多数決
美木の方を向いた時、違和感があった。
まさか、ここに隠れて……
「西条さん、お願いだ! 早くこっちに出てきて」
閉まりそうになる扉を僕は開ける。
暗い車内にうっすらと差し込む光の先に西条の足が見えた。
「そして、そこから出るんだ。西浜」
僕は男性用の小トイレの扉を開けた。
「!」
西浜の手を取って、引っ張り出した。
「西条さん。一人で残ったら、入れ違いに入ってきたこの西浜さんに殺されるところでしたよ」
西条は何も言わずに、ゆっくりと歩いてくる。
「よし、これで多数決で勝てる」
僕は西浜の腕を握り、突き出すようにしながら明るい車両へ戻った。
「柏さん、池内さん。犯人を確定しました」
雰囲気が変だった。
「まさか……」
池内の目つきが許しを乞うように、あるいは、困っているように思えた。
「柏さん、まさか?」
僕は池内の席を過ぎて、奥に進む。
柏は座席に座っていた。
だが、首をガックリと前に落として動かない。
肩を叩くと、そのまま横に倒れてしまった。
「この状況で、池内さん、あなたは言い逃れできません」
「違います。私はこのことを伝えようと」
目に涙を潤ませ、僕を見た。
「どのみち、池内さんじゃなく、西浜さんが殺したとしても同じです。二人とも、犯人なのですから」
僕は池内の方に西浜を連れていくと、同じ席へ押し込んだ。
「とりあえず、一人一人、多数決を取ります」
そう言うと西条と美木が頷いた。
「まず一人目、西浜が犯人だと考える人」
そう言うと、僕がまず挙手し、西条と美木が順番に手を挙げた。
「確定。続けて池内が犯人だと考える人」
同じように三人が手を挙げる。
「これでゲームはおしまいだ」
「私たち、処分されるのね」
西浜がそう言うと、池内が付け加えた。
「もう、どうせ元の人格は死んでいるんだから、肉体がどうなろうが、何も変わらないけど」
「僕らが処分するのは怖いから、皆んなを殺したように、お互いで殺し合ってください」
池内と西浜はお互いの顔を見合わせた。
西条が口を開いた。
「君たちは一体何者なんだ?」
「聞かない方がいいわよ。どうしても知りたかったら、あなたが避けられない死を迎えた、その時、教えてあげるわ」
池内がそう言うと、西浜が僕を見て言った。
「それより、どうして私たちだと? そっちの二人の方がよっぽど怪しかったのに」
僕は車両の扉の上を指差した。
「トイレですよ」
「?」
「ほら、わからない。長時間、トイレに行かない貴方たちは、もう人間じゃないって訳ですよ」
池内と西浜は顔を見合わせると笑い始めた。
「人は集中しているとトイレなんて行かないと思ってた」
「それより犯人が男性だったらどうするつもりだったのよ? あんたみたいに座りションする男とは限らないわよ」
「確かにおっしゃる通りです。どれだけ正しい推理でも、もっと早く犯人を確定していないと何の役にも立たない」
ものすごい人数が死んでいる。これなら、誰でも推理できただろう。
西浜が言う。
「美木が一人でこっちの車両に入ったら池内が仕留めたし、西条を残していたら、トイレですれ違った私が西条を殺して、こっちの勝ちだった」
その通りだ。
男子トイレを開けて、誰もいなかったと思って、洋式トイレを開けなかったら負けていた。
「まあ、いいわ。何が目的と言う訳ではないんだから。『あの土地に関わったものに災いを』と呪った者との契約は果たした」
美木が言った。
「ねぇ、私たちを元の世界に帰してよ!」
「その前に私たちが『処分』されるところを見なさい」
そう言うと、西浜が服のポケットから注射器を取り出した。
池内はセーターをたくしあげると、鞘に収まったナイフを抜いた。
「そうか。持ち物検査、身体検査をしたのに凶器が見つからなかったのは……」
「二人が最初からグルだから」
「その段階で気づくべきだったのかも」
いきなり、池内が右手で、西浜の左目にナイフを突き刺した。
「うわっ!」
頭がおかしくなりそうだった。
西浜が、お返しにとばかりに池内の左目に注射針を突き立てる。
僕はもう、その時点で精神的な負荷がオーバーフローしていた。
「見てられない!」
「おい、倒れるな」
ナイフは引いては刺し、刺しては引き抜いた。
注射器は、線香のように幾つも池内の体に突き立っていく。
僕は完全に前が見えなくなってしまった。




