしい事この上ない」

 蒼さんの言葉につなげるように、山本さんが付け足す。

「で、この場所が作られたんだよ」

 ほうほう。

「お、おい、山本。そりゃああまりにも話が飛び過ぎじゃないか。ほら見てみろ、こいつだってぼやっとした顔がさらに(ほう)けてきでっ——」

「せめてさん(・・)をつけろ。私を誰だと思う。ここの司書だぞ、司書長だぞ」

 宙さんが山本さんに言い返しかけて見事に撃沈。宙さんが一瞬椅子から浮いたのが見えたから、きっとテーブルの下で何かあったのだろう。

 でも宙さん、今僕の事さらっと「ぼやっと」とか言ってなかった? 僕ってそんなにぼんやりしてるかなぁ。

 山本さんと宙さんの一悶着が収まってから、再び蒼さんが口を開く。

「三、四年前の事です。星ノ本家の中でちょっと大きい騒ぎが起きました。それを期に、当時改修工事中だった図書館の中に付け足すような感覚でこの部屋が作られ、ある派閥、レジスタンスと言った方が近いでしょうか、とにかくそんな集団も併せて発足しました。それが私達です。今現在の構成員は七名。私と宙、流々が星ノ本の人間で、山本さんと他に三人真海の人間がいます。目標は、星ノ本家と真海一族、一時的でない両家の和解。そして、それぞれの家の事情で存在を知られるべきでない人を保護し、匿う事もしています」 

こんな所でしょうか、と蒼さんは長い話を終わらせてクッキーを齧る。

「それで、私にもその入って欲しいという事でしょうか? その……、僕まだほとんど何にも分かってないのですが」

 ちょうど紅茶を飲み終わったところで、僕が聞く。

「入って欲しい、なんて甘いもんじゃない。ここまで聞いちまったんだろ。まさかこのまま『帰ります』なんて言って通用すると思うか?」

 ようやく起き上がった宙さんが、クッキーを口に放り込みながら答える。

 ——ああどうしようこの状況。そろそろ帰りたくなってきた。

 よくある小説の流れ、こうやって無理矢理に変な組織に入れられると、大抵めんどくさい事に巻き込まれていくんだよな……。

 見えない汗がだらだらと流れている僕に追い打ちをかけるように、蒼さんはまた話を始める。

「さて、そこまで話したところで、改めてあなたにお願いしたい事があります。(けい)君」


 場の空気が、今までのものから和やかさが消えた。

 さっきまで椅子の上で一人遊んでた流々(るる)は、隣に座る宙さんに注意されておとなしくなった。

 相変わらずニコニコしている蒼さんは僕のカップに紅茶を注ぎながら、口を開く。

「私が言うのもなんですが、宙が言う通り、ここまで聞いてしまってはもう後には引けません。私達『曖昧の書庫』に参加して下さい」

 その表情は今までも変わらない。しかし、その声にさっきまでの柔らかい優しさは無い。 

「あなたに頼みたい事があります。それは—— 

 

 

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