番外編(7) 幸せのエピローグ
フレイアの求婚を受けてから半年後、私達は公爵夫妻の承認を得て、正式に結婚した。
王侯貴族法典の婚姻規定には、性別によって結婚を制限する条項は無いため、同性同士であっても結婚が認められている。しかも、相手が平民でなければ、王侯貴族間の身分は問わない。法律の観点では、私達の結婚に何の問題も無かった。
とはいえ、私が今まで生きてきた中で、貴族の同性同士の結婚の話は聞いたことがない。そのため、私は貴族の間で、自分の陰口が叩かれることを覚悟していた。
しかし──。
『シェラー特別伯殿。レーゲンス公爵家フレイア様とのご結婚、誠におめでとうございます』
『フレイア様とご結婚なさるなんて、とても羨ましいです。フレイア様とは、どのような馴れ初めだったのですか? ぜひお聞かせください』
『シェラー特別伯とフレイア様は、とてもお似合いのカップルだと思います! お二人ともお美しくて、本当に目の保養です!』
蓋を開けてみると、予想以上に好意的な反応が多かった。
全く陰口を叩かれないわけではないが、パーティでは、殆どの女性貴族が私達に羨望の眼差しを向けた。身分が高いフレイアの結婚であることや、以前のライゼンハルト王国に比べて、女性貴族の地位が格段に上がっていることが影響しているのかもしれない。
──私が今、こうしていられるのは、全て女王陛下のお陰ですね……。ローゼンタール伯爵家との婚約破棄を早々に承認して頂けたこと、シェラー特別伯の地位に叙して頂いたこと、そして何よりも、貴族令嬢天下一武闘会を通じて、私がフレイア様と出会う機会を与えてくださったこと……。
私はソフィアに心から感謝した。
──偉大な女王陛下。私は、このご恩を一生忘れません。フレイア様と共に、女王陛下とライゼンハルト王国のために死力を尽くします。
私は数々の結婚に関する儀式と手続きを終えた後、王都中心部の貴族用マンションを引き払い、レーゲンス公爵邸に住まいを移すことにした。
当初はフレイアとの別邸を建設する計画も浮上したが、女性貴族の地位が向上した現在、フレイアがレーゲンス公爵家を継ぐ可能性もあるとのことだった。
私は数々の荷物をレーゲンス公爵邸に送るにあたって、自室の大きさを確認するため、フレイアの部屋の隣に用意されたという居室の下見に向かった。
「ウソですよね、これ……」
私の手から着替えが入ったカバンが床に落ちて、バンっと大きな音を立てた。
目の前の私の居室には、瓦礫の山が広がっていた。壁が粗雑に破壊され、調度品は粉々に砕け、部屋中にその破片が散らばっている。そして、破壊された壁の向こうには、隣のフレイアの部屋が見えた。
「エレナさん、レーゲンス公爵家へようこそ。ちょうど、エレナさんの部屋の準備が整ったところです」
フレイアが瓦礫の山を登って、隣の部屋から現れた。
「フレイア様、これは一体……」
「邪魔な壁がありましたので、私の部屋から魔法で破壊しておきました。私が知らない間に、従者達がこんな部屋を設えていたのです。訊けば、エレナさんの部屋だと言うではないですか。だったら、私の部屋とつなげるしかありません」
私は言葉を失ったまま、呆然と瓦礫の上のフレイアを見上げる。すると、彼女は頬に可愛く指を当てて、首を傾げた。
「私とエレナさんは毎日一緒に寝るのに、お父様はどうして部屋を分けようとしたんでしょう? 私の部屋に来てもらえば良かったのに、とても不思議です」
部屋を分けようとしたのは、おそらく公爵の配慮だろう。彼はその地位に相応しく、良識を持っている。
私とフレイアが喧嘩した時、同室だと私が神剣で半殺しにされると思ったのかもしれない。もしくは、自身の経験から、配偶者と時々距離を置くための場所が必要だと思ったのだろう。……それは多分正解だ。
もちろん私は、そんなことをフレイアには言えず、引き攣った笑顔を彼女に向けた。
「……そうですね。どうして分けようとしたんでしょうね。ははは……」
こうして、私とフレイアの愛の結婚生活が始まった──。
◇ ◇ ◇
今日は、巡回医療魔導士による健康診断の日だ。
上位貴族は政府で重要な役割を担っていることが多いため、毎月一回、国費での健康診断が義務付けられている。公爵籍に入った者に例外はなく、フレイアと結婚した私もその対象となった。
私が別室で本を読みながら診察の順番を待っていると、フレイアがドアをバンッと開けて駆け込んできた。
「エレナさん!! 妊娠です、妊娠!! ついに私達の子供ができました!!」
「本当ですか!? 私、とても嬉しいです!! 一緒に頑張った甲斐がありましたね!!」
