時間よ、戻れ
東京郊外にある精密部品管理会社。広大な敷地内には5つのエリアがあり、本社、部品倉庫、大工場、食堂、専用駐車場と分かれている。最も大きなエリアは部品倉庫で長方形の建物のサイズは220メートル×140メートルほどである。隣接する大工場とともに24時間、休みなく稼動している。部品倉庫内で働く従業員は完全シフト制で4つのグループに分かれており、各グループ1日12時間労働、昼勤8時出勤20時退社、夜勤20時出勤8時退社。3勤3休のシステムである。大工場から送られてくる精密部品を倉庫内で各ブロックごとに一旦は保管され、発注に応じて特殊無菌加工で作られたプラスチックケースに部品の数々を収納し、最終的には搬出口に持っていく。ケースを積んだパレットは搬出口を通してフォークリフトで大工場の搬入口まで運ばれる。
各グループには延べ120人ほどが働いているが、そのグループ内はさらに班ごとに分かれ、機材班、検査班、部品管理班、検査班などそれぞれのエリアがあり、もっとも大きいエリアを占める検査班は従業員の数が多く、各通路ごとに数人ずつ分かれており、扱う部品もそれぞれ違う。
今年で38歳になる倉本健太はAグループに所属している派遣社員。中肉中背で性格的にも際立った個性のない彼は、運送班という検査班エリアの片隅に置かれた部署に配属されている。彼の仕事仲間は他に2人、倉本と同じ派遣会社から来た吉村明という男。長髪で人当たりが良く、笑うとまだまだ青年らしさのある吉村は、倉本より2つ下の男で彼と同じ日に入社した派遣社員である。もう1人は本社の正社員でありAグループ運送班のリーダーである野田勘介という男である。歳は40代半ばの背の低い小太りの体格で髪の毛はほとんどなく、丸い頭に黒縁メガネを掛けて、いつもノロノロと歩きながら作業をするのが彼の特徴である。ただ、威圧感はないので倉本や吉村にとってはストレスにならずに済むところがあり、そこは彼らから見れば長所のように思えることもある。倉本も吉村も30代後半でアルバイトとして働くにはキツい年齢だ。運送班とは聞こえはいいが、正社員にあっては出世コースから外れた人、派遣にあってはいささか歳をとり過ぎた人たちばかりで固められたチームである。
この日もAグループ運送班はいつもと変わらず仕事をしていた。彼らは精密部品の入ったプラスチックケースを検査班のいる各エリアに運んでは別の部品をチェックするエリアに運び、ケースの中を整理しながらそれぞれ異なった部品を敷居板を挟んで入れていくといった作業の他に、空のケースをひとまとめにして洗う洗浄という仕事も行なっている。3人いるうちの2人は運搬、残る1人が運送班のいるエリアに設置された大型の洗浄機にケースを入れ、それが済むとこれまた大きな乾燥機に入れ変えて乾かす。そのあと取り出したケースをひとつひとつ綺麗に重ねて運搬かねて検査班に渡していく。作業場は全体的にクリーンルームになっており、扱っているのが精密なものであるため少しでも汚れが付くと台無しになる。プラスチックケースは中が部品でいっぱいになると検査班がそのケースに「完了」と書かれた札を付けて運送班が運びやすいところまで持っていく。そのケースを仕事の終了間際に派遣社員の2人が倉庫の奥にある大工場へと続く搬出口付近まで持っていく。この日も倉本と吉村がその作業を終え、運送班エリアに戻ると乾燥機付近で叱り声が聞こえた。声の主は中野永一課長。叱られているのは野田である。
「前にも教えてるだろう、こんな積み方ではダメだって。まったく…何度、言えばわかるんだキミは。同じ間違えを繰り返してからに」
「……」
「人の話をちゃんと聞こうとしないからこういうミスを幾度となくやらかすんだ」
「……」
いつものことである。倉本はこの光景を何度も目撃している。最初の頃は驚いたものだが最近はすっかり慣れてしまった。ふと、倉本の横にいた吉村がスーッと前に出た。
「あの~、今日、洗浄係を担当したのは僕です。すみません」
「えっ、吉村君?……そうだったのか。ダメじゃないか、ちゃんとやらないと」
「すみません、完了と貼られたケースを搬出先に持っていくのを優先してしまって、乾燥機から出した空ケースをいったん置いて…戻ったら綺麗に積み直そうと考えていたんです」
「なんだ。そういうことだったのか。まあ、あまり慌てなくていいよ。しかし野田君、少しは気を利かせて手が空いてるキミがやってあげてもよかったんじゃないか?」
「……」
「そろそろ引継ぎの時間だな。では、失礼するよ」
中野はそう言ってクルッと体を反転させ、つかつかと足音を立てながら去っていった。野田はやるせない表情を浮かべながら搬出口から戻ってきた2人を労った。
