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第二話 新しいライゼンハルト王国

「内乱……ですか?」


 私が花嫁修業に明け暮れていた十五歳の春、母親がいないある日の朝食で、父親のヨーゼフが珍しく王国内のゴタゴタを口にした。それを話す父親の表情は、とても不機嫌そうだ。


「ソフィア王女の女王即位に反対する辺境貴族達が蜂起したのだ」


「ソフィア王女と言われますと、あの有名な問題王女ですか?」


 私の言葉に、父親は「そうだ」と(うなず)く。私は直接ソフィア王女を見たことはないが、いつも事件を起こす彼女の悪い噂は、貴族の間でとても有名だった。


「リヒター伯爵家としてはソフィア王女の即位に反対する立場だ。しかし、先日、国王陛下が多くの貴族を王都郊外に召集して、王女の即位に関して直々に説明された。その中で、国王陛下は『新女王に逆らう貴族領は消滅させる』と宣言された。そのため、大半の王国貴族は、ソフィア王女の即位に賛成せざるを得なくなったのだが、急進的な反対勢力は我慢できなかったようだ」


 ──消滅? お父様の爵位を取り上げるということかしら?


 私がどことなく父親の話を理解できないでいると、父親は浮かない表情をして言葉を続けた。


「いずれにしても、ライゼンハルト王国は大きく変わる。国王軍が勝てば、今まで積み上げてきたものが、あの愚かなソフィア王女によって壊されてしまう。逆に国王軍が負けたら、王国そのものが消えてしまう。……お前も変化に備えよ」


 私は父親に丁寧にお辞儀をした。


「はい、お父様。承知いたしました」


 私は相変わらず、親の食事が終わるまで動いてはならない。この数年で、お(なか)の音を鳴らさないようにするコツを身に付けた。我慢できる時間も徐々に延び、今や半日食事なしで耐えることができる。


 しかし、この特技は、これからのライゼンハルト王国ではもう役に立たないようだ。


 私は目の前のパンに手を付けることなく、小さく溜息を()いて、父親が食事を終えるのを待った。


    ◇ ◇ ◇


 内乱が勃発した後、ソフィア女王率いる国王軍は反乱勢力を次々と打ち破っていった。


 東部方面軍に至っては、辺境貴族に反乱を起こすように(そそのか)した隣国、リーゼンブルグ王国に攻め込み、その王子を捕らえた。ライゼンハルト王国はそれをカードにして、リーゼンブルグ王国と早々に和睦。二つの王国軍で反乱貴族軍に攻勢を仕掛け、その勢力を一気に殲滅した。


 また、西部方面軍も東部方面軍に負けない活躍をし、王国西部の殆どの反乱貴族軍が壊滅した。


 女王の評判がどうあれ、最終的にソフィア女王は、たったの半年で王国の内戦を終結させるという偉業を成し遂げたのだ。


 そして、その偉業を成し遂げた王国軍のトップの一人が、私と同い年の公爵令嬢フレイアだと聞いて、私は吃驚(きっきょう)するしかなかった。


 ──信じられない……。私は家の繁栄のために上位貴族に嫁ぐのが女性貴族の役割だと思っていたけれど、フレイア様は軍隊を率いて戦闘をしているの? 今の王国は一体どうなっているのかしら……。


 私は両親の方針で、十五歳を過ぎても社交界デビューしていなかった。また、「どうせ嫁ぐのだから、魔法学園へ行く必要はない」と言われ、学園に通うことなく、リヒター伯爵家の家庭教師から全ての教育を受けていた。


 本来の予定では、私は十六歳の誕生日に社交界デビューする予定だったのだが、ライゼンハルト王国の内乱の影響で、私の社交界デビューは延期されたままっだった。


 そのため、社交界デビューしていない私は、他の貴族令嬢とのお茶会に参加したことがない。すると、当然、他の貴族令嬢から情報が入らない。


 私はリヒター伯爵家という箱の中でひたすら「伯爵令嬢」という仮面を磨いているだけで、世の中の動静に(うと)くなってしまっていた。


 ──もっと今の王国のことを知らなきゃいけない。このままだと、私は世の中に置いていかれてしまう。女性貴族として生き残ることもできなくなってしまうかもしれない。


 私はまず、侍女を通じて、レーゲンス公爵家フレイアの情報を集め始めた。


    ◇ ◇ ◇


 私は情報を入手する(たび)、驚きのあまり、しばらく呆然とすることを繰り返した。


 ──えっ!? フレイア様は隣国の王子に婚約破棄されていたの!? どうして!?


