第3部 第2話 渦の古譚と封印派
門星群の中心部、地の底に伸びる階段を降りると、石ではなく星屑でできた廊下が続いていた。
足を踏みしめるたび、過去の声が響く。旅立った者、帰らなかった者、選んだ者、選ばなかった者――その残響が足元から立ち上がる。
エファが立ち止まる。「ここが記録の蔵。渦に最初に触れた者たちの記憶が眠る場所だ」
壁一面に浮かぶ球体が、ゆっくり回転している。それぞれが一つの世界、一つの物語、一つの決断を示していた。
エファがひとつの球体に触れると、空間が変わった。
リュシアンたちは幻視の中に立ち、古代の戦場を見た。
黒い渦が大地を覆い、城も森も人もすべてを飲み込もうとしていた。
剣士たちが叫び、術士たちが呪文を放つが、名付けられたものから順に奪われていく。
ついには王が己の名を捨てて渦に飛び込み、その名も知られぬまま星となった。
幻視が終わると、空気は冷えていた。
(これが、渦……。奪う、というより“戻そう”としてるみたいだ)
背中に汗が伝う。
セリーヌが小さく震えていた。彼女の指先を握り、リュシアンは胸の奥で環を回す。
(怖い。でも、前に進む)
記録蔵を出ると、広場に複数の門渡りが集まっていた。
彼らの胸に輝く紋は、鋭く交差した二つの線――封印派を示す印だ。
先頭の男が一歩進み出る。「お前がリュシアンか。渦を“変える”などと吹聴しているそうだな」
「そうだ。変える道を探している」
「馬鹿げている!」男の声が響く。「渦は災厄だ。放置すれば星図全体が崩壊する。封印以外に道はない!」
胸の奥に熱が走る。
追放された日、王都で言葉を奪われた記憶が蘇る。
(あの日の俺なら怒鳴り返した。でも、今は違う)
深く息を吸い、怒りを環に流し込む。
「封印は一時しのぎだ。奪われた意味は戻らない。
俺は奪わずに満たす方法を見つけたい」
封印派の男が鼻で笑った。「夢物語だ」
言葉だけでは終わらなかった。
男が杖を構え、魔力を解き放つ。黒い鎖が空を裂き、リュシアンの足元に伸びる。
「試してやる! お前の理想がどれほど脆いか!」
リュシアンは詠唱をせず、掌から光を吐いた。鎖が音もなく溶け、白い靄となって消える。
「俺は、破壊しない。変える」
その光景に、周囲が息を呑んだ。
封印派の何人かが剣を抜きかけたが、エファが前に出て制した。
「ここは星渡りの地だ。議論は許すが、戦は許さない。
お前たちの憤りは分かる。しかし彼のやり方も、記録の一つとして刻むべきだ」
広場に沈黙が落ちる。
(俺は間違っていない……はずだ。
でも、あの怒りを真正面から受け止める覚悟は、まだ足りないかもしれない)
封印派が去ったあと、エファが肩に手を置いた。
「怖かっただろう。でも今日の選択は、確かに一つの道を作った」
リュシアンは頷く。「次は門星群を越え、他世界の門渡りたちと会いたい。
もっと多くの視点が必要だ。封印派だけでなく、変化を望む者も」
星舟〈オルビタ〉が再び帆を上げる。
潮汐の波が揺れ、次の世界への航路が描かれた。
(選ぶたびに敵が増える。
でも、選ばなければ何も変わらない)
胸の奥の環が静かに回った。
(俺は――選び続ける)
進路の先に、まだ見ぬ門が浮かんでいた。
その門は歪み、周囲の星明かりをゆっくり呑み込んでいる。
「……渦の影響下にある門かもしれない」
エファの声が緊張を帯びた。
「行こう。最初の答えが、そこにあるかもしれない」
リュシアンは杖を握り、舵輪を切った。