「いやあ~カッコ悪いところをまた見られてしまったな。それはともかく、今日も一日、ごくろうさん。事故がなくて何よりだ」
「すみませんね、俺のせいで野田さんが叱られちゃったみたいで」
「いいんだいいんだ、あの人はここへ来るのはそういうことじゃないし気にしてないから」
倉本は乾燥機付近にいる2人を見ながら思った。
(野田が言うように中野がここへ来るのは作業内容がどうであるかではなく、日頃から仕事の合間を縫って野田をいじめのターゲットにして暇をもてあそんでいるのだ。俺は今日まで生きていて誰かをいじめないと気が済まないような性格の人間に何人か出会ってきたが、中野もそういった人間のひとりなのだろう)
正社員の中には野田以上に態度の悪い人、仕事のいい加減な人などいる中で、彼だけが叱られているのが不憫に思えた。だが、野田にまったく落ち度がないとは言えない。見た目における姿勢の悪さ、突っ込まれても応対しない鈍感さ、機敏性に欠ける動き…そういったさまざまな要素が中野にとって格好の餌食になっているのだろう。倉本はそんな思いを張り巡らせながら2人の輪に入った。
「そろそろBグループの人達が来る頃ですよ」
「あ~そうだね。引き継ぎの準備をしないとね。じゃあ吉村君は洗浄関連の引継ぎよろしくね」
「ういっス、任せてください」
野田が引き継ぎノートに今日一日の出来事や注意点を書き込んでいると後方から声がした。Bグループ運送班のリーダー、木村雄一である。64歳になる彼は見た目以上に老けてみえる。社内で数々の失敗を積み重ねたあげく転がり落ちるように運送班に辿り着いたという噂を聞いたことがある。木村の背後から2人の派遣メンバーが顔を出した。引き継ぎを行なう準備は整った。そしていつものことなのだが臭うのである。Bグループのメンバーが近づいてくると何処からともなく酒の臭いがしてくる。臭いの元はどこだろうねぇ~と吉村がよく言っていた。倉本もなんか酒臭いなぁと思っていたのだが、どうやらその臭いは木村の体から発せられていたことに最近になって2人とも気付いた。臭いの元が分かったところでどうしようもない。木村に消臭剤スプレーを直接かける勇気など倉本も吉村にもなかった。
「いやぁ~まいったよ、乗る電車を間違えちまって、途中で降りていったん戻って乗り直して…」
「それ前にも話してましたよね」
「そうだっけ?まあ~いいや、引き継ぎごくろうさん」
「では木村さん、あとはよろしく」
最後は野田が木村に挨拶してAグループ運送班は職場を離れた。夜の8時をまわった。この日はAグループは昼勤でBグループは夜勤となる。3日勤務の最終日ということで倉本も吉村も緊張感がほぐれて気持ちよかった。この日の夜から連休だからだ。明日からの3日間はC、Dグループが出勤となる。
「倉本さん、いつもの店行きますか?」
「そうだね、行こうか」
2人が3日目の勤務日の帰りにいつも立ち寄るファミリーレストランがあった。かなり夜遅くまで営業している店である。2人は奥の窓際の席に座った。ここに来ると気が緩んで会社の人達の話題になると悪口だの噂話など好き放題に話が飛び交う。
「今回もありましたね。ウチのリーダーいびり。会社に来ると3日勤務の間、必ず1回はあるなぁと」
「でも最近は1回じゃ済まないな、運搬中に呼び止められて注意を受けたりする。もっとスピードあげろとか。俺とたいして変わらない速度で台車を引いてるんだけどね。何しろつねにケースが乗っかっているからそんなに速度上げられないけどね。それ分かって言ってるんだかどうだか」
「洗浄や乾燥の仕事も人それぞれやり方があるってCグループの佐々木さんが言ってたけどね。野田さんだけいろいろ言われているみたい」
「なんかそういう人いるじゃないか、特にミスしているわけじゃないのにガミガミと上の人間に叱られるようなタイプの人」
「やっぱスタイルとかルックスの問題かな?顔とか体の動きとか」
「こんなところで働いてそれを問われるってのは厳しいな、倉庫作業なのに」
「野田さん、もっと背筋をピーンとして姿勢を良くするといいと思うんだけどな」
「あの体型からして無理っぽいな。ずっとあの調子だからな」
「倉本さんは野田さんと口論になったり喧嘩になったことあります?」
「ないよ、全然ない。別に仲良くやってるってわけじゃないが、野田さんは相手に喧嘩を売るような人じゃないから。吉村だってそう思ってるだろ?」
「ああ、そうですね。なんか俺たちからみると野田さん、それほど嫌われるような要素は無さそうなんですけどね。不思議ですよ、そういうの」
