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曖昧の彼方  作者: 南傘 千里
第1章 灰色の出会い
10/10

09

しばらく本業の方が忙しく、更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

 午後の授業が始まるチャイムが鳴る少し前、司書の仕事を終えて図書館を後にする。

 山本から受け取った紙に書かれていた、集合兼待機場所へと向かう。

 今回の作戦のメンバー、(そら)とのんびりバカの佐藤(あいつ)、それから私。この学園内での立場も家の立場も違うので、不必要に一緒に居ることはない。もし誰かに見られたりしたら、いろいろと危険があるからだ。

 一緒に作戦を行うからといって、そこへの移動まで一緒にいることは無い。


 チャイムが響く学校の敷地内、(あお)の姿を見つける。校舎に入っていくようだが、どう考えてもギリギリ遅刻である。

 今回蒼は川島に指示を伝えるのみ。寄り道せずにアパートへ向かえという、『曖昧の書庫』からの指示を。

 川島の行動は大切だ。今回の目標である塚原という女子生徒とその中にいる人は、あいつを追いかけてくるからだ。まあ、川島本人には悪いけどな。

 蒼が後者に入っていくのを、ちらりと目で追いかけて見送る。きっと今日も彼の肩に下げられたバックからはティーセットでも出てくるのだろう。



◇◆◇



 大きな通りから少し離れたところに建っているアパート。川島が住んでいるアパートだ。その建物から、道を挟んで建つ別の建物の二階のベランダが私たちの待機場所。

 川島が住むアパートの駐輪場の屋根の上には宙。私たちの宙とで挟み打ちのようなものだ。

 連絡は、私と宙がそれぞれ取り合う。


 佐藤が飽きてきて、持ってきた札で遊びだしたりそれすら飽きてうとうとし始めた頃、ようやくアパートに人が帰ってきた。彼の周りに塚原の姿は……今の所見当たらない。

 当然ながら私たちに気付かない様子のそいつは、特に何も考えていないような顔で自転車をこいでいる。きっと家に帰ってゲームでもしようと思っているのだろう。すまない事にそれは出来ないが。

 隣でうとうとする佐藤を叩き起こして、確認させる。

「−−ねぇねぇ」

「なんだ、早く言え。時間がないんだから」

 相変わらずのんびりと言う彼女に少しイラついた声を返す。

 そんな私の急かす声も完全にスルーで、さらに続ける佐藤。

「うーん、なんつーか、時間がない(・・・・・)どころじゃないと思うよ。時間だよ(・・・・)って感じ」

 うんそうか、時間がないところじゃないか。……ん、え、それって、なんだ?

「ちょっと、見せろ」

「んわきゃぁ!!」

 のほんとベランダの柵にへばりつく佐藤を引っぺがして、自分もベランダに向かう。

 少し目を離した隙に、だいぶ局面は変わっていた。

 さっきまで一人でいた川島に覆いかぶさるように、同じ星海学園の女子生徒が詰め寄っている。こちらからは後ろ姿しか見えないが、彼女が塚原で間違い無いだろう。

 彼女からは、その中に入り込んでいる人の気配が手に取るように分かる。

 チッと舌打ちをして、宙との連絡を始める。

「もしもし、宙。聞こえる?」

『あーはいはい、聞こえるよー』


『俺が出るタイミングはそっちから言ってくれ。そのあとはこっちが出す』

「あいよ」


「札は?」

 いったんマイクを口から遠ざけて、緊張感の欠片も感じない佐藤に一言聞く。

 紙でできた札をヒラヒラと揺らして、これまたヒラヒラとした声で返事が返ってくる。

「大丈夫だよー。ちゃんとここに持ってるよ」

「……頼むから、すぐに陣を展開できるようにしといてよ」

 はーいと気の抜けた声。

 さて、これでいざという時しっかりと仕事をしてくれるんだから、あぁ困ったものだ。

 佐藤の事はひとまず、ベランダの外に目を落とす。


 川島のすぐ目の前に立っていた塚原は、ひょこんと後ろに飛び退く。

 おかげで川島の表情がこちらからも見えるようになる。

「−−、−−−−」

 彼の口が動いているのはわかるが、あいにくここからの距離では何を言っているのかまでは分からない。読唇術ではないが、口の動きから予測する。

「−−−−−−−−−?」

(……何か用か? 的な感じか)

