表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

しらないところ

あやめは、ママに朝早く起こされて目をこすった。

ママが申し訳なさそうに言った。


「ごめんね。今日から保育園に行くから。」

「ほいくえん?」

「お友達がいっぱいいるところ。」


服を着せられながら、あやめは「ふーん」と言った。


……


あやめは、A型のベビーカーに乗っていた。2歳年下の弟「勇人はやと」を背中から抱きかかえるようにして座っている。本当なら、お姉ちゃんのあやめは歩かなければならないのだが、ママはいつも勇人と一緒に乗せてくれる。


「あやめは勇人の面倒を見てくれてるもんね。」


ママはいつもそう言う。「めんどう」という意味はわからないが、ほめてくれているのはわかった。


…ママは黙ってベビーカーを押しながら歩いている。

いつも行く大型スーパーが見えた。


(おともだちがいっぱいいるところって、あそこかな。)


あやめはそう思い、うれしくなった。スーパーに行くたびに、ボールがいっぱいあるところで遊ぶ。今日も行くんだと思った。

だが、ママはそのスーパーの前を通り過ぎた。


「ママ?」


あやめは不思議に思い、ママに振り返りながら言った。

ママが「うん?」と言って、あやめに微笑んだ。


「あそこじゃないの?」

「あー…スーパーじゃないの。保育園ってとこ。」

「ほいくえん…」

「うん。もうすぐ着くよ。」


あやめは前を向いて、きゃっきゃとはしゃいでいる勇人を抱きしめ直した。

…あやめの心に何か、嫌な気持ちが広がっていた。


……


あやめは、勇人を抱くママに手を引かれ、大きな建物の中に入った。

あやめと同じような子どもたちがたくさんいる。皆、大人の人に手を引かれていた。

泣いている子がいる…。表情のない子もいる。嬉しそうにしている子もいた。


(ここがほいくえん…)


あやめはそう思った。知っている子は誰もいなかった。


…ママが「おはようございます」と言って、教室に入った。


「おはようございまーす!あやめちゃんねー!」


1人の女の人がそう言って、あやめに駆け寄ってきた。


「今日からよろしくね。ゆり先生です。」


「ゆり先生」はそう言って、手を握ってきた。あやめはとりあえず「にこっ」とした。


「じゃぁね。あやめ。お友達と仲良くね。」


ママは抱いていた勇人を横に降ろしてそう言うと、あやめを抱きしめた。


「後で迎えに来るからね。」

「???」


ママは、まだ何もわかっていないあやめに微笑むと、勇人を抱き上げて、背を向けて去って行った。


「!!」


あやめは体が動かなくなった。


「さ、あやめちゃん、こっちおいでー」


ゆり先生がそう言って、あやめの手をぎゅっと握った。


……


あやめは声を上げて泣いていた。

ママがあやめだけ独り置いて、どこかに行くなんて事は今までなかった。


(ママ、あやめを嫌いになったんだ!!)


あやめはそう思った。…だから勇人だけを連れて行ったんだ…そう思った。


「あやめちゃん、大丈夫よ。みんなもいるからね!」


あやめの周りに、子ども達が集まっていた。何か心配そうにあやめを見ている。

1人の男の子が、いきなりあやめの手を引いた。あやめはびっくりして男の子の顔を見た。


「あそぼ。」


男の子はそう言って、あやめをおもちゃ箱のところまで連れて行ってくれた。


……


お昼ご飯は、色とりどりだった。あやめはいっぱい泣いたため、お腹がぐうぐう鳴っていた。


「はい!お手手合わせて「いただきます!」」


ゆり先生のその声と共に、皆が「いただきます!」と言った。

あやめは、まわりを見渡した。皆、スプーンを持って、争うように食べている。

あやめもスプーンを取り、お味噌汁をすくって飲んだ。

美味しかった。


……


「はい、じゃぁお昼寝しましょうねー!」


ゆり先生が言った。あやめがぼーっとしていると、ゆり先生が駆け寄ってきた。


「あやめちゃんも、ママが持ってきてくれたふとんを引いてね。ほらこっち。」


ゆり先生は、あやめのかばんのあるところまで連れて行った。

あやめは、先生の取り出したふとんを持たされた。あやめが抱きしめると「こっちよ」と言って、あやめの背中をそっと押した。皆がもうふとんの上で寝ていた。あやめはゆり先生と一緒にふとんを置いた。そして自分もねころんだ。ふとんから、ママの匂いがした。…ゆり先生が毛布をかけてくれた。


あやめは、すぐに眠りに落ちた。


……


「あやめー」


目を開くと、ママの顔が見えた。


「ママ!」


(どこに行ってたの!?どうしてあやめを独りにしたの!?)


