~新たな出会い~
よろしくお願いします。
初めて天然酵母パンを作った日から数日が経過した。
試しに作った酵母パンは、さすがに前世のようにふっかふかとまではいかなかったが、普段食べているパンよりは柔らかくなっており、両親を驚かせた。
調子に乗ったディナンは次は何を作ろうと悩みながら北の森に向かってゆっくり歩いている。 最近見つけたお気に入りの場所に向かうためだ。 約7、8メートルほどの広場で切株が2つあるだけだが、静かなので一人で考えに耽りたいときはここに足が向く。
まず、村の状況を軽く考えてみよう。
清潔面だが、少々懸念事項はあるがまぁまぁの部類に入るだろう。 トイレは小さい個室におまるのような物があり、下には受け取り桶がある。 隣には藁があり、それを手で揉んで柔らかくした後、お尻を拭く。 用を足した後は個人個人で外の肥溜めに持って行く形だ。 石鹸や、洗剤はないため手洗いや洗い物は水で洗って布でふき取る。 風呂も井戸の近くで水浴びか、川に入って行水状態だ。
交易は主に西の森目当ての冒険者たちが来るのでそれに起因する収入が一番多そうだ。 冒険者が来れば宿や、鍛冶、料理、雑貨など必要な物資を揃えようとする。 人が集まれば金が動くので定期的に商人もやってくる。 そう考えるとこの村は結構賑わっているのだろう。 なぜ村のままなのか、もう町と名乗ってもいいんじゃないか?
こう考えるとこの村はかなり豊かだ。 まだ会ったことのないこの村のトップ陣は結構やり手なのだろう。 冒険者の話だとこの規模では農業主体の牧歌的な村ばかりと話を聞くのでそっちが普通なはずだが。
そう思うと特に新たに生み出す必要はない気がしてくる。 パンは固さに嫌気が差したので酵母を作ってしまったが。 さてどうした物かとディナンが考えていると、森の奥の方から何やら歌が聞こえてきた。 清涼な風のようにふわりとディナンの心に染み入ってくる。
(なんだろう? とてもきれいな歌声だ。 すぐ近くみたいだし、ちょっと覗いてみるか)
ディナンは歌声が聞こえる方へと、森の中へ入って行った。
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そこはディナンが前に来た池だった。 歌は聞こえる、しかし何もいないように見える。 よく耳を澄ますと池から歌が聞こえるようだ。 ディナンが覗き込んでみるとどうやら底の方が明るい。
(なにか魔物でもいるのか?)
そう思い、池の淵に手を掛けさらに覗き込もうとしたら、不意に歌声が止まった。 それと同時に水面が盛り上がっていく。 徐々に形作っていき、少女のような容姿をした水の塊が現れた。
「な、なんだ!? なんなんだ!?」
ディナンはいきなりのことに腰が抜け、その場に座り込んで動けなくなってしまった。
『あら、何かと思えば人族の子供じゃない。 どうしてこんなところにいるのかしら?』
腰の抜けたディナンと目線を合わせるようにしゃがんでいるが、足は水面から離れており、少女は浮いている。
『……あら? あなた、魂と体がなんだか変ね。 体は人族のようだけど、魂は違うみたい。 あなたは誰?』
そんなことを呟いた少女は眼を細くし、殺気を含んだ視線をディナンにやり、警戒心を露わにする。
「お、俺はディナン、ディナン・シルバートだ」
重圧を感じるほどの殺気を、前世ではもちろんのこと、この世界に来てからもディナンは感じたことはなかった。 辛うじて絞り出した言葉を少女は吟味するようにふんふんと頷いている。
『で? どうして高位世界の魂を持っているのかしら? この世界を破滅しに来たのかしら?』
ディナンを見る目は相変わらずの鋭い。 凶器と言っていい、まさに針の筵だ。 だが、この質問だけは正直に言わないとこの場ですぐに殺されてしまうだろう。 そう考えたディナンは本当のことを話す。
「……いや、俺は転生したんだ。 前世で死んで、こっちの世界で産まれた。 もちろんこっちの世界を破滅に追い込んだりなどの考えは全然ない! これっぽっちもだ!」
『……ふ~ん、本当みたいね。 いいわ、自己紹介が遅れたわね。 私は水の精霊のウォルラっていうの。 よろしくね、ディナン』
そういってウォルラは水で出来た自らの手を差し出した。 ようやく強力な殺気から解放されて、冷や汗がいっぱいのディナンは、手汗がすごい自分の手をズボンで拭いてからウォルラと握手をした。
「こ、こちらこそよろしく」
こうして、ディナンは初めて精霊とのコンタクトをしたのだった。
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とりあえずお話ししましょうということになり、さっきまでいた小さな広場にやってきた。 お互いに切株に座り、一息ついたところでウォルラから話しかけてきた。
『一応、あなたにはこれを渡して置くわ』
どこから取り出したのか、ウォルラは透き通った深い青色の涙型のペンダントを、ディナンの前に差し出した。
「うわ~、きれいなペンダントだね」
『ええ、私の精霊力で生み出した特製のペンダントなんだから。 感謝してつけてなさいよ』
いろんな角度からペンダントを見ていたディナンがウォルラを目線を上げると、エッヘンと言わんばかりに腰に手をやり、胸を張っている。
「うん、感謝しているよ。 ありがとう」
そんなウォルラを見ていると前世での姪っ子を見ているようで微笑ましくなったディナンであった。
『むっ! 私のことを馬鹿にしているような顔してる!』
ぷくっと頬を膨らませながら怒っているウォルラをディナンは宥めながら、ウォルラに質問する。
「ウォルラは水の精霊だけど、どうしてこんな所にいたの?」
『ここは私が見回っている縄張りの一つなのよ。 さっきの歌は私自身の魔力を池に流して存在をアピールしてるってとこかしら』
そのあとも色々と聞いたり聞かれたりと、交互に質問し合う。 ディナンからは前世の街並みや、魔力がないことによって発展した科学のことを、ウォルラからは、自分はウォルラとしての個性はあるがすべての水の精霊と繋がっていることや、人族には使えない精霊術を使えることを。
楽しい時間はすぐに過ぎるもので、そろそろ太陽が地平線に沈みそうになっている。 家に帰らなければならない時間になったようだ。
「それじゃあウォルラ。 またお話ししようね」
『ええ、気が向いたらここに来るわ。 またね、ディナン』
互いに手を振りながらディナンは家路に着いた。
読んでいただきありがとうございます。
実は今回はディナンに新しい“物”を作らせようとしたのですが、なぜか新しい“者”を作ってしまいました。
物語が暴走するって本当だったんですね……。