カード
僕と白ヒゲの沖田が、明るい後方の車両に戻ろうとした時だった。
背の低い女性が暗い車内へ入って来ようとしていた。
この人は確か、窓に血がついていることを指摘した、西浜ミナと言う人だ。
「あの、この車両には死体が三つ……」
「ええ、そうらしいですね。けど、タバコを吸うにはここを通るしかないんです」
進行方向を指差した。
確かに、座席のトレイの裏側に、車両の施設の案内が書いてあって、この先に喫煙室が設けられていることを、僕も知っていた。
「あの、女性一人でこちらの車両に来るのも」
この車両で何があったのかを言えば、はっきり分かるだろうが流石にそれは言えなかった。
「女性は黙って男性の言いつけに従えと?」
僕は動悸が早くなるのを感じた。
「いえ、決してそんなことは」
「タバコを明るい車内で吸ってよければ楽なんですけど」
後ろから沖田が言う。
「そんなもん、ダメに決まってるだろう。非常識な女だな」
「じゃあ、通るしかないんですよね?」
「……」
僕らは左右に退いて、通路を開けた。
西浜は慎重に通路を進んで行った。
僕らは後ろの車両に渡ると、トイレから高齢の女性が出てきた。
慌てて後ろに下がった。
「ああ、すみませんねぇ」
目が悪いのか、アサッテの方向を見ている。
それとも僕を見るつもりではないのか、と思い視線を追った。
「?」
いると思っていた沖田が、そこにいない。
お婆さんは、そのまま明るい後部の車両へと進んでいくと、後ろから沖田が出てきた。
「どうしたんです?」
「……」
沖田は何も言わなかった。
僕は明るい車両に入ると、ざっと座席を眺めてみた。
どうも人数が少ない。
博多で乗り込んだ時の印象しかないが、こんな人数ではない。
確かに、三人ほど減ってしまったが、それにしたって、もっと乗っていたはずだ。
前の暗い車両に関しては全員がいなくなっているわけだ。
ここに残ったと言う人間に何か共通点があるのかもしれない。
死神か悪魔か、そういった邪悪なものに選ばれて、残ってしまったのだ。
ここにいることが幸運と思う人がいれば、印象は逆なのかもしれないが。
沖田が前に進み出ると、ある座席を過ぎたところで立ち止まった。
そして軽く手で合図した。
僕は思い出して、座席に座っている男の顔を、確認した。
イケメン。
イケメンというのが、どういう定義なのかわからないが、シュッとしているという言葉にはピッタリ合う男だった。
身なりに他人より気を使い、しかも、流行りの顔立ちであるということなのだろう。
髪は軽くウェーブしていて、美しい黒だった。
この人が『覗くようにしていた』男か。
少し、人を拒絶するような雰囲気がある。
あまりジロジロと見れない、と思い気にしないフリをして通り過ぎた。
襲われたという女性はすぐに分かった。
服に乱れがあり、また、服の一部が切れていたからだ。
確かに、露出の多い服で『抱きたい』と思わせるようなプロポーションをしていた。
女性は、僕の視線に気づいて、睨み返してきた。
僕は西浜に強く言われた時と同じように、動悸が激しくなるのを感じた。
「!」
胸を押さえていた僕は、座席に置いてある黄色いカードを見つけた。
漫画のような楕円の吹き出しがあり『・・・!』とだけ書かれている。
「こ、これって……」
「どうした」
沖田が僕の体調を気遣ってか、戻ってきた。
「このカードがどうした? 流行っているのか? この車両に何枚かあるぞ」
「本当ですか?」
僕は椅子に掴まりながら立ち上がった。
会話を聞いて興味を持ったのか、柏がやってきた。
僕は席に置いてある黄色いものを指差していった。
「このカード知っているよね?」
メガネの蔓を持ち上げると、頷いた。
「他の座席にあるっていうのは、どこですか?」
沖田が座席を前後しながら、言う。
「ここ、そこ、こっち。計四ヶ所だな」
「……」
体にピッタリフィットしたセーターを着た女性がやってきた。
襲われた女性もスタイルが良かったが、この女性も相当に色っぽかった。
僕はその女性にかける言葉を持ち合わせていなかった。
「えっと?」
パーソナルスペースというものを知らないのか、と思うほど近づいてきていた。
「このカードのことですか?」
「そ、そうです。ご存知ですか?」
「デバッガーズ、だったかな?」
柏が急に声を出す。
「あっ、知ってますよ。言わなかっただけで。『デバッガーズ』って流行りの人狼ゲームですよね。もっとすごいこと気づいちゃいまいした。この『デバッガーズ』の置いていある座席って、亡くなった方の席ですよ」
「えっ?」
僕は思わず座席のカードに手を伸ばした。
「待て、そのカードを触るんじゃない!」
沖田は大声と共に僕の腕を押さえた。
「だとしたら犯人が残した証拠品じゃないか」




