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小南弘怜人の事件簿

作者: name
掲載日:2026/01/22

 扉に鍵をかけるとその男は振り返った。

 窓は全て施錠され、唯一の出入り口である扉も今施錠された。

 これでこの部屋は完全に密室だ。


 「これが事件当日の状況です」


 この書斎で館の主、大金望代(おおがねもちよ)は死んでいた。

 望代は口から血を流し、机に突っ伏した状態で死んでいた。

 口内から後頭部にかけて銃創があり、近くには銃が落ちていた。

 鑑識の結果、銃から望代の指紋が検出された。

 部屋に荒らされた様子はなく、争った形跡もない事から警察は自殺と結論づけようとしていた。


 だが、それに異を唱える一人の男がいた。

 チェックの鹿撃ち帽を被った蝶ネクタイの男。

 男の名前は小南弘怜人(こみなみぐれいと)。かつていくつもの難事件を解決し、天才高校生探偵として世間から称賛されていた男だ。


 この小南こそ「大金望代の死は自殺ではなく他殺だ」と関係者をここに集めた張本人だ。

 しかも「犯人もわかっている」と豪語している。

 

 人手不足が社会問題となっている昨今、警察でも人手不足は深刻化し凶悪事件の検挙率は右肩下がりとなっていた。

 これを重く見た政府は法を改正し、検挙率の向上と誤認逮捕を防ぐため、国の認定を受けた探偵も警察や遺族、はたまた容疑者からの要請があれば事件の捜査ができるようになった。

 この小南弘怜人こそ、その認定を受けた探偵だ。

 小南は、警察からの要請を受けこの事件を捜査していた。


 集められたのは刑事を含め6名。

 館で働いている未野星雄(ひつじのほしお)(62)と明戸憲子(めいとのりこ)(29)、望代の姪である園田美衣(そのだみえ)(46)と夫の(さかえ)(45)。あとは刑事の金田弧論暮(かねだころんぼ)(52)に、部下の山田太郎(やまだたろう)(25)だ。

みな、一様に困惑している。


「山田刑事、当時の状況の説明をお願いします」

「はい」

 小南に説明を求められ返事をする山田、この春念願の刑事になった新米刑事だ。

 山田は紺のスーツの内ポケットから取り出した手帳を開くと当日の状況について語った。

 

 4月28日午後12時5分時頃、銃声を聞いた未野が部屋に駆けつけたところ扉には鍵がかかっており、同じく駆けつけた明戸に鍵を取ってくるよう指示をした。

 明戸と入れ替わるように、こちらも銃声を聞きつけ被害者の姪である園田美衣が駆けつけ、明戸が鍵を持ってくるまで、扉の前で未野と一緒に待っていた。

 その間、未野は声をかけながら何とか扉を開けようとしていたが、鍵のかかった扉はガタガタと揺れるだけで開くことはなかった。

 戻ってきた明戸から鍵を受け取った未野が扉を開けると大金望代が血を流し机に突っ伏し死んでいた。


「で、他は?」

 草臥れたコートを着た年配の男が言った。

 金田弧論暮、山田の上司だ。


「はい」

 上司の声に、山田は背筋を正し報告を続けた。

 その時間美依の夫である栄えは、街のゴルフショップにいた。

 これはゴルフショップの店員も間違いないと証言している。

 

 当初は園田夫妻が疑われた。

 理由は経営する会社がうまくいっておらず、昨日ここへ来たのも望代にお金を融通してもらおうと頼みに来たからだ。

 しかし望代は夫妻の頼みを一蹴した。

 そこで二人は望代を殺した、警察はそう考えた。

 頼みを無下に断られた怒りもあるだろうが、望代に夫や子供はいない。望代が死ねば財産は美衣のものとなるからだ。


 今日は機嫌が悪いだけで明日になれば気が変わるかもしれないとここに泊まり、事件当日、栄は血縁関係のない自分は望代に好かれていないため同席しない方がいいと思い出かけたと供述している。

