第四話 王宮図書室への入室許可
「こんなに早く、女王陛下から追加の書状が届いたのですね!」
私は侍女に駆け寄って、彼女の手元に視線を向ける。すると、侍女が差し出す書状は、見たこともない真っ赤な色をした封筒だった。
「……本当に、この気味の悪い書状が女王陛下からのものなのですか?」
侍女は戸惑いながら頷く。
私は書状を手に取って裏返し、王家の紋章が押されたシーリングスタンプを見た。
「え~っと、『いますぐ開けてね』……?」
そこには、シーリングスタンプを指さす可愛いキャラクターが白いペンで描かれていた。前回の書状に出てきた少女と同じようだが、本当にソフィアが描いたものかどうかは分からない。
「……女王陛下を騙った詐欺、ということはありませんよね?」
私が血の署名を確認する魔法「ビリーヴァ」を唱えると、裏面右下の何もなかった部分にソフィアの署名が浮かび上がった。一応、本物の書状のようだ。しかし、隠し文字とはなかなか凝った仕掛けだ。
とはいえ、私は前回のような高揚感はなく、やや用心しながらその怪しい封書を開封した。
『貴族令嬢の皆さんに朗報です! 天下一武闘会に参加予定の皆さんには、王宮の図書室に入る許可を与えます。王宮の魔法書を読みたい人は、この手紙を持って王宮にお越しください。王宮の魔法書には、ライバル達を倒すための強力な魔法が書いてありますよ!』
私はそれを読んで、思わず口元に手を当てる。
──信じられません……。王宮の図書室は、歴代王族しか読めない書物がたくさん所蔵されているはず。確かに、噂に聞くフレイア様やベアトリス様に対するには、こうでもしないと勝利の望みはないのでしょうけど、王国の秘密とかは無いのかしら?
とはいえ、これはまたとない貴重な機会だ。私は手紙を読み進める。
『なお、貴族令嬢天下一武闘会は今から三週間後、ブルーメの月の初めに行います。皆さん、きばって一番を目指してくださいね! さぁ、トップをねらえ!』
私は最後の上品とは言えない表現に、一人でクスクスと笑った。
同時に、女王ソフィアに妙な親近感を覚える。
──女王陛下はとても面白いお方ですね。陛下の書状を読むたび、心が元気になります。実際に会ってお話してみたいです。女王陛下は、私が欲してやまないものを持っている気がします。
私は手紙を封書にしまうと、早速、王宮図書室に行くための準備を始めた。
◇ ◇ ◇
王宮図書室は多くの衛兵によって警備されていたものの、その入室は簡単だった。
ソフィアからの二通目の招待状を入口の魔導士に見せると、王族の血の署名を確認する魔法「ビリーヴァ」を唱えて、招待状が本物かどうかを確認する。その後、入室者が記録簿に血の署名をすることで、貴族令嬢の中に間諜が交じっていないかどうかを後で確認できるようになっていた。
追加の書状が隠し署名になっていたのは、この確認処理を容易にするためなのだろう。文字が光るよりも、何もないところに文字が浮かび出る方が確認しやすい。
私は一連の手続きを終えて、図書室の中に入った。
「わぁ、すごい……」
私の口から思わず感嘆の声が漏れる。自分が知るどんな図書館よりも広い空間が、目の前に広がっていた。とても王族専用とは思えない規模だ。天井には魔道具によるライトが設置され、その光はまるで、木漏れ日のように上品で優しいものだ。
私は図書室を見渡しながら、その中央に進んでいく。すると、中央の台座に、本の外装から外された鎖だけが置かれていた。本来そこにあったと思われる王国の貴重な本は存在しない。
──まぁ、さすがに、王族にしか見られない本を私達に公開するわけにはいかないですよね。
部屋の中央から放射状に伸びる本棚を見ると、早くも多くの貴族令嬢達が魔法書を物色していた。また、特別に用意された本の閲覧スペースに視線を移すと、こちらも何十人もの貴族令嬢達が静かに魔法書を読んでいる。
──女王陛下の招待状を読んだ時には、こんなお遊びのような武闘会に参加する人は少ないと思っていましたけど、結構多くの皆さんが参加するのですね。……中には、家の命令で出場予定の方もいるのでしょうか?
