第4部 第6話 原初の門
氷の世界での交渉を終え、オルビタは星図都市への帰路についた。
航路は穏やかで、雪の粒が淡く光りながら流れていく。
(終わった……いや、始まったんだ)
リュシアンは胸の奥で環の静かな拍を感じる。
和解の余韻がまだ身体に残っている。
甲板に腰を下ろし、深く息を吐く。
ガルドが隣に座り、「やったな」と短く言った。
「……ああ。だけど、これで全部じゃない」
セリーヌが旋律を一つ弾き、空気が落ち着く。
その音を聞きながら、リュシアンは瞼を閉じた。
星図の中央が淡く波打った。
都市の外れにいた監視士が慌てて報告してくる。
「航路に異常! 黒点の外側に、別の門が現れました!」
星図が拡大され、渦とは違う形の巨大な門が浮かび上がった。
それは黒ではなく、深い群青色に輝いている。
(これは……渦じゃない?)
胸が締め付けられる。
環が強く鳴り、身体が無意識に震えた。
(でも、感じる……これはもっと深い。渦の奥――根源だ)
リアン=ヴァルドが星図を見つめる。
「これは“原初の門”……記録にしか残っていないはずのものだ。
渦が生まれる以前、最初に開いた航路の残骸だとされている」
「残骸……じゃあ、まだ生きてる?」
「生きているどころか、呼んでいる。お前を」
耳の奥で、かすかな声がした。
《来い……来い、こちらへ》
冷たいのに、懐かしい声だった。
胸がざわめき、足が一歩前に出る。
(行かなきゃ……でも、怖い)
リュシアンは舵輪を握り直した。
「行く。放っておけば、また渦になるかもしれない」
ガルドが剣を担ぐ。「なら、俺たちも行く」
セリーヌが旋律を重ねる。「あなた一人じゃない」
オルビタが航路を進むと、空間の色が変わっていく。
星々が一つずつ暗くなり、音が遠のいていく。
「音が……消えてる」
胸の奥の環だけが、ひときわ大きな音で鳴り響いた。
(世界が遠い……でも、この環だけは離れない)
恐怖と同時に、不思議な安心感があった。
(ここで逃げたら、二度と踏み込めない)
目の前に、群青の門が現れた。
表面は水面のように揺らめき、奥には光も闇もない深淵が広がっている。
「これが……原初の門」
リュシアンは深呼吸し、足を一歩踏み入れた。
視界が白く反転し、足元の感覚が消える。
次の瞬間、仲間たちの声も遠ざかり、リュシアンは一人きりになった。
(ここからは、俺自身の旅か)
胸の奥の環が静かに鳴り、深淵の奥へと導いた。