供述どおり栄えはゴルフショップにいたのでアリバイが証明された。

 他の者も同じだ。

 鍵が保管されているのは一階で、当時未野は二階で明戸は一階で仕事をしており銃声を聞きすぐに駆けつけたと供述している。

 この屋敷に階段は一カ所しかない。美衣が望代を殺し、鍵を戻しにいったとすればどちらかとすれ違ったはずだ。もし、すれ違わなかったとしてそんなに早く部屋に駆けつけることはできない。

 それに鍵が保管されているキーボックスの記録では他に持ち出された記録はなかった。

 館の主である望代は鍵を持っていたが、部屋にあった望代のバッグの中に入っており、その鍵を使うのは不可能だ。

 そういった理由から三人が望代殺しの犯人など有り得なかった。


 部屋は荒らされた様子もなく窓にも鍵もかかっていた。 

 こういった状況から警察は自殺と結論づけた。

 

 おかしな点はなかった。

 扉と窓は施錠されていたうえ部屋には誰もいなかった。

 仮に窓に鍵がかかっていなかったにしてもここは三階だ、飛び降りたら怪我ではすまないだろう。

 つまり「これは自殺だ」とここにいる誰もがそう考えていた。


「密室で殺人なんてできるはずがない。みなさんそう考えているのでしょう」

 山田の説明が終わると小南はそう言った。

「小南君の言うとおりだ。どう考えても殺人は無理だ」

 沈黙の中、最初に口を開いたのは金田だった。

 殺人だとすると犯人はどうやって部屋から消えたのか?

 金田の言葉は皆が思っていることだ。


「金田刑事の言うとおり、密室なら犯人が部屋を出るのは不可能です」

「じゃあ自殺しか考えられないじゃない。部屋には誰もいなかったのよ」

 声を荒げながら美衣が言った。

 美衣の言葉を皮切りに、皆が「他殺は無理だ」「これは自殺だ」と口々に小南を非難した。

 小南の言う通り殺人なら、刑事以外ここに集められているのは容疑者ということになる。

 自分が容疑者とされれば気分の良いものではない。


「落ち着いてください」

 皆を宥めるように小南は言う。


「確かに殺して部屋から出るのは不可能です」

「やっぱり自殺じゃない!」


「チッチッチ」と小南は人差し指を口元で振りながら続けた。

「扉に鍵がかかっていたならばね」

 

 !!!!!


 小南の言葉に皆は驚愕する。

 殺人は不可能なのは密室という前提があるからだ。

 その前提が崩れてしまえば不可能は可能になる。

 小南の言うとおりだとすれば犯人は……。


「それでは私が嘘を言っていると?」


「違いますか、未野星雄さん」


 未野を見て小南は、はっきりと言った。


「嘘は申しておりません。鍵がかかっていたことは憲子と美衣様もご存じかと思います」

 

「はい。未野さんは開けようとしましたが開きませんでした」

「そうよ。彼は必死に開けようとしていたわ。扉が揺れるほどにね」

 眉一つ動かすことなく未野は淡々と答え、それを二人が立証する。

 扉が開かなかったことを明戸と美衣は目の当たりにしていた。


「本当にそうでしょうか?」

 小南は笑みを浮かべそう言った。

「この扉の鍵はさきほど閉めました。皆さんも見てましたよね」

 小南の言葉に全員が頷く。

「じゃあこの扉は開かないということになります」

 

 小南の手がドアノブを掴む。

 

 言葉を発する者はなく、皆緊張した面持ちで小南を見ていた。


「ふん!」

 

 小南の手に力が入る。

 

