01
桜が咲いている。
別に感動する事でも無いだろう。
毎年春になれば、誰も何も言わぬのにあっちこっちで咲き誇っていよう。
そして散るのだ。
宙を舞い散っていく桜は、その姿こそ奇麗だ。
しかし枝に数枚しか花びらが残っていなかったり、ましては地に落ち、誰にも関心を抱かれず踏みつけられ、そして誰も知らぬ間に消えていく、そんな終わり方はあまりにも哀れというものだ
——しかし、こんな事を考えて歩いている僕だって、春は嫌いじゃない。
いや、むしろ今の僕は割と心が弾んでいるといえよう。
その理由が、だんだんと目の前に迫ってきた。
校門。
星海学院高等学部
僕が昨日入学式をすませ、そしてこの春から僕が通う事になった学校だ。
◇◆◇
星海学院高等学部というのは、私立大学である星海学院の付属高校のようなものだ。
しかし、付属高校といってもかなり変わっている学校のようだが。
入学式のときに出来た友達がいうには、「中高一貫校の高校と大学バージョン」だそうだ。大学付属と同じようなものじゃんというと、どうやらそれも違うらしい。よく分からないが、国内でもかなり珍しいタイプの学校だとそいつはやたら意気込んでいた。
確かに、普通の高校ではないな、というのはすぐに分かった。
例えば授業。
クラスで受ける必修授業とは別に自分で好きに選ぶ選択科目とやらがあって、自由に組んで自分の時間割を作るというのがこの学校のシステムだ。
それだけなら、単位制の高校とかでも同じようなものだろう。もちろん単位制の高校のシステムも知らんが。
やはり決定的なのは光景だ。
やたら広い敷地内を歩いていると、制服姿と私服姿が何事もなく入り交じっている。
高校生と大学生、同じキャンパス内にいるそうだ。
しかも科目によっては大学生と同じ校舎を使うし、大学生と一緒に受けられる授業もあるそうだ。
なるほど、確かに変わっている。
別に気にしていなかったが、そのシステムに惹かれて入ってくる人もいるそうだ。
僕もこの学校に惹かれて受験した身だが、もっと違うものに興味をひかれてだ。
ただ、自分で時間割を作らなきゃ行けないのは、少々めんどくさいな……。
◇◆◇
「おい、川島!知ってるか!!」
午前中、授業選択についての長い長いガイダンスを終えての昼休み。
僕は昨日の入学式のときに出来た友達と食堂に来ていた。
「……なにを?」
目の前でうどんをすする勢いのままに叫んできたそいつに、とりあえず口に入っていたカレーを飲み込んでから聞き返す。
「ここの学校の噂だよ!」
「……そういうのどこの学校でもあるもんだろう。なんだ、高校にもなって階段の数が変わる、とかか?」
学校の七不思議とかの類いだろうとちょっと茶化してみた。
しかし、そういう扱いにもめげる事もなく、目の前でまたうどんをすすったそいつ——ええと、神山健だったか?、が続けたその内容に、ちょっと興味がわいた。
「そんなもんじゃないって。……ここの図書館の話だぞ」
「……よし、気が変わった。話してみろよ」
僕は口角を上げて先を促した。
それを聞いて健もニヤリと笑って話だす。
「図書館にはな……主様がいるんだ」
図書館、それは紛れも無く僕がこの星海学院を選んだ、1番の理由だ。
大学生が主に使う普通棟の隣にあるそれは、5階立てととにかくでかく、蔵書はもちろん設備や環境など、現在国内にある学校の図書館の中では最大級だ。
中学生の時、1年で図書室の本を読み尽くし司書さんをたいそう困らせた僕としては、かなり魅力的な施設だった。
進路の先生も、星海学院の事をいったら即座にOKをくれた。
昨日はまだ学生証(大学の1学部としての扱いだから生徒手帳ではないらしい。)をもらっていなかったから入れなかったが、今日こそは、さっきもらいたてほやほやのこの学生証で入ってやろうと思っていた矢先のこの話だ。
気になって当然だ。
その話の内容がこれだ。
図書館の5階は半分以上が立ち入り禁止である。
実はその奥には主がいて、そいつが学長や学校の教員を裏であやつっている学校の真の支配者である。主はその部屋からは決して出ないが学校の隅々まで把握しており、重大な校則違反をするような事があれば主の元に連れて行かれ、ただでは帰してもらえない——
「どうだ、面白い話だろう?」
話終えた健は身を乗り出してこちらに聞いてくる。
「本当かどうかはともあれ、確かに昨日もらった案内では5階は特別資料のブースが少しあって、後は立ち入り禁止の色だったからなぁ。この学校らしい話だな」
