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第三話 女王陛下からの招待状

 私が落ち込んでいる間も、世の中は動いていく。


 私は侍女の報告を通じて、ソフィア王女の即位を機に、ライゼンハルト王国が大きく変わったことを知った。そもそも「問題王女」と言われていたソフィアが、実は王国一の大魔導士であり、その力が一回の魔法で王国都市を一つ消せるほどだと聞いて驚いた。


 ──なるほど……。お父様がおっしゃっていた「女王に逆らう貴族領は消滅させられる」というのは、本当に消滅しちゃうということだったのね……。


 私はソフィアと王国の情報を集めていくうち、彼女に尊敬の念を抱くようになった。


 今まで政略で利用されるだけだった女性貴族の地位を上げ、侍女達にキャリアアップする機会を与えるだけでなく、王国の軍組織を大胆に刷新して、周辺国家の中で「最強」と呼ばれるまでに改革したその手腕に脱帽した。


 ──女王陛下は問題王女と言われていたけれど、本当は凄い人なんじゃないかしら……。女王陛下のお考えが周囲の凡人と合わなかっただけで、きっと生まれながらの天才だったに違いないわ。


 侍女から報告を受けるたび、自由な発想で王国に新しい風を吹き込んでいく「ソフィア女王」への憧れがどんどんと募っていく。


 そして、私はそのうち、ソフィアに会うための方法を必死に探し始めた。彼女に会えば、なぜか自分の閉塞した運命を変えられる気がした。


 しかし、ただの伯爵令嬢が女王に会う方法は見つからない。そもそも国王への謁見は、向こうから呼ばれでもしない限り、そんな簡単に実現できるものではなかった。


 ──私は両親から言われるがままにローゼンタール伯爵夫人になって、平凡な人生を送るしかないのかしら……。


 私がソフィアに会うことを諦めかけていた時、当の彼女から私宛の招待状が届いた。


 招待状が届けられた時、私は家庭教師と共に花嫁修業中だったが、教師そっちのけで招待状を持つ侍女に駆け寄った。


「本当に女王陛下からの招待状なのですか!?」


 侍女は、必死の形相で詰め寄る私に(おび)えながら、招待状を差し出す。


 私は招待状を受け取って裏返すと、赤黒いインクで書かれた女王の署名に「ビリーヴァ」と呪文を唱えた。すると、署名の赤黒い文字が金色に淡く光る。王族の血の署名を確認する魔法に反応するということは、ソフィア本人の血液に違いない。


「本物の女王陛下からの招待状です! やりました! 女王陛下にお会いできます!」


 私は招待状を持ちながら、ピョンピョンと飛び跳ねる。家庭教師が「エレナ様。はしたない真似はおやめください」と私を叱るが、私は気持ちを抑えきれなかった。


「先生! 今日はこれで授業を終わりにしてください! どうかお願いします!」


 私は家庭教師に深く頭を下げた。すると、家庭教師は困った様子で少し考えこんだ後、「女王陛下からの招待状ですし、仕方がありません。今回だけですよ」と言って、私の願いを聞き入れてくれた。


 私は家庭教師だけではなく、侍女達も部屋の外に出るように指示を出す。


 誰もいない部屋の中、招待状を持つ私の手が震えた。私は頬を紅潮させたまま(せわ)しなく部屋の中を歩き回り、光が差し込む窓際を招待状を開封する場所に選択した。


 そして、上質な紙でできた書状を取り出して開く。


 すると、上部の大きな文字が目に入った。


 ──「貴族令嬢天下一武闘会開催のお知らせ」? 王族主催のパーティやお茶会への招待ではないの?


 私はその記載に首を(かし)げた。しかし、とりあえず、先を読み進める。


『親愛なる貴族令嬢の皆さん。先日は皆さんの活躍により、王国の内乱を早々に終結させることができました。国民への被害を最小限に抑えることができ、私は感謝の念に堪えません』


 その文章の下に、「やったね!」とピースをする吹き出し付の可愛い少女の絵が描いてあった。おそらく、この少女はソフィア本人だと考えられる。


 ──女王陛下はとっても絵がお上手のようだけど……。貴族間でやり取りする招待状に、子供向けの絵を描いても良いのかしら?


