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秋の始まり

 私は、その歳には似合わない恋をしていたと思う。だから、周りの女の子たちのするおもちゃみたいなピアスとか、皆同じようなコートとかを身につけなかった。興味が無かったからじゃなく、繕わずにはいられなかった。素直でなんかいられなかった。あの人のために笑って、あの人のために泣いた。あの頃、私は何度も知らない自分に出会った。

恋をしていた。


 夏の終わりかけ、冷たい風が吹く。半袖からでた腕をさすりながら私は階段を降りた。後にした扉の向こうからピアノの音が聞こえる。小学生のルミちゃんが弾いているんだろう。ルミちゃんのピアノは私のより上手いのでつい足を止めて聴いてしまう。私は高校に入って、ピアノを習い始めたからまだまだぎこちない演奏しかできない。私はさっきやったばかりの曲を空中で弾きながら昨日の出来事を考えた。


 学校の帰り道、前から走ってくる人が見えた。

授業がはやく終わったので、太陽が真上にあった。私の歩いている少し手前で足を止め、周りを見渡した。腰に黒いエプロンをしてワイシャツをきた男の人だった。

私がその人の方に歩いて行くと、その人と目があった。すると、こちらに向かってきて、

「スーツの男の人見ませんでしたか」

と聞いた。息を切らしていて、紅茶の匂いがした。

私は、いいえ、とだけ早口に答えた。

その人は礼を言うと、私の後ろへ走り去って行った。白いシャツを着た背中が走って行くのが印象的だった。


白いシャツは、何処へ行ったのかな。真昼の午後にそんなことを考えた。

 その日、私は栄子という女友達と学校を抜け出していた。

「ねぇ、聞いてよ亜紀。」体育の時間栄子が、話しかけてきたせいだ。

振り向くと、体育館のステージに登った彼女は楽しそうな、いたずらな目をしていた。

そして、栄子には最近、初めての恋人が出来たということを知った。

その事を詳しく聞き出したくて、彼女に質問をぶつけていると体育教師に走るようにうながされた。栄子に抜けよう、と言ってしまった。


「大学生なの。兄の友達で、面白い人。」

人がほとんどいない明るい喫茶店で、栄子はブラックコーヒーを飲む。「一目惚れだったんだ。家に来たときに。こんにちは、って言って部屋に戻ったらもう好きになってたの。」

少し顔を赤らめて嬉しそうに話し出した。

これが恋してる人か。

いつもの栄子とはちょっと雰囲気が違う。

「全然気付かなかったよ。言わないしさ。」

私がちょっとむくれていると笑われた。

「あら、亜紀ってそういうタイプだったんだ。」

別に、友達のすべてを知りたいような女の子じゃないけど。

ただ、栄子が全然知らない子みたいだった。

「だって、栄子が言い出さなければ栄子が素敵な恋をしてるなんて知りもしなかった。」

「それは、秘密にしてたから。ほんとはすぐにでも誰かに話したくてしょうがなかったんだから。」

私はケーキにフォークを差し込む。

「言えない理由があったの?」

栄子は少し黙って私の顔をを見つめた。

「本気で好きだったんだもん。それだけだよ。」

ふぅん、と相槌を打ってケーキを黙々と食べた。栄子は不思議そうな顔をした。

私はそこそこ衝撃を受けていた。親友が私の知らない世界で生きている。この小さな喫茶店の外には、私が気付かないだけで本当は知らないことで溢れてるんだろうか。そんな気になった。

木曜の夜7時にバイトが終わって、薄暗い夜道を歩いた。心地よい充実感とちょうどいい疲労感。木曜の夜はいつもいい気分だ。電気屋の前を通るとき、ふと人影が見えた。こちらを見ているようだ。

私の方を見ているのだろうか。人影は背が高く、動かない。不気味だ。私はティーシャツに薄いカーディガンにジーパンと軽いサンダル。なんだか、イライラした。もう家に帰るだけなのにな。

 思い切って、歩幅を大きくして早く歩いて男の横を通りすぎた。

「え?ちょっと待ってよ。なんでさ。」

背の高い人影がこちらを向いて言った。

思わず振り返ると、同い年ぐらいの男の子だった。人懐っこい笑顔を浮かべている。

「おれだよ。わかんない?おれ、悠真。」

 悠真君は、私のいとこだ。明るくて、活発な同い年の男の子。

「悠真くん?」

「あっれー。まじ?気付いてなかったの?」

けたけた笑いながら、彼は私に近寄ってきた。

私が最後に会った悠真君は、私より、すこし背が高いくらいで「チューガクセイ」っぽい顔立ちで、私より年下にも見えるような感じだった。

「背が伸びすぎだよ。知らない人がこっちをみてると思って怖かったんだから。」

そういうと、腰をかがめて私の顔を見て笑った。

「そうだろ?亜紀ちゃんも女っぽくなったね。」

子供みたいな笑顔は全然変わっていない。


 「久々に亜紀ちゃんに会いに行ったらさ、おばさんがバイトだって言うからさ。迎えに来たわけ。」

私は悠真君の変わりように、なんだか落ち着かなかった。私の部屋で、似合わないピンクのマグカップを持ってる彼は、黒いスキニーに黒いティーシャツなんてラフな格好をしていてちょっとかっこいい男の子みたいだ。

 悠真君、かっこよくなったね、と言ってみると彼はちょっと照れてなんだよー、からかうなよなんて言った。たった、半年ぐらいまえにあったばかりのやんちゃないとこは、生きてるだけで、男に近づいてるようだ。

「亜紀ちゃん彼氏出来た?」

コップから目だけを上目使いにしてこっちを見た。

「なぁに。それを聞きに来たの?」

まぁいいじゃん、なんて笑いながら私の近くのクッションに座る。目を輝かせる彼に

「いないよ。」

と、答えると、悠真君は肩を落とした。

「なぁんだ、つまんねぇな。おれの周りにコイの話があるやついねぇなあ。」

悠真君が柄にも会わず、「コイノハナシ」なんていうから、笑ってしまった。

「悠真君どうしたの、会わない間にコイ、なんて言っちゃって…」

「わかってないな、亜紀ちゃんは。おれは恋多き男なの。」

子供に教えてあげるみたいに言った。

悠真君は結構私のことを、なめている。私はいつも少しだけくやしい。

「悠真君には何が分かってるのよ。」

ちょっとむっとして言うと、彼は一瞬目をそらしたが、自信満々に言った。

「おれ、好きな子いるもん。」


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