ファ三レスで雑談をしていると時間が経つのが早い。2人は店を出ると空を見上げながら満天の星空に歓喜しながらその場を離れ駅に向かった。話に夢中になるうちに吉村が駅前まで来てしまっていた。彼はこの付近に住んでいる。改札口をくぐると倉本は吉村に言う。
「なんか悪いなぁ~付き合わせてしまって」
「いいですよ、どうせ暇なんだし」
「じゃあ、これで。次の3日勤務は野田さんが洗浄係だな。先が思いやられるけどお互い頑張ろう」
「ああ。ハイ。確かに。それじゃあ」
吉村はそう返事すると体を反転させ来た道を戻るように去っていった。それを見届けた倉本は改札口をくぐるとゆっくり階段を上がり近くのベンチに座った。電車が来るまでの間、線路の先の景色を眺めるのが日課となっている。駅近くの商店街もだいぶ暗くなり人影もまばらで、とても静かである。まっすぐ帰らずどこかに立ち寄った際はいつもそんな空気に触れる倉本であった。
3日連休が終わりAグループの倉本はこの日から夜勤である。倉本は12時くらいには寝床につき18時に目を覚ます。顔を洗い軽く食事を済ませたら着替えて外に出る。辺りはすでに暗くなっている。頭や肩に冷たいものが当たった。雨が降っていた。
(なんだ雨か…夜の出勤時の雨はきついんだよな、それだけで気分が憂鬱になる)
倉本は苦い顔で駅に向かい仕事場に急いだ。会社に到着し運送班の持ち場まで行くと、野田と木村が引き継ぎの話をしている。まもなくして吉村も到着した。Aグループ運送班が揃うと木村は軽く挨拶したのち他の派遣社員2人を伴って退社した。その後、フロア内のオープンスペースでAグループ全員集めてのミーティングが行なわれ、それが済むと従業員たちは各持ち場に戻って作業開始となる。この日からは野田が洗浄係であった。
「じゃあ。今日からよろしく」
「ハイ、よろしくです」
倉本と吉村はそれぞれ台車を引いて持ち場を離れ各エリアをまわる運搬の仕事に取りかかった。この日はいつもより運搬するケースの量が多い。その分、台車が重くなるので体制がよくないと腰を悪くしてしまいかねない。カーブを曲がるときも注意が必要だ。
夜食時の休憩タイムとなり、とくに問題なく作業を終えて倉本は吉村と合流したのち持ち場に戻ると、洗浄機の前で中野が野田に叱りつける声が聞こえた。毎度毎度のことながらいつも見かける光景だが、どうやら洗浄機内におけるケースの入れ方がなってないということらしい。どうしてここにスペースが空いてるんだ?なぜもっとケースとケースの間を空けないんだよ、詰めすぎだよ。それはそうと並べるときのケースの角度がまったく逆ではないか!などと声を発しながら中野は洗浄機の中を覗き込み注意を促す。野田は首をうなだれながらダルそうに話を聞いている。
「ああ、いましたか倉本君と吉村君。いつもいつもごくろうさん。まったく…仕事のいい加減な上司を持つと大変だね。では、私はこれで失礼するよ」
そう言って中野はスタスタと今度はスリッパのような音をたてながら去っていった。あきらかに派遣の2人が戻ってくるタイミングを計っての訪問である。そうやって野田に恥をかかせたいのだなと倉本は思った。休憩時間となり野田はスマホを見ながら派遣の2人に休もうかぁ~と声をかけると持ち場を離れた。なお、夜勤休憩時の食事は3人3様バラバラに行動をとる。野田は食堂に向かうが倉本は階段の近くにある小さな喫煙室でタバコを吸った後、自動販売機のある休憩室で軽く食事をとる。吉村は外へ出て少し歩いた場所にあるコンビニで買い物をして、その店にある客用のカウンターテーブルで食事をする。しかしこの日は雨が降っていたので吉村は自前に買っておいたパンを食堂の脇にある休憩所で食べていた。
休憩が終わり運送班はいったん集結すると軽くミーティングを済ませて作業に入る。倉本と吉村は台車を引きながら運搬用のケースの多さにうんざりしていた。
「やっぱり今日は多いですよね、野田さんが運搬を担当してないからかな?」
「そんなことあるかよ、もっと多い日もあっただろ?」
「でも、そういう時って大抵は倉本さんと一緒に台車を引いてる場合が多いっすよ」
「そうかなぁ~アレ?あそこにいるの中野さんじゃないの?」
「ああ、そうですね、今度は女の子の社員を相手にしてますね、でも和やかな雰囲気だな」
「中野さんはさぁ~他の社員には笑顔を振りまいて優しかったりするんだよ、まあ、オレら派遣にたいしては別の意味であまりキツイこと言わないように心がけているんだろうけどさ」
