第5部 第2話 灰色の航路
オルビタが西の航路を進むと、光の糸が途中で途切れていた。
その先は灰色の霧に覆われ、航路が消えたように見える。
「ここか……」リュシアンは息を呑んだ。
胸の奥の環が警戒の拍を刻む。(これは自然現象じゃない)
(これがもし、誰かが意図的にやったことなら……
統合はまだ“形だけ”だったということだ)
胸の奥が重くなる。
だが舵輪を握り直し、灰色の中へ進んだ。
霧の向こうから小舟が現れた。
船上には、見慣れぬ紋章を掲げた戦士たちが立っている。
「ここから先は通行禁止だ。帰れ、調停者」
冷たい声。敵意というより、固い決意の響き。
(せっかく繋いだ航路を、なぜ……!)
怒りが喉までこみ上げるが、深呼吸して押しとどめる。
「理由を聞かせてほしい。
航路は全世界のものだ、誰かの独占じゃない」
「独占じゃない。守っているんだ。
統合航路で他世界の軍が押し寄せ、我らの土地が荒らされた」
戦士の声は苦く、背後の仲間たちも頷いている。
(そうか……統合は歓迎されているばかりじゃない。
俺たちの光が、彼らには“侵略”に見えたんだ)
胸の奥の環が揺れ、答えを迷う。
「ならば、監査を強化する。
軍の通行は事前通告を義務づけ、貿易はあなた方の承認がなければ行わない」
戦士が目を細める。「言葉だけなら何とでも言える」
(ここが勝負だ。信じさせるしかない)
リュシアンは胸の奥の環に意識を合わせ、深く息を吐いた。
「俺が調停者として誓う。もし破られたら、責任は俺が取る」
長い沈黙の後、戦士が霧を少し晴らした。
「……分かった。一度だけ通してやる。
だが、次に破られれば、この航路は完全に閉ざす」
(交渉は通った……けど、これで終わりじゃない)
胸の奥の環はまだ速いままだ。
(統合後の世界は、まだ危うい。
次は、実際に約束を守らせなきゃならない)
オルビタが灰色の航路を抜け、再び光の道へ戻った。
リュシアンは舵輪を握り直し、仲間たちを見た。
「次は監査制度を実際に動かす。
形だけじゃなく、本当に“信頼できる航路”にしよう」