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タマちゃんとリリ子さん

研究者猫たち

庭の木々が、夜気に揺れている。

わたし、いや、正しくは「ニャンダート・ターマ・シャグラン殿下」たるこのわたしが、

この古い家の裏庭で小さく丸くなっているとは、いったい誰が予想しただろう。


母星からの連絡はずいぶん前に来ていた。

「地球での滞在記録を、実地観察として確認したい」と言うのが彼らの建前だ。

実際は、わたしのこの有り様を見てみたいだけだろう。

来てみたいだけだろう。

母星の研究者たちは好奇心旺盛だ。とりわけ、この惑星の「人と猫」いう関係性に

異様な執着を示している者たちもいる。


木の枝の影が揺れ、ひとり、またひとりと仲間たちが集まってくる。

最初に現れたのは銀色の目の三毛猫。

続いて、片目が金色でもう片目が銀の白猫がふわりと芝を踏む。

そして、体の大きな鬣のある白銀の猫が枝を軋ませながら降りてきた。

最後に、垂れ耳の可愛らしい犬の姿で控えめに尻尾を振る一匹・・・あれは広報担当のはずだ。


彼らも皆、わたしと同じように、この惑星に適応するための仮の姿を纏っている。


「ターマ様、観察の進捗はいかがですか?」


銀の目の三毛がわたしの真横に座り、低く問いかけてくる。

声だけは昔のまま、書庫で一緒にデータ解析をしていた頃の柔らかさだ。


「進捗ね」

と勿体つけて言葉を濁すとわたしは尾を揺らし、枝に飛び乗った。

「実に・・・不思議だ。人間というものは、こうも温かいものか」


三毛は目を細めた。

「リリ子殿のことですか?」


「他に誰がいる」


言葉を濁すつもりはない。

リリ子さんは、わたしがこの星で「タマ」として息をしていることに

一片の疑いも持たない。

亡くなったはずの猫が戻ってきた。

わたしが「タマ」として抱かれ、撫でられ、呼吸する。

すべてを受け入れて、まるで何事もなかったかのように・・・


「他の知的種族にはない事象ですね」と銀の目の三毛が笑う。

「生物間の依存、再生、疑似転生・・・あらゆる神話のようだと。母星でも意見が割れています」


鬣の白銀の猫が低く唸った。

「我々は知るべきだ。この星の『死と再生』の概念をな」


金眼、銀眼の白猫が庭を見渡しながら

「ターマ様の経験は非常に貴重です。今回は、実地に観察させていただければと」と言った。


わたしはふっと鼻を鳴らした。


「いいだろう。だが、決して彼女に迷惑をかけるな」


「殿下は随分とお優しく」

白銀の鬣猫がからかうように目を細めた。


「黙れ」


その時だった。


「タマちゃん?」


低く、しかし穏やかな声。

リリ子さんが縁側の灯りを背に立っていた。

その視線は、わたしだけでなく背後に連なる銀目の三毛、白銀の鬣猫、金目銀目の白猫、

そして犬の姿にも向けられている。

彼女は何も驚いた様子を見せず、少しだけ微笑んだ。


「お友達かしら?」


母星の科学者たちは一斉に尻尾を振り、気取った礼をする。

まるで宮廷の晩餐に招かれた客人のように。

わたしは胸の奥がむずがゆくなるのを誤魔化すように、足元の芝を引っ掻いた。


「タマちゃん、上がってもらったら?」


リリ子さんが家の戸を少し開けてくれた。


三毛猫がわたしを見上げる。

「ありがたいお申し出ですな。観察の場としては最適でしょう」


わたしは小さくため息をつきながら頷く。

縁側を抜け、居間に入ると、リリ子さんはいつものようにわたしの皿を取り出して

カリカリを盛りつけてくれた。

客人たちにも小皿が並ぶ。

鬣の猫は無骨な体格に似合わず、器用に一粒ずつつまむ。

垂れ耳の犬はちろりとわたしを見てから、控えめに水を舐めた。


彼らは、この星の「カリカリ」の味を母星に報告するつもりだろうか。

滑稽だが、悪くない光景だ。


リリ子さんは小さく笑いながら言った。


「タマちゃん、いいお友達ね。みんないい子だわ。お水足りるかしら」


その言葉が、胸に染みた。

この惑星は未熟で、文明水準も低い。

けれど、この温かさは、わたしの母星にはないものだ。


「さぁ、好きなだけ観察するがいい」


わたしはゆっくりと体を丸めた。

銀の目の三毛が隣に並び、尻尾をわたしの尾に重ねる。


窓の外、夜の庭に風が吹く。

人間の声と、銀河の技術が交わるこの場所で、わたしは今日もタマとして穏やかに眠りにつく。


宇宙の果てより遠く、星の王宮より尊いこの場所。

リリ子さんが囁く「おやすみなさい」。それは地球の誰もが口にする言葉なのに、

わたしの母星では聞いたことのなかった、いちばん優しい音だ。

今夜もまた、わたしはその声に守られて、眠る。

大事にされている猫として。タマとして。

そして、ほんのすこしだけ、ターマ・シャグランとして。


誤字、脱字を教えていただきありがとうございます。

とても助かっております。


いつも読んでいただきありがとうございます!

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。



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