検査班の各部署からそれぞれ異なる精密部品がケースの中に収まり、そうやって部品が詰められたケースは完了シールが付けられ、ある程度の量になったら搬出口手前まで持っていくのだが、けっこう距離があり台車をそこまで引っ張っていかなければならない。しかし完了シールを見かけたときはそろそろ今日一日の作業が終わりに近づいてる知らせでもある。倉本と吉村が作業を終え、空台車を引いて持ち場に戻るとDグループの運送班の人たちがすでに集まっていた。リーダーの名は滝川裕二といって野田が入社してから2年後に会社に入った背の高い40歳くらいの正社員である。彼は引き継ぎの際、野田の話を聞こうとしない。野田を無視して洗浄機、乾燥機などの具合を窺いながら引き継ぎノートを見つけると黙って読みふける。なにか不明な点があると倉本に尋ねる。そのうち2人の間で雑談が始まったする。
「この3日間、野田のオッサン、中野氏に怒鳴られたりしなかったかい?」
「ああ、ありましたよ、今回は洗浄機に入れるケースの並べ方がどうのこうの…」
「まだそんな話してんのか、しょうがねぇ~なぁまったく」
「いつものことなんですけど、野田さんと中野さんとの間で過去に何かあったんでしょうか?」
倉本は思い切って聞いてみた。単にいじめではなく過去に何かあったのではないのか?野田の評判は中野に限らず社員全体を見回してもあまり良くないようだ。倉本が今、話し相手になっている滝川にしても野田からは距離をとっている。
「昔はさぁ、野田さんと中野課長ってコンビを組んで仕事していた時期もあったんだよ、歳も近いし最初の頃はそんなに仲が悪いってわけじゃなかったな。関係が悪化したキッカケはあの2人が一緒になってある作業をしてて、ミスというか手違いがあって他の業者にウチの会社がえらく怒られたことがあってな。上司が来て2人を責めたんだけど一方的に野田さんが悪いということになってしまった。何しろあの人はぬるい性格だし上司の前でもテキパキと応対できる人間じゃないから。会社としても将来性のある中野さんを見逃して野田さんのせいにしとけばいいとい感じになってきたのかな」
「なんか酷い話ですね」
「いやぁ~オレもそうは思ってたけど、確かに野田さんといると何か調子が狂うっていうか、貧乏くじを引かされるっていうか…仕事はできるほうじゃないよあの人は」
滝川の話を聞いて、野田とはあまり接触したくないと言いたげな印象を倉本は感じた。実は運送班にはあともう一人、あまり評判の良くない社員がいる。Bグループ運送班のリーダー、木村である。倉本は話の話題を野田から木村に変えた。
「そういえばBグループの木村さんは野田さんとはそんなに仲が悪そうには見えないんですけど」
「まあ~似たようなもんだからな、野田さんも木村さんも」
「でも木村さんは面白いですよね、いるだけで癒されるというか、性格が明るいし」
「明るい?気付かないか?酒でごまかしているんだよ。出勤前に限って飲んでやがる。早く定年を迎えて会社とオサラバしたいって感じだな」
「そうですかね。でも、なんだかんだ言って野田さんが一番、嫌われているんだろうな。僕や吉村は嫌っているわけじゃないけど。でも、野田さんのようなタイプの人って会社の中では認められないというか…ダメなのかなぁ~。木村さんのような人の方がいいのかな」
「まあな。いや!木村さんが一番ダメだよ。アレが一番ダメの見本なんだ!」
滝川は突如、声を上げ、目を吊り上げて言い放った。倉本はそれを見たとき、滝川と木村の間で何かあったのだなと感じ取った。Dグループ運送班はそれぞれ作業の準備に入り、倉本は吉村に目を向けると手で帰ろうぜと合図を送った。野田に挨拶すると2人は持ち場を去って退社した。2人が外へ出ると雨は上がっていた。駅からは少し離れた交差点まで来ると吉村は言った。
「じゃあ、オレ帰ります。家に着いたら速攻で寝ますよ。なんか疲れちゃって」
「おお、そうか。運搬、忙しかったもんなぁ。じゃあ、気をつけてな」
「あ、はい。おつかれさんでした」
倉本は一人コンビニに入りコーヒーを片手にテーブルカウンターの椅子に腰掛けた。今日はとくに疲れたので休みたかったのだ。倉本は人通りが激しくなった外を見ながら何やら考え事を始めた。彼は自分が運送班に所属していることに不満を持っていた。
(俺より歳いってる派遣社員がけっこういるのになぜ俺は落ちこぼれ集団の運送班にまわされたんだろう?なんかひっかかるんだよな、俺も野田さんや木村さんと似たようなものなのかな?)
倉本はコーヒーを飲み干してコンビニを出ると青空が広がって太陽がまぶしく感じた。昼勤の最終日が終了した際は駅に向かう途中にあるファミレスに入り、吉村と雑談を交わすこともあるのだが、夜勤明けは出勤で歩く人達とは反対方向に歩くので妙な気分に浸る場合がある。ただ、今日はあまり気にならなかった。何よりも雨が上がってくれたので軽い気持ちになっていた。
(さて、3日連休…どうするかな?)
