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不吉な黒髪と捨てられた令嬢は夜会で元親友に嵌められる…はずが…?【短編完結】

作者: 南雲
掲載日:2026/06/05


 エルゼは目の前の光景にまるで後ろから頭を殴られたような感覚を覚える。

婚約者であるセルージと親友のフローリアが唇を合わせていた。

日が沈みかけている中、ガゼボで抱き合いながら唇を合わせる二人はまるで演劇の中に登場するヒロインとヒーローだ。


 エルゼはフラフラとした足取りで何とか帰宅したが、親友だったはずのフローリアが何故セルージと一緒にいるのか分からないし、それを深く考えようとすればするほどに脳内がパニックに陥ってしまいそうになる。

フローリアはいつもエルゼの傍にいて、ずっと一緒だった。

エルゼとセルージが婚約したこともとても喜んでくれていたはずだ。


『凄いわ。あのセルージ様と?とても嬉しい、応援するわ』


セルージはレイヴァン侯爵の嫡男であり、婚約者候補はたくさんいたようだ。

そんなセルージと恋仲になったのは、セルージから声を掛けてきたことがきっかけだった。

このあたりでは珍しい黒髪ということもあり、幼少期はよくいじめられた。

でもセルージはこの黒髪を綺麗だと言ってくれた。

優しく、とてもいい人だった。

なのに…―。


 嗚咽を漏らしながら、エルゼは寝台の上で膝を抱えて泣き続けた。

目が覚めたらこれが夢であってほしいと強く思いながら眠りについた。



数日後



 エルゼはセルージに呼び出されていた。わざわざ侯爵家に呼び出されたのは“あのこと”について何か言われるのではないかと思っていた。最近素っ気ない態度をされていたことも、フローリアも同様に話し掛けても無視されることがあったことも…すべて繋がった。


 通された応接間に向かい合うように腰を下ろすと、セルージは口を開いた。

目の前に置かれた紅茶に手を付ける気は起きない。


「今日は話があって呼び出したんだ。婚約の件だが…解消してほしいんだ」

「理由は?」


口元に嘲笑を浮かべる彼にエルゼは居住まいを正した。


「君のことが好きじゃなくなったんだ」

「…見ました。この間、フローリアと一緒にいましたよね」


 思った以上に震えていた言葉は真っ直ぐにセルージに向かう。

セルージは足を組み、ふっと小さく笑う。その笑いは当然エルゼを馬鹿にしたものだ。


「はぁ…。君に声を掛けたのは、王家に近いゲイレン家の長女だからだよ。本気でこんな不吉な汚い髪の女に、俺が惚れるとでも思ったのか?」

「え…―。そんな、」

「従順なところも扱いやすいと思ったのに。でも、君の親友のフローリアは伯爵家のご令嬢でもあるし、それにキミよりも綺麗だからそっちを選んだだけだよ。当然のことだろ」

自分が一度でも愛した男性は、自分のことを少しも好いてくれていたわけではなかったようだ。


―私だけが、好きだった。


 あまりにも惨めで、あまりにも苦しいこの現実から目を逸らすようにエルゼは大理石の机の端をぼんやりと見つめた。

 その後、セルージは他にも何かを話していたようだったが、何も耳には届かなかった。

婚約破棄は正式に認められ、フローリアとセルージの婚約についても徐々に周囲に噂が広がる。

裏ではコソコソとエルゼの惨めさを嘲笑するものもいたようだが、そこに意識が向かないほどにエルゼは落ち込んでいた。


 そんな、ある日のこと。

ぼんやりと静かな湖を眺めながら、膝を抱え込むように座り込むエルゼの隣に誰かが座る気配がして顔をやると、そこには見知った人物が座っていた。


「久しぶり」

「あ…久しぶりね。どうしたの?」

「たまたま湖が見たくなってここに来た」

「…そう」


 エルゼの隣に座るのは、幼馴染のノアだった。

カルヴィン公爵家の嫡男であり、エルゼの幼馴染でもあるノアは第一王子の護衛も務める優秀な男だったが、婚約者が一向に決まらないことだけが唯一の欠点だといわれている。

 何故かノアが首を縦に振らないようだ。

羨ましいほどに艶やかな金髪に、エメラルドグリーンの瞳、眉目秀麗な彼は昔からモテているようだが、何故かあまり女性が好きではないようだ。

 

