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最強の《土魔法》使いの少年――バレると面倒なのでレベル1ポーターを演じてます  作者: 猫野 にくきゅう


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第2話 Sランクパーティのスカウト

 ギルドの中央ホールは、粘りつくような沈黙に支配されていた。


 つい数秒前まで、俺を「寄生虫」と呼び、安っぽい笑いを撒き散らしていた男たち。その声が、嘘のように消え失せている。マルスの歪んだ薄笑いさえも、今は恐怖に近い驚愕によって凍りついていた。


 視線の中心にいるのは、俺ではない。


 俺の目の前に立つ――一人の女性だ。


 燃えるような赤髪をポニーテールにまとめている。その紅は、血の色ではなく、朝焼けのように鮮烈だ。戦場を駆ける風をそのまま形にしたような、鋭さとしなやかさを併せ持つ美貌。


 Sランクパーティ『白銀の乙女』のリーダー。そして、この国最強の剣士。


 『剣聖』アリア。


 彼女が纏うミスリル銀の鎧は、灯りを受けて淡く輝いている。その輝きは決して派手ではない。だが、確かに違う。幾多の戦場を越えてきた者だけが持つ、揺るがぬ存在感。


 その圧倒的な威圧感が、澱んだギルドの空気を一瞬で塗り替えていた。


「君、ポーターなんだろう? さっきクビになっていたようだが」


 鈴を転がすような、それでいて芯の通った声が俺に降り注ぐ。


 その瞬間、俺は無意識に呼吸を整えていた。


 《偽装》の盾は、常に張っている。だが、相手がSランクともなれば油断はできない。魔力の揺らぎ一つ、視線の流れ一つが命取りになる可能性もある。


「……はい。そうですが」


 平坦に返す。


 余計な感情は乗せない。卑屈にも、強気にもならない。


「ちょうど良かった! 私たちのパーティに来ないか?」


 ――爆弾発言。


 アリアの一言で、凍りついていた空気が、再び音を立てて固まった。


「……は?」

「Sランクが、あのレベル1を……?」


 背後から漏れるマルスたちの驚愕の声。椅子が軋み、誰かが酒瓶を落とす。ガシャン、と乾いた音が広がる。


 だが、彼女はそれらを一切気にしていない。


 彼女の赤い瞳には、ただ俺一人だけが映っている。


「あの……。俺は見ての通りレベル1で、スキルも《アイテムボックス》しかありません。戦闘には一切、貢献できませんが」


 言いながら、ギルド証を差し出す。


 一時的にプレートからカードに戻されたそれには、淡い光と共に文字が浮かび上がる。


 【ユキ:レベル1】

 【職業:ポーター】


 神話級の鑑定魔法すら欺く俺の《偽装》。


 転生特典《経験値獲得量一万倍》によって到達したレベル1600超えの実力も、規格外の魔力量も、すべて覆い隠している。


 このカードに映るのは、ただの無能。


 だが――そのカードを見た瞬間。


 アリアの赤い瞳が、ルビーのように輝いた。


「よし! 完璧だ! 君、採用!」


「……え?」


 思考が一瞬、止まる。


 完璧?


 レベル1で、戦えないポーターが?


 戸惑う俺をよそに、アリアはぐっと距離を詰めてきた。


 近い。


 鎧の表面は冷たい。だが、その奥から伝わる体温は確かに温かい。汗と鉄の匂いの中に、野に咲く花のような、かすかな甘い香りが混じる。


 彼女は俺の肩をガシッと掴んだ。


 その指先に込められた力は、明らかに加減されている。それでも骨に響くほど強い。


 ――逃がさない。


 そんな意志が、はっきりと伝わってきた。


「いいか、ユキ。私たちは今、優秀な『雑務の専門家』を探しているんだ」


「……専門家、ですか」


「そうだ。戦闘ができる中途半端な奴は、すぐに前へ出たがって私たちの邪魔をする。だが、君はいい! 戦えない! レベル1! そしてアイテムボックス持ち! これこそが、私たちの求めていた『理想』だ!」


 理屈は単純。

 単純すぎる。


 だが、彼女の中では一本の筋が通っているのだろう。自分たちが前線を制圧する。その後方を、確実に支える者が欲しい。


 そして何より――

 彼女の瞳の奥で、別の炎が燃えている。


 庇護欲。


「それに……」


 アリアはさらに顔を寄せた。

 耳元に、吐息がかかる。


「さっき、あんな奴に追放されるのを見ていたぞ。……可哀想に。レベル1なのに、これまで一生懸命、健気に働いてきたのに……悔しかっただろう?」


 違う。

 悔しくはない。


 想定内だった。

 俺はただ、平穏に生きたいだけだ。目立たず、追われず、干渉されず。


 だが彼女の中では、物語が完成している。


 虐げられた可弱き少年。

 それを拾い上げ、守る最強のお姉さん。


 完全に、ロックオンされている。


「もう大丈夫だ。これからは、私が君を守ってやる」


 大きな手が、俺の頭に置かれる。


 優しく。

 しかし、確固たる意思をもって。


 何度も撫でられる。その動作に、打算はない。ただ純粋な保護の感情。


 かつてアルトリア王国の王子として生まれながら、国を、親を、守れなかった俺。

 燃え落ちる城の中で、何もできなかった赤子。


 あの日の絶望から逃げるように、俺はレベル1を演じ続けてきた。

 強すぎる力は、再び争いを呼ぶ。


 だから隠す。

 だから弱者を装う。


 だが――。


 彼女の過保護なまでの温もりは、想定外に心地よかった。


(……この人は、俺を王子としてではなく、ただの『ユキ』として守ろうとしているのか)


 Sランクパーティ『白銀の乙女』。


 目立つ。

 確実に目立つ。


 だが、その圧倒的な存在感の影に隠れればどうだ。


 俺の規格外の魔力も。

 レベル1600超えの正体も。


 誰にも気づかれないまま。

 むしろ「守られる側」として自然に溶け込めるのではないか。


 究極のスローライフ。


 最強の盾の内側で、ひっそりと暮らす。

 理想的な隠れ蓑かもしれない。


「……よろしくお願いします、アリアさん」


 小さく頷く。


 その瞬間、彼女の表情がぱっと明るくなった。

 太陽のような笑み。


「いい返事だ! さあ行こう、私たちのハウスへ案内する!」


 強引に手を取られ、立ち上がらされる。


 背後では、マルスが絶望的な顔で立ち尽くしている。

 ギルド中の男たちが、嫉妬と殺意を混ぜた視線を俺に投げつけてくる。


 ……全然、平穏じゃない。

 むしろ、嵐の中心に立っている気分だ。


 だが。


 俺の手を引く彼女の温もりは、嘘がない。

 迷いもない。


 こうして俺は、最強の力を隠したまま――


 最強のお姉さんたちに「守られる」という、最も贅沢で不自由な潜伏生活を始めることになった。

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