倉本は電車に揺られながら考え込んでいた。実はやりたいこと、やるべきことはいっぱいあるのだが、最近になってそれらが頭の仲を覆って収集がつかなくなっていた。
3連休が過ぎ、この日から昼勤となる倉本は仕度を済ませて外に出ると、強い風が彼の髪を勢いよく揺らした。アパートに隣接された駐輪場では幾つもの自転車が横倒しになっている。壁際にある倉本の自転車は倒れてはいなかったが3台の自転車がもたれかかっていた。まずは他の自転車は起こしそれから自分の自転車にまたがる。その際にも風が吹き何台かの自転車が倒れこんでしまった。
(早くここを離れよう、もう、面倒見切れん)
出勤そうそう慌しい雰囲気の中、倉本は駅に急いだ。電車に乗って5つ目の駅で降りる。彼が勤める会社はその駅から歩いて15分くらいのところにある。会社エリア内にある駐車場は社員専用であり、派遣チームは自動車を置くスペースはなく、駐車場はおろか駐輪場もなかった。会社側の許可で部品倉庫の建物の横に自転車を置くことができるが、そこは20台くらい置ける広さしかなかった。派遣社員の多くは地元の人たちで、家から自転車で会社まで行けるのだが、吉村にいたっては自転車で5分。最近は歩いて会社に来ることが多い。そんな吉村を電車通いの倉本は羨ましいと思った。何しろ交通費が出ないのである。
昼勤の最初の日はCグループとの顔合わせである。倉本が運送班の持ち場へ行くと野田も吉村もまだ到着していなかった。今日から倉本が洗浄係である。Cグループ運送班リーダー佐々木信夫が倉本の顔を見て軽く頭を下げ挨拶する。佐々木は痩せていて何か頼りなさそうな容貌だ。声も小さく彼の口元に耳を近づけないと何を言っているのかわからない。
「佐々木さん、お早うございます」
「お早う.あのぅ~、今日、洗浄を担当する人知ってる?」
「ああ、僕です。僕が洗浄係です」
「それはちょうど良かったです。あの~これがこれでこうなって……」
とにかく聞き取りにくい。倉本は佐々木が何か話すたびに耳をそばだてて引き継ぎ内容を聞いている。持ち場の出入り口付近では2人の派遣社員がそわそわしながら帰り支度をしている。やがて野田がのそのそと現われ吉村も少し駆け足でやって来た。佐々木が野田を見つけると今度は彼のところへ行き話を交わそうとするが、野田もえっ?、えっ?と言いながら耳を佐々木の顔に近づけて話を聞いている。これもいつもの光景である。吉村がやって来て息を切らしながら倉本に言った。
「いや~、参りましたよ、起きたのが7時半で。遅刻しそうになりましたわ」
「家が近いんだから、しっかりしてくれよ」
「ははは、家が近すぎるってのも何か変でかえって生活のリズムが狂いますね。前に務めていた会社は通勤で1時間40分くらいはかかりましたからぁ」
初日の全体ミーティングが終わり、それぞれが作業に入った。野田と吉村が台車を引きながら持ち場を離れていく。倉本は使用積みの少し汚れたプラスチックケースを手際よく洗浄機の中に入れていく。洗浄係にとってはいつもの変わらぬ作業だが、今日は少し量が多いなと思った。ケースが洗浄機に掛けられている間、横にあるCグループ担当者が洗浄機から出したばかりのケースを乾燥機に入れる。これまた量が多い。気のせいか自分の番になるとやたら仕事量が増えるような感じがするのだが、倉本にとっては何かと手が空くことが多い洗浄係ではこれくらいが丁度いいと思った。この手の作業は暇ができるとかえってやりづらく感じることがあるのだ。一通りの作業を終え、トイレに行きたくなった倉本は少しの間、持ち場を離れることになった。入口付近にあるトイレに向かう途中、運搬中の野田を発見。さらに野田にたいして怒り口調で話をする人も目撃したが、倉本の方向からだと背を向けた状態だから顔は分からない。しかし声を聞けば分かる。中野である。一瞬、倉本と野田は目と目が合ったが、気まずい雰囲気だったので倉本はそのまま通り過ぎた。
(今度はなんだ…)
野田のいる場所…必ず中野現わる。実は野田も中野もすでに結婚していて中学生になる子供もいる。野田の子供はどんな大人になるんだろう、中野の子供はどんな大人になるんだろう…トイレから戻った倉本はふと、そう思っては何を余計なことを考えているんだオレは。自分こそこの歳でまだ独身だというのにと苦い顔をしてケースを片付け始めた。
休憩となり倉本は食堂に向かった。昼勤の腹ごしらえは倉本と野田は食堂、吉村は昼勤の際も外へ出て食事をとる。ランチを両手に持ちながら空いてるテーブルを探していると野田が一足先に食事をしていた。
「ここ、いいですか?」
「ああ、いいよ。今日はとくに腹が減ってめしを大盛りにしてもらったよ」
「俺もですよ、今日は洗浄するケースの量が多かったので洗浄機も乾燥機もフルに動かしましたよ」
「それはそれは。そういやぁ~あの、吉村君っていつも外食なんだね。どこで食べてるのかなぁ」
「彼はコンビニとかラーメン屋とか…会社の周辺ってけっこう店あるじゃないですか」
「そうだよねぇ~このあたりは工場とか多いからねぇ」
食事しながらしばらく沈黙が続いたが野田がぼそぼそと話し始めた。
