番外編(5) 使用方法について
私達は、秘術で生成したモノの使い方について無知だった。
私はフレイアと一緒に数冊の図鑑を確認したが、使用時の絵を見ても、いまいち良く理解できない。家庭教師から聞いた話や、実際に観察した自分の性器の形状から考えて、男性側を女性側に挿入するのは想像できるが、肝心のセイシの射出方法が分からなかった。
「こんなことなら、もう少しマリーに詳細を聞いておくべきでした」
私はフレイアの言葉に苦笑する。専属侍女のマリーも、おそらく男性器の使い方は知らないだろう。というか、そもそも女性のフレイアが、マリーに男性器の使い方を聞くのはおかしい。
「両親や誰かに夜伽を見せて頂くわけにもいきませんし……」
それを聞いて、私はある案を閃いた。
私は図鑑が積み上げられたテーブルの前に移動して、動物図鑑を取り出し、パラパラとめくる。
「フレイア様。なにも人をベースにして確認する必要はないのではないでしょうか。昔、家庭教師から、多くの動物も人と同じ繁殖行動を取ると聞きました。動物園で、人間に近い動物の夜伽を観察してみるのはいかがでしょうか?」
フレイアはパアッと笑みを浮かべる。
「なるほど! エレナさんは本当に頭が良いですね」
フレイアの言葉に私は照れながら、動物図鑑に掲載されたある動物のページを彼女に見せた。
「図鑑によりますと、人の形に近いこの動物が、ちょうど今繁殖期だそうです」
フレイアは魔法書に目を近付けて、手を顎に当てる。
「この動物なら参考になりそうです。それでは、明日の朝一番に、動物園に見に行きましょう」
フレイアは呼び鈴でマリーを呼び出すと、翌朝動物園へ行くことを伝える。マリーは突然のことに驚いていたが、フレイアは気にせず、彼女に各種準備を整えるように指示を出した。
◇ ◇ ◇
私達は翌日、公爵家の馬車で動物園に向かった。……というか、フレイアが動物園全体を借り切った。一般の貴族や平民には申し訳ないが、フレイアの立場を考えれば、警備上仕方がない。
私達は、目的の動物がいるエリアを見渡せる一角にガーデンパラソルとテーブルを設置し、お茶とおしゃべりをしながら、時々双眼鏡を使って動物の様子を観察した。
しかし、当然ながら、動物は思った通りには繁殖行動をしてくれない。そして、午前中は何も無いまま、正午を迎えた。
「なかなか始めてくれませんね……。お腹も空きましたし、そろそろ昼食にしましょうか」
フレイアの指示を受けて、侍女達が軽食用のサンドイッチとドリンクを準備する。軽食用とは言っても、使われている材料は公爵家向けの高級品ばかりだ。平民や中下級貴族からすると、かなり贅沢な食事である。
しかし、私はフレイアの部屋に缶詰めになっている間、何度もサンドイッチを食べる羽目になっていたため、正直その贅沢な味に飽きていた。私は何の感慨もなく、サンドイッチを手に持ってパクッと食べる。
そして、無言でモグモグと咀嚼していると、動物エリアに視線を向けていたフレイアが何かに気付いて椅子から立ち上がった。
「エレナさん! あそこの木陰にいる二匹の動物達、動きが変です! オスとメスではないですか?」
私は双眼鏡を目に当てて、フレイアが指差す方向を確認した。
「おっしゃる通り、確かに動きが怪しいです。場所を変えて、しばらく観察してみましょう」
しかし、内容が内容だけに、侍女達を一緒に連れていくわけにはいかない。それに、侍女がいると、具体的な会話がしにくい。そのため、フレイアは侍女にその場での待機を命じた。
そして、私達は動物エリアを取り囲む手すりの柵まで移動した。双眼鏡を使って、寄り添う二匹の動物達を観察する。
「これは……」
「エレナさん! やっぱり正解です! 片方の動物の股のところに、アレが付いています! もう片方にはありません! もっと拡大して見てみましょう!」
私達は双眼鏡の倍率をさらに上げた。
「「ほぉぉ~~」」(小声)
私達の口から、同時に変な声が漏れた。
「なるほど……。実際にはあのようにするのですか。すぐに終わる行為ではないのですね」
「これは図鑑だけでは分からないことでした。とても勉強になります」