私達二人は手を合わせて小さくジャンプしたり、お互いに抱き合ったりして、フレイアの妊娠を心から喜んだ。
私達は結婚三か月目にして、遂に二人の子をなすことに成功した。
フレイアは当初、私との同時出産を目指していたが、貴族社会の事情を考慮するうち、結婚直前になって、自分が先に妊娠することにこだわるようになった。
彼女が言うには、もし私が先に妊娠してしまった場合、ひどい誹謗中傷を受ける可能性が高いからだそうだ。つまり、秘術のことを知らない貴族達から、「シェラー特別伯はフレイア様と結婚したばかりにも関わらず、公爵家の金で外の男性と遊び回り、不貞行為によってその子供を妊娠した」と噂されてしまう。
逆にフレイアが先に妊娠した場合には、フレイアの放蕩ぶりを非難する者は現れるものの、もともと彼女は身分が高い公爵家の人間であることから、貴族達はその放蕩行為を容認してしまうということだった。私がフレイアに遊ばれた後、すぐに捨てられようが、どうでも良いというわけだ。
『想定されるどちらの噂も到底容認できるものではありませんが、私はエレナさんが傷付くことに耐えられません。ですから、私が妊娠するまで、エレナさんが妊娠することは許しません。そして、私が妊娠したら、秘術の存在を公表します』
普段は常識の無いフレイアだが、貴族社会に対する彼女の感覚は正しいと感じた。私は彼女の助言に従った。
私はこの三か月間、日々の夜伽で、自分だけが秘術を発動させた。ただ、秘術発動後の行為は体力勝負だ。フレイアが婚約指輪としてプレゼントしてくれた魔導石のおかげで魔力が不足することは一度も無かったものの、私は何度も途中で挫けそうになった。
『フレイア様……。今夜はもう許してください。フレイア様と一緒になれるのは幸せなんですけど、私、運動は苦手なんです……』
『ダメです! もう一回がんばりましょう!』
フレイアには言えないが、私は心の中でガッツポーズをするほど、彼女の妊娠が嬉しかった。
──やっと運動から解放される! 今夜から熟睡できる! 毎朝、筋肉痛のない身体で起きられる!
私達は健康診断を終えたその足で、公爵夫妻にフレイアの妊娠と秘術の存在を報告した。公爵夫妻は目を丸くして驚いていたが、公爵夫人はフレイアの妊娠を心から喜んでくれた。
フレイアは部屋へ戻る途中の廊下で、隣の私と手をつないだ。
「あとは、ソフィア様への妊娠報告です。その後、貴族達に秘術の存在を明かして、この子が私とエレナさんの子であることを発表しましょう。誰にも、エレナさんやこの子を攻撃させたりはしません」
フレイアはそう言って、決意に満ちた母親の表情を見せた。
◇ ◇ ◇
今夜は女王ソフィア主催の祝賀パーティだ。主役は私とフレイアで、フレイアの妊娠を盛大に祝ってくれるとのことだった。
ちなみに先日、私達が王宮を訪れてソフィアに妊娠を報告すると、彼女は目を丸くして絶句した。彼女の後方に立つアリエッタも、フレイアを見て言葉を失った。
ソフィアは身体を震わせながら、人差し指をビシッとフレイアに向けた。
「フレイアさん!! 私、フレイアさんのことを見損ないました!! エレナさんという人がありながら、なんてことをしているんですか!!」
フレイアは、私と結婚した後もソフィアに秘術のことを話していなかったため、ソフィアは私達の間に子供が生まれることはないと思っていたらしい。まあ、普通の人間ならそう思うのが当然だ。
フレイアが苦笑する表情を私に向けるのを見て、私はソフィアに、魔法書の最終章に書かれていた秘術の存在を簡単に話した。もちろん性的な説明は省略した。
すると、ソフィアとアリエッタが安堵した表情を浮かべた。
「あぁ、なんだ。そういうことですか……じゃなくて!! そんな秘術があるんですか!? そっちの方が驚きました!!」
いずれにしても、ソフィアも私達のことを祝福してくれた。そして、貴族へ秘術の存在を公表することについても、全力でサポートしてくれることになった。
「それでは、お二人の祝賀パーティを開いて、その場で秘術の存在を発表しましょう」
それが、ほぼ全ての貴族が招待された、このパーティだ。
私は右手にグラスを持って、視線の少し先で、他の貴族と交流するフレイアを見る。
──フレイア様、とても綺麗……。私、凄い人と結婚してしまったんですね……。
フレイアは二十代になっても、まるで妖精のように美しかった。ソフィアがデザインしたドレスを着ると、さらにその美しさが増す。髪の毛には、装飾用の宝石とリボンが付けられ、髪が揺れるたびに宝石がキラキラと輝いた。私は、結婚する前も結婚した後も、心の底から彼女に惚れていた。