「さっきさぁ~運搬作業中に中野課長に呼び止められてさぁ、いや、まいったよ」
「ああ、やっぱりそうでしたか。トイレに行った後、野田さんと誰かが話しているのを見たので」
「それがさぁ、もっとスピード上げろとか言われてさぁ、今までそんなこと言われたことなかったのに…一番、言われたくないことを言われたって気がするよ。いや、以前、調子に乗ってスピード出しすぎて、曲がり角付近で台車を倒した人がいるのよ、倉本君や吉村君がここへ来るよりだいぶ前の話だけどさ」
「ひょっとしてその台車を倒した人って木村さんなのでは?」
「そうだよ。よく知ってるね」
「いや、別に…ただ、何となく直感でそう思っただけです」
「ははは、その…木村さんが倒した時ね、けっこう中身が入っているケースが乗せられていてね、あの時は大変だったのよ、運送班の関係者が派遣社員含めて全員、会議室に呼ばれてね」
「そうだったんですか…でも、俺も台車引いててスピードを上げて進んだ記憶ありませんし、むしろゆっくり慎重に間違いなく運搬作業をすることが求められている気がするんですけど」
「そうなんだよ。本当はそれが正しいんだ。何しろこの作業、そんなに急いでも数は限られているし倉庫内は人も歩いているから台車の速度を上げるのは危険だよね」
「中野さん、暇なんですかねぇ、でも課長じゃないですか?忙しい時もあるんじゃないかと思うんだけど。そのへんはどうなんだろうって思ったりしますよ、偉そうなこと言うようですけど」
「管理倉庫…とりわけ検査エリアを任されているんだよね。それぞれの持ち場を見て回って不具合がないかミスはないかと点検してまわっているのだろう」
「滝川さんからいろいろ聞いているんですけど…中野さんって最初はあんな感じではなかったような」
「まあね……俺と同期で入った頃はね。まあ、いろいろあって溝ができてそれが大きくなったんだな。俺も若い頃からもっとしっかりしておけばなぁって、そりゃあ~思うよ。時間を戻せるものなら戻ってやり直したいくらいだ」
その後、野田は黙り込んでしまった。倉本も余計な話に振ってしまったなぁと反省した。
勤務も3日目を迎え、一通りの作業を終えてBグループ運送班が到着した。木村は少し酔っ払ったような口調で挨拶をする。相変わらず酒臭い。今日はとくに臭う。酒だけではなく他の臭いを混じっているようだ。
「いやぁ~最近また腰痛が激しくなっちまってさぁ、ここへ来るだけで疲れちまって肉体的にはお疲れさんモードだよ、はっはっは」
「精神的にもお疲れさんモードじゃないですか?木村さんは」
「言われちまったなぁ。さ~て、今日から3日間、頑張りますかぁ」
Bグループとの引き継ぎを終えて倉本と吉村は野田に挨拶すると会社を出た。日中は風が強かったがそのせいなのか星が綺麗に輝いて見える。
「今日はあの店に寄る?」
「寄りましょう、どっかで休みたくなったんで」
2人は窓側のテーブルまで行き、とりあえずコーヒーを頼んで椅子に深くもたれ掛けた。客はまばらである。この店に来ると本当に落ち着く。倉本はホッとした表情で吉村に言う。
「吉村は食堂は利用しないのか?あそこ、けっこうメシは旨いし種類も豊富だぞ」
「ええ、それは分かってるんですけどね。休憩になると外に出たくなるんですよ」
「実は今日、食堂で久々に野田さんと一緒になってさ、中野さんの話題が出たんだ。と言ってもそれしか話題になるような話がないんだけどね」
「そういや中野さん、この3日間、運搬中にちょくちょく出くわしましたよ」
「俺はトイレに行っている間、中野さんに叱られている野田さんを目撃してしまったよ」
「それだけですか?オレは何度も見ました。最近、とくに呼び止められては叱られているみたいです」
「そうなのか。運搬していようが洗浄していようが逃げ場ないなぁ、野田さんは」
「はっはっはっ、確かに」
とりとめのない話を交わしていくうちに2人は自分達の今後のことを考え、それを考えていくうちに気分が重くなり、店から出る頃にはすっかり真面目な表情になっていた。
「じゃあ、オレ、このまま歩いて帰りますんで、おつかれさまでした」
「ああ、おつかれ。それじゃあ…」
この3日間、将来のことを思い悩みながら過ごした連休も終わり、倉本はすでに暗くなっている空を仰ぎながら自転車に乗った。妙に気持ちが晴れない。実は倉本はアパレル関係の仕事を始めたいと以前から思っていたのだがどうにも上手くいかない。吉村も倉本にはあまり多くは話さないが定職として目指している職業があるようだ。いろいろなことを頭によぎらせながら倉本は会社に着いた。持ち場に到着するとすでに野田と木村が引き継ぎの話をしている。吉村が後ろから現われ挨拶をする。
「どうも、今日は余裕でしたよ。慌てずにここまで来れました。ええーと、今日からオレが洗浄係ですよね、えーと…」
吉村はBグループ洗浄係を見つけて引き継ぎの話をしている。野田は木村と何か話をしている。倉本は離れたところでその様子をうかがっていたが、引き継ぎの話ではなさそうな雰囲気だった。木村の話を聞いて野田が驚いているような表情を見せていたのである。そういえばこの日、会社の様子が妙に慌しかったし、検査班全体が騒がしくなっている印象を倉本は受けた。
