第1部 第5話 黒幕との対峙
王都の夜はまだ焦げ臭い。
だが今夜、俺はもう一つの火を燃やすつもりだった。
向かう先は、宰相補佐官バルクの屋敷。
あの日、俺を陥れた張本人だと確信している。
馬車の窓から屋敷の門が見えた瞬間、胸の鼓動が早まる。
(落ち着け……今夜が終われば、すべてが明らかになる)
指先が冷たい。だが杖を握ると、少しずつ熱が戻ってきた。
広間の中央、バルクが立っていた。
痩せぎすの体に濁った瞳。
それでも余裕の笑みを浮かべている。
「やあ、宮廷魔術師殿。いや──もう『英雄』と呼ぶべきかな?」
挑発的な声。
俺は一歩踏み出し、彼を真っ直ぐに見据えた。
「お前がやったんだな。俺を罠にはめ、追放させたのは」
バルクは肩をすくめ、薄笑いを浮かべる。
「何を根拠に? 証拠はあるのか?」
(証拠……そんなものは今ここにない。だが──)
胸の奥から怒りがこみ上げる。
あの日の広間、嘲笑う貴族たち、セリーヌの冷たい瞳。
「証拠はない。だが、お前以外に得をする者はいない」
俺の声は低く、冷たかった。
バルクは椅子に腰掛け、ワインを注いだ。
まるで余裕を見せつけるように、ゆっくりと口をつける。
「君がいなくなって、宮廷魔術師団は混乱した。
でもそのおかげで、私が軍の予算を握れた。感謝しているよ」
その言葉に、血が沸騰する。
(やはり……こいつだ)
杖を構えかけたが、踏みとどまった。
ここで怒りに任せて殺せば、ただの逆賊になる。
「……まだ話すことがあるだろう」
バルクは唇の端を歪めた。
「君は甘い。私を罰したところで、第二、第三のバルクが現れるだけだ」
心の奥で冷たい笑いが響く。
(そうか……なら、根こそぎ潰すまでだ)
その時、後ろから声がした。
「それ以上言わないで、バルク」
セリーヌが姿を現した。
その瞳には怒りと後悔が混じっている。
「あなたがやったこと、もう全部わかっているわ。
リュシアンを陥れ、宮廷を混乱させ、王都を危機に追い込んだ」
バルクが目を細めた。
「ふん……王女殿下まで取り込んだか」
「黙りなさい!」
セリーヌの叫びが広間に響いた。
その声に、俺の胸も震えた。
(あの日、俺を見捨てた女が、今は俺を守ろうとしている……)
怒りが溶け、代わりに冷たい決意が固まる。
俺は杖を掲げた。
「バルク、ここで裁きを受けろ」
雷光が杖先に集まり、広間を白く照らす。
バルクは笑ったままだった。
「やれるものならやってみろ。だが覚えておけ、私を消しても──」
言葉の途中で、雷光が炸裂した。
閃光が広間を満たし、バルクは地に倒れた。
静寂。
誰もが息を呑む。
俺はゆっくりと杖を下ろした。
「これで一つ、借りを返した」
屋敷を出ると、夜風が頬を撫でた。
セリーヌが隣に立ち、そっと口を開く。
「……終わったのね」
「いや、まだだ。黒幕は一人じゃない。
宮廷の奥深くまで腐敗は広がっている」
胸の奥で、再び炎が灯る。
(これは復讐ではない。浄化だ)
俺は王城の方角を見た。
「次は──王の御前だ」
夜空に星が瞬いている。
だがその美しさとは裏腹に、俺の心は戦いの炎で燃えていた。
(これで終わらせる。必ず)
決意を胸に、俺は夜の王都を歩き出した。