既に2人の皿は空っぽ。時間的にもそろそろ腰を上げるべきだろう。
「今日行くんだろ、さっそく」
「あぁ、まぁな」
「調べてみろよ」
「どうやってだよ」
「実際に行きゃあいいじゃん」
「絶対やだ」
次は何の時間だったかな?あぁ、クラスの自己紹介だ。
そう思いながら、教室に入っていく。
健の話にあった図書館の5階の奥、実際には”曖昧の書庫”と言われているそこの部屋に本当に入っていくとは。
このときの僕は、まだ微塵も思っていなかった。
◇◆◇
「川島君いる?」
午後に予定されていたクラスでのホームルームが終わり、早速図書館に寄ってから帰ろうかと荷物をまとめていたとき、クラスの女子に呼びかけられた。
「ん、なんだ?」
「川島君なんか悪い事でもした?」
どうやら僕は入学そうそう悪い事をした事になってるらしい。
「残念ながら僕が覚えている中で、悪い事をしたおぼえはないな。もっとも、僕が意識しないところで何か校則にふれるような事をやらかしているんだったら話は別だが。」
「掲示板に、早速呼び出しが来てるんだけど」
「……はぁ!?」
ちょっと待てちょっと待て。なぜそうなる。
午前中のガイダンスのときに先生が言ってた事を思い出す。
『——次は掲示板についてだな。この学校には各階に掲示板がある。授業の関係上、朝集まってショートホームとかはねぇからな。色々な連絡はここでする。呼び出しとか授業変更とか、委員会の招集とかな。』
『呼び出しの内容か? そりゃあ、よくあるやつだ。提出物出してなかったり、取りにこいって言ったものをこなかったり、後は悪い事して……まぁ、ペナルティするぞーって時かな』
あの先生結構テキトーだったな……て、違う違う。
呼び出し? いやまずいだろう。
さっき先生が言ってた例はどれもよくない事じゃないか。つまり僕が呼び出しを受けたってことはそれ相応の事をやったって事だ。
ひやり、冷たい感覚が体を駆ける。
「呼び出し?」
「やったやん。学年で1番目じゃん」
「祝いだ祝い」
「どんな事されたかレポートよろ」
クラスのみんなが騒ぐ中、僕はその呼びだしとやらを確認しに廊下に出た。
『1年2組 川島京 高等学部棟教員室まで来る事。』
うわぁ、本当だ。これは紛れもなく僕の名前だ。僕は何をしたって言うんだ。
しばらくその場に立ち尽くしていると、背中から誰かに飛びつかれた。
「いやぁ、ついにやったね!」
「僕は何をやったんだ? そこらへんをもうちょい説明してくれ、神山」
「いやぁ、まじめそうな君が呼び出し1番乗りな訳だから、すごいじゃいか!」
「うれしくない。だいたい学校で呼び出しなんて・・・生まれて初めてだ」
「……え、……まじで?」
「あぁ、小学校、中学校と義務教育はばっちり受けてきたが、呼び出しの類いは受けた試しが無い」
「ええええええぇぇっ!! そんなやついんのかよ!」
どうやら本気で驚いている。
しかし、本当に僕は学校内において先生の呼び出しを受けた事はない。
あくまで学校内の話であって、完全に呼び出しの経験がない訳ではないが。
「だったら、今日から君も呼び出され組の仲間入りだ!じゃんじゃん呼ばれようぜ!」
「絶対お断りだっ!」
「まぁまぁ、まずは誰が呼んでるか知らないが、行ってやろうじゃないか。教員室」
「……そうだな。行ってくる」
まずは行く事が先決だろう。呼び出されたんだからな。
そういって、とりあえず掲示板の前から動き出す。たしか2階だったかな。
「あぁ、そうだった。おい、川島!」
呼ばれて振り返る。健はこちらを見てニコニコしながら——
「明日でいいから、話聞かせろよ!」
お前もか。
教員室と行っても、実際は職員室と変わらない。
職員室としないのは、きっとそうすると職員の括りの人しか入れなくなるからだろう。
教員というのは、教授や教諭、その他教育に関わる人の総称の事をいうそうだから、ここの学校では教員室とするのが妥当だろう。
教員室は2階にある。新年度になったばかりで忙しいのであろう、いろんな人が出たり入っている。
しかし僕は困っている。
そのドアに、紙が貼ってあるからだ。
『ここは教員用のドアの為、生徒の使用を禁止しています』
ならどうやって入るんだ? もう5分はここで立っている。
ここに呼んでおいて、入るなとは。
いやはや、この学校は分からない。