どこか緊張感が漂うミーティングが終わり、作業が始まった。野田が台車を引きながら倉本に言う。
「じゃあ、今日から俺と倉本君で運搬の作業だね。よろしく」
「はい。よろしく…あの、今日、何かありました?なんか雰囲気が違うんですけど」
「いや……そのうち分かるよ。今は明確なことは言えないけど」
(何かあったんだろうか…気になるなぁ)
倉本は首をかしげながら台車を引き運搬の仕事に取り掛かった。ケースを乗せて運ぶこの台車は最初に引くときに、ちょっと力がいるのだ。腰をけっこう使うので力の入れ加減を間違えると腰痛に悩まされることになる。Cグループの佐々木リーダーが合うたびに腰が痛くてねぇなどと話していた。
1日目が過ぎ2日目が過ぎ3日目の最終日、搬入口付近に完了のシールを張られたケースを置いて作業を終える頃、倉本はあることに気付いた。中野の姿が見えないのである。そういえばこの3日間、野田が叱られている場面に遭遇してないなぁと倉本は思ってしまった。それはいいことだけれど、いつも起きていることがなくなると何か寂しい気がするのである。持ち場に戻った倉本はすでに戻っていた野田に聞いてみた。
「そういえばこの3日間、中野さん見かけませんでしたね、休暇でも取ったんでしょうか?」
「いや、会社に来てるよ。中野は会社にいる」
この言葉を聞いて倉本は違和感を覚えた。いつもなら課長と呼んでいるところが「中野」と名字で呼んでいた。
「そうですかぁ、会社にいるんですか、まさか部長になったとか」
「……いずれにせよあの人はもうここには来ない。永久にな」
倉本はドキッとした。ただ、野田の表情を見て、あまり愉快な話ではなさそうである。やがてDグループが到着。高身長の滝川がぬぅ~と現われツカツカと持ち場の奥まで入っていく。特に問題なさそうだなぁという顔で洗浄機や乾燥機を覗く。相変わらず野田とは話をしない。代わりに倉本が話をする。
「お早うです、滝川さん」
「やあ、お早う」
「特に問題はないと思いますけど。何か…最近、変わったこととかないでしょうか?」
「……いや、ないと思うよ。いつも通りだよ」
「そうですか、どうも」
「今日はちょっと寒いけどいい天気だよ。どうもごくろうさん」
倉本と吉村は会社を出るとすぐに別れた。吉村がその足で寄りたいところがあると言っていたが、自分には関係のないことだなと、倉本は察した。滝川が言っていた通り、雲ひとつない青空である。しかし気分はいまひとつ優れない倉本であった。彼は野田の言っていたことが妙に引っかかっていた。
(中野さんが会社にいながら永久にここには来ないってどういう意味だろう。ここって作業場だから部品倉庫のことか?まさか本当に出世したのかな?手の届かないくらい上に…)
連休終えて昼勤となる倉本。この日の朝はわりとサッパリと目が覚めて気分も良い。連休期間はいろいろと買い物があって、あちこちの店を見てまわり忙しかった。仕度を済ませて外へ出ると青空が広がり太陽の光がシャワーのように倉本に降り注ぐ。いい天気である。 こんな日はどこかへドライブに行きたい気分だなぁと思いながら自転車にまたがると駅に向かった。電車の中で倉本は会社の中で野田が言っていたことを思い出していた。
(中野さんはもう部品倉庫内には現われないんだよなぁ~でもそれって変だよなぁ会社には来てるのに。部署が変わったってことか?突然に?それとも派遣チームが知らないだけか。まあ、どうでもいいことかも知れないけど…)
駅を降りて会社に向かう途中、倉本は前を歩く吉村を見つけた。
「よぅ!お早う」
「あ!お早うっす。倉本さん今日も早いですね」
「いや、そっちこそ。いつもはギリギリなのに」
「はっはっ、たまにはこういうこともあるってことですよ」
その後、2人は運送班の持ち場まで行きCグループと合流。野田はすでに到着していた。しばらく派遣チーム同士で引き継ぎの話をしていると、木村が野田を人気のないところまで引っ張っていき、何か話をしているのを倉本は目撃した。何の話をしているのだろうと彼がそう思ったその直後、駆け足で検査班の人がやって来て「引き継ぎが済んでCグループの人達が退社したあと、Aグループは会議室に集まってください」と声を掛けてきた。
(会議室?そこでミーティング?いや、何の話だろう…)
Aグループ所属の従業員が正社員、派遣社員問わず、ぞろぞろと会議室に入っていく。わりと綺麗に並べられた折りたたみ式の椅子に座り、しばらくすると倉庫管理部長が壇上に現われた。正面にはスライド式映写機が利用できるスクリーンがあり、部長が何やら操作している。準備を整えたのか今度はマイクを握り集まった人達を軽く見回した後、ゆっくりと話し始めた。
「えー、9日前にこの近辺ではありませんが交通事故がありまして、当社の者が関係しておりますので、それについての報告をさせていただきます。えー、9日前、つまり10月14日午前10時30分ごろに当社の者が車で家電量販店に向かう途中と聞いておりますが…」
そこまで言うと部長はスライド映写でその付近の地図をスクリーンに映した。