 無言の二人は前方に視線をやり、一瞬強い風が吹いた。

髪がサラサラと揺れて、草花の柔らかな香りが鼻腔を擽る。

昔からノアの隣は心地がいい。何も言わなくとも、居心地がいい。

おそらく、ノアの耳にもエルゼの婚約話が破棄になったことは届いているはずだ。


「先週、婚約話が来たんだけど、断ったんだ」

「…そうなの。何故?」


前方を見ながら静かにそう言ったノアは続けた。


「好きな人がいるから」

「え?!そうなの?!…そ、それは知らなかった。婚約の話があまり進んでいなかったのはそれが原因なの?」

「そうだよ」

みじかい返事だった。ノアに想い人がいることを初めて知ったエルゼは数回顎を上下させる。


「ノアに想い人がいたなんて知らなかった!好きな人と婚約できるといいわね。心から願ってる」


 エルゼは自分が婚約破棄をされ、しかも親友に裏切られていたことで酷く落ち込んでいたが幼馴染のノアにも好いている人がいることを嬉しく思った。

綺麗な横顔を見ながらそう言うと、その顔がゆっくりとこちらへ向けられる。


「君のことだよ、エルゼ」

「……え?」


 真剣な眼差しがエルゼに向けられる。

目をしばたたき、今放たれた言葉を理解しようと脳内をフル回転させるが、混乱は解けない。

あまり笑わないノアが微笑を浮かべている。


「エルゼが幸せなら俺がどうこうしようなんて思わなかった。でも…―」


 ノアはそういってエルゼに手を伸ばす。

黒い長髪にそっと触れる。


「もう待たないし我慢しないよ。俺と付き合ってくれないか」

「……そ、れは…だって、あまりに急で…」

「傷心しているところに付け入るようなことはしたくないけど、もうエルゼが泣いているところは見たくない。俺だったら絶対に裏切ったりしない」

「……」

「ずっと昔から、君のことが好きだった。セルージが何を言おうと、俺はこの艶やかな黒髪が世界で一番美しいと思っているよ」


 何を考えているのか分からない人だった。でも、よく観察しているとノアが好きなものや、嫌いなもの、色々なことがわかるようになった。昔から気づいたら傍にいる存在。

ノアは誤解されやすいが、とても優しい人だということはわかっている。

だからこそ、この告白に応えていいのか悩む。

まだノアを恋愛として好きではないから…―。


「ごめんなさい、私は…その、ノアのことそういうふうには見てなかったから」

「知ってるよ。じゃあこれからは男として見てくれる?」

「……」

「無理にどうこうしようなんて思わないよ。でも少しは意識してほしい」

ふっと、花が綻ぶような笑みを浮かべるノアにエルゼは不覚にも胸が鳴る。

頬が紅潮するのを感じながら、その火照った頬の熱を下げるように両手で頬を包む。


「来週の社交界パーティーは参加するの?」

「…する、予定よ」

「俺も参加するから大丈夫だよ」


 ノアはエルゼの不安を見透かしているようにそう言った。

来週の社交界はフローリアたちも参加する。

当然、セルージとの婚約破棄の噂は立っているはずだ。周囲の人からの視線が辛くなることは想像に難くない。

それでもいかないという選択はない。負けたような気になるから。


「それは心強いわ」

「大丈夫だよ、俺がいるから」


 普段は口数も少なくて、何を考えているのか分からない彼が今日のようにエルゼに喋りかけるときは決まってエルゼが落ち込んでいる時や悩んでいる時だった。

今更、そんなことを思い出してしまった…―。


♢♢♢


 今日は、婚約破棄されてから初めての公の場となる、社交界の夜会だった。

エルゼは、緊張でドレスの裾を握りしめそうになるのを必死に堪えていた。 両親には既にセルージとの件を伝えてある。二人は深く事情を聞いてこなかったが、ただ静かにエルゼを抱きしめてくれた。その優しさが、今のエルゼの支えだった。

 今日のドレスは、ふんわりとしたシフォン生地の淡い桃色。 ハーフアップにセットされた黒髪には、控え目なパールのイヤリングが揺れている。 首元には、両親から贈られたピンクゴールドのネックレスが優しく光っていた。

