第5部 第3話 揺れる信頼
星図都市の会議堂で、各世界の代表が集まった。
新たに制定された「航路監査規約」の運用が始まる日だった。
「本日より、軍事通行は事前通告制とする」
リュシアンの声が響く。
「違反があれば調停者が直接対応し、補償を行う」
会場がざわめく。賛同する声と、不満の声が交錯した。
(みんな納得しているわけじゃない……)
胸の奥の環が速くなる。
舵輪を握る手の感覚が、あの日の戦いよりも重い。
(剣を振るう方が、よほど簡単だったな)
ある世界の代表が立ち上がる。
「監査人を中央が指名するのは支配だ。
我らの世界から選ばせろ」
「なら二名制にしよう。中央から一人、現地から一人」
リュシアンが即答すると、場のざわめきが少し落ち着く。
(こうやって一つずつ擦り合わせるしかない。
だが、時間がかかりすぎれば航路は混乱する)
胸の奥で環がせわしなく鳴る。
会議の最中、監視士が駆け込んできた。
「報告! 北の航路で無断通行が発生!」
場の空気が一変する。
リュシアンは即座に立ち上がった。
「俺が行く」
オルビタが北航路へ急行すると、灰色の残滓が航路を漂っていた。
無断で通行していたのは小さな武装船団。
「これは……交易船じゃない、武装輸送だ」
ガルドが剣に手をかける。
(ここで戦えば、せっかく作った制度が“脅し”になってしまう)
深呼吸し、舵輪を握り直す。
「降伏勧告を出す。交戦は最後の手段だ」
小舟から声が返る。「補給のためだ、危害は加えていない!」
「なら、補給は都市で正式に申請しろ。
次に無断通行したら、航路を封鎖する」
沈黙のあと、小舟が引き返していった。
(今回は収まった……だが、こんな事案はこれから何度も起こる)
胸の奥の環が弱々しく鳴る。
(この調停がいつまで持つか……)
航路の奥で、灰色の濁りが一瞬渦を巻いた。
誰かが意図的に“影”を呼び出している気配。
「見たか?」ガルドが低く言う。
「ああ……誰かが裏で糸を引いている」
リュシアンは舵輪を強く握りしめた。
(次はもっと大きな揺さぶりが来る。
制度を壊そうとする者がいる)
胸の奥の環が警告のように鳴り響いた。