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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第7話 初めてのダンジョン、初めての(秘密の)お仕事

 冒険者ギルドが管理するD級ダンジョン「ゴブリンの洞穴」。


 湿った土の臭いが肺にまとわりつき、鼻を刺すカビの不快な香りが地下空間の奥へと淀んでいる。天井からは水滴が断続的に落ち、岩肌を伝う音が、静寂の中でやけに大きく反響していた。


 本来ならば、初心者冒険者が足を踏み入れただけで心拍を乱し、暗闇の奥に潜む気配へと神経を尖らせる場所だ。


 だが、今の俺にとっての脅威は、蠢く魔物でも不気味な暗闇でもなかった。


「ユキ! 一歩も私の隣から離れるなよ。いいな?」


 赤髪を揺らしたアリアが、俺の肩を強く抱き寄せる。ミスリル銀の鎧が擦れ合い、カチリ、と硬質な音が耳元で鳴った。鎧越しに伝わる確かな体温。戦場を幾度も駆け抜けた彼女特有の、鋼と風と、それでもどこか野に咲く花のような香りが、至近距離で鼻孔をくすぐる。


「ユキくん、魔物が出てきても絶対に前に出ちゃダメですよ? 私たちは、そのためにいるんですから」


 フィーナが慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、俺の右手を柔らかい両手で包み込む。清潔な石鹸の香りと、聖女として人を救い続けてきた温もりが、掌からじんわりと染み込んでくる。その視線はまるで「守るべき弟」を見るかのように、過剰なまでの優しさで満ちていた。


「……ユキ。私のローブの影にいろ。そこが最も安全な魔導座標だ」


 ボサボサの銀髪を揺らしながら、ルナが無表情のまま俺の背後へ回り込み、服の裾をぎゅっと掴む。淡い魔力の揺らぎがローブの裾から漂い、空気の温度がわずかに変わった。


 Sランクパーティ三人に文字通り密着され、身動きすらままならない「箱入り」状態。洞穴の湿気とは別の熱が頬に集まり、顔が赤くなっていくのを自覚する。


「あの……これでは探索に支障が出ます。俺は数歩後ろで控えていますから」


 内心の動揺を押し隠し、「強がり」の仮面を被る。どうにか説得し、三人をそれぞれの定位置へと下がらせた。


 ようやく確保した自由。


 だが――俺の本番は、ここからだ。


 先頭を行くアリアは、魔剣『紅蓮丸』を軽々と握り、堂々と進んでいる。その背中は頼もしいが、足取りは恐ろしく「雑」だった。罠を警戒する視線も、床石の微細な歪みを読む観察も、ほとんどない。


(……おっと。角の先、三枚目の床石がわずかに浮いているな)


 歩きながら、密かに《土魔法》の《探知ソナー》を走らせる。


 地中を伝う魔力の波が、半径数十メートル以内の構造を立体的に描き出していく。土の層、空洞の広がり、壁裏に潜む金属部品の配置。神経を大地に這わせるような感覚が、脳裏に緻密な地図を結ばせる。


 前方にあるのは、踏み込むと側面から毒矢が射出される原始的な罠だ。構造は単純だが、至近距離で浴びれば無傷では済まない。


 その石を、アリアは鼻歌でも歌いそうな余裕で、完璧に踏み抜こうとしている。


「アリアさん、待っ――」


 言いかけて、口を閉ざした。


 ここで「罠がある」と指摘すれば、レベル1のポーターがなぜ見抜けたのかという疑問が生じる。特に、あの鋭いルナに疑念の隙を与えるのは避けたい。


 俺は身をかがめ、リュックの紐を直すふりをして、指先を地面に触れさせた。


 《土魔法:遠隔操作リモート・ワーク


 一瞬。


 思考が、大地と直結する。


 地中を通じて魔力の奔流を送り込み、壁裏に隠された発射機構の隙間へ泥の粒子を滑り込ませる。粒子は瞬時に圧縮・硬化し、コンクリート以上の強度へと変質。矢の出口を完全に封鎖する。


 所要時間は、わずか「0.5秒」。


 神話級の魔力制御による、芸術的なまでの無力化。

 直後、アリアのブーツが床石を無造作に踏みしめた。


 カチッ――

 という虚しい作動音が、土壁の奥で小さく響く。


「ん? いま、なんか床が軋んだか?」


 アリアが足を止め、首を傾げる。


「気のせいじゃないですか? 湿気で石が緩んでいるのかも」


 平然と促すと、彼女は「そうか、あはは!」と豪快に笑い、再び歩き出した。


 その後も、俺の「秘密のお仕事」は続く。


 ルナが古代文字の解読に夢中で引っかかりかけた《ワイヤートラップ》は、地面をわずかに隆起させて足場を作り、そもそもワイヤーに触れさせない軌道へと導いた。


 フィーナが「綺麗な模様ですね」と無邪気に触れようとした、触れた瞬間に呪いが発動する壁の《呪詛の紋様》は、指先が届く直前に魔力回路を書き換え、ただの「光る落書き」へと変質させた。


 落とし穴。毒霧。崩落式の天井。


 気づけば六個目だ。


 いずれも、彼女たちは存在すら知らないまま通過していく。

 結局、一度も危機に陥ることなく、俺たちは最奥部へとたどり着いた。


「なんだ! 今回のダンジョン、罠が全然ないじゃないか!」


「ふふっ、きっと神様がユキくんを守ってくださったのですね」


「……あるいは、構造的な欠陥。どちらにせよ、幸運ラッキーだわ」


 上機嫌な三人の背後で、俺は額に滲んだ汗を袖で拭い、深く息を吐く。


(……いまので六個目なんですが。アリアさん、さっきの落とし穴、埋めてなかったら今頃底なし沼でしたよ)


 最強の力を隠し、無自覚な彼女たちに「守られているフリ」をする。

 その実、彼女たちの命を完璧に救い続けているのは、俺だ。


 俺が望んだのは、目立たず、争いから遠ざかった「平穏なスローライフ」だったはずだ。


 だが現実はどうだ。


 魔王と戦うよりも神経を削る、過保護な戦場。

 湿った洞穴の奥で、今日も俺は誰にも知られぬまま、世界最強の土魔法を行使し続ける。


 ――バレたら、面倒どころでは済まないのだから。

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