 私は家庭教師から聞いていた招待状の体裁との違いに戸惑いながら、書状を読み進める。


『私は皆さんの功績を称えるため、祝祭を開催することにいたしました。しかし、単なる祝祭では、私が治めるライゼンハルト王国らしくありません。そのため、このたび私は、王国一強い貴族令嬢を決めるためのイベントを開催することにいたしました! その名も……』


 一枚目の手紙は、文章の途中で終わっていた。私は一枚目をめくって二枚目を見る。すると、太字で書かれた大きな文字が目に飛び込んでくる。


『貴族令嬢天下一武闘会っ!』


 良く分からないが、文章の下に、身体から光を放つ武道の達人のような絵が描かれていた。その絵は男性を描いたものかと思ったが、よく見ると女性だった。髪の毛が突風に吹かれたように逆立っている。


 ──……これ、全令嬢向けに一枚一枚、女王陛下が絵を描かれたのかしら?


 私は唖然としたまま、視線を手紙の下部に移す。すると、そこに優勝者への褒賞が記載されていた。


『天下一武闘会の優勝者には私からご褒美を差し上げます。優勝者のどんな願いも一つだけ、叶えて差し上げましょう』


「えっ!? ホントにっ!?」


 私は普段出さないような声を出してしまったが、その下に注意書きがあった。


『ただし、お願い内容の審査があります。無茶なお願いを叶えることはできません。とはいえ、ここにその条件を詳しく書いても意味がありませんので、まずは優勝してから私にご相談ください』


 私は全てを読み終えた後、思わず書状をギュッと握りしめた。


「あぁ、遂にこの時が来たのですね……。この機会を、私はどれだけ待ちわびたことか……」


 満たされない人生を変えられる予感に、嬉しさで私の頬が紅潮して熱くなる。まだ貴族令嬢天下一武闘会に優勝したわけでもないのに、なぜか私の目の前に自由な世界が広がっている気がした。


「私が私でいられる世界……。偽りの私を捨て去って、本当の私をさらけ出すことができる場所……。ふざけているようにも思えるイベントですが、私はこれをずっと待っていたのかもしれません」


 私は右手を握りしめると、その(こぶし)を天高く突き上げた。


「女王陛下はやはり天才です! そして、『貴族令嬢天下一武闘会』へのご招待、誠にありがとうございます! 私、必ず武闘会へ参加いたします! そして、優勝を手にして、子供の頃からの願いを叶えます!」


 私は部屋に誰もいないことを確認して深く息を吸い込む。そして、大声で叫んだ。


「伯爵令嬢なんて、クソくらえですっ!」


 家庭教師にお(しと)やかに育てられたはずの私は、貴族令嬢としてあるまじき言葉を吐いて興奮したまま、どこまでも続く青い空を窓越しに見上げた。


 しかし、しばらくして、私は招待状の問題点に気付いた。私は上げていた拳を下げて、招待状に再び視線を落とす。


「……そういえば、開催日付が書いてありませんね。女王陛下は生まれながらの天才で、お描きになる絵はお上手ですが、残念ながら段取りは苦手なようです」


 私は机に移動すると、王宮に開催日時を問い合わせる書状をしたためた。


    ◇ ◇ ◇


「ヘーブシッ!!」


 私は立派な国王執務室で、垂れそうになる鼻水をズズっとすする。


「ソフィア様……。その汚らしいクシャミの仕方、なんとかならないんですか? まだお若いのに、まるで下町の中年女性のようです」


 アリエッタの指摘に、私は答える。


「まあ、中年女性というか、私の中身は老年女性ですし……」


「え……?」


「あっ、いや、なんでもないです! っていうか、きっと、誰かが私の良い噂をしているんでしょう。『偉大なる女王陛下に会いたい!』とか」


 私は思わず前世のことを口走ってしまい、慌てて話題を変えた。すると、アリエッタがジト目で私を見る。


「どこに、そんな目が節穴(ふしあな)だらけのアホがいるんですか?」


「あっ、偉大なる女王陛下に向かって不敬ですよ! 不敬! 私、こう見えても人望が厚いんですからね!」


 アリエッタは面倒くさそうな表情を浮かべた。


「はいはい。まぁ、いつものどうでも良い話は置いておいて、噂をするとしたら、『貴族令嬢天下一武闘会』のことではないでしょうか? ……でも、何でも願いを叶えるなんて約束をしちゃって大丈夫なんですか?」


