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いくさのくに  作者: 勅使河原アキ
遭遇編
4/24

4.軍議

景親と弥兵衛、そして良秀は座敷で今後の予定を相談していた。

是近と安隆の連合勢力に対して如何に戦うかである。

敵兵力は1000名。

しかし、現在もそうであるとは限らない。

逃した景親を捜索するのと平行して、安隆は国内の諸勢力の抱き込みに動いているはずだった。

ハマの国は水島家が治める国ではあるが、国内の全てを水島家が直轄しているわけではない。

豪族、名主といった多数の勢力の頂点に水島家がいるにすぎない。

景親は可及的すみやかにこれらの勢力を味方につけなければならなかった。

正当な当主は景親であるが、長いものには巻かれろというのがこの世界を生き抜くものの常識である。

遅れれば遅れただけ、寝首を掻かれて逃げ惑う当主よりも、後ろ盾を持った弟を選ぶ者が出てくるだろう。

急ぐ必要があった。


「長坂と飯田は味方のはず、こちらに使いを送りましょう」

「酒田はどうか」

「酒田の先代当主は酒の専売権で先代様とよく争っていましたから、土井に釣られた可能性もあります」

「父上」


良秀が声をかけた。

人が近づいて来たのを察知したためである。

少しして、襖の向こうから声が聞こえた。


「すいません、よろしいですか?」

「おお、公一か」


景親の顔が綻ぶ。

弥兵衛の視線に頷いて、良秀が襖を開ける。

公一が座敷に入ると、すぐ隣にいる良秀から厳しい視線を感じた。

先日の一件を根に持っているようだった。

歓迎の姿勢を見せる景親とは対照的である。


ウマがあったのか公一の話が面白かったのか、景親はやたらと公一を気に入っていた。

公一たちを客人として迎え、いつでも会いに来るがよいと公言していた。

また、景親たちは公一をどこか名のある武家のものだと勘違いしていた。

きっかけは父親が役場勤務の公務員だと話したことである。

そこから話が曲がりに曲がり、遠くの国の武士階級の子が武者修行に来ている、というのが公一に対する景親の認識であった。

組打ちで良秀を倒したことが、その思い込みに拍車をかけていた。


「如何されたかな」


弥兵衛が尋ねる。

その表情から公一は疑念と警戒を読み取った。

暗に『なにしに来たんだ、お前に用はないぞ』と言われている気がした。

しかし、そんなことで怯むわけにはいかなかった。


「手伝えることがないかと思いまして」

「かたじけない言葉ではあるが、ことはお家騒動。公一殿のお手を借りることは」

「じい、良いではないか。公一が味方してくれるのならば心強い」


断ろうとした弥兵衛を景親が遮った。

公一は内心でガッツポーズをする。

将を射んと欲すればまず馬を射よとは言うが、別に最初から将を討っても良いのだ。


「しかし景親様」

「今はすこしでも手が欲しい。そうであろ?」

「はっ、そのとおりでございます。しからば、確認したいことがございます」


弥兵衛が公一に向き直る。


「公一殿は我らになにをご要望じゃろうか」


弥兵衛も無償で公一が手を貸すとは考えていない。

なんらかの対価を求めるであろうことは明らかであった。


「身の安全の保証と衣食住の確保です」

「それならばすでに提供していると思うのじゃが」

「はい、この状況が継続することを望んでいます。そのための手伝いです」

「それ以外には?」

「なにも」


公一の素気ない答えに、弥兵衛は鼻白んだ。

景親たちは困窮している。

そこへ手を差し伸べるのだから、相応の見返りを求めるだろうと考えていた。

土地か、金か、もしくは仕官か。

それに比べれば寺の一部屋というのは無欲と言わざるを得なかった。

弥兵衛は、要求を口約束で呑んでおき、ことを終えたらなにかと理由をつけて反古とするつもりであった。

武者とはいえ、後ろ盾も持たぬ独り身では恐れることはない。

しかしこの程度であれば叶えても差支えはない。

そういった心の内を見ぬかれた思いがした。

渋い顔をする弥兵衛に対し、景親はむしろ感激していた。


「結構、いや大変結構。これぞ武人の鏡であるな。一宿一飯の恩で命を掛けるというか」