そう思っていると、ドアの横にまた紙を見つける。
『教員室に用のある生徒は、隣の事務室にて受け付けています』
……分からない。
とりあえず事務室に行って、教員室受付の窓口があったからそこで受け付けてもらう。
「1年2組の川島なのですが、あの、掲示板に呼び出しがあったから……」
「あぁ、呼び出しですね、少々お待ちください。下の名前も聞いていいですか?」
「京です。川島京。」
「分かりました。いま確認しています」
そういって手元にあるパソコンを操作する。おそらく呼び出した先生を確認しているのだろう。
やがて。
「確認したのですが、図書館に向かうように指示が出ています」
「え。だって呼び出しの内容は——」
「ですから、はじめにここに来てもらって、それから図書館に行けという事です」
「……はぁ」
どうやら僕を呼び出した先生は面倒な事をさせたいようだ。
その後、図書館に行って、カウンターにいた司書に話をする。
事前に話が通っていたらしく、そのうちの1人が案内すると僕を連れて歩き出した。
そして、僕が連れて行かれた場所は、
「山本さん。連れてきましたよ」
「おお、ご苦労。入っていいよ、川島クン」
司書室だった。
山本さんと呼ばれたその人は部屋の奥の机のところにある椅子に座っていて、鼻歌まじりに本を読んでいた。
本を置いた彼女は、机に置いてあったマグカップに一口つけてからこちらに向かう。部屋中の香り的にコーヒーだろう。
「さて、川島クン。いきなり呼び出してごめんね。びっくりしたでしょ」
「……僕はいったいなにかしたのでしょうか?
まずは気になる事を単刀直入に聞いてみた。
しかし山本さんは、へ? と一瞬惚けたような顔をして、すぐに笑い出す。
「あぁ。何でもない何でもない!何もしてないよ、君は」
ずいぶん明るい司書だな、と思った。
背中の下の方まで伸びた長い髪を横で結って左に流している。見た目こそおしとやかな感じがする。
しかし、見た目とは裏腹にずいぶん元気な性格みたいだ。きっと外を走らせたら早いだろう。
山本さんは僕が何もしていないと言っていた。
それはほっとしたのだが、それならなぜ呼び出されたのだろう。
そんな僕をよそに、山本さんは飲んでいたコーヒーを一気に飲み干して、元気よく立ち上がる。
「さって行くか。ついて来な」
そういって部屋の奥にさっさと歩き出す。
僕も慌ててついていく。
「行くってどこへ行くんですか?」
「まぁついてこい、頼みたい事があるんだ。会わせたい子もいるんだ」
歩きながらこちらを振り返り、ニッと笑う。
僕に会わせたい子?
◇◆◇
今まで僕は数々の図書館に行ってみたが、その裏側というのは初めて入る。
しかし、ここは予想通りというか、そのさらに斜め上をいく面白さだ。
そもそも図書館そのものが大きいため、裏側もまた大きいのだろう。
各階には司書達が普段の事務作業等をする司書室。
注文しておいて届いた本が段ボールに入ったままや箱から出しただけの状態、カバーをかけてラベルを貼って借せる段階のままなど、いろんな状態で置いてある部屋。
そして、一般の利用者が使う—司書達はフロアと呼んでいたが、そこの本棚に収まりきらない本達を置いておく部屋など、1階から2階までの吹き抜けになっていた。
そして、そんな図書館の裏側の階段を、僕はのぼっていった。
「ねぇ、君。聞いてもいいかな?」
前を行く山本さんが訪ねてくる。
「はい、なんでしょう」
「学校の図書館同士って、結構つながりが深いんだけど、だからこれも聞いた話なんだけど。君、相当な本好きなんだって?」
「そうですね。本が好きかはともかく、図書館にはとにかく通いまくっていましたから」
「本が好きかはともかくって、好きな訳じゃないの?」
意外そうな声が返ってきた。
僕は急いで付け足す。
「あぁ、今は好きですよ、本。ただ、家に帰るのが面倒くさいなと思ったときに、たまたま図書室に行くようにしたら本にすっかりはまってしまって。ここの学校も、図書館が目当てで入ったようなものなんですから」
「そういう事か。変な事聞いてすまないな」
山本さんはそう言ってまた小さく笑った。
よく笑う人だなと思った。
会話に少し隙間が出来たので、今度は僕が切り出した。
「あの……その、えっと」
「ん? あ、普通に『山本さん』でいいよ。それか、いっその事『山本』でも——」
「分かりました。では山本さん」
いきなり司書を呼び捨ては駄目だろう。