そう言いたかったが、何も言葉が出ずにママの顔を見上げていた。

…すると、ママの笑顔が怖い顔に変わっていった。

あやめは怒られると思い、ぎゅっと目を閉じた。


……


あやめは目を覚ました。皆の寝息が聞こえる。ゆっくり頭を傾けて周りを見渡した。

保育園の中だった。

あやめの目に、また涙があふれ出てきた。でも今度は声を出さなかった。涙があやめの頬を何度も濡らした。


……


「さ、皆、園庭に出てー!」


ゆり先生がそう言うと、皆「わーー!」と声を上げて園庭に飛び出した。

あやめも、ゆり先生に手を引かれて、ゆっくりと出た。


スコップを持っている子もいる。ボールを持っている子もいる。…だが、あやめはどうやって遊べばいいのかわからなかった。


「!!」


あやめは、園庭にぞろぞろと出てきた小さな子供たちを見て、目を見開いた。


「はやと!!」


勇人がいた。別の先生に手を引かれて、歩いている。


「はやと!はやと!」


あやめがそう言いながら勇人に駆け寄ると、勇人がうれしそうに目を大きく見開いた。


「あやめ!」


勇人が「ママ」「パパ」以外に言えるたった一つの言葉だった。

思わずあやめは勇人に抱きついていた。勇人もあやめの体を抱きしめている。


先生達がおかしそうに笑っていた。


……


あやめと勇人は2人きりで、砂遊びをしていた。


「はやと、じょうずじょうず!」


あやめは、お姉さんらしく勇人をほめた。勇人は嬉しそうに、あやめを見た。

勇人の頬に筋が入っているのが、あやめの目に見えた。


(はやとも泣いたのかな…)


あやめはそう思った。


(…大丈夫だよ、はやと。ママがいなくても、おねえちゃんがはやとと一緒にいるからね!)


あやめは、そう心の中で勇人に言った。


……


「さぁ、1歳児さん達はお帰りですよー!」


先生の1人がそう声を上げた。

そして、あやめと遊んでいた勇人の体を抱き上げた。


「はやと!?」


あやめは驚いて立ち上がった。その時、ゆり先生があやめの手をそっと引いた。


「さ、3歳児さんもお帰りですよ。」

「いやっ!はやと!」

「あやめ!」


先生に抱きかかえられた勇人が、あやめに泣きながら両手を差し出している。


「はやと!」

「あやめ!」


お互いそう泣きながら呼び合った。先生たちは何か笑いながら、勇人とあやめの距離を離していく。


(はやとが連れて行かれる!!)


だが、あやめもゆり先生に抱き上げられて、教室の中へ連れ込まれた。


……


あやめは、座り込んで泣いていた。勇人がどこに連れて行かれたのか、全くわからなかった。

ゆり先生は傍にいない。

…さっき遊んでくれた男の子が心配そうに自分を見つめている。


すると、違う男の子があやめのところに駆け寄って来た。

あやめが濡れた目を上げた。


「泣くなっ!」


男の子はそう言って、突然あやめの体を突き飛ばした。


「!!」


あやめはひっくり返り、床に頭を打ち付けた。


「たーくん!!!」


ゆり先生の声がした。あやめは打った頭を抱えて、声を上げて泣いた。


……


外が暗くなってきていた。

あやめは、ぼんやり大人の人に手を引かれて帰って行くお友達を見ていた。


…1人1人、少なくなっていく。


その時、勇人が先生に抱かれて入って来たのが見えた。


「!?はやと!」


あやめは思わずそう言って、床に降ろされた勇人の傍に駆け寄った。


「あやめ!」


勇人がそう言って、あやめに手を伸ばした。あやめは抱きしめた。


……


あやめと勇人は、2人で積み木遊びをした。

遊んでいる間、一生懸命積み木を重ねる弟の頭を何度もなでた。


「あやめちゃーん!はやとくーん!ママが来たよー!」


そんなゆり先生の声がして、あやめは驚いてドアを見た。


ママがいた。そして息を切らせながら、あやめ達のところへ駆け寄ってきた。


「ごめんねーあやめ、勇人!いい子だった?」


ママはそう言って、あやめの体を先に抱いた。

あやめは泣き出しそうになった。…だが、勇人の前で泣いたらダメだと思った。

勇人が「ママ!ママ!」と手を差し出している。

ママは、あやめからゆっくり離れると、勇人を抱き上げた。


「さっお家に帰ろう!あ、その前にスーパーで買い物しようね!」


ママはそう言うと、立ち上がりながらあやめの手を取った。

あやめは「うん!」と言って、ママの手を強く握り返した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