「いや、一泊ではありませんが」

「構わぬ構わぬ。何泊でもするがよい。ちょうど今後について話していたところである。公一も加わるがよい」

「そうさせて頂きます」


公一は一礼した。

景親が満足そうに頷く。


「なにをそう離れたところに座っておるか。ほれ、ここが空いておるぞ」


景親が自分の横をポンポンと叩いていた。

弥兵衛がなにか言うよりも早く、公一は立ち上がった。


「はい、では失礼して」

「うん」


公一が隣に腰を下ろすと、景親は満面の笑みを浮かべた。

その笑顔があまりに可愛らしかったため、公一は動揺を抑えるためにかなりの努力を必要とした。

12歳と聞いていたが、声変わりも始まっておらず身体は細い。

肌は陶器の白く、唇は朱を差したように赤く、元服を迎えていないためか長い黒髪をポニーテールのように後ろで結わえている。

まるで女の子のようであった。


「こんなに可愛い子が女の子のはずがない、が実在するとはな・・・」


公一がボソリと呟いた。

景親が首をかしげる。


「なにか言ったか?」

「いいえ、なにも」


公一はとぼけた。


「うほん。では、よろしいですかな」


景親と弥兵衛の相談が再開される。

しかし、手伝うと言ってもハマの国の事情などまったく知らない公一では誰を仲間に入れるかなどという話にはついていけない。

景親と弥兵衛の話を聞くだけの置物であった。

黙って話を聞いていた公一であったが、30分ほど経ったところでメモ帳とボールペンを取り出した。


「公一、それはなんだ?」


メモ帳に書き込んでいると、景親が興味深そうに覗きこんできた。


「メモ帳とペンです」

「メモチョウ? ペン? おおう、それで文字が書けるのか?」

「はい。この筆の中にインク・・・墨が入っていて、筆の先から勝手に出てくるのです」

「ほぉぉ、見事なからくりよの。それで何を書いているのだ?」

「これまでの話をまとめているんです。2人とも話してばかりで記録をとっていないので」


そう言って公一はメモ帳を破く。


「こちらが味方に引き入れる方。そしてこちらが敵方につくと思われる方。最後にこちらがどちらとも言えない方々」


3枚のメモ用紙が畳の上に並べられた。


「それぞれの方の兵数はわかりますか?」

「おおよそならばな。まず我が方が・・・」


弥兵衛の言葉に従って公一が数を書き込んでいく。


「公一、それは何を書いているのだ?」

「兵数ですが」

「数字なのか、それは」


公一は少し考えて、文字が通じていないことに気づいた。

漢字や平仮名は読めるようだが、数字は読めないようだった。


「これはアラビア数字です。大陸の数字です。漢数字とはこう対応します」


サラサラと漢数字とアラビア数字を書く。

漢数字は通じるようで、景親はふんふんと頷いている。


「このゼロというのは何だ? それに一から九までしかないようだが」

「十以上はこうやって1と0を組み合わせて表現するんです」

「ほう? ほほう?」

「奇妙な記法ですな」

「で、計算しますね」


それぞれの総兵数を公一が計算する。

ごく簡単な筆算である。


「我が方が1550、敵方が2500、中立が5150といったところですか」

「な、なんぞ!?」

「公一殿、いまのはいったい?」


景親と弥兵衛が魔法でも見たかのように驚いていた。

公一が首をかしげる。


「なにって、ただの足し算ですが」

「早すぎるではないか!?」

「そうですか?」

「まるでそろばんを使ったかのような早さでしたな」


公一としてはそんなつもりはなかった。

理系の大学生として、ごくごく平均的な計算速度のはずだった。


「じい、合っているのか」

「ええと、百五十の二百の四百の・・・」


弥兵衛がしばらくブツブツ呟いて計算する。


「合っておるようです」

「ほう? 公一は知恵者だの。どこで学問を修められたのか」


景親がキラキラとした目で公一を見上げてくる。

いまので公一の株が更に上昇したようだった。


「学校ですが」

「ガッコウとな?」

「公共の教育施設です。僕の故郷では6歳から15歳までは、みんな学校で勉強します」

「みんな? 侍や商人だけでなく農民の子もか?」