貴族との交流を終えて戻ってくるフレイアを、私は頬を赤くした笑顔で見つめた。
「フレイア様。そのドレス、とても良く似合っています。本当に綺麗です。私、フレイア様に惚れ直しました」
「ふふっ、ありがとう。エレナさんも可愛くて愛らしいですよ。思わず抱きしめたくなります」
「お世辞はいりません。私は自分の器量をちゃんと分かってますから」
パーティの中盤、私とフレイアがパーティ会場の前方で話をしていると、各貴族との挨拶を終えたソフィアが玉座のある檀上から下りてきた。
「フレイアさん、エレナさん。改めて、フレイアさんのご懐妊、おめでとうございます」
「「ありがとうございます」」
私は右手のワイングラスを近くのテーブルに置いて、フレイアと一緒に頭を下げた。すると、ソフィアはフレイアを見て声を掛けた。
「フレイアさん。秘術のことは、ちゃんと結婚前に教えてください。妊娠のことを聞いた時、私は思わず、フレイアさんを平手打ちしようとしてしまいましたよ」
「ふふっ。ソフィア様を驚かそうと思ったんです。想定通り、ソフィア様の怒る顔が見られましたので、作戦は大成功です」
フレイアがクスクスと笑い、キラキラした笑顔でソフィアに応対する。私との結婚以降、ずっとソフィアと話していなかったためか、ソフィアと話すフレイアの表情はとても明るい。
──フレイア様、とても嬉しそう……。やっぱりまだ、女王陛下のことが好きなのかな……。
私は二人に分からないように、後方にそっと三歩下がる。そして、視線を下げて俯いた。
いつかこういう場面を見ることになるとは覚悟していたが、それを目の当たりにすると、心を抉られるような感覚に襲われた。
──私は、この場から離れた方が良いのでしょうか……。
私がフレイアの少し後方で俯いていると、ソフィアがフレイアに尋ねた。
「それはそうと、女性同士で子をなす秘術というのは、どのようなものなんですか? 特別な魔法をお腹に向かって詠唱して、魔力を注入すると、妊娠しちゃうとか?」
フレイアが、ニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「もしかして、ソフィア様、秘術に興味がおありですか? ソフィア様なら多分、秘術を使えると思います」
私はそのやり取りを聞いて、もうこの話には耐えられないと思った。
フレイアが言う通り、ソフィアの魔力量があれば、秘術を使うことができるだろう。しかし、フレイアがソフィアに秘術を教えるのなら、二人の間で「秘術の練習中の事故」が起こるかもしれない。秘術の練習は、限りなく本番に近いものだ。
私はそれを想像して笑顔を保っていられなくなり、料理を取りに行くふりをして、急いで後ろを向いた。
「ちょっと、エレナさん。どこに行くつもりですか?」
振り返ると、フレイアが私の右手をギュッと掴んでいた。そして、強引にその手を引っ張る。
「えっ!? フレイア様、ちょ……ちょっと待ってください!!」
彼女は慌てる私をソフィアの前に突き出すと、私を背中側からギュッと抱き締めた。
「ソフィア様。おとぎ話ではないのですから、秘術だけでは妊娠できませんよ?」
ソフィアは私達二人の姿を見て何かを想像したようで、顔を少し引き攣らせた。
「ほ……ほぅ。では、どうやって?」
フレイアは、私を抱き締めていた両手を上方に掲げる。
「愛です! ソフィア様、妊娠は愛なのです!」
そして、後方から私のお腹の部分を軽く抱き締めて、突き出た私のお尻に、自分の腰を少しだけ密着させた。
「秘術は道具にすぎません。秘術は、私達が一つになるための手段を与えてくれました。私達はその手段を使って、日々愛を重ね合わせました。そして、天から授かったのが、この子なのです。エレナさんから私のお腹の中に注入された子種は、私の子種と融合して、愛の結晶に変わったのです!」
夜伽を匂わせるフレイアの微妙な言い回しに、ソフィアに視線を向けたままの私は、顔から火が出そうになった。
不思議なことに、ソフィアはフレイアの言葉で全てを悟ったようだ。彼女は目をパチクリさせて、唇をピクピクと震わせながら、口を開いた。
「まっ……まさか、自然ジュセイなんですか!? じゃあ、秘術は女性にアレを作り出す魔法……」
ソフィアはアンとクレアのような「ゼンセ」の知識が無いにも関わらず、魔法書にあった単語の一部を口にした。そして、何かを確認するように、私達の下腹部をじっと見つめる。
私がソフィアに「ジュセイ」という単語をどこで知ったかを尋ねようとすると、彼女は私が話すよりも先に、とぼけるような表情を浮かべて口を開いた。
