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番外編(1) 古代ニホン語が読める悲劇(悪夢のプロローグ)

魔法書最終章の秘術が気になる方のための番外編です。

ただし、ソフトな下ネタが出てきますので、番外編の内容は好みが分かれると思います。もし読み進めていくうち、内容を不快に感じた時は、すぐにブラウザバックしてください。

 私の運命の歯車は休みなく回り続ける──。


 バンッッ!!!!


 私が大声で自由を叫んですぐに、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。腰に細身の剣、レイピアを下げた女性兵士が何人も踏み込んでくる。そして、部屋の出入り口から通路を作るように、綺麗に二列に整列した。


「なっ、なんなのですかっ!?」


 私がその様子に動揺していると、最後にフレイアが、ソフィアに良く似たドレスを着て現れた。


「さぁ、エレナさん。早速、公爵家に向かいましょう。準備はよろしいですね?」


 どうやら女性兵士達は、フレイアに忠誠を誓う私兵集団、ソフィアン・ローズのメンバー達のようだ。私の逃亡を防ぐため、二人の女性兵士が私の両脇に立って、いつでもレイピアを抜けるように手を添える。


 私は正面のフレイアを泣きそうな顔で見た。


「あっ……あの、フレイア様。そんなことを急に言われましても……」


 私がそう答えると、ソフィアン・ローズのメンバー達が私をギロリと(にら)んだ。私は思わず息を呑む。


 すると、フレイアが可愛く首を(かし)げた。


「おや? エレナさん。もしかして、まだ出立(しゅったつ)の準備ができていませんでしたか?」


「先程、婚約破棄や叙爵の手続きを終えたばかりで……」


「そうでしたか。それでは、出立にはちょうど良いタイミングでしたね」


 私が言葉を失って固まっていると、フレイアの後方にいるリーダー格と思われる女性兵士と視線が合う。すると、彼女は私に無言の圧力を掛けてきた。


 ──あぁ、これ、「準備万端です。すぐに出立できます」としか言えない状況ですね……。


 ソフィアン・ローズのメンバーに囲まれる中、私に選択肢はない。フレイアの言葉を否定しようものなら、彼女達からレイピアを首元に突き付けられそうだ。


 私は全てを諦めて、手ぶらのまま、フレイアに出立可能なことを伝えた。


 すると、フレイアは満面の笑みを浮かべて私の手をギュッと握り、引っ張るようにして部屋から連れ出した。そして、王宮前に停車させていた公爵家に向かう馬車に押し込むように乗せる。


 ──私、せっかく特別伯になれたのに、初日に公爵令嬢に誘拐されちゃうなんて……。


 私がしょんぼりして馬車の椅子に腰掛けると、ソフィアン・ローズのメンバーが私の両隣に座った。そして、それぞれの目の前にレイピアを突き立てる。もはや私に逃げ場は無くなった。


 私が馬車の中で小さくなって座っている一方で、私の正面に座るフレイアは物凄く上機嫌だ。先程ソフィアに抱き付かれたのが相当嬉しかったらしい。馬車の窓から王宮の方を見ながら、時々クスクスと一人笑いをしている。


「あの、フレイア様。今夜から一か月間、公爵家に滞在する旨を両親に連絡しておきたいのですが、どのようにしたらよろしいでしょうか?」


 私がそう問うと、フレイアはニコッと笑みを浮かべた。


「エレナさん、ご安心ください。既にソフィアン・ローズがリヒター伯爵家に出向き、伯爵にエレナさんの滞在の件をお伝えしています。伯爵は『是非に』と快諾して下さったとのことでした。エレナさんの出頭命令書の受諾欄に署名していただきましたので、後程(のちほど)お見せいたします。良いお父様ですね」


 公爵家からの命令とあらば、伯爵である私の両親に選択肢はない。加えて、レイピアを構えるソフィアン・ローズのメンバーに囲まれながら、冷や汗をかいて書面に署名をする父親の姿が目に浮かんだ。