ほんのりと紅で染められた頬は、少しでも多幸感を出したくて、普段はしない化粧を施したものだ。


(……似合っているかしら)


きっと今日、セルージとフローリアは自分たちの婚約を公にするのだろう。 考えると胸が締め付けられるが、そんな時は不思議とノアの真剣な眼差しが脳裏に浮かんだ。


『大丈夫だよ、俺がいるから』


 彼の言葉を思い出すだけで、不思議と背筋を伸ばせる気がした。


「いってきます」


 エルゼは前を向き、馬車へと乗り込んだ。

会場に到着すると、既に多くの貴族たちが談笑しながらグラスを傾けていた。 エルゼはホールの壁際に身を寄せ、友人を探すが、まだ到着していないようだ。

すると背後から、「エルゼ……?」と、聞き覚えのある声がした。


 振り返ると、そこにはフローリアが立っていた。 ゆるく巻かれた腰ほどの髪を揺らし、小走りで近づいてきたのだろう。少しだけ息を切らせている。

 フローリアは口元に手をやり、申し訳なさそうに視線を彷徨わせ、眉を八の字に下げた。 着こなしている菫色のドレスは、彼女の儚げな雰囲気に非常に似合っている。


「……ごめんなさい」


 蚊の鳴くような声で、フローリアが謝罪を口にする。今にも泣き出しそうな彼女を見て、エルゼは「泣きたいのは私の方なのに」と冷めた感情を抱いた。 だが、それを言葉にすることはできなかった。 すべては自分が選ばれなかった、それだけのことだ。


「ごめんなさい……そんなつもりはなかったの。でも、どうしても彼に惹かれていってしまって――」

「分かっているわ。もう、正式に婚約を?」

フローリアが「ええ」と小さく頷いた、その時だった。


「どうしたんだ?」


 案内を遮るように、セルージが姿を現した。彼はエルゼを牽制するようにフローリアの隣に立ち、当然のようにその肩を抱き寄せる。 エルゼは胸に走った痛みを隠すように、あえて口角を上げて見せた。


「いえ……ちょっと、エルゼとお話ししていたの……」


 フローリアが潤んだ瞳でセルージを見上げる。

その瞬間、セルージの目が険しく釣り上がった。


「まさかエルゼ、またフローリアを虐めていたんじゃないだろうな! ずっと前から君がフローリアを妬んで、陰湿な嫌がらせをしていたと聞いているぞ!」

「いいえ! そんなことは……っ」

「フローリア、本当のことを言ってくれ。俺が君を守るから」


 エルゼは必死に否定しようとしたが、セルージから向けられるのは、まるでゴミでも見るかのような蔑みの視線だった。 既にセルージの中で「エルゼ=悪女」という筋書きが出来上がっているのだ。

フローリアは顔を両手で覆い、大粒の涙を流しながら、わざとらしく泣き崩れた。


「エルゼは悪くないの……私が悪いのよ! 婚約者を奪ってしまったのだから、ここで彼女に叩かれたって、どんな酷い言葉をぶつけられたって仕方が……っ」

「そんな…っ! フローリア、私はそんなこと…っ、」


(先ほどの謝罪は、全部これのための演技だったの…?)


何度も、何度も信じた人に裏切られるショックに、足元が崩れそうになる。 セルージの怒鳴り声のせいで、会場の野次馬たちがコソコソとこちらに注目し始めるのが分かった。


「……セルージ様、来てくれてありがとうございます。お陰で、酷い目に遭わずに済みましたわ」


 フローリアが涙を拭いながら、エルゼを犯罪者扱いするような言葉を重ねる。 かつて隣で笑い合い、「ずっと一緒だよ」と言ってくれた親友の面影は、もうどこにもなかった。

 絶望の淵に立たされたエルゼに、フローリアが涙を隠すようにすっと顔を近づけてくる。 そして、エルゼの両手をそっと握り――周囲には聞こえない低い声で、耳打ちした。

「……本当は大っ嫌いだったのよ。ずっと、ずっとね。能天気に笑って、両親からも周囲からも無条件で愛されるあんたが……心底、大っ嫌いだった」

「…―っ」


 あまりの衝撃に、エルゼの息が止まる。 親友だと思っていたのは自分だけ。彼女は最初から、エルゼを激しく憎んでいたのだ。 あまりの醜悪さに、言い返す気力すら奪われていく。