「はいはい、何でしょう」
「少し伺ってもよろしいですか?」
「全然かまわないわよ。何、聞きたい事って?あ、でもスリーサイズとか年齢とかは駄目よ」
「そんな事聞きません!! ……えっと、僕を呼び出した理由なのですが」
そう、これだけはずっと気になっている事だ。はっきりさせておきたい。
「さっきからやけに詳しく図書館の裏側を案内してくれて、さらに僕の本好きにも突っ込んできて、要は——」
「要は?」
もちろんこれは憶測だ。でも"かまかけ"にはなるだろう。
「僕に図書館の裏側で働いて欲しいのですか?」
「おう、さすが察しがいいね。簡単に言うとそういう事」
やけにあっさり答えが出た。すこしばかり拍子抜けしたか。
ふいに、前を歩く山本さんの足が止まる。
「でもねぇ、川島君。一口に裏と言っても、色々なものがあるのよ」
立ち止まって気が付いた事だが、随分息が上がっている。
そういえば1階からずっと階段をのぼり続けている。今は多分4階までのぼっただろう。
少し息を整えてから聞き返す。
「というと?」
「例えば学校。生徒達にとって先生同士のやり取りはまさに裏の世界。忘れ物を取りにいった時の夕闇に浮かぶ学校もまた裏の世界。友達同士のやり取りだってそう。自分達の中の会話に対して、隣の友達同士で話されてる内容は分からない。逆に彼らにとっては、こちらの会話の内容が分からない。表裏という言葉はまさにこの事を言うのかもしれないね」
「なるほど。つまりは?」
「そして裏は新たな裏を作り出す。学校七不思議とかね。ああいうのも、生徒達が裏の学校の姿を想像し作られた話」
学校七不思議——僕は今日の昼、友達に聞いた話を思い出した。
「この学校にも……いや、この図書館にもそれに類似する話がある。『図書館の主』っていう話はもう聞いた?」
やっぱりその話か。ここは図書館だしな、山本さんの言う『図書館の主』とはここの噂、いや裏話についてしかないだろう。
というか、その話しか聞いてないからな。
「聞いた事なら。今日の昼に」
「そう。さすが、今どきの若者は情報が早いね」
そのとき僕は気付いた。
4階には司書室と小さな廊下があるだけで、今までの階とは明らかに面積が小さいこと。
この建物は5階立てなのに、上に行く階段がない事。
今僕たちの目の前に、1つの扉がある事。
「図書館5階の立ち入り禁止区域。普通の司書でも簡単には入れない曖昧の書庫にはこの学校の主が住み着いている、って話。ありゃ、半分は本当の話だ。」
山本さんが扉の前に立つ。
ふいに、彼女は僕に背を向けたまま問いかけてきた。
「ねぇ、川島君。すごく今更なんだけど、いいかな?」
今までの山本さんとは、少し違う印象を持った声だ。
「……なんでしょうか」
「この扉の向こうは、この図書館、いやこの学校全体の裏側であり、本質でもある物の1番の核とも言えるものがある。君はそれを見てしまったら、もう2度とそれを忘れる事は出来ないし、もう2度と以前の生活には戻れない。けれど、私達は君にいわば賭けている。もしかしたら君のような立場の人が、今の状況を変えてくれるかもしれないと。そこで、改めてきみに頼みをする」
そこまで言って、こちらをふり返る。
そこにあったのは今まで僕が見てきた中で、最も真剣な目だった。
「私に、いや私達に協力してくれないか?」
いやぁ、それにしてもこの学校に入っていきなり裏の世界へのお誘いとは。僕はこの学校ではそうとう目を付けられてるんだな。これは言動に気をつけなくてはならないな。
いや、真面目に考えよう。
山本さんが恐れているのは、僕が今までの生活に戻れなくなるって事だろう。冷静に考えると彼女は司書だ。この学校では教員の部類に入る。そんな立場の人が、普通はこんなお願いなんてしないだろう。
確かに、ここまで来ておいて今更な質問だろう。
けれど、僕の答えは決まっていたといってもいいだろう。
今僕は実家を離れて、学校の近くに1人暮らしだ。生活がどう変わろうが、別にかまいやしないだろう。
それに、以前の生活になんか戻らなくたって、僕はむしろ——。
「別にいいですよ。僕でお役に立つのなら」
「……ありがとう」
それだけ言って再び向こうを向く。
扉を開ける。
「本当は、あそこに住んでいるあの子は……、本当に非力で、うちらがここで匿っているようなものなのよ」
彼女に続いて、僕も扉をくぐる。
「『曖昧の書庫』にようこそ。川島京君」