この国の女性貴族の戦いはシビアだ。加えて、ソフィアが「優勝者の願いを何でも一つだけ叶える」と宣言しているため、武闘会で優勝して、王族以外の最高位「侯爵」へ陞爵することを狙っている家もあるのかもしれない。
──私は両親に黙って動いていますけれど、そのうち何か言われるのかしら……。
私はそんなことを考えつつ、上級者向けの魔法書が置かれた本棚に向かう。すると、既に多くの人だかりができていて、入る隙間もない。
──少し出遅れてしまったようですね……。
私はまだ令嬢同士の「決闘」に参加したことがないため、自分の実力が良く分からない。家庭教師によれば、私の神剣の扱いは上級貴族に匹敵するという評価だが、フレイアやベアトリスに敵うレベルかどうかは不明だ。とはいえ、武闘会までの短期間で神剣の扱いをさらに向上させるのは難しい。
そのため、神剣以外の部分、つまり魔法の力を高めることで実力差をカバーするしかないのだが、おそらく、ここにいる貴族令嬢は同じことを考えているのだろう。
魔法書の本棚の前の人だかりがなかなか引かないため、私は魔法書を読むことを諦めた。
──魔法書は、明日の朝一番にここに来て読むことにしましょう。
せっかくなので、私は王宮図書室の本棚を見て回る。歴史、科学、地理など、色々と興味深い本がたくさん置かれていた。そして、文学の本棚の列に来た時、正面に少し変わったドレスを着る貴族令嬢が、本を何冊も抱えて立っているのが見えた。
──あれ? ここって武闘会に一番関係なさそうな文学書のエリアですけど、何をしているのでしょうか?
私がその貴族令嬢に近付いていくと、彼女も私に気付いて、ニッコリと満面の笑みを浮かべる。その令嬢は、私が今まで見てきた女性の中で一番の美人だった。
「天下一武闘会に参加予定の方ですか?」
彼女は身体をこちらに向けながら、私に問いかけた。
「はい、そうです。図書室にいらっしゃるということは、貴女も武闘会に参加されるのですよね?」
私が質問を返しても、その令嬢は少し苦笑いするだけで何も答えない。不審に思った私は、続けて質問を彼女に投げ掛けた。
「こちらの書棚にも、攻撃に役立ちそうな魔法書が置いてあるのですか?」
「え? いいえ、置いてありませんよ」
「それでは、貴女が手に持っている本は、どのような内容の本でしょうか?」
「あぁ、これですか」
彼女は頬を赤くして、本を扇状に広げるようにして私に見せる。すると、それらの本のタイトルは意外なものだった。
「……この本のタイトルからしますと、もしかして恋愛小説ですか?」
「えへへ。はい、そうなんです」
彼女はとても嬉しそうだ。しかし、貴族令嬢達が武闘会に向けて必死に勉強する中、能天気に王族向けの恋愛小説をあさっている彼女に、私は強い苛立ちを覚えた。思わず、その感情が表情と口に出る。
「随分と余裕なのですね。皆、家の将来を賭けて武闘会に向けて必死に準備しているというのに、貴女は女王陛下の入室許可をいいことに、王族用の小説あさりですか。とても不敬で、あまり良いこととは思えません」
私がツンツンとした態度でそう言うと、彼女はきょとんとした表情を浮かべる。そして、すぐに苦笑した。
「私、天下一武闘会は観戦しますけど、参加はしないので……」
「つまり、貴女は実力不足のため、女王陛下の天下一武闘会には参加しないということですよね? でしたら、家でおとなしく日々の勉強をして……」
「いえいえ。私が武闘会に出ると必ず優勝してしまうので、参加しないんです」
その言葉に私は目を丸くして驚いた。
「優勝? 貴女はそんなに強いのですか?」
私がそう問い掛けると、彼女は再び何かを隠すように苦笑いした。しかし、すぐに何かを思いつたように、ニコッと笑みを浮かべる。
「あっ、そうだ! ねぇ、貴女、この恋愛小説を読んで感想を聞かせていただけませんか?」
彼女は興奮してそう言いながら、頬を赤らめた。
「実はこれ、私が書いた小説なんです! でも、誰も読んでくれる人がいなくて。良かったら、読んだ後に感想を聞かせて欲しいです! 良い評価、悪い評価、どちらでも構いません!」
私は彼女から差し出された本を見て、制止するように片手を前に出す。
「どうして私物を王宮の図書室に持ち込んでいるのですか? 規則違反です。それに、私は忙しいんです。貴女みたいに遊んでいる時間はありません」
私が彼女を責めていると、彼女の後方に一人の侍女が駆け足で近付いてきた。その侍女は、特権階級の世話係専門であることを示す紋章を付けている。王国に数人しかいないと言われる上級侍女だ。
「ソフィア様っ! こんなところで何をやってるんですかっ! 真面目に勉強に来ている方の邪魔をしたら迷惑でしょ!」
──ソフィア?