 前腕筋や二頭筋さらには大胸筋が隆起する。


 部屋中に『バキバキ』と破壊音が響き扉は開いた。


「ほらね」


 振り返った小南は満面の笑みを浮かべそう言った。

「なにがやねん!」

 反射的に山田はツッコんだ。


 剥き出しの僧帽筋に三角筋、二頭筋や前腕筋、更にはタンクトップから覗く大胸筋やショートパンツから伸びる大腿筋に下腿筋にいたるまで、全ての筋肉が己を主張している。

 更にオイルアップされたテカリのある小麦色の肌が筋肉のカットを際立たせている。

 小南はこの筋肉で鍵のかかった扉を開けた(壊した)のだ。

 鹿撃ち帽に蝶ネクタイ、タンクトップにショートパンツ。靴下は穿かずスニーカーを直履きといった小南は格好だけではなく頭の中も滅裂だった。


「鍵は壊れていたのです」

「壊しただろ! それも今! アンタバカだろ!」

 壊れた扉を指しながらそう言う小南に再び山田がツッコミを入れた。


「なるほど」

「あんたもかい!」

 パチンと何かを叩く音が響いた。

「あっ!」 

 山田は思わず金田の頭を叩いてしまったのだ。

「すみません」

 山田がすぐに謝罪をすると、金田は憤慨することなく「これが若さか」と感慨深げに呟いた。


「まあ、最後まで見てなさい」

「はい……」

「小南君、続けてくれ」

 金田の言葉で小南は話を再開した。


「この通り鍵は意味をなしていませんでした。それなのに開かなかったという証言は不思議ですね。そうでしょう未野さん」


 皆の視線が未野に集まる。

 無茶苦茶な推理だ。

 あんな推理で犯人扱いをされるとは、未野はさぞ憤慨しているだろう。

 そう思いながら山田も未野に目をやった。


「!!!」


 未野を見て山田は愕然とした。

 天田の予想に反し、未野の顔は青ざめ、体も少し震えている。


「弁明があれば聞きますが?」

 小南がそう言うと未野は膝から崩れ落ちた。


「全てお見通しということですか……」

「ええ」

「さすがは天才探偵の小南さん。あなたが来た時点でこうなるだろうとは思っていました。そうです金田望代を殺したのは私です」


「えええー!」


 山田は堪らず声を上げる。

 そんな山田を余所に、未野は事件について喋り始めた。

「私は寝ている望代に銃を握らせ、引き金を引かせ望代を殺すと部屋から出ました。そして今駆けつけたかに見せるため、廊下を走り息を切らせると部屋の前で憲子が来るのを待ったのです。階段から憲子の足音が聞こえるとドアノブを掴み、鍵がかかっているように装いました」

「でも、力を入れてないなら扉が揺れるはずは?」

 明戸憲子と園田美衣は扉が揺れるほどの力で未野が開けようとしていた証言している。

 パントマイムの達人でもない未野に二人の目を欺けるほどの演技ができるとは思えない。


「小南さんはもうご存じなのでしょう」

「当然です」

(嘘つけー!)

 小南の自信に満ちた答えに、心の中でそうツッコんだ山田とは対照的に、未野は「やはりそうですか」と力なく呟き言葉を続けた。


「押したのです」

「!!!」

 山田は扉を見た。

 小南のせいでストライクプレートが枠ごと削り取られているが、問題はそこではなく扉だ。強引に開けられた扉は外に向かって開いているのだ。

 つまり、外からだと引くことになり当然押しても開くわけがない。

 銃声にパニックになり二人はそれに気付かなかったのだ。


「小南さんが扉を開けたのは。扉は外に向かって開というのを示されたのでしょう?」

「そうです」

(絶対嘘やん!)

 したり顔で答える小南に出かかった言葉を堪える山田。


「じゃあ、たまたま大金氏が寝ていたので突発的に犯行に及んだと?」

「いや、これは突発的な犯行ではありません」

 金田の質問に小南が答える。

「でも遺体から睡眠薬は検出されていません」

 今度は我慢せず山田は声に出した。


「そうですよね。未野さん」

 小南は全て解っていると言わんばかりに未野に向かって言った。


「小南さんの仰る通りです。私はこれを使い大金望代を眠らせました」

 未野はポケットからあるものを取り出した。

「五円玉!?」

 それは紐の付いた五円玉だった。


「催眠術ですか」

「そうです」

(んなバカな!)

 金田の問に未野が答え、山田が心の中でツッコミを入れた。


「催眠術で眠らせた望代を私が……。後は先程話したとおりです」

「銃はどこで?」

「ネットで調べて、外国人から買いました。」

 金田の質問に未野は力なく答えた。


「動機はなんだったのですか?」

「恨みです」

 先程とは違い怒気を含んだ声ではっきりとそう言った。


「あいつは私の、私の大切にしていた……」

 未野の目に憎しみが浮かぶ。

 

 いったい未野に何があったのか? 金田は未野に何をしたのか?