私達はその後、他の複数の動物達の行為も観察した。私は柵を左右に移動しつつ、双眼鏡で様々な角度から形状と動きを見ながらメモを取る。フレイアは興味深そうにして、ひたすら「なるほど……」と呟いていた。
そして、一通りの疑問点を解消すると、動物園を一般の客に開放して、馬車で公爵家に戻った。
◇ ◇ ◇
私達はフレイアの部屋に戻ると、すぐに侍女達を追い出してカーテンを閉め、部屋中に防音魔法を施し、念のために魔法障壁も張った。
そして、フレイアの魔力を使って、私とフレイアに性器変化の秘術を発動させた。もちろん事前にセイシの生成も行い、射出実験用に男性器の根元への転移も行った。
「それでは、フレイア様。実験を始めましょう。私とフレイア様で動物のような行為をするわけにはいきませんから、それぞれでセイシの射出を試したいと思います」
「はい、分かりました」
私とフレイアは、お互いの姿が見えないように、部屋の対角線上の隅に移動する。
──この部屋は施錠してありますし、魔法障壁も張りました。誰も入ってこられないはずですし、フレイア様も遠くにいますから、少しぐらい自由にしてもいいですよね……。
私は椅子に布を敷くと、スカンツと下着を脱いで、下半身裸のまま椅子に座った。そして、動物園で取ったメモを基に、いくつかの方法を試す。
──う~ん、ダメですね……。
動物園で見た状況と同じようにしているつもりだったが、どの方法も失敗に終わった。
──確か動物のアレは、形状や大きさが初期状態から結構変わっていたと思います。どうやったら、あんな風に急激に変化させられるのでしょうか?
私はさらに色々と試行錯誤するが、秘術で変化させた性器は、動物園で見たような形状にはならない。
──物理的な刺激だけではなく、精神的な何かが必要なのでしょうか?
私が唸りながら悩んでいると、後方から凄い勢いで駆けてくる足音が聞こえた。
「エレナさん!! 助けてくださいっ!!」
「きゃぁぁ~~!!!! フレイア様、突然来ないでくださいっ!!」
私はフレイアに背中を向けたまま、下腹部を押さえて丸くなる。しかし、彼女は私の目の前に回り込んできた。
「コレ、こんな風になってしまったのですが、どうしたらいいんでしょうか!? ずっとこのままで、元に戻らなくなってしまったんです!! 破裂してしまうんでしょうか!?」
フレイアは恥ずかし気もなく、私に下腹部のアレを見せる。私は視線を上げて、それを見た。
「わぁっ……。フレイア様、凄いですね。図鑑によれば、コレでいいんです」
「えぇっ!? コレでいいんですか!?」
「私もこうしたかったんですが、初期状態から変わらなくて困っていたところです。フレイア様、コレ、どうやったんですか? 私にも教えてください!」
私が興奮してそう伝えると、フレイアは私が下着を脱いでいるのに気付いて、顔を真っ赤にした。
「教えても良いですけれども……。エレナさん、なんだか随分と吹っ切れた姿をしていますね。恥ずかしくないんですか?」
「うぅっ……。というか、そんな無様な格好で立っているフレイア様に言われたくありません!」
私達二人は、お互いの醜態に吹き出すように笑う。その後、私達から羞恥心は完全に消えた。
部屋を施錠し、魔法障壁で強力な結界を築いてからは、私達は下着だけで部屋を歩き回るようになった。この方が、思い付いた手法をすぐに実験しやすいからだ。
フレイアが相手なら本当は何も履かないでも良いぐらいだが、トイレに行った後に肌に残る汚物や、どうしても出てしまう分泌物のことを考えると、さすがに汚い素肌のままベッドや椅子に座ることはできない。
私達は話し合い用のテーブルを決めて椅子に布を敷き、そこに集まっては「あーでもない、こーでもない」と実験手法について議論した。
そして、遂にその日はやってきた。
「「やっと出たー!」」
数日を掛けて二人で工夫を重ね、ついに図鑑の記述通りの射出現象を実現させるに至った。
もちろん、フレイアと協力して完成させた手法については秘密だ。いや、秘密どころか、最高機密だ。
一般的な知識を得る目的で、途中で官能小説を取り寄せたりもしたため、絶対に中身を他人に話すことはできない。私達はこの最高機密を墓まで持って行こうと誓い合った──。