「はい」


景親は公一の話にしきりに感心していた。


「すごい国もあったものよの」

「よくそれで財政が破綻しないものですな」

「アラビア数字とやらもそこで習ったのか」

「はい」

「あとで俺にも教えてくれぬか」

「か、景親様!」


弥兵衛が景親を諌めた。

公一に支払う報酬を危惧したためだった。

大名の家庭教師、それも異国の知恵を教えるとなれば教師代としていくらかかるか。

この家督争いで失う財を考えれば、軽々しく決めていいことではなかった。


「いいですよ」

「おう、約束だぞ」


そんな弥兵衛の気も知らず、公一はあっさりと承諾した。

苦い顔をする弥兵衛の横で景親が無邪気に喜んだ。

弥兵衛が恐る恐る公一をうかがう。


「その、公一殿。教師の謝礼のほうはいかほど」

「お礼なんていいですよ。大したことではありませんし」

「いや、しかし」


弥兵衛は困り果てた。

ただより高いものはなく、値段を決める前に物を買うことの恐ろしさを知っているからであった。


「そうですね、昼ご飯をいただければ十分です」

「昼ご飯・・・」


公一にしてみれば、家庭教師に言った先でご飯を頂く程度の軽い気持ちであったが、弥兵衛は言葉の裏を考えた。


「その、昼ご飯というのはなにかの婉曲表現じゃろうか」

「はい?」


公一が首をかしげる。

弥兵衛にはそれが演技か素か、判断がつかなかった。


「山吹色の菓子などのような」

「ああ、お菓子は好きですが、昼ご飯にするにはちょっと物足りないですよね」

「足りないと!?」

「ええ。おかしいですか?」

「いや、しかし・・・」


弥兵衛の額には脂汗が浮き始めていた。

公一は首をかしげた。

弥兵衛が何をそんなに困っているのかわからなかったので、構わず話を進めることにした。


「話を戻しますが、いいでしょうか」

「うん。で、なんの話しであったろうか」

「兵数です。この通り、このままでは敵方が倍近い兵力を持ちます。まともにやっては勝てないのではありませんか」


これに反論したのは弥兵衛であった。


「戦は数ではない。雑兵などはいくら集めても屈強な武者には勝てぬものじゃ。事実、儂は戦場で何十もの敵兵を蹴散らしたことがある」

「なるほど、質も大切ですよね」


公一はメモ帳をめくった。


「では、各勢力のこれはという武者の名を上げていってもらえますか。知っている範囲で結構ですから」

「うむ? 構わぬが・・・」


弥兵衛がの上げる名前をメモ帳に書き連ねていく。

10分とかからず、有力武将のリストが完成した。


「この通りです。有力な武者は我が方には13名、敵方には22名。中立には46名となりました」


畳に並べられた数枚のメモ帳。

それが現在の敵味方勢力を物語っていた。


「劣勢ですね」

「ぐぅ・・・」


弥兵衛が唸った。


「じい、俺は弟に勝てぬのか?」


景親が不安そうに尋ねる。

膝の上で固く結んだこぶしがわずかに震えていた。


「景親様、決してそのようなことはございませぬ。たとえ数で劣っていようと、乾坤一擲の心意気があれば勝てぬ道理はありませぬ」

「公一はどう思う?」


景親に見上げられ、公一はすこし考えた。


「心意気、つまりは士気というものですが。これは戦をするにあたって重要な要素だと思います」

「おぉ、では」


景親の顔が明るくなる。


「ですが、景親は先の戦いで敗れて身を隠している有り様。逆に敵方は初戦を制して勢いにのっています。士気という点では向こうに分があるのではないでしょうか」


景親が俯いた。

眉が八の字になり、心なしかポニーテールもヘタっているように見えた。

公一は、笑顔もいいが、落ち込んでも可愛いなと、邪なことを考えた。


「公一殿は我らを負けさせたいのですかな」


弥兵衛が静かな怒気を含んだ声で非難した。

水島家の宿将に睨まれたならば、信春や光頼ならば震え上がったであろう。

だが公一は怯まなかった。


「僕が言いたいのはですね。戦に勝ちたいならなんらかの対策が必要なんじゃないかということです。勝てる勝てると念仏のように繰り返し唱えるだけで勝てるのならば武士などいらないでしょう。坊主だけで十分です」