 思わず自分の口角がニヤリと上がる。一般人の割には、ずいぶんと面白いことを言うもんだ。

 この質問は、なんらかの相手の刺激になるだろう。


 案の定、塚原は動き出した。

 さっきまで、川島から少し下がったところからあまり動きを見せなかったが、一歩。確実に川島に向かって歩き出した。

 手は後ろに隠したまま。川島からは見えないが、残念ながらこちらからは丸見えだ。何やら後ろの手をガサゴソとしている。

 −−嫌な予感がする。まさか女子高校生に武器なんて持たせてないよな。

 川島の顔は完全に固まっている。さすがに塚原の怪しい様子に気がついたか。

 塚原の足はゆっくりだが迷いなく川島のところへ、さっきまで後ろに隠していた手もゆっくりと前に持っていく。その手にはキラリと光る−−

(やばっナイフかよ! 何持たせてんだ!!)

 緊張で固まりつつあった喉を無理やり動かし、マイクに向かって声を荒げる。

 さすがにまだ何も知らせていないまま、怪我させたら川島に悪いからな。

「おい、宙」

『いつでも』

「そろそろ、相手はナイフ持ち」

『物騒だな』

「合図一つでいける?」

『当然』

 塚原が持つナイフに、川島もようやく気がついたのか、顔がうっすらと青ざめる。

 その瞬間、塚原はナイフを翻して走り出す。

 しっかりと目を凝らして、塚原と川島の距離を見ていく。

 できるだけ、できるだけ塚原を引き寄せて……、今。

「ゴー!」


 私がマイクに向かって叫ぶのと同時に、アパートの駐輪場の屋根から宙が飛び降りる。 

 飛び降りた場所はちょうど川島のすぐ後ろ。着地と同時に川島を殴って気絶させる。

『さて、と』

 気絶した川島をすぐそばの自転車に寄りかからせるように座らせると、体を起こして塚原の方に向き直る。

 いきなりの登場で、彼女は足を止めていた。

『お前が、星ノ本を追いかけてた奴か』

 あくまで冷静に、塚原に問いかける宙。


 その声をイヤホンごしに聞いてから、こちらも行動を始める。

 私は側に置いてあった銃をさっと手に持ってすぐに銃口を塚原に向ける。こちらからだとちょうど背中に向けて撃つ形になる。

 佐藤にも指示を出す。

「陣を出して」

「はーいな」

 ゆるい声を出して、私の後ろで札をヒラヒラさせていた佐藤はようやく出番が来たのかと目をキラキラさせる。

 目を閉じて、ふぅぅーっと深く息を吐く。再びゆっくりと目を開けると、さっきまでのふわふわした彼女はどこへやら。

 右手に持った札を口元に持って行き、ふっとかるくいきを吹きかけると、札に複雑な模様が浮かび上がり、全体がうっすらと光を帯びたかと思うと、佐藤の手を離れ宙に浮く。

 やがて札は音もなく千切れて空中に霧散したかと思うと、今後はさっき札があった空中に光が寄り集まって模様が浮かび上がる。さっき佐藤が札に浮かび上がらせた「陣」だ。


『−−私達の活動をさらに一歩進んだものにするには、やはり本家の皆様のご支援が不可欠であると、(おさ)はそう決断いたしました。……これは長の命なのでございます』

 相手の声が拾える位置にもマイクをつけた宙のおかげで、塚原の言っていることもイヤホンから聞こえてくる。


 佐藤は両の手をうまく動かして、札で形成した陣を私が構える銃の先端に移動させる。

 私は銃の照準を合わせながら、指をちょいちょいと動かして陣の位置を銃口に揃える。

 作戦で一番大切なところ。ちょっとでもズレると、私の弾はそれるし佐藤が作った陣も木っ端微塵になるから綿密に調整する。


『生憎だが、俺は星ノ本とはちょっと違うかな』

 宙の声。彼の言葉の中に聞こえてくる「あいにく」という言葉。いよいよ彼が塚原に向かって動きだす時に私たちに知らせる合図。

 すっと目を細めて、指を引き金にかける。タイミングを見計らう。


『だとしてもな……、お前らがどんなに願っても、再興だのなんだのしようと無いものは無いんだよっ』

 そう吐き捨てて、宙は地を蹴った。

 ぐんぐん勢いをつけて走る宙と、それに押されるように足を後ろに退ける塚原の距離はみるみる縮んで行く。

 宙は猛然と走りながら右手を左から右に払う。その手には彼がいつも使っている武器が。 

 私の銃もはたから見ればかなり厄介なものだが彼の武器(それ)もなかなか物騒な代物だ。

 そんな物騒なものが自分に迫ってきている。当然塚原は身動きが取れない。私たちにも気がつかない。

 そして宙は塚原のすぐ隣へ。持っていた武器を縦にし、鞘ごと地面に打ち付けて大きな音を出す。


 カーン!


 バンッ!