 私は驚きで半分口を開けたまま、報告書の次のページをめくった。


 ──えぇっ!? 今度はその婚約破棄をした隣国の王子を戦争で捕縛? 神剣で王子を斬首しようとしたところを女王陛下に止められる!? 一体どういう状況なの!? フレイア様は王子に婚約破棄されて、深い恨みでも抱いていたのかしら?


 さらにページをめくる。


 ──フレイア様の現在の地位は「王国東部方面軍大将」兼「特殊部隊ソフィアン・ローズ隊長」。……ソフィアン・ローズって一体何かしら? フレイア様は軍人ではなく、公爵家のご令嬢よね? もう何がなんだか分からない……。


 私は報告書を閉じると、同い年のフレイアの活躍と自分の今の大きな違いに、落胆にも似た感情を覚えた。


 私は、報告書を持ってきた侍女に視線を向けて問い掛けた。


「お茶会で、女性貴族同士が『決闘』を行うことは家庭教師から聞いていましたが、最近は女性貴族が戦争に参加するのが普通なのですか?」


 侍女は軽く頭を下げて答える。


「申し訳ございません。私にも良く分かりません……」


 しかし、彼女は何かを思い出したように顔を上げて、言葉を付け加えた。


「……そういえば、ソフィア女王が即位されてすぐに、国王軍の大規模な組織改編がありました。将校クラスは全員、女性貴族に変更され、ベアトリス様とフレイア様が二大将軍の地位に就いたと聞いています。その後、前線の兵士に至るまで、男性貴族は全て女性貴族に入れ替えられたと聞きました」


「そうなのですか? 男性貴族はどこに行ったのですか?」


「女王陛下(いわ)く、『男性貴族は戦闘では役立たずだ』とのことで、全員、後方支援に回されたそうです」


 つまり、私の父親も後方支援部隊に転属させられたことになる。おそらくプライドもあり、私にはその事実を話せなかったのだろう。


「それから、王国全土の神剣を扱える侍女達にも兵員募集の知らせがありました。報酬がとても魅力的でしたので、下級貴族出身のリヒター伯爵家の侍女も何人か国王軍に入隊したと聞いています」


「報酬というのは?」


「多額の年金と特別爵位です。特別爵位は一代限りですが、顕著な功績を上げた女性兵士に与えられるものだそうです」


 それを聞いて、私は驚いた。


「爵位を持たない侍女が、貴族として独立できるのですか!?」


「はい、その通りです。ただし、年金はあるものの領地は与えられず、生涯使える貴族用集合住宅の一室を、王国から貸与されるだけとのことでした」


 その後、侍女は話しにくそうにして言葉を続ける。


「……内戦時、レオノーラ様は西部方面軍に志願なさいました。そして、その活躍が西部方面軍将軍ベアトリス様に認められ、特別侯爵に陞爵(しょうしゃく)されたと聞いています。今ではレオノーラ様は、ヨーゼフ様の上司として、軍務省に勤務していらっしゃいます」


 私は目をパチクリとさせた。


「今、『お母様がお父様の上司だ』と言いましたか?」


「……もしかして、レオノーラ様やヨーゼフ様からお聞きになっていませんか?」


 私は首を左右に軽く振る。


「聞いていません……」


 私は視線を下げて(うつむ)いた。


「……私は本当に何も知らされていないのですね。王国のことも、この家のことも……。まるで私だけが蚊帳の外に置かれたように感じます。……私は本当に伯爵家の子供なのでしょうか? 私は誰か(めかけ)の子で、実際は別の場所に伯爵家の子供達がいて、だからお父様もお母様も私に冷たくて……」


「お嬢様……」


 私は雑念を振り払うように、首を軽く左右に振った。


「ごめんなさい。余計なことを口にしました。もう下がってください。報告、ご苦労様でした」


 侍女は深くお辞儀をすると、その場に立ったまま落ち込む私のことを気にしながら、部屋を出て行った。


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