 私が父親を不憫(ふびん)に思って小さく溜息を()くと、フレイアが言葉を付け加えた。


「しかし、エレナさんは『シェラー特別伯』なのですから、親子と言えど、リヒター伯爵のことはもう気にしなくても良い立場だと思いますよ。エレナさんはそれだけの権力を得たのです」


 確かにそうなのだが、今まで散々拘束を受けて来た私は、まだその立場に慣れない。私は苦笑したまま、「そうですね」と答えるのが精一杯だった。


 そうしているうち、馬車がフレイアの自宅、レーゲンス公爵家に到着した。


    ◇ ◇ ◇


 レーゲンス公爵家の屋敷は、巨大な宮殿のようだった。


 王宮とほぼ同じ広さの敷地に、屋敷の本館が東西に伸びるように建てられている。そして、その建物の正面には広大な庭園が築かれていた。


「ソフィアン・ローズの皆さん。お役目、ご苦労様でした。通常業務に戻ってください」


 フレイアの命令を受け、ソフィアンローズは折り返して王宮へ戻って行く。一方の私は、フレイアに連れられ、馬車を降りて正面玄関を入った。


 すると、吹き抜けの巨大な玄関の正面に、螺旋を描く階段があった。視線を上げれば、天井から大きな魔導クリスタルのシャンデリアがぶら下げられている。


 私がシャンデリアのあまりの美しさに(ほう)けていると、四十代と思わしき男女が正面の螺旋階段を下りてきた。


 隣のフレイアがその場に(ひざまず)いた。


「お父様、お母様。フレイア、ただ今戻りました」


 レーゲンス公爵夫妻だ。私も慌てて、その場に跪く。


「あら。その子が、ソフィアン・ローズから報告があったフレイアの初めてのお友達なの?」


 まるで将来のフレイアのような美しい公爵夫人が、私に視線を向けた。


 フレイアは顔を上げて答える。


「はい、そうです。お母様」


 フレイアはその場に立ち上がり、私にも起立を促す。それに従って私が立ち上がると、フレイアは手で私を上品に指し示しながら、私の紹介を始めた。


「武闘会で私の左手を切り落とし、両足を切断して、出血多量で私を気絶させたシェラー特別伯エレナさんです。元はリヒター伯爵家の冴えないご令嬢でしたが、武闘会で優勝したことで、ソフィア様から特別爵位を与えられました」


「こっ……この(たび)はフレイア様に重傷を負わせてしまい、大変申し訳ございませんでしたっ!!」


 私は全力で頭を下げる。こんなの、全然友達の紹介じゃない!


 私が頭を下げたまま震えていると、レーゲンス公爵夫人がクスクスと笑った。


「二人はとても仲良しなのね。フレイアがこんなにも嬉しそうに話すのは初めて」


 私がその言葉にゆっくりと顔を上げると、公爵夫人は優しい笑みを浮かべていた。


「フレイアは今までずっと、対等に戦闘ができる友達を探していたのよ」


 レーゲンス公爵夫人は私を見て、ニコッと微笑(ほほえ)む。


「エレナさん。どうかこれからも、遠慮なくフレイアを窮地に追い込んであげてね」


「……え?」


「フレイアとの戦闘で手を抜いていると、この子に殺されてしまうわよ。見た目は私のように大人(おとな)しいのに、性格は昔のソフィア様に似ていて、これまで何人もの『友達候補』を神剣で病院送りにしてきたのだから」


 私が呆然としていると、フレイアはモジモジとして恥ずかしそうにする。


「お母様、私をそんなに褒めないでください。初めてのお友達の前で恥ずかしいです」


 ──今のどこが褒め言葉なのでしょうか……?


