女子の状況
沖田は、池内エレナに荷物の確認と身体検査の結果を訊ねた。
池内は言った。
「一人を除いて、確認が終わったわ。けど、凶器は出ていない」
僕は、進行方向に視線を移すと、トイレ使用中のランプが消えるところを見た。
「残っている一人は誰だ?」
「名前は知らないけど、この身体検査を始めようか、という時におトイレに行った人」
すると、ちょうどいいタイミングで女性が戻ってきた。
女性を先に通して、後ろを追うように池内がついてきた。
女性が自席に戻ったと見ると、言った。
「あの、荷物の確認と身体検査をしているんです。ご協力いただけますか?」
「……」
僕や沖田の視線を感じたのだろう。
彼女は周りを見回した。
「拒否はできないの?」
「悪いけど、君以外は全員終わったんだ」
「そんなことを聞いているんじゃなくて、拒否できるか、と言っているんだけど」
僕は怖くなって両手で耳を押さえ、座席に顔をつけてしまった。
「拒否したら、お前を犯人と決定するがいいか」
「別にいいわよ」
その会話に柏が入ってきた。
「よくないんじゃないかな? 今、考えているのはこの車内で行われているのはある『人狼』タイプのゲームではないかということだ。もし犯人だとなると君を『殺す』ことになる」
女性は、周りを囲む男の顔を代わる代わる見てから、最後に両手を広げて、肩をすくめた。
「わかったわよ」
「すみません、お名前は?」
池内が言うと、女性は答えた。
「美木桃子よ」
「お前はどこに向かっている」
沖田の問いに、荷物を椅子に広げながら、
「別にいいでしょ」
と言った。
「ここにいいる連中の共通項が分かると、犯人の目的がわかるかも知れないと言うことだ。だから、答えてもらう」
「一人旅の帰りよ」
「観光か。どこに言ってきた?」
「知らない。色々回ったから。そうね、最後は流しそうめんを食べてきたわね」
柏が手を叩いた。
「また井実谷だ」
「そんな名前だったわ」
僕は柏に背中を叩かれ、ようやく立ち上がった。
「彼女も『井実谷』に立ち寄っているようだ」
「池内さん、他の女性はどうでしたか?」
美木の身体検査をしながら、池内さんは答えた。
「小宮山ゆかりさんが『井実谷』の出身だそうですね。ただ、もうご実家はなくて、本当に今回は観光をしただけのようですが」
「ええ。わたくしはガンでもう長くないの。だから最後に故郷を見ておきたくて」
沖田の顔が険しい表情になっている。
僕は沖田には触れないようにして、別の人に話を振った。
「池内さんは?」
「ああ、私も『流しそうめん』食べましたよ。あと、美木さんの持ち物と身体検査ですが何も凶器は発見できず、です」
すると、全員が凶器を持っていないことになる。
僕は、最後の一人の方を向いて言った。
「西浜さんは?」
「私ですか? 私も井実谷の観光して、その帰りです」
見事に全員が『井実谷』からの帰りだ。
「やっぱり、ここに閉じ込められたことと井実谷には、何か関係があるのかも」
「そっち行きますか?」
西条が前方の車両の方を指して、そう言った。
僕は頷いた。
井実谷に関する、興味深い話は聞いておいて損はない。
先の車両へ歩いていると、西条が来ていないことに気づき、後ろを振り返る。
何かスマフォでメッセージを打っている。
僕はおかしい、と思って自身のスマフォを見るが、やはり圏外だった。
視線に気付いたのか、西条は言った。
「ああ、すみません」
「西条さんのスマフォってネット繋がるんですか?」
「いいえ。皆さんと同じように圏外ですよ」
僕はそれ以上聞かないでいると、西条は言う。
「メモをとっていただけです。デザインのアイディアとか、そういうものなんかをね」
「なるほど」
僕は頷いて、再び先の車両の方を向いて、歩き出した。
前の車両に入ると、明かりはやはり消えていて、生温かかった。
「ここならいいでしょう」
僕は西条の方を振り返った。
「!」
視線の先に、沖田の姿が見えた。
この状況で居合わせたくないのは間違いなく『沖田』だった。
僕は動揺して、少し声がうわずった。
「ど、どうかしましたか?」
西条が警戒したように振り返った。
「トイレにきたついでだ」
どう考えてもついでではない。トイレに入った様子もない。
僕は沖田が後ろの車両に帰るように仕向けようと、頭を捻ったが、言葉にならない。
「あれ?」
と、西条が言った。
「どうしました?」
「遺体がない。確か、一番最初に殺された人だと思います」
「沖田さん、最初に発見した死体ってどこにあるんですか?」
僕がそう言うより早く、白ヒゲの沖田は西条の視線の先に行っていた。
「確かになくなっている」
僕は怖くて遺体や死体が見れない。
「もっと先の席だったり、喫煙所の方に誰かが運んだとかは?」
「ありえないが、確かめてこよう」
西条と沖田が前方へ進んでいき、しばらくすると戻ってきた。
「ない。ワシは後ろの車両を確認してくる」
「お願いします」
僕はついていこうとする西条の腕をとった。
「……」
沖田が暗い車両を出ていくと、僕は言った。
「井実谷の話、聞かせてください」
「そうだね」
話を聴く前から、僕は何か背筋にゾッとするものを感じていた。