第3部 第3話 渦の影の門
星舟〈オルビタ〉が航路を進むと、空間の奥に異様な門が浮かんでいた。
本来は光で縁取られているはずの門が、まるで黒い液体でできているかのように歪んでいる。
「……これは、普通の門じゃない」
セリーヌが眉をひそめる。
エファは慎重に杖を構えた。「渦の影響下にある門だ。接触すれば、こちらの意味が奪われるかもしれない」
(けれど、ここで怯んだら何も分からない)
胸の奥で環が静かに回る。
リュシアンは自分に言い聞かせた。
(怖い。でも――怖いからこそ、進む)
オルビタが門に近づくと、甲板に立つ全員の耳に「声なき囁き」が響いた。
《……なぜ来る……なぜ名を持つ……》
声は恐怖でも怒りでもなく、ただ飢えた問いかけのようだった。
「応答してみる」
リュシアンは胸に手を置き、詩になる前の感覚を送り出す。
門が脈打ち、黒い影が溢れ出した。
形は定まらず、無数の手足と目が生まれては消える。
「来るぞ!」
ガルドが剣を抜き、羽の民が上空から光を降らせる。
セリーヌは声にならない旋律を放ち、影の動きを鈍らせた。
(合わせろ……呼吸を、拍を、心を)
リュシアンは掌を掲げ、仲間たちと同じリズムで呼吸を刻む。
胸の環がひときわ強く回転し、白と黒の光が渦を巻いて影を照らした。
影が形を変え、巨大な口を開いた。
叫び声は音ではなく、周囲の文字や色を奪う波だった。
「奪わせるな!」
リュシアンは詠唱を捨て、掌から光を直接放つ。
名付ける前の温度と拍――プレ言語の魔法が門を覆い、黒が後退する。
(まだ足りない……!)
腕が震える。胸が焼けるように熱い。
それでも、リュシアンはさらに深く呼吸を重ねた。
(影は敵じゃない。飢えているだけだ――なら、満たせ!)
掌の光が白から淡い青へ変わり、影の動きが止まった。
《……あたたかい……これは……名の前……》
影がゆっくりと門の内側へ戻っていく。
最後に、黒い表面が透き通り、門が本来の光を取り戻した。
(奪い合いじゃなく、繋いだ……)
胸の奥で環が静かに回る。
セリーヌが微笑んだ。「リュシアン様……やっぱり、できるんですね」
「ああ。まだ完全じゃない。でも、一歩進めた」
エファが星図を広げる。「門は安定した。次は、この先の星嶺を越える必要がある。そこには封印派の集落があるはずだ」
ガルドが肩を鳴らす。「また議論になるな」
「いいさ。議論で終わるなら、いくらでもやる」
リュシアンは舵輪を握り、進路を指し示した。
遠方に、光と影が交錯する巨大な峰が見えた。
そこから立ち上る黒煙のようなものが、星々の光を揺らしている。
「渦の源に近い場所だ……準備を整えよう」
オルビタは再び帆を張り、星嶺へと滑り出した。