「えー、その店に向かう途中…その付近にある交差点にて左折しようとした際、人と接触し、その方は80歳になる女性でしたが、車に衝突したときに2メートルほど飛ばされ、ガードレールに頭を強く打ってしまったとのことです。その後、救急車に運ばれましたが…搬送先の病院で亡くなられたとのことです。近くにいました目撃者によりますと被害に遭われた方から見て信号は青だったとのことです。加害者である当社の者は左折する際にめまいを起こすなど体調が急に悪化したことにより視界に人がいることを認識できなかったと供述しています。えー……」
倉本は部長の話を聞きながら何かピーンとくるものを感じた。当社の者というのは中野さんのことではないかと。野田が言っていた会社にはいるけどここには来ないという話がずっと引っかかっていた。野田と木村のヒソヒソ話も気になる。会議室での交通事故に関する説明が終わり、Aグループの人達はそれぞれの持ち場に戻っていった。
(中野さんなのだろうか?事故を起こす寸前に体調が急変したというのも何かよく分からないし…いずれにせよ確かめたいことではあるな、野田さんに聞いてみるしかないか)
倉本は持ち場に戻ると吉村を伴って野田に聞いてみた。
「あのー、先ほどの管理部長の話の件なんですけど…」
「ああ、ちょっと来て」
そう言って野田は、派遣の2人を乾燥機から出した空ケースが並べられているところまで連れて行き、ゆっくりと話し始めた。
「まあ、別に秘密事項ではないし、部長から事故に関しての説明も済んだから話すけど、その交通事故の件だよね。事故を起こしたのは中野だ」
「…ああ、そうですか。いや、なんかそんな気がしていたので」
「休みの日、一人で車に乗って家電の大型店に向かう途中、交差点で左折するときに横断歩道を渡っていたおばあちゃんを撥ねてしまったというんだよね。その時にはすでに心肺停止状態だったということだ」
「その…中野さんが事故を起こすとき、めまいを起こすなど体調が急に悪化したとか言ってましたけど」
「それがね、ちょっと、面倒くさいことになっているんだよね。2人の目撃者がいるんだよ。その目撃者の2人というのは他人同士なんだけど言っていることは同じなんだ。交差点の曲がり角付近で車と人が衝突する際、車に乗っていた人はカーナビだがスマホナビを見ていた様子だったと。つまり脇見運転の疑いがあるというんだよね」
「…なんか部長の言っていたことと違うじゃないですか」
「だからそのことで…いろいろと揉めているらしい。被害者側の遺族は絶対に許さないと言っている」
「……」
「中野は会社には来てるけど…これから大変だろうな」
「それで中野さん、今、どこにいるというんですか?」
「会社の一番南にあるゴミ収集所でたった一人で作業しているらしい」
「ああ、そうなんですか、そういえばこの会社のゴミ置き場とか、行ったことないですねぇ」
「ゴミはね、とくに担当の人はいないんだ。大工場の方にいる派遣社員達が変わりばんこで運んで捨てに行ってるんだよ」
「そうですか。そのゴミの集まる場所に…一人で…なにしてるんだろ?」
そこでの話は終わり、3人はそれぞれ作業に入った。野田がいつになく軽やかな動きで空ケースを洗浄機に入れていく。倉本と吉村は台車を引っ張って運搬の仕事を始める。
昼の休憩時。倉本は食堂でカレーライスが乗ったおぼんを窓際のカウンターに置くと、景色を見ながらスプーンを口に運んだ。今日は考え事があり一人で食事をしていた。
(ゴミ山の中に身を潜めて…中野さんは何を思うだろう…そういえば前に野田さんが時間を戻せるものなら戻してやり直したいとか言ってたけど、今は中野さんこそが時を戻せるものなら戻したい…と心の中で叫んでいるかもしれない)
1日目の勤務を終えて倉本と吉村は会社を出て帰り道を歩いていた。朝はいい天気だったが夜になってからは曇り空で雨が降りそうな気配だった。倉本が隣にいる吉村に話しかける。
「数年前からだけどさぁ、自宅を出てその周辺の道を歩くだろ?すれちがう人達のほとんどが高齢者なんだよ。平日、日曜、祭日関係なく」
「あー、オレの場合もそうですねぇ、でもそれだけじゃないんですよ。広い道路に出て信号待ちするじゃないですか、車を運転している人達も高齢者ばかりなんですよ」
「駐車場が使えない俺達はさぁ、会社に行くときは自転車だったり…俺は駅から降りてからは歩きだし、そっちも歩きだけど…車持ってるんだろ?俺は副業で乗ったりするし、そっちはそっちで車を使うだろうが……お互い、気を付けようや」
「えー、そうですね。それにしても交通事故は本当に怖いですねぇ。普段、社会人として真っ当な生活をしている人が突如、殺人者のように祭り上げられてしまうんですから」
「車は勝手には動かんからなぁ~知らないで人を轢きましただけじゃ済まないよな」
「中野さんはこれからどうなりますかね?」
「……わからん。今日はちょっと店に寄っていくか?」
「そうしますかね。なんか軽く腹ごしらえしたい気分ですよ」
「雨、なんか降りそうだけどな」
「まあ~その時はその時ですよ」
2人は夜道をほんのりと照らすファミレスの中へと消えていった。
了




