第5部 第5話 影を名乗る者
星図都市に戻った翌日、リュシアンのもとに暗号化された招待状が届いた。
差出人は不明、ただ一言――
「航路を救いたければ、来い」
胸の奥の環が不穏に鳴る。(罠かもしれない……でも、行かずにはいられない)
(仲間を巻き込むべきか……いや、これは俺自身の役目だ)
深呼吸し、ガルドとエファにだけ知らせて出発する。
招待状に示された場所は、かつて渦が開いていた辺境の小港だった。
そこに黒い外套を纏った人物が一人、待っていた。
「ようやく会えたな、調停者」
フードを外すと、それはかつて会議で統合に反対していた代表の一人だった。
(やはり……不満を抱いていた世界の者か)
胸がざわつく。(でも、なぜ影を利用する?)
「統合航路は、美しい理想だ。だが理想の裏で何が起きている?」
黒衣の男は黒い容器を指差す。
「これは、中央が秘密裏に作らせた“影封じ”だ。
光に従わぬ世界を封じ込めるための兵器だと知っているか?」
(そんなはずは……でも、もし本当なら……)
胸の奥の環が速くなる。
喉が乾き、声が出にくい。
「証拠は?」
男が記録板を差し出す。そこには中央の高官の命令書が記されていた。
「……これが本物なら、中央が航路を支配するために動いていたことになる」
「そうだ。だから我々は影を使う。
光だけの世界など、均衡を失った牢獄に過ぎない」
(彼らの言葉には理がある……
だが、影をばらまけば再び渦が生まれる)
胸の奥の環が激しく鳴る。
「中央のやり方は正しくないかもしれない。
だが、影を拡散させれば世界はまた破滅する」
「破滅してでも、選び直す方がいい。
我々は、光に支配されるくらいなら闇を選ぶ」
(このままでは、統合は二分される。
戦いになる前に、必ず止めなければ)
リュシアンは容器を手に取り、男を見据えた。
「証拠は受け取る。だが、これ以上影を流すのはやめろ」
「止めない。次は中央都市そのものを揺るがせる」
男は闇に溶けるように姿を消した。
オルビタに戻ると、ガルドが険しい顔をしていた。
「どうだった?」
「……最悪だ。
このままじゃ、統合そのものが戦場になる」
(敵の理屈は理解できる。
でも、どちらかを選べば必ず誰かを切り捨てる)
胸の奥の環が苦しげに鳴る。
遠い空に、新しい灰色の裂け目が生まれた。
(次は……都市そのものが標的だ)
リュシアンは舵輪を強く握り、深呼吸した。
(第2の渦を作らせるわけにはいかない。ここからが本当の戦いだ)