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五人目


 長い。

 あの暗い車両の側で何をしているのか。

 僕は呆然と進行方向を見つめていた。

 その間も、柏は勝手に喋り続けていた。

「……って、聴いてます?」

「えっと、近鉄の特急の話でしたっけ?」

「違いますよ。ラピートは南海電鉄です」

 すると、西条がムッとした表情で戻ってきた。

 僕は西条の表情を必死に読み取ろうとしていた。

「……だから聴いてます?」

 手のひらを柏に向けて、抑えるように動かす。

 僕の視線に気付いたのか、西条はそそくさと座ってしまった。

「ラピートにはアルファと」

 僕は手を開いたままだったが、柏は構わず話を続けてこようとした。

「待って」

 前の車両から、美木が戻ってきた。

 肩をすくめ、唇を噛んでいる。何か悔しいことでもあったかのようだった。

 挙動がおかしく、西条の方を見ているような気もする。

「何かあったのかな」

「えっ?」

 僕は聞こえないように小さい声で言った。

「美木さんのことです」

「気になるなら、声を掛ければいいんですよ」

 柏が立ち上がると、僕にも立つように仕草で指示した。

 僕たちは二人で美木のところへ行った。

「向こうの車両で何かあったんですか?」

 美木は上着を羽織りながら、睨んで何も答えなかった。

「あの……」

「うるさい」

 僕は女性の『苛立った』声が苦手だ。

 その歪んだ口元も。

 そもそも、女性と言うだけで、心の琴線に触れる。

 それはトラウマと言ってもいい。


 階段の下が『納戸』になっていた。

 僕は度々、理不尽な理由で、そこに閉じ込められた。

 本当に何がきっかけか分からなかった。

 昨日まで散らかしっぱなしで怒られなかったグローブとバットが、今日に限って母の目に止まり、攻撃のきっかけとなってしまう。

 機嫌が良ければ何も起こらない。

 一昨日、七十五点の国語の小テストでは怒られなかったのに、今日の八十点の英語では怒られる。平均点を聞く訳でも、クラスの中の順位を説明しても、お構いなしだ。怒る基準は母の中にしか存在しない。

 頬を叩かれ、足を掛けられ、最後は階段したの納戸に閉じ込められる。

 スマフォも、何もかも取り上げられて、ただひたすら暗い空間にいなければならない。

 扉の外では母が怒鳴り散らしている。

 僕は震えながら頭を抱え、祈るように謝罪の言葉を吐き続けた。

 母のように突然、別人になったかのように振る舞う解離性障害を、昔の人は『子宮』と結びつけていたのだと聞くと、なぜか僕は納得してしまった。


 いつの間にか僕は椅子に頭を手で抱え、謝るように顔を椅子の座面につけていた。

 沖田の声がした。

「大変だ!」

「東出さんが亡くなった」

 もう一つは池内の声だった。僕は立ち上がって振り返った。

「亡くなった?」

「殺されたんだ。ナイフの跡がある」

 視野の隅で、体を震わせた者がいた。

 僕はゆっくりとその姿を確認した。

「ナイフで刺されただけで、こんなに早く死ぬってことが」

 僕の視線に気付いて、声を上げた。

「私じゃないわ!」

 美木の言葉に、反応するように沖田は言った。

「なんだ、急に」

「だから、私じゃないって言ってるでしょ!」

 僕はまた両手で頭を抱えていた。

 柏が僕の代わりに、美木に言う。

「誰もあなただなんて言ってないじゃないですか。けど、そんなことを言うのは理由があるんですよね?」

「そうだ、発言が飛びすぎているぞ。まさか殺した訳じゃないだろうな」

 沖田の声に、美木は立ち上がった。

「私はやってない!」

「ですから、何があったんです?」

 美木は話し始めた。

 少し前に、美木と東出は隣り合って座って話をしていた。

 東出と美木は好きな歌手が同じだということがわかり、話が弾んだからだと言うことだった。

 東出は、その歌手の歌を歌える。上手いということだった。

 だからそれとなく前の車両に行くから、来てくれと言った。

 そして美木が前の車両で隣の席に座ると、急に迫ってきたのだという。

「いきなり服を脱がせようとしてきて」

 どこまで許すか、判断に迷っていると、東出はエスカレートしてきて、下腹部に手をかけたところで、美木は平手打ちをしてしまった。

「……けど、そこまでです。私はナイフなんて持っていないし、彼を殺してなんていません」

 僕は言った。

「沖田さん、どこにナイフが刺さっていたんですか?」

「腹だ」

「出血量は? よっぽど出血して、出血性のショックがなければこんな短時間で死なないんじゃないですか?」

 沖田は頭を横にふる。

「ワシにはわからん。ここには医者か、医学がわかるものはいないのか?」

 その言葉に反応したのか、老婆が言った。

「医者じゃないけど。私は看護師をしていたから、少しはわかるわよ。出血がどれくらい酷かったかによるわね。外に大しても、内出血だとしても」

「でも、今の話の感じだと」

「見た方が早そうね」

「あの、僕はそういうのが苦手で」

「いいわよ一人で」

 そう言うと小宮山はさっさと立ち上がって、前の車両へ行ってしまった。

 僕は立ち上がってこの車両にいる人間を確認した。

 沖田、池内、西浜、西条、美木、柏、僕、後ろに三島。こちらの車両に残ったのは八人。死体となった東出と小宮山が前方車両にいて、計十名。

 前の車両には、生きている人間としては一人しかない。

 もし、僕らが認識できない者が暗い車両にずっと隠れていたら殺されてしまうかもしれないが、生きている者が殺しているなら、小宮山は殺されずに帰ってくるだろう。

「まあ、襲ったのなら、自業自得というやつだ」

「それとこれは別じゃ」

「あなたは女性の気持ちがわからないの」

 襲われた側の美木からすれば、東出は死んでも当然の人間に思えるようだった。

 前を見ていると、トイレ使用中のランプがついた。

 僕は少し前のことを思い出した。確か暗い車両からこちらに戻ってくる時に、小宮山さんがおトイレから出てくる場面に出くわしている。

 トイレのランプが消えると、小宮山さんがこちらの車両に現れた。

「あの出血量だと、脳とか致命的な臓器を破壊されないけぎり、即死にはならないわね。残りの二つの死体も同じ感じよ」

「じゃあ、何でこんなに早く死んでしまうのでしょう?」

「そんな早く死ぬとしたら『外傷』が直接的な死因じゃないからでしょうね」

 小宮山さんは淡々とそう言ってのけた。

「意味が」

「刃物に毒が付着しているのかも。あるいは刃物から直接ではなく、別に注射器で毒を入れているのかもしれないけど」

 僕が言いたげな顔をしていると、小宮山さんは付け加えた。

「もちろん、推測でしかないけど」

 ナイフはそれ自体で殺すためではなく、その刃をもって毒を体に入れるための行為なのか。それなら、短時間で死んでいることにも納得はいく。

 柏が突然、大声をあげる。

「バカだなぁ!! 犯人は大バカだよ」

 煽るように周囲を見回しながら、犯人がバカであることを連呼し始めた。

 全員が驚いた目で柏を見つめていた。




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