「おい、ゲイレン家の令嬢が何かやらかしたらしいぞ」 「やっぱりね。あんな不吉な黒髪だもの。だから婚約破棄されるのよ」


 周囲の容赦のない囁きが、エルゼの耳に突き刺さる。 早くこの場から逃げ出したいのに、恐怖で足に力が入らない。

その時だった。


「――彼女は何もしていませんよ。私がずっと、見ていましたから」


 低く、しかし会場の全員の耳に届くほどに澄んだ声が響いた。 同時に、温かい大きな手がエルゼの肩を優しく抱き寄せる。


「え、ノア……?」


驚いて見上げると、そこにはいつになく冷徹な表情をしたノアが立っていた。 ノアはエルゼを守るように庇いながら、セルージとフローリアを冷たく見据える。


「私以外にも、私の友人である騎士たちが先ほどからあなた方を見ていましたが、エルゼが手を挙げようとした事実など一切ありません。周囲の給仕たちに聞けば、証人はいくらでも集まりますが……そこまでして、ありもしない罪で彼女を陥れたいのですか?」

「な、何をおっしゃるのですか、カルヴィン公爵令息!」


 セルージが顔を引きつらせる。 ノアはカルヴィン公爵家の嫡男であり、第一王子の護衛。その言葉の重さは、一介の侯爵令息であるセルージの比ではない。


「白々しいですね、フローリア嬢」


 ノアの氷のような視線が、フローリアを射抜いた。


「あなたは親友の婚約者を奪った立場なのですから、本来なら社交界から後ろ指を指されて当然の身。そもそも、婚約者の親友と不貞を働くような男も、正気とは思えませんが」

 淡々と、しかし容赦なく急所を突くノアの言葉に、セルージとフローリアは苦虫を噛み潰したような表情で行き詰まった。

周囲の風向きが、一瞬で変わる。 「え、じゃあ今のって狂言だったの?」「友人の婚約者を奪っておいて被害者面なんて……」「なんて浅ましいのかしら」 先ほどまでエルゼに向いていた侮蔑の視線が、今度は一転してセルージたちへと突き刺さる。

 顔を真っ赤にして怒りに震えるセルージと、嘘が露呈して真っ青になっているフローリア。 エルゼがノアを見上げると、彼は「大丈夫だよ」と、エルゼにだけ分かる優しい眼差しを返してくれた。

じんわりと、心の奥が温かくなっていく。 この人が隣にいてくれるなら、もう何も怖くない。

 エルゼは綺麗に背筋を伸ばし、にっこりと微笑んで、哀れな二人へ完璧な一礼をした。


「良かったです。セルージ様、あなたのような方と婚約解消できて。それからフローリア、あなたのような方と完全に縁を切ることが出来て、本当に嬉しいわ。どうぞ、お二人でお幸せに」

ノアにエスコートされながら、エルゼはくるりと向きを変えて歩き出した。 背後からは、二人の弁明の声と、それを冷笑する周囲のヒソヒソ声が聞こえていた。

「――上出来だよ、エルゼ」

人がいなくなった通路で、ノアがふっと表情を緩めた。


「そんなことないわ。ノアが来てくれなかったら、私、今頃泣きながら走って帰っていたもの」


 緊張が解けたせいか、じんわりと目頭が熱くなる。エルゼは涙を堪えるように、小さく天を仰いだ。

その時、会場から華やかな音楽が流れ始めた。 軽快で美しいピアノの演奏が、夜の空気を震わせる。

一瞬足を止めたノアは、エルゼの前に立ち、優しくその手を取った。


「俺と、踊ってくれませんか?」

「ええ、喜んで」

 

 エルゼは微笑み、彼の手に重ねた。 軽やかなメロディーに合わせて、二人は踊り出す。 ダンスはあまり得意ではなかったが、ノアが完璧にリードして、エルゼが一番綺麗に見えるように合わせてくれた。

気付けば、自然と心からの笑みが溢れていた。 それを見つめるノアもまた、見たこともないような優しい笑みを浮かべている。

 周囲の貴族たちが、驚愕の表情で二人を見つめていた。 「氷の仕事人間」と噂され、社交界でも滅多に笑わないカルヴィン公爵令息が、一人の令嬢をあんなにも愛おしそうに見つめて微笑んでいるのだから。