 彼の武器が高らかに音を出したその瞬間、私の指も動く。宙が鳴らした音に銃声を隠す。

 銃から飛び出した弾はただ人を打つ殺傷用のとは少し違う銃弾。私が宙や蒼達と独自に作り上げた、星ノ本の術等と併用するための銃弾。

 その弾は銃口のところに用意していた佐藤の陣のちょうど中心に当たる。弾はそのまま塚原のところに飛んでいき、陣はその弾に乗って運ばれる。

 そして、弾がちょうど塚原の背中に当たると同時に、佐藤の陣も塚原にぶつかる。

 塚原に激突した人は一瞬大きくはじけた後、彼女の中へと入っていき、術を発動させる。 

 彼女の中に入り込んでいる星ノ本信者の精神を塚原の体から切り離し、体内に封じ込める術。身体を動かす精神がなくなり、宙の隣で彼女の体はドサリと崩れ落ちた。


『ひとまず成功』

 宙の声が聞こえ、ようやく私は銃を降ろした。銃を置き、ウーンと思いきり伸びをする。同じ姿勢をずーっと保っていただけあって、体はすっかりガチガチだ。

「成功だってさ、おつかれさん」

 今回まだ札で陣を出すことしか仕事をしていない佐藤にも、とりあえず声をかける。


 さてと、ずっと待機していたベランダの柵に手をかけ、よいしょと立ち上がる。

 とりあえず宙達と合流。銃を肩にかけ、二階のベランダ道路へと飛び降りていく。

 今回の作戦の目標は塚原を『曖昧の書庫』へと運ぶ事。まだ半分しか終わっていない。



◇◆◇



 今日1日、僕の知らないところでなにがあったのか、長い話を山本さんから聞き終わった僕は山本さんに連れられて冷たい廊下を歩く。


 山本さん話にのよれば、今僕がいるのは学校の敷地内、しかも図書館のちょうど地下にあたるそうだ。

 図書館の四階、五階の部屋と同じようにここも『曖昧の書庫』の空間であり普通の人は入れないような作りになっているらしい。

 昨日僕が入ったような、本棚やベットなどが占拠しているような部屋ではできない、広い場所を使った戦闘訓練や地下でやったほうがいい作業なんかをしているそうだ。

 僕がついさっき、僕の自宅から真っ先に移動してきたあのだだっ広い空間は、本当にアリーナ−−体育館だった訳だ。


「塚原さんの体を操っていた人の精神もあの子から取り除いたし、あとは聞きたいこと聞き出して、今回の作戦は終わり」

 いやーあっさり終わってよかったーと呑気な声を上げる山本さん。

「え? 聞いて終わりですか?」

 普通こういう場合の流れだと、捕まえた敵から本拠地の場所を聞いて、攻め込んでリーダーを捕まえる程度はするんじゃないのか。

「んー、聞いて終わり。そのあとは『星ノ本家』がなんとかしてくれるだろうから」

 うちらの出る幕はなしっと、僕の質問にも言い切る山本さん。

 どうやら曖昧の書庫という団体は、宙さん達『星ノ本家』ともう一つ、ええと−−『真海家』とやらの人達と上手く仕事を分けているらしい。


「『曖昧の書庫』というのはね、本来は存在してはいけないもの」

 また山本さんがドアの前で足を止める。

「……んっと?」

 なんの前置きもない、それでいて意味深なセリフに、思わず聞き返してしまう。

 だいぶ歩いただろうか。さっきいた場所から考えると、アリーナの外側をぐるりと回りこんだようなぐあいだろう。

