第4部 第3話 離脱の影
統合会議の翌朝、星図都市は祝賀の余韻に包まれていた。
広場では人々が笑い、商人たちがさっそく新しい航路の準備をしている。
だが星図の端――昨日黒い点が脈打った場所に、再び淡い濁りが見えた。
(やはり……偶然じゃなかった)
胸の奥で環が速く回る。
昨日の可決の余韻が、一気に冷たい水で薄められた気がした。
リアン=ヴァルドが低い声で報告する。
「夜半、無許可の舟が航路を抜けた。
監視灯の記録では、船籍は氷の世界のもの」
「離脱か……?」
「表向きは監査人を指名している。だが、議場を去る時に奇妙な呪印を残した形跡がある」
港の空気が重くなる。
(せっかく可決したばかりなのに……!)
こぶしが握られる。
しかし、怒りよりも先に胸を満たしたのは焦りだった。
(ここで追わなければ、統合は始まる前に瓦解する)
リュシアンは即座に決断した。
「オルビタを出す。少数で行く、まずは状況確認だ」
ガルドが頷く。「なら俺も行く」
エファが航海図を広げる。「追跡航路は複雑です。見失ったら帰れない可能性が」
「なら余計に行くしかない。失ったままにできない」
帆を張る手が震える。(怖い……でも、ここで怖がってはいられない)
セリーヌが甲板で旋律を奏でた。音が心拍を落ち着かせる。
(あの日、渦に挑んだときと同じだ。
違うのは、今は仲間と一緒に行けること)
胸の奥の環が静かに、しかし強く鳴った。
オルビタは星図都市を離れ、淡く濁る航路を進む。
濁りは触れるたびに小さな黒い泡となり、後方へ消えていく。
「航路が汚染されている……!」
エファの声が緊張で固くなる。
ガルドが剣に手をかける。「来るぞ!」
濁りから小さな影が飛び出し、船首に取り付いた。
ガルドが一閃で切り払うが、次々と湧いてくる。
「これは……黒点のかけら!」
リュシアンは掌から光を放ち、航路を浄化する。
淡い蒼が広がり、影が後退した。
(やはり、誰かが黒点と繋がろうとしている)
胸が重くなる。しかし同時に、決意が固まった。
(必ず追いつく。そして話す。戦うだけが答えじゃない)
航路の果てに、氷の世界の小舟が見えた。
船尾には黒い紋章が刻まれ、航跡が濁っている。
「見つけた……!」
リュシアンが舵を握り直す。
胸の奥で環がひときわ強く鳴った。
小舟の甲板に、フードを被った影が立ち上がる。
その背後に、渦よりも深い暗い門がかすかに揺れていた。
(ここからが交渉だ――あるいは、戦いかもしれない)
オルビタは静かに速度を上げ、濁った航路を追った。