「そこまでいうならば、なにか策があるのじゃろうな」

「とりあえず、中立の方々を味方に引き入れるのは難しいのですか?」

「難しかろう」


弥兵衛は即答した。


「理由を聞いても?」

「2つある。ひとつは説得している時間がないということじゃ。安隆めは我らを見つけ次第すぐに兵を動かすじゃろう。すでに味方である者達に使いを送り、兵を集めたらそのまま戦になるじゃろうな」

「もう一つは?」

「暗黙の約束があるのじゃ。中立勢力の半分以上は国境の者達じゃ。お家騒動に国境のものたちは巻き込んではならないことになっておる」

「なぜでしょう」

「理由はない。仕来りじゃ」


弥兵衛は当然のように言った。


「理由のない仕来りなら破っても差し支えないと思いますが」

「公一殿の国ではどうか知らぬが、ハマの国では仕来りを破る者が当主になるなど許されん。そんなことをして勝っても誰もついて来ぬじゃろう」

「下克上は仕来りに反しないのですか?」


公一は景親と安隆の状況を皮肉った。


「むっ? と、とうぜんじゃ! 是近さまと安隆めがなんと言おうと水島家の当主は景親様お一人。彼奴らにはいずれ天罰が下るであろう!」

「なるほど」


公一は腹の裏で弥兵衛をあざ笑った。

根拠の無い神頼みは公一のもっとも嫌うところだった。

天罰というものが真に存在するならば、この世に法は要らないのだ。


「国境の者を動かすのか?」


景親が見上げながら聞いてくる。

公一はゆっくりと首を横に振った。


「いえ、やめておきましょう」

「よいのか?」

「内戦ですからね。国境には兵を残すのが良いでしょう」


公一は1人、納得した。

どのみち、弥兵衛が強硬に反対すれば公一にはどうにもできない。

景親を説得すればできなくはないかもしれないが、それから現地の人間を説得する時間、兵が集まるまでの時間を考えると、そこまでするほどの価値もなさそうだった。


「となれば戦術でどうにかしなくてはなりませんね」

「公一は軍略にも詳しいのか」

「いえ、あんまり。そうですね・・・伏兵は使えますか?」

「伏兵なぞ、どうするのだ?」

「釣り野伏せとか。寡兵で大軍を破るには包囲か一点突破ですが、まぁ包囲戦がいいですよね」

「それはどういう戦術なのだ?」


景親の目が輝きだした。


「簡単に説明しますと、まずは部隊を大きく3つに分けて並べます。左右の部隊が伏兵です。中央の部隊が始め敵と戦い、ある程度戦ったら下がります。そうして敵の追撃を誘い、敵を引き込んだところで中央部隊が反転、同時に左右の部隊も攻撃を開始して敵を包囲殲滅します」

「ほう、なんとも壮大で見事な策よ」


口だけの説明でわかるかどうか不安だったが、景親はちゃんと理解しているようだった。

弥兵衛は難しい顔をしている。


「ただ、もちろんいくつかの問題点というか弱点があります。まず、これはあらゆる策に共通することですが、敵に意図を読まれないこと。前提が敵を釣ることですからね。次に構造的な問題ですが、中央部隊はただでさえ少ない部隊をさらに分けた少数で敵と戦うため、欺瞞ではなく本当に敗走しかねません。そうなれば残った伏兵部隊も各個撃破されるでしょう」

「いちかばちかということか」


景親の感想に対し、公一は首を横に振った。


「いいえ、決して運頼みではありません。必要なのは退却から反転攻勢に転じられる高い統率力と、伏兵たちを一気に動かすことのできる練度、そして策を敵に悟らせないための情報統制です。ありますか?」

「じい、どうだ?」


景親に期待のこもった目を向けられ、弥兵衛は困ったような表情を浮かべた。


「なんともいえませぬ。このような戦い方を指揮したこともなく、できるかどうか」

「・・・そうか。じいでもわからぬか」


沈黙が下りる。

手詰まりの空気があった。


「休憩しましょうか」


黙ってにらめっこをしても事態が良くなるわけでもない。

景親と弥兵衛もそう感じていたのか、軍議は一旦解散となった。

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