 フレイアは頬を赤くしたまま、レーゲンス公爵夫人を見る。


「それに、エレナさんは『戦闘友達』ではございません。一緒に魔法を勉強する『魔法友達』です」


 私が二人の会話に呆気(あっけ)に取られていると、少し離れたところで苦笑しているレーゲンス公爵と視線が合った。おそらく、レーゲンス公爵は普通の常識的な人なのだろう。……いや、そう信じたい。


 フレイアは私の方を振り返ると、私の手をギュッと引っ張った。


「エレナさん。早速、私の部屋に行きましょう。早く魔法の勉強がしたいです」


 フレイアは物凄い力で私を引っ張る。


 私は前に転びそうになるのをなんとか(こら)えるが、フレイアがそのまま引っ張るので、結局転んでしまった。しかし、フレイアは倒れた私を引っ張る。


「フッ……フレイア様! 痛いですっ!! 腕が! 私の腕が折れますっ!!」


「大丈夫ですよ。折れたら、またくっつけてあげます」


「そういう問題ではありません!!」


 私はフレイアに引きずられるようにして……いや、実際に引きずられながら、彼女の部屋に向かった。


    ◇ ◇ ◇


 フレイアは自室に着くなり、侍女達にテーブルと二脚の椅子を用意させて、すぐに全員を部屋から追い出した。そして、テーブルの上に、ソフィアからプレゼントされた王族専用の魔法書を置く。


「エレナさん。早速始めましょう。最終章を読んでいただけますか?」


 私は差し出された魔法書をめくり、最終章の概要が書かれたページに移動する。そして、視線を上げてフレイアを見た。


「フレイア様。王宮でお話しした通り、私はカーン文字が苦手です。そのため、カーン文字が多いページの翻訳は、概要の説明だけになりますのでお許しください。また、最終章は冒頭部分だけでも分量が多く、ずっと訳しながら読み続けることはできません。途中に休憩を挟みますが、よろしいですか?」


「はい、分かっています。まずは読める部分だけで構いません。それから、休憩は願ってもないことです。せっかくですから、一緒にお茶とお話をしましょう」


 私はフレイアに笑みを向けた後、最終章に視線を落とした。


 ソフィアから魔法書を借りていた時は、最終章はカーン文字が多いためにパラパラとめくるだけだった。しかし、改めて読めないカーン文字を飛ばしながら読んでいくと、内容に関して分かったことがあった。


 私はフレイアにその概要を説明する。


「どうやら、この魔法書の最終章は、日記形式で書かれているようです」


「日記?」


「全ては理解できませんが、ライゼンハルト王家の源流となった古い貴族、古代フラン王国セレスティア公爵家のご令嬢、アン様という(かた)がお書きになった日記のようです」


 私は魔法書のページをめくる。


「ヒラガーナ文字とカタカーナ文字で、『最愛のエスタニア伯爵家クレアとの幸せな日々をここに(しる)す』と書いてあります」


 私が魔法書の向きを変えてフレイアに見せると、フレイアは興味深そうに古代ニホン語に目を落とした。


「ライゼンハルト王国の創始者も、私とソフィア様のような女性同士の関係だったのでしょうか……。きっと、この二人も関係に悩み、(つら)かったことでしょう」


 私は「はい」と(うなず)くと、魔法書を自分の方に向け直す。


 私は魔法書の横にメモ書きを置き、一つの段落に対して、読むことができた古代ニホン語のキーワードを書き出していった。そして、段落の概要を把握し終えると、キーワードを確認しながら、その都度フレイアに内容を説明していった。


 日記を読み進めたところ、魔法書の前半に書かれていた中級魔法は、アンとクレアの二人が興味本位で一から開発した「遊びの攻撃魔法集」だと分かった。二人は当時の魔法学園で、勉強の合間に、多くの魔法をノートに落書きしていたらしい。


 そして、この魔法書以外にも、現代にも多く伝わる生活魔法や攻撃魔法の本を書いたそうだ。


 時代背景に関する記載は少なく、当時の魔法の発展状況は不明だが、セレスティア公爵家のアンは史上(まれ)に見る魔法の天才であり、エスタニア伯爵家のクレアもそれに引けを取らない秀才だった。


 そして、二人とも生まれながらにして、誰も読めない古代ニホン語を書くことができた。


 一部の強力な魔法の記述や、こうして日記を古代ニホン語で残したのは、おそらく内容を秘匿(ひとく)するための工夫だったのだろう。日記を読んでいくと、アンとクレアはお互いに愛し合っており、その関係を周囲に隠していたようだった。