けれど、エルゼはもう周囲の目なんてどうでもよかった。 ただ、ノアの温かい手の温もりだけを感じながら、夢中でステップを踏み続けた。


♢♢♢


それから、数週間が経過した。


 フローリアたちの不貞と夜会での醜態は、あっという間に社交界中に広まった。 風の噂では、周囲からの冷たい視線に耐えかねた二人の関係は早くも破綻し、婚約破棄だのなんだのと揉めているらしい。実際のところがどうなのかは知らないし、エルゼにとってはもう、どうだっていいことだった。セルージとフローリアの行いも貴族たちに伝わり肩身の狭い思いをしていると両親から聞いた。


 今日はノアとデートをしていた。

デートと言っても、忙しいノアの休日を邪魔することはしたくないので、近くのカフェでお茶をしていた。


「ねぇ、ノア」


 街の小さなカフェのテラス席。 エルゼは居住まいを正し、目の前に座るノアを真っ直ぐに見据えた。

ティーカップを手にしていたノアが、それをゆっくりとソーサーに戻す。 直前まで飲んでいた紅茶の味が分からなくなるほど、エルゼの心臓は早鐘を打っていた。

夜会の日から今日まで、ノアは忙しい合間を縫って、何度もエルゼを外へ連れ出してくれた。 落ち込む暇もないほどに、彼と過ごす時間は楽しく、温かかった。

 気付けば、ノアと一緒にいる時間は「楽しい」だけではなく、胸が苦しくなるほどの「ときめき」へと変わっていた。 思い返せば、幼い頃からエルゼが泣いているとき、ノアはいつも無言で傍に寄り添ってくれていたのだ。


―温かくて、優しくて、まるでひだまりのような人。


「ノア…私、ノアのことが好き。ずっと、私の傍にいてくれてありがとう」

「……」


 ノアは想像すらしていなかったのか、エルゼからの突然の告白に、大きく目を見開いた。 長い睫毛が何度か揺れ、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳が、じっとエルゼだけを映し出す。

一気に体温が上昇していくのを感じ、エルゼは恥ずかしさのあまり視線を落とそうとした。

ガタっと激しい音を立てて、ノアが勢いよく立ち上がった。テーブルに両手をつき、弾かれたように身を乗り出す。


「本当に? エルゼ、今のは本当に、俺への好意として受け取っていいのか?」

「え、ええ、本当よ。嘘なんて言うわけないわ」


 ノアの端正な顔が、一気に限界まで緩んだ。まるで張り詰めていた糸が切れたように、深く、愛おしそうに息を吐き出す。


「絶対に幸せにする。君の傍にいられるなら、これ以上の幸せはないよ」

「私の方こそ、ノアの傍にいられるなんて、世界一幸せだわ」

そう微笑むエルゼを見つめるノアの瞳は、心なしか嬉しさで潤んでいるように見えた。



♢♢♢


 それから数か月後。 二人は正式に婚約を交わした。

あの“浮いた噂一つなかったノア様”が、すんなりと婚約者を迎えたことに、社交界は大層驚いたという。


「だって、ノア様の方がずっと昔からエルゼ様に一途だったんですって」

「あらまあ、素敵! だから他のご令嬢からの縁談をすべて断っていらしたのね」

そんな噂話を交わす街の人々の視線の先には、今日も仲睦まじく歩く二人の姿があった。

「あ、ほら、あのお二人…」

「最近よくいらっしゃいますね。どうやら、エルゼ様のお気に入りのスイーツがこの店にあるそうで」


 お気に入りのカフェの店員たちが、窓の外の二人を見て微笑ましそうに顔を綻ばせる。

エルゼが少し照れくさそうにノアを見上げると、ノアはそれに応えるように、世界で一番甘い笑みを浮かべて彼女の手を握り直した。 流れる空気は、砂糖菓子よりも甘い。



見つめ合う二人の、重なり合ったエルゼの細い薬指にはノアの深い愛を表すような、きらきらと眩い婚約指輪が、太陽の光を受けて美しく輝いていた。





END



最後までお読みいただきありがとうございます。

長編予定を短編に変更したため、色々と端折りましたが、面白かったと思ってくれた方はいいね!や、ブックマークなどで応援してくださると嬉しいです。

ありがとうございました!

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