第1部 第2話 王都からの懇願
土下座する貴族たち。
槍や鍬を構え、今にも飛びかかりそうな村人たち。
広間は水を打ったように静まり返っていた。
焚き火のパチパチという音だけが響く。
俺は椅子に腰をかけ、沈黙を保ったまま彼らを見下ろした。
(これが……あの日、俺を追放した連中の姿か)
胸の奥がざらつく。
復讐の甘い匂いが鼻腔を満たす。
「追い返しましょう、リュシアン様!」
「こいつらに関われば、また裏切られる!」
村人たちの怒声が響く。
だが俺は手を上げ、静かに制した。
「──事情を話せ」
その一言に、セリーヌが顔を上げた。
泥で汚れた頬、涙で濡れた瞳。
かつて王都の舞踏会で輝いていた令嬢の面影はなかった。
「りゅ、リュシアン……王都が……魔物に襲われているの」
村人たちがざわめいた。
「魔物だと……?」
「王都が……そんなはずは!」
セリーヌは嗚咽をこらえながら語り始めた。
王都周辺に突如現れた大群。
宮廷魔術師団は壊滅、結界は崩壊、城壁は破られた。
街は炎に包まれ、人々は逃げ惑っているという。
(……やはり俺を追放したせいで結界が破れたか)
心の奥で苦笑が漏れる。
あの日から予想していた未来だ。
「……だから、助けて」
セリーヌは再び土下座した。
その姿は哀れで、惨めで、そしてどこか滑稽だった。
(助ける理由はない……)
王都に残してきた日々が、走馬灯のように頭をよぎる。
同僚の冷たい視線。
セリーヌの拒絶。
王の宣告。
胸が痛い。
だが同時に、怒りが熱を帯びる。
(だが、民は……何も知らない人々は罪がない)
心が揺れる。
助けたいのか、見捨てたいのか。
そのとき、背後から声がした。
「リュシアン様……」
エリナだった。
彼女の瞳はまっすぐで、曇りがなかった。
「あなたは、もう罪人じゃない。決めるのはあなたです」
その一言で、迷いが霧のように晴れていく。
俺は立ち上がり、貴族たちを見下ろした。
「助けてやってもいい。ただし──条件がある」
「じょ、条件……?」
貴族たちが顔を上げる。
俺はひとつひとつ、言葉を噛み締めるように告げた。
「俺の爵位を回復しろ。冤罪を取り消し、俺を断罪した者を裁け。
王の名で正式に俺の名誉を回復させろ」
広間がどよめく。
村人たちの目が見開かれる。
「できないなら帰れ。王都が滅びても、俺の知ったことではない」
俺の声は冷たく、鋭かった。
セリーヌは歯を食いしばり、涙をこぼした。
「……わかった。全部、やる。あなたの名誉を回復する。だから……助けて」
その声は、震えていた。
王都の令嬢としての誇りも、意地も、全て捨てた懇願だった。
俺はしばし黙り、そして微笑んだ。
「いいだろう。王都へ行こう」
数日後。
俺は準備を整え、村人たちに見送られて馬車に乗った。
「リュシアン様、どうかお気をつけて……」
「必ず帰ってきてください」
エリナが涙をこらえ、笑顔で見送る。
俺はうなずき、馬車の窓から村を見つめた。
この村が、俺の帰る場所だ。
だからこそ、もう一度王都へ行く。
(今度こそ、全てを終わらせる)
馬車が走り出す。
遠く、王都の空に黒煙が立ち上るのが見えた。
俺は心の中で呟く。
「待っていろ……必ず、全ての黒幕を暴き、終わらせてやる」
馬車の車輪が土を蹴り、音を立てる。
決戦の時が近づいていた。
王都に近づくにつれ、鼻を刺す焦げた匂いが漂ってきた。
遠くで火の手が上がり、逃げ惑う人々の叫びが聞こえる。
俺は杖を握りしめた。
(これは救済ではない……断罪だ)
馬車は城下町の門へと入っていく。
炎に包まれた王都を前に、俺は不敵に笑った。
──次回、「王都決戦編」開幕。