◇ ◇ ◇
私がレーゲンス公爵家に来てから約一か月が経過した。そして、フレイアと私は、実技も含めて「女性同士で子をなす秘術」を完全にマスターすることができた。
──これで、私の役目は終了ですね……。
施錠された部屋の中で、フレイアは満面の笑みを浮かべ、正面に立つ私の両手を取る。
「エレナさん、本当にありがとうございます! 私、エレナさんのことを『親友』に認定します!」
「大変光栄です……というか、今、言われて驚いたのですが、私はいまだにフレイア様に『親友』と認めて頂けていなかったのですね」
私が苦笑すると、フレイアは私にギュッと抱き付いた。そして、少し身体を離して頬を赤くすると、妖精のような可愛らしい笑みを見せる。
「ふふっ、もちろん冗談ですよ。ずっと親友だと思っていました。大好きです」
私はその言葉を聞いてドキッとする。フレイアはそんな私に優しく微笑んだ。
「私、エレナさんにお礼がしたいです。もし婚姻を結びたい男性貴族がいれば、ぜひ教えてください。私が公爵家の力を使って、エレナさんに特別に『紹介』して差し上げます」
公爵家からの「紹介」と言ったら、もはや強制結婚だ。「婚約解消」を天下一武闘会の褒美としてもらった私としては、男性にそれを強制するのは申し訳ない。
とはいえ、私には好きな男性貴族はいないため、フレイアの申し出を丁重に断る。
「お力添え、ありがとうございます。ですが、私には好きな男性貴族はいません。それに、『婚約』という言葉を聞くと身体に拒絶反応が出てしまいますので、しばらくは独り身で、好きなように過ごしたいと思います」
フレイアは残念そうな表情を浮かべる。
「そうですか。とはいえ、エレナさんはシェラー特別伯になっのですから、これから色々な出会いがあると思います。特別伯ともなれば、男性側から求婚もされることもあると思います。もし気に入った男性に出会えたら、その時は遠慮なく私を利用してください」
私はフレイアを見て苦笑した。
「ありがとうございます。でもそれは、当分先になると思います」
私は寂し気に視線を下げて、そのまま話を続ける。
「私は『出頭命令』という形で、無理矢理ここに連れて来られましたが、フレイア様と過ごしたこの一ヵ月は、予想以上に楽しいものでした。リヒター家でのつまらない人生とは違って、フレイア様とのやり取りはとても忘れ難く、貴重で、温かくて、大切な思い出ばかりです……」
私の目に涙が溜まり始めた。私は涙を必死に堪えると、顔を上げてフレイアに微笑んだ。
「私は家の方針で魔法学園にも通えず、今まで友人と呼べる人はいませんでした。ですから、私にとっても、フレイア様が初めてで唯一の友人です。身分が二つも下の特別伯の私が言うのは不敬ですが、もしよろしければ、これからもどうか私と仲良くしてください」
私の頬を涙が伝う。私は慌てて、服の袖で涙を拭いた。
「エレナさん……」
フレイアは何かを話そうとするが、私はそれを遮るようにして、笑顔で話を続けた。
「フレイア様が、女王陛下の王配におなりになる日を楽しみにしていますね! 秘術を習得したのですから、絶対に結婚してくださいよ! そして、たくさんの王女をお産みになって、女王陛下と幸せな家庭を築いてください!」
私が悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うと、フレイアは私を心配そうな表情で見た。
「エレナさんは、この後、どうされるのですか?」
私は俯くと、一呼吸おいて顔を上げ、フレイアの質問に答える。
「私は先日、女王陛下から王都中心部の新興貴族用マンションの一室を頂きました。まず、そこでの生活に慣れたいと思います。そして、私が得意とする古代ニホン語の魔法書をたくさん読んで、多くの魔法を習得し、将来は魔法学園の教師を目指したいと思っています。それが私の夢です」
フレイアは、私に輝くような笑みを向けた。
「とても素敵な夢ですね。私は『親友の夢』を心から応援します」
その言葉に、私の涙が止まらなくなった。そんな自分の顔を隠すため、無礼とは思いながらも、私はフレイアにギュッと抱き付いた──。