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追放された宮廷魔術師、辺境で無双した末に星々を導く者となる  作者: マルコ


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第3部 第1話 星々の門(プロローグ)

 大樹の根元に、静かな光の輪が開いていた。

 朝の風が葉を鳴らすたび、門は淡く息をする。光は金でも銀でもなく、胸の鼓動にだけ反応して明滅する色だ。


(行くのは、いましかない)


 リュシアンは掌を門へ向け、内側の輪に拍を合わせる。背後には見送りの人々――王都の魔術師、外界の戦士、羽の民、原初の民、光の民。大樹の幹には祈り紐が結ばれ、風のたびに音のない鈴のように胸を震わせた。


「戻る場所は、ここです」

 セリーヌが並んで立つ。

 ガルドはいつものぶっきらぼうな笑みで拳を差し出した。「帰り道は、俺たちが守る」


 言葉はそれだけで十分だった。リュシアンは頷き、一歩、門の縁を跨いだ。


 落下も浮遊もないまま、景色が反転する。

 四方に散るのは粉砂糖のような光。遠い火床の温度だけが頬に触れ、耳奥では鼓動が長い廊下に反響している。


 足元に、淡青の舗道が自ずと現れた。踏み出すと音は出ず、代わりに思考が音になりかけて、言葉になる前に消える。


(怖いか?)

(怖い。――だから選ぶ)


 胸の輪が静かに回り、拍が道の長さを測った。


《ようこそ、門渡りの者》

 声。半透明の体に微細な星々を宿した存在が、橋の上に立っている。以前、広場に落ちてきた星渡りに似ているが、より成熟し、周囲の光を制御している。


「私は星渡りの書記・アルト。星々の回廊を管理する一柱。案内が必要なら、道筋を編もう」


 指先から細い光糸が伸び、前方に線路のような輝きが描かれた。


 回廊の先に、空へ浮かぶ都市が現れる。塔は年輪のように層を重ね、通りは古語や楽譜で舗装され、広場には見知らぬ紋章が潮のように寄せては返す。上空を帆船が行き交い、帆には風の代わりに思念の風が膨らむ。舷側に立つ者の胸には、各世界ごとの「門の紋」。