 ガチャと、山本さんはドアを開ける。

「うーんいや。この話はいいや。また後で、アイツらに聞いてみてよ」

 ドアを開けながら、僕の方を振り返る。アイツらというのは、宙さん達のことだろう。

 山本さんの後をついて、部屋の中に入る。


 部屋の広さ形などは、さっきアリーナから出てきてすぐにあったロビーのような部屋と同じくらいだろうか。しかし、その内装はだいぶ違っていた。

 さっきいたところは、普通の街中にあるような体育館のロビーのように、ソファーなどが多く並べられていた。

 もちろんというべきなのだろうか、壁はむき出しのコンクリートになっているが、その壁には横長な大きい窓が作られていた。その窓からは、明るいアリーナが見える。

 窓がある壁側には機械が並んでいて、まるで操作室かなんかのようだ。

 山本さんに連れられて部屋の奥まで進んでいくと、ちょうど棚で隠れていたところに蒼さんがいた。

「上手くいってる?」

「えぇ、まぁなんとか」

 山本さんの質問に、柔らかな雰囲気で答える。

−−なんだか、ティーカップでも出てきそうだ。

 蒼さんが手に持っているのは、理科室で見るような、太い瓶。なにやら中に光っているものがある。あれが……

「この瓶に入っているのが、さっき塚原さんの中に入り込んでいた人の精神。彼女から抜き出して、この中に入れています」

 蒼さんは瓶を持ち上げて僕に見せる。

「私が聞きたいことは終わりましたので、後はご自由に」

 そのまま瓶を山本に手渡す。


 山本さんは受け取った瓶を音を立てて机に置く。

 ひょいひょいと手を振って僕を近くに招くと、ガラガラとキャスター付きの椅子を二つ取り出して、豪快に座る。

 僕も椅子に座ると、目線が低くなった分例の瓶が近くに感じる。

 瓶の中にはもやもやした煙が蔓延している。小学校の理科の実験でよくある、気体の流れの観察などの実験に使うような、そんな煙。

 どう見てもそんな、線香の煙のような煙なのに。質量も感じないような煙なのに、なぜだか存在感だけハッキリと感じる。この煙が、ただの煙じゃないことを自分の中の何かが察している。

−−これが、人の精神……?


 蒼さんは、僕たちから少し離れたところで、壁にもたれてこちらを見ている。完全に主導権を山本さんに渡したようだ。


「さて、川島(けい)君。こいつが、今回の件の犯人なんだけど、何か君が聞きたいことってあるかい?」

 机に置いた瓶を指先でツンツンとつつきながら、僕に目を向ける。

「……って、僕ですか?」

 流れからして、山本さんが話しをするのだとばかり思っていたから、聞き返してしまった。

「そうそう。だって、今回一番被害を受けたのって君でしょ。聞きたいことを直接聞くなら、今がチャンスだよー」

 当然のような顔をする山本さん。

 まぁ確かに、僕が一番ひどい目に遭っているのだが、僕は別に話すことなど用意していない。

 瓶の中の煙を見下ろして、考える。


 この瓶の中に入っているのが、今回の犯人。

 僕が、コイツに聞きたいこと。

 僕は、何を聞けばいいのだろうか。

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