 一方で、アンがクレアに愛を語る言葉はカーン文字で記載されていたため、内容がほとんど分からなかった。もしかすると、古代ニホン語を完璧に理解できる者にだけ、自分達の関係を明かしたかったのかもしれない。


 私がそれをフレイアに話していると、彼女は自分を重ね合わせたのか、時々目を伏せて涙ぐんだ。


 私は日記を読み進める。


「アン様とクレア様が成人を迎えた頃、他国の侵略により、古代フラン王国が大きな危機を迎えたようです」


 アンとクレアの二人は強力な魔法の数々を使い、全力で外敵を退(しりぞ)けて国を守ったという。日記によれば、古代フラン王国が軽微な損害だったに対し、侵略してきた国々は、二人の力で最終的に滅亡してしまったそうだ。


 しかし、二人の強大な力を前に、それを恐れた古代フラン王国の国王は二人の仲を引き裂くことを(たくら)んだ。国王はアンとクレアに、全く反対に位置する占領国の領土を与え、それぞれの地に赴いて直接統治するように命令を下した。


 二人は涙を流しながらそれぞれの任地に旅立つが、古代フラン王国の国王は二人の再会合を恐れ、やや魔力に劣るクレアに暗殺部隊を送った。暗殺部隊は軍隊の一個中隊で構成され、クレアの首を国王の(もと)に持ち帰ってくるように厳命された。


 それを王宮に忍ばせていたスパイから知らされたアンは激怒した。


 彼女はこういった不測の事態に備え、別れる前にクレアにプレゼントしたペンダントに、一度だけ発動可能な転移陣を(ひそ)かに仕込んでいた。


 アンは自らが開発した転移魔法で、クレアの救出に向かった。


「アン様は、クレア様の説得があっても怒りを抑え切れなかったそうです。暗殺部隊を一回の破壊魔法で全滅させました」


 日記には記載がないが、アンが使った破壊魔法は、おそらくソフィアが使ったというメテオ・ストライクのことだろう。ソフィアは王族の源流であるアンの血を引いているため、同じ魔法が使えてもおかしくはない。


 その後、アンは国王が自分達二人に干渉しないことを条件に、それ以上の古代フラン王国への攻撃をやめた。


 しかし、欲にまみれた国王は、今度はメテオ・ストライクに対抗できるだけの上級魔導士を国中から集めた。そして、再び二人を打倒すべく軍を出陣させた。この時、国王が自ら国王軍の陣頭指揮を執った。


 そんなフラン王国の軍勢が魔法障壁を張りながら集結する平原を前に、アンとクレアは涙を流した。


 二人は平原を見渡せる丘の上で、両手を天に上げ、史上最大の魔法の詠唱を同時に開始した……。


 残念だが、この時二人が唱えた魔法に関する記載は少なく、詳細は分からない。ヒラガーナ文字・カタカーナ文字・カーン文字のいずれでも書かれておらず、見たこともない曲線を多用した文字で書かれていた。あまりの残酷さに、アンとクレアだけが理解できる独自の文字で記したのかもしれない。


 いずれにしても、数万の軍勢が一瞬で消えたそうだ。


 私は「ふぅ」と溜息を吐くと、顔を上げてフレイアを見た。


「フレイア様、申し訳ございません。少し休憩させてください。普通の貴族の私には、あまりにも刺激が強い内容です……」


 フレイアはコクリと頷く。


「そうですね……。私も精神的に疲れました。日記の内容はライゼンハルト王国の建国記とは異なりますが、おそらく、こちらの話が真実なのでしょう。この魔法書には、思っていたよりも残酷な話が書かれていたのですね……」


 フレイアが呼び鈴を鳴らし、お茶の準備をさせる。


 そして、私達二人は話をすることもなく、無言のままお茶を飲んだ。


 ──記載が日記形式のせいか、アン様の強い感情が伝わってきます……。お二人は、どういう思いでライゼンハルト王国を興したのでしょうか……。


 私は魔法書の表紙に手を置き、優しく撫でながら、アンとクレアに思いを馳せた──。


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