第1部 第3話 王都決戦編・開幕
馬車は、かつて見慣れた王都の大門の前で止まった。
だが、そこにあったのは俺が知っている華やかな城下町ではなかった。
門は破壊され、瓦礫が散乱し、黒煙が空に立ち上っている。
血の匂いが鼻を刺し、遠くで悲鳴と怒号が響く。
俺は馬車から降り、ゆっくりと瓦礫の道を踏みしめた。
(……これが、あの日俺を追放した王都の末路か)
胸の奥に冷たい感情が渦巻く。
同情ではない。哀れみでもない。
ただ、因果応報という言葉が頭に浮かんだ。
通りに転がる破壊された馬車、倒れた兵士。
魔物の爪痕が壁に深々と刻まれている。
足音が響いた。
民衆が、血まみれでこちらに駆け寄ってくる。
「助けてください……! 魔物が、魔物が!」
俺は頷き、杖を掲げる。
「下がれ。ここは俺が引き受ける」
次の瞬間、瓦礫の影から魔物が飛び出した。
狼型、三体。牙を剥き、唸り声を上げる。
「──《雷槍》!」
雷光が走り、魔物が一瞬で黒焦げになる。
民衆が息を呑み、そして歓声を上げた。
「すごい……宮廷魔術師様が……!」
俺の胸にかすかな誇りが戻る。
(これでいい……俺はもう、罪人じゃない)
王城へ向かう途中、道の至るところで戦闘が起きていた。
逃げる兵士、泣き叫ぶ子供。
俺は迷わず魔法を放ち、道を切り開く。
だが、心の奥では別の声が囁いていた。
(助けてやる義理があるのか? お前を追放した王だぞ?)
胸の奥がざわつく。
復讐心と義侠心がせめぎ合う。
「……黙れ」
自分自身に言い聞かせるように呟き、歩みを止めなかった。
ついに王城前広場へたどり着いた。
そこには、巨大な魔獣がいた。
体長十メートル、黒い鱗に覆われた異形の獣。
兵士たちは恐怖で立ちすくみ、矢も槍も届かない。
俺はゆっくりと前に進む。
「リュシアン様……無茶です!」
「下がってください!」
貴族たちの声を背に、俺は笑った。
「俺がやる。俺以外に誰がやる」
杖を握りしめ、詠唱を開始する。
「雷よ、嵐となりて我が敵を討て──《雷嵐》!」
天空から無数の雷光が降り注ぎ、広場が白く輝く。
魔獣が咆哮を上げ、鱗が焼け焦げ、地面に倒れ込んだ。
兵士たちが歓声を上げる。
「勝った……!」
「リュシアン様が魔獣を倒した!」
俺は杖を地面に突き、深く息を吐いた。
(これで……借りは返した)
玉座の間に入ると、王は蒼白な顔で座っていた。
かつて俺を追放したその男が、今は俺を救国の英雄として迎える。
「リュシアン・グレイ……お前に感謝する。王都を救ったのはお前だ」
その言葉に、胸の奥で何かが溶けた。
「ならば約束を果たせ。俺の爵位を回復し、冤罪を取り消せ」
王は頷き、王国法典を持った侍従に命じる。
「ここに、リュシアン・グレイの名誉を回復し、元の地位を授ける」
広間に響き渡る宣言。
貴族たちが顔を歪めるが、誰も逆らわなかった。
広間の端で、セリーヌが膝をついていた。
目には涙が光る。
「……ごめんなさい。あの日、あなたを信じられなかった」
その声は、かつての高慢さを微塵も残していなかった。
俺は彼女を見下ろし、しばらく黙った。
復讐心が鎌首をもたげる。
だが同時に、村で過ごした日々が脳裏をよぎった。
(許すか……それとも)
長い沈黙ののち、俺は口を開いた。
「償え。お前が失ったものは、お前が取り戻せ」
セリーヌは深く頭を下げた。
「……はい」
王城を後にした俺は、夜の街を歩いた。
まだ炎の匂いが残り、空気は熱い。
(これで終わりじゃない。俺を陥れた黒幕がまだいる)
月を仰ぎ、杖を握る。
「次は──俺が裁く番だ」
夜風が吹き抜け、髪を揺らした。
そして俺は、静かに笑った。