「ようこそ、星図都市へ」アルトが告げる。「星々を渡る者が集い、航路と真実を交換する場所」


 広場の喧噪が薄れ、無数の視線がリュシアンたちに吸い寄せられた。噂は早い。大樹の門が開いたこと、新しい世界が生まれたこと、影を退けた門渡りがいること。


 人波を割って一人の女が進み出る。銀灰の髪、深藍の外套、胸に断章の門の紋。「星図評議会の席を預かる、リアン=ヴァルド。――話があるわ」


 評議会の間は円形で、壁一面が更新され続ける星図だった。指でなぞれば、遠い世界の呼吸が微かな風となって爪先を撫でる。


「暗黒の渦が増えている」リアンは数点を指で叩き、図を黒ずませた。「本来五百年に一度の規模が、この二年で三度。曲線は、あなたの世界の創造と同期している」


 鋭い眼差し。

 リュシアンは正面から受け止める。「俺は閉じるためじゃなく、繋ぐために創った」


「繋ぎはねじれも生む」

 短い吐息。背後で評議員がざわめいた。


 アルトが補う。「因果は単純でない。だが波紋は確かだ。まずは星の宣誓を。あなたが何を為し、何を為さぬか、星図に刻んでから話を続けよう」


 円形の台座のふちには、無数の手形が刻まれていた。触れれば真意を拾い、嘘なら沈黙し、誓いが真なら光るという。


 手を置く。骨まで届く冷たさと、心臓の熱がぶつかる。

「名は」「リュシアン=フォルティス。門渡りの者」

「誓いは」


「創って終わらせない。繋いで放り出さない。

 渦を滅ぼすより前に、在り方を変える道を探る。

 選ぶ責任から逃げない。以上だ」


 星図が微かに瞬き、台座の縁に新しい光の手形が刻まれた。

 リアンはわずかに肩を緩める。「……星は、あなたの言葉を拾った」


 星図都市の北環にある観測回廊で、リュシアンたちは「星々の法」を叩き込まれた。

 歌で帆を動かす理。

 思考の層を二重に保ち、概念と言葉の間に“余白”をつくる呼吸法。

 胸の拍に紐づける帰路の印〈帰還線〉。


 セリーヌは歌い手と喉を合わせ、音にならない音を体に刻む。「言葉にする前の、温度を覚えてください」

 ガルドは甲板で剣を振る。刃に名を与えず、ただ動きの軌跡を身体で反復する。「斬る、じゃない。通す、だ」


 アルトは地図机で最初の探索航路を描く。

 星図都市 → 薄明回廊 → 記憶潮汐メモリ・タイド → 星舟補給所〈静寂の港〉 → 門星群。

「ここまでは“見える世界”。この先は世界と世界の接面。星渡りの民と再会するなら、門星群が良い」


 準備の最中、広場に黒い斑が滲んだ。石畳の文言がほどけ、人々の口から思い出の名前が零れ落ちる。


 リュシアンは掌を差し出し、名付ける前の灯を吐く。

 黒がほどけ、削れた文字が戻り、誰かの顔に遅れて涙が浮かぶ。「――戻った……!」


 リアンは短く頷いた。目だけで礼が言われる。(ここでできることは分かった。なら、行く)


 黄昏、港。**星舟〈オルビタ〉**が帆を鳴らして待っている。ともに刻まれた新しい楽譜は、帰還線と同じ拍で揺れた。


「オルビタ、出るぞ」

 舵輪に手を置き、胸の拍に息を合わせる。一拍遅れてセリーヌがハミングを重ね、ガルドが足で甲板を叩く。三つの拍が重なり、舟が滑り出した。


 港壁の上でリアンが右手を上げる。「――必ず、記録を持ち帰りなさい」

「約束する」


 最初の航路は穏やかだ。星々の間を縫う薄明回廊は、言葉と感覚の間に柔らかな緩衝をつくる。

 やがて記憶潮汐へ。波打つ光の帯に舟が差しかかると、甲板にかつての景色が薄く重なった。王都の塔、浮島の草原、広場の笑い声。


(戻る場所は、確かにある)


 胸が温まると同時に、潮汐の端に黒い斑点が現れた。

 リュシアンは呼吸を整え、掌から灯を流す。黒が退き、帯の流れが整う。


 大小の星が群れをなし、それぞれの中心に微細な「門」を抱いていた。螺旋を描く星雲のようで、近づくほどに輪郭が鮮明になる。


 アルトの声が舳先に届く。《門星群へようこそ。ここは多世界の玄関。――星渡りの代表と約束を取り付けてある》


 星舟が着床するや、白銀の衣をまとった一団が歩み寄る。胸に刻まれた紋は星律の門。

 先頭の青年が手を差し出した。「星渡りの代表、エファ。噂の門渡り――君が、リュシアンだね」


「会えて光栄だ。渦のことを、教えてほしい」


 青年は頷き、門星群の中央にある共鳴殿を指した。「ここで話そう。波は静かだ、今のうちに」


 共鳴殿は楽器の腹のような空間で、床も天も薄く震えている。

 エファは掌を掲げ、点在する門の周囲に波紋を走らせた。

「渦は“滅び”ではない。取りこぼされた意味の集積だ。誰かが名付け損ね、語り損ね、抱き損ねたものが寄り合って渦になる。放置すれば奪い、適切に扱えば――星になる」


 セリーヌが息を呑む。「じゃあ、私たちの選択は……」

「そう。君たちの世界で起きたことは、前例の萌芽だ」エファは微笑む。「だが方法は確立していない。星図評議会は慎重で、封印派も多い。君が確かな術として示す必要がある」


 リュシアンは頷く。(滅ぼすか、放置か――ではなく、変える手順を見つける)


 共鳴殿を出ると、門星群の空に広い帯が走っていた。次の航路、次の世界、次の会談。

 アルトが地図を差し出す。「ここからが本当の探索編だ。星渡りの民の記録をなぞり、異なる門渡りたちに会い、方法を集める。価値観は衝突するだろう。けれど――」


「選び続ける」

 リュシアンは言葉を引き取った。「繋いで、変えるために」


 胸の輪が一度強く鳴る。拍に合わせ、星舟〈オルビタ〉が再び帆を張った。


(行こう。星々の世界へ――そして、その先へ)

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