「フッ……フレイアさんの説明は、なんだか良く分かりませんね~! いずれにしても、二人がラブラブなのは良いことですし、私としては二人の邪魔をして『馬に蹴られて死ぬ』のは嫌ですから、この辺で失礼したいと思います」
私とフレイアは首を傾げた。
「「馬に蹴られて……?」」
すると、ソフィアはニコッと笑みを浮かべた。
「古代ニホンの慣用句です。どうか、これからも末永く幸せでいてください」
彼女はそう言うと、何かから逃げるように足早で歩いて、女王のための料理が並べられたテーブルに戻っていった。
私は後方を少し振り返り、私に抱き付いているフレイアを見て、口を尖らせた。
「もう、フレイア様ったら……。こういうところでは、夜伽を想像させる話は禁止です」
フレイアはクスクスと笑う。彼女は可愛い見た目と違って、こういう話を恥ずかしいと思わないらしい。公爵邸でも、二人の時は、私に平気で性的な話題を振ってきた。
私は彼女の方に向き直り、その両手を取った。
「……でも、ありがとうございます。フレイア様のお言葉、全部嬉しかったです。私はフレイア様のことが本当に大好きです。私はもう、フレイア様がいないと生きていけません」
本来なら誰と恋をしても許される立場のフレイアが、こうした公の場所で、私への愛を伝えてくれたことがとても嬉しかった。
私がニコッとフレイアに笑みを向けると、彼女も頬を赤くして私に笑みを返してくれる。そして、彼女は恥ずかしそうにして口を開いた。
「私も、エレナさん無しでは生きていけません。愛しています。どうか、ずっと私の隣にいてください」
私達が見つめ合ってイチャついていると、後方から「おほん」という声が聞こえた。
「あの……、お取込み中、失礼いたします。お二人にお話があります」
私達が声のする方を向くと、ソフィアの上級侍女アリエッタが立っていた。もしかすると、貴族達の前で少々イチャつきすぎたのかもしれない。しかし、フレイアはアリエッタを鋭い視線で睨んだ。
「あなた、愛し合う私達を注意するつもりですか? ソフィア様も公認なさっているのですから、別に何をしていたって良いでしょう?」
フレイアに直して欲しい部分なのだが、彼女は気持ちが昂ると、侍女に厳しくなる。アリエッタはシュンとして俯いた。
「いいえ、お二人のことに口を挟むつもりはありません」
「では何だというのですか?」
「あの……」
アリエッタは頬を赤くして、上目遣いで私達を交互に見る。
「……秘術は、上級魔導士や特殊な能力を持つ人でないと使えないものなのでしょうか?」
「「えっ……?」」
「もし、特別な前提が不要なのでしたら、私に秘術を教えていただくことはできないでしょうか?」
アリエッタが顔を真っ赤にして、上目遣いのまま私達を見つめる。
私達の間に沈黙が流れた。
しばらくして、フレイアが驚いた表情のまま口を開いた。
「あっ……あなた、まさか、上級侍女の分際でソフィア様を狙って……」
フレイアがそう言うと、アリエッタは両手を前に出して、首を左右にブンブンと振った。
「いいえ、違います! 念のためです! 私はソフィア様の代でライゼンハルト王家が途絶えることを望んでいませんので、何かあった時に秘術を誰かに教えられるようにしておきたいと……」
アリエッタの言葉に、私とフレイアは顔を見合わせた。私は口元に手を当てて、フレイアに話す。
「フレイア様。どうしましょうか? 彼女、嘘を吐いています……」(小声)
「少し悩みますが、おそらく彼女に秘術を使えるような魔力量はないでしょうから、特別に概要だけ教えてあげましょう。……なんとなく、話を聞いた後の反応が面白そうですし」(小声)
私は、意地悪な笑みを浮かべるフレイアからアリエッタに視線を戻した後、彼女に近付いて、その耳元に手を当てた。
「では、秘術の概要をお伝えしますね。秘術は……」(小声)
そして、私が秘術の概要を伝え終わると同時に、アリエッタはその場で卒倒した──。
【本当のおわり】
本作を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
この作品は、終始と~っても人気がなかったのですが(笑)、そんな中、どなたかお一人だけがブックマークしてくださいました。その方に、心からの感謝をお伝えしたいと思います。
評価結果から見ると、本作は決して誇れる作品ではありませんでした。しかし、他の作品と同様に、私なりに全力で書いたつもりです。
また次回作で、皆様にお会いできることを楽しみにしています!