 

 山田は緊張した面持ちで言葉を待った。


「プリンを食べたんです!」


「えええー!」

 想定外の答えに山田は思わず叫んだ。


「毎日、仕事終わりにプリンを食べるのが一番の楽しみだった。それなのに。あの日冷蔵庫を開けたら、プリンがなくなっていた。あなたにわかりますか? 楽しみにしていたプリンがなくなっていたときの絶望感が、だから私は決めたのです。大金望代を殺そうと。その日の深夜に銃を買って……。完全犯罪とは行きませんでしたが、恨みは晴らせたので満足してます。プリンの代わりに銃弾を食わせてやったのですから」

 愉悦に満ちた表情で未野は言った。


「あ、あのう」

 おずおずと明戸が手を上げる。

「どうしました?」

 山田が言うと、言いにくそうに上目遣いになりながらも言葉を続けた。

「プリン食べたのわたしです」


「えええー!」


 再び山田は叫んだ。

 大金望代殺害の動機となったプリン。

 それを食べたのは殺された大金望代ではなく明戸憲子だった。


 山田は思わず未野を見た。

 そこには魂が抜けたかのように、口を開け呆然としている未野の姿があった。

 晴らしたと思っていた恨みは晴れてなく、関係ない者を殺し捕まったのだ。山田は未野を哀れとさえ思えた。


「でもでも、ジュースとか冷蔵庫のものは飲んで良かったし、プリンも食べていいのかなって」

 開き直ったのか明戸は「テヘッ」と舌を出した。


「殺してやるー」

「きゃー」

 一瞬の事だった。呆然としていた未野は憤怒の表情を浮かべ、内ポケットに忍ばせていたナイフを手に明戸に襲いかかった。


「山田ぁ!」

「あ、はい!」

 未野を止めようと山田が飛び付くが、虚を衝かれた山田は出足が遅れ、伸ばした手は空を切った。


「やめろー!」

 山田は叫んだ。

 そして自分を責めた。

 完全に油断していた。

 目の前で起こっている犯罪を止めることができないなんて、山田は後悔の念に押し潰されそうになる。


 その時、明戸と未野の間に巨大な壁がそびえ立った。

 巨大な壁?

 いや、それは巨大な筋肉だった。

 筋肉の壁の正体は小南弘怜人のそ人だった。


 ナイフを構えた未野が小南とぶつかり衝撃音がする。

 山田は思わず目を閉じた。


「くっ、小南さん」


 山田は小南のことを馬鹿にしていた。

 かつては天才探偵だったのかもしれないが、それは過去のこと、今は過去の栄光に縋るただの筋肉バカだと。

 今日の推理にしたって未野が勝手に自白しただけだと。

 だが、小南は探偵として、いや人間として一番大切なものを持っていた。

 自らを犠牲にしても犯罪者から他人を守る勇気を。正義の心を。

 

「痛たたたた」

 未野の苦悶の声に山田は目を開けた。

 ナイフはすんでの所でとまっていた。

 小南は未野の手首を掴み刺されるのを阻止したのだ。


「ナイフとは危ないですね」

 掴んだ手を上げると笑顔のまま力を入れる。


「ぎゃぁぁぁー!!!」


 未野の悲鳴と伴にボキボキと骨が折れる音が響き未野の手からナイフが落ちる。


「あ~」

 その光景を目にし、気を失った園田美衣もナイフと一緒に床に崩れ落ちた。


「未野さん、あなたには愛が足りないようだ」


 小南は両手を大きく広げ満面の笑みを浮かべた。


「や、やめ、ぎゃあああー」

 

 恐怖に歪んだ顔の未野を包み込むように小南は抱きしめると、先程とは比べものならない破壊音と悲鳴が響き渡った。


「金田さん。いいんですか?」

「まあ、正当防衛でいいだろう」


 白目を剥いて気を失った未野は外に待機していた警官によって搬送された。

 行き先は警察ではなく病院だろう。

 

「金田さん」

「なんだ?」

「小南さんって、なんなんすかね……」

 犯人逮捕に満面の笑みでサムズアップしている小南を遠目に見ながらそう呟いた。


「ただの探偵だよ」

 山田の言葉に金田も呟くように言った。

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