 私は胸の前で腕を組んで、わずかに鼻水を垂らしながら「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべた。


「私は一度言ってみたかったんですよ。神龍(しぇんろん)の言葉を!」


「……しぇんろん?」


「はい。古代ニホンの、とある超有名な物語に登場する神獣です。低い声で、『さぁ、願いをいえ。どんな願いも、一つだけ叶えてやろう』って言うんですよ。格好良いと思いませんか? 『我が生涯に一片の悔いなし!』に匹敵する名言だと思いませんか?」


 私の言葉に、アリエッタは「どこが?」と言ってゲンナリとした表情を浮かべる。そして、溜息を()きながら、(ひたい)に手を当てた。


「……というか、ソフィア様以外の貴族令嬢で、フレイア様やベアトリス様に勝てる人がいるのですか? もしフレイア様が貴族令嬢天下一武闘会で優勝して、そのお願いで『私と結婚してください!』ってソフィア様に迫ってきたらどうするんですか?」


「…………あ」


 私は目を点にして、その場で固まる。しかし、すぐに名案が浮かんだ。


「勅令を出して、フレイアさんとベアトリスさんを出場禁止にしましょう!」


「二人がここに乗り込んできて、余計に面倒な事態になりますよ」


「じゃ……じゃあ、書状に書いた注意書きはどうですか? 『お願いには女王の審査があります』って書いたので、大丈夫なはずです!」


腹黒(はらぐろ)で頭の回転が早いフレイア様が、『審査』を突破するための対策を考えていないわけがありません」


「……今、我が国が誇る公爵令嬢を『腹黒』って言いました?」


「フレイア様はあらゆる手段で、ソフィア様との結婚を狙ってくると思います」


「…………」


「フレイア様が優勝したら、絶対にここに押しかけてきます。賭けてもいいです。そして、ソフィア様はもう終わりです。新しい愛の世界に目覚めて、仲の良い婦婦(ふうふ)になってください」


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!! どうしましょうっ!! 助けて、神龍(しぇんろん)! 私の願いを叶えて!」


 私が頭を抱えて叫んでいると、アリエッタが二度目の溜息を()いた。


「対処方法は簡単です」


「……え?」


 私は頭を抱えたままアリエッタに視線を向ける。


「フレイア様を優勝させなければ良いのです」


「……でも、あの凶悪・凶暴な神剣使いに(かな)う貴族令嬢なんているのでしょうか?」


「ですから、他の貴族令嬢を鍛えるのです。王宮の図書室を開放して、秘蔵の魔法書で、フレイア様に対抗できる強力な魔法を勉強してもらうとか……」


「それだぁぁっ!!」


「……あの、私、まだ一つしかアイディアを言っていませんが……」


「いいんですよ! グッドアイディアです! フレイアさんの優勝が分かっている天下一武闘会はつまらないですからね! すぐに、その方針を伝える書状を全貴族令嬢に送りましょう!」


「承知しました。ちなみに、今回の書状には『挿絵』というモノはいらないですよね?」


「…………」


「あんな『挿絵』のために、一国の女王が何日も徹夜するとかあり得ません」


「私は描きたいんですけど……」


「ダメですっ! 通知が遅くなったら、貴族令嬢達が強力な魔法を習得する時間が無くなるじゃないですか! そもそも、武闘会までに残された時間は……、あれ? 天下一武闘会はいつ開催でしたっけ?」


 アリエッタのその言葉で、私達二人は凍り付いた。私は恐る恐る口を開く。


「……前回の書状に、開催日付を書くのを忘れてしまいました。徹夜でボーっとしてて……」


「もうっ! 何やってるんですか! すぐに追加の書状の文面を考えてください!」


 アリエッタは追加の書状発送の準備のため、大慌てで部屋を飛び出していく。一方の私は、急いで執務机に移動すると、全貴族令嬢宛に送付する書状の草案作成に取り掛かった。


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