「いや、ちょっと私の小説の宣伝を……」
「はぁ!? 小説は『ペンネーム』という偽名で公開すると言っていたではありませんか! 本人が小説を宣伝してどうするんですか!?」
「こちらの方は、偶然お会いしただけです。私の計画では、こうして文学書のコーナーにそ~っと私の小説を置いておけば、この方のように、図書室で行き場を失ったご令嬢が暇つぶしに読んでくれるはずで……」
彼女がそう言うと、上級侍女はきょとんとした表情で私を見た。
「……失礼ですが、貴女はお暇なのですか?」
「いえ! 暇じゃありません!」
私が顔を真っ赤にして否定すると、上級侍女は目の前の彼女に視線に戻す。
「暇ではないようですよ?」
指摘を受けた彼女は、言葉に詰まる。
「じゃ……じゃあ、お持ち帰りオーケーにしますので、家で私の小説を読んでください! 読者がいなくて本当に寂しいんですよ~! 感想会を開いて、最大限のおもてなしをしますから、是非お願いしますよ~!」
彼女は半べそをかきながら、私に本を押し付けてきた。
私は両手で、その本をグイっと押し返す。
「嫌だって言っているでしょう! なんて失礼な人なんですか! マナーを学んでいないのですか?」
「そう言わずに、お願いします!」
彼女も必死に本を渡そうとしてくる。私は再び本を押し返しながら、強い口調で彼女に問いかけた。
「あなた! 一体どこの家の人なんですか!? 『ソフィア』さんというお名前のようですが、まずはちゃんと、どこの誰なのかを名乗ったらどうですか!?」
私の指摘を受けて、彼女の動作がピタッと止まった。
私は「コホン」と咳払いをした後、少し後ずさって、お腹の前で手を重ねて丁寧にお辞儀をした。
「私はリヒター伯爵家エレナと申します。よろしくお願いいたします」
私がそう言うと、目の前の彼女は、手に持っていた本を一旦横の本棚に置く。そして、視線を落ち着きなくあちこちに向けた後、最終的に若干ためらいつつ、初めて見るドレスのスカートの端を少し持ち上げた。
「……私は、ライゼンハルト王国女王、ソフィア・アルフォンス・ライゼンハルトと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」(ニッコリ)
「…………」
「…………」
「…………」
「……大丈夫ですか?」
私は頭が真っ白になった。今まで私が無礼な口調で話していた目の前の彼女が、まさかソフィア女王だったとは……。
私は正気に戻ると、汚れなど気にせず、すぐさま床に土下座した。
「無礼な口を利き、誠に申し訳ございませんでした! どうかお許しください!」
私が床に額を押し当てていると、ソフィア女王の上級侍女が近づいてくる。そして、私の隣にしゃがむと、私の背中に手を置いた。
「エレナ様。どうか立ち上がってください。この人に土下座なんてする必要はありません」
私が顔を上げると、上級侍女は立ち上がり、ソフィア女王の側に戻っていく。
そして……。
バッチーーン!!
「いった~いぃ~!! アリエッタさん! どうして私の頭を平手打ちするんですか!?」
「ソフィア様が悪いんですよ! どうして正体を明かしてしまうんですかっ!! こんなに可愛らしいご令嬢を脅迫するなんて、信じられません!!」
「脅迫なんてしてませんよ! 別に女王が貴族令嬢と交流したっていいじゃないですか!」
「ソフィア様は最高権力者なんですから、存在自体が脅迫なんですよ!」
「それを言っちゃあ、おしまいですよ! 私は最高権力なんか欲しくなかったです! 私は王女のままが良かったのに、両親に女王にさせられちゃったんだから、仕方ないじゃないですか!」
「王女なんだから、女王になるのは当たり前でしょ! 廃嫡が良かったんですか!?」
私は床に座ったまま、目の前で繰り広げられる大喧嘩を呆然として見守る。その様子は、ワーワーギャーギャーという表現がピッタリだ。
すると、その騒ぎに気付いた他の女性貴族達が少しずつ集まってきた。
「あっ、マズイ!! アリエッタさん、撤退しますよ!!」
ソフィアは本棚に置いてあった本を手に取って、私に押し付けた。
「エレナさん! 本を読んだら感想を聞かせてくださいね! 招待状を送りますから、今度、お茶会しましょう!」
ソフィア女王は、まるで友達と軽い約束をするかのようにそう言い残すと、上級侍女と駆け足で図書室を出て行った──。