終末感
隕石がやってくる。
軌道計算上、衝突は間違えはない。
衝突した時の規模から、地球は崩壊すると結論が出た。
隕石軌道を変えるために核ミサイルを宇宙に放つが、全くエネルギーが足りない。
主要各国が、シミュレーションし何度も計算し直すが、やはり地球の終末は決定的。
株は売られるが買い手はなく、預金を引き出そうとしても現金はない。
世界が存続することを前提とした機能は、全て止まった。
皆が皆、最後の悦楽を得るために、無軌道な行動をとっていく。
店は閉じているが、こじ開けられ、奪われる。
誇りを持って死のう、と言うスローガンだけが虚しく空回りする。
弱いものから奪われ、死んでいく。
隕石はまだ衝突していないのに。
そうか、こんな感じだ。
僕たちは新幹線に閉じ込められ、死んでいくのだ。
「?」
違和感から、目が動いた。
隕石と新幹線。
何も関係ない。
瞼を開けると、ようやく隕石の話は夢だと理解した。
まあ、状況に共通する点はある。
どうしようもない絶望。それは終末を迎えた世界から受ける印象に似ている。
この車両から脱出することはできない。いずれここで死んでいく。そんな気がする。
「おい! お前、唐松とか言う」
名前を呼ばれ、思考も強制的に現実に引き戻されていく。
「……」
僕は椅子の背もたれに手をかけ、ゆっくり立ち上がった。
「偉そうに言っていたが、この列車の状況はまとめ終わったのか? 寝てる場合じゃないぞ、また二人死んだ」
「えっ? 二人」
白ヒゲの老人が顎で、前方車両を示した。
追いかけるように前方の車両に向かった。
連結付近のトイレを過ぎると、前の車両に入った。
前の車両は暖かいが、停電していて真っ暗だった。
老人がスマフォの明かりをつけて、通路を照らしている。
中程まで歩くと、床にべっとりと血が溢れていた。
「ダメです。僕は見れないです」
座席の背もたれに手を掛け、後ろの車両の方を向いた。
「最初に死体が出たと言った時に、その話を聞いていればこんなことにならなかったんだ」
なんだろう、引っかかる言い方だった。
「一人目、殺されたのは腕に刺青をしていた奴だ。奴は、ワシが縄で縛ってここで反省させていたんだが、誰かにナイフで刺されて死んだ」
話かいきなりすぎて理解できなかった。
僕は聞き返した。
「縛ったって、どういうことですか?」
「奴と、もう一人は…… この場では説明するが、明るい車両に戻った時に声を出して言うなよ」
「前置きはいいですから」
「よくない。約束できないなら説明できない」
頑固なジジイだ、と僕は思った。
「わかりました。声に出しては言いません」
「刺青を入れた男と、この先で死んでるもう一人の男は、女に乱暴しようとしたんだ」
「なんでそんなこと……」
その言葉だけで表せないほど、疑問がある。
誰に対して乱暴しようとしたか、どうしてこの老人はそのことに気づいたのか。それとどんな理由で、縛り上げたままここに放置したのか。最後に、誰がやって来て二人を差し他のか。
「女はかなり怯えている。絶対に乱暴した話を、女の前でするなよ」
「ええ、もちろんです」
僕は老人に背を向けているので、大きめに声を出していた。
「もう少し詳しく教えてくれませんか。どうしてここで乱暴されているということがわかったんですか?」
「そんなことか。トイレにいくのだろうと思って立ち上がった女が、なかなかこっちの車両に帰ってこない。そういえば、刺青の男も、前髪を下ろした、根暗な坊やも帰ってこない。ワシは怪しい、と思って前の車両の方へ向かった」
ただ暗いところで寝たかったのかもしれない、と思ったが言わなかった。
「すると、手前の座席から、前をじっと覗き込んでいる男がいた。そいつの方を叩くと、前を指差した。根暗な坊やと刺青の男が、二人がかりで女を犯そうとしていたんだ」
ああ…… 僕は思った。
この『トンネルを走り続ける列車』に閉じ込められて、どうしようもない終末的な雰囲気に流され、自分が『今やれる、やりたいことをやっておく』ことに走ったんだ。
真っ暗な車内なら見られることもない。『強引に』女を抱いてしまおう、と思ったのだ。
最後まで理性的に、誇りを保って生きよう、とは思わないのか。嘆かわしい。
「その覗き込んでいたという人は誰ですか」
「……向こうの車両に戻ったらそれとなく教えてやる」
話の腰を折るなと言う雰囲気が伝わってきた。
「おそらく一人では太刀打ちできないと思って、ワシを待っていたのだろう。ワシとその男で、刺青の男と根暗な前髪男を取り押さえた。明るい後方の車両にそのまま戻っても気まずいし、放っておけば同じことをするだろう、と言うことで二人は縛り上げてこの車両にす笑わせていたんだ」
確かに女性が受けた心傷を考えると、事件の説明をするわけにも、二人がなぜ縛られているかを説明することも出来ない。確かにこの車両に留めておくと言うのは、正しい判断のように思えた。
「けど、殺すことはなかったですよね」
「おい? 何を聞いていた? ワシは殺していない。最初の死体もナイフで刺されて出血していた。この二人も、同じことをされている」
「僕は見たら倒れてしまうので見ませんが、ナイフは遺体に刺さったままなんですか?」
改めて確認するような間があった。
「遺体には刺さっていない」
「じゃあ、なぜナイフだとわかったんですか?」
「服の破れたところから血が出ていたら、ナイフと考えるだろう。この国ではその血を見て『銃で撃たれた』とは考えん」
確かに、この国では銃はかなり統制されていて、持ったまま新幹線に乗ることはできないだろう。
「けど警察関係者か、暴力団関係者がいたら持っているかも」
「そんなこと、後で後ろに戻ったら聞いてみろ。最初に殺された者が出たときに、持ち物を調べておけばよかったんだ。犯人はまだ凶器を持ったまま車両に堂々と座っているんだぞ」
「今回も第一発見者は……」
老人の名前はまだ聞いてない。
「うざってぇやろうだ。ワシの名前が知りたいんだろう。沖田光三だ。最初の死体も、この二人目、三人目ともにワシが第一発見者だ、いや、だと思う」
沖田は言い切らなかった。
こんな狭い車両の中だ、第一発見者がイコール犯人と思われると考えたのだろう。
「おい。ワシが第一発見者だと言い切らないのは、他に声をあげるものがいないからだ。見ていて知らんぷりされている者がいたらわからん」
確かにその通りだ。死んだ、殺された、と騒いだ時点で皆に知れるが、その前から知っていた人物がこっそり車内にいるかもしれない。
「けど、さっき『ナイフ』と言い切ったことや、三人の死体の『第一発見者』であって、沖田さん、あなたはかなり不利な状況ですよ」
「ふん。ワシがお前を見込んだのは間違いだったか」