沖田の処分
沖田が怪しいのは、死体を見つけすぎる点だ。
それと沖田は『井実谷』について語るのを、妙に避けているようだった。
「唐突ですが、ここで『井実谷』の話してもいいですか?」
「沖田さんを放っておいていいの?」
「柏さん、逆です。沖田さんがいないので話しておこうかと」
「……」
「これは、西条さんから聞いた話なんですが」
僕は『井実谷』がどういう土地なのかを全員の前で語った。
平家の落人の里と呼ばれていたこと。
落人が主体で村人が少なく、しかも、村の秘密を漏らさないよう、村の中でしか婚姻を認めない時代が長く続いた。その為、近親相姦が進んで、奇怪な人物が生まれることが多くなる。その為、周りから忌まわしい土地と思われて始める。その内、周囲から『忌み谷』と呼ばれ始めた。現代の『井実谷』はその当て字だった。
「……そして、今でも周辺の人達は、そんな村の成り立ち、歴史を知っていて、避けられる傾向にあるそうです。だから、自ら出身だとは言わない」
「ちょっと待って、沖田さん『井実谷』の出身だってこと?」
「いや、そこまでは」
座席に手を掛け、小宮山がゆっくりと立ち上がった。
「沖田さんって、もしかして、沖田光三とおっしゃるのでは?」
沖田から名前を聞いたのは、確か明かりの消えた車両でだった。
だから、全員が沖田の下の名前を聞いていない。
「確か、そうです」
「沖田光三。あいつが、あいつのせいで」
小宮山の口調が変わり、語気が荒くなっている。
「小宮山さん、沖田さんのこと、何かご存知なんですか」
「あいつは井実谷を買い上げて、他国に売ったのよ」
「どう言うことですか?」
小宮山は説明を始めた。
沖田は井実谷を出て、料理人の弟子に入り、若くしてチェーンの飲食店を経営するまでになった。
「あいつは、金持ちになればそれでいいわけじゃなかった」
「どう言う話ですか?」
「ただ金持ちになるだけでは飽き足らず、上流階級と関係を持ちたくなった。その時、井実谷が邪魔になった」
そして、考えたのは井実谷の土地を買うことだった。
「自分が持っていてもいつまで経って井実谷の話は消えない。だから、売ったんだよ。まとめて外国の資産家へ」
「それがあの流しそうめん屋が並ぶ光景なんですか?」
「井実谷には法令があって、高い建物が作れなかった。外国資本家が考えたのが飲食店を作ることだった。今はそうでもないけれど、当初、あの流しそうめん屋には、外国人観光客で溢れていた。土地を買った資産家が自国で宣伝し、ツアーを組んでやってきた」
そのうち、ただの飲食だけではなくなったそうだ。
「流しそうめんの看板はあるが、店内では連中がやりたい放題していた。当時、井実谷はまるで外国だった」
「そんな時期が」
「結局、井実谷の印象は変わらず、沖田の目論見と外れてしまった。だが、治安悪化から規制が強くなって、好き放題できなくなると、外国の資本家はあっさり井実谷を手放した。人口が減ると、今度は市町村合併で、井実谷という名前消そうと沖田は動いていたみたいだけど」
結局、井実谷の名前は残ってしまったそうだ。
持ち物検査をした時のことを、僕は思い出した。
バッグの中身が高級だったのは、飲食店チェーンの社長で、金持ちだからだ。
どこに行ったのかもはっきり言わなかった。
「その通りなら、沖田さんは『井実谷に行った帰り』とは口が裂けても言わないでしょうね」
「井実谷に関わった人をここに集め、殺しているなら、沖田が真っ先に殺されるべきだよ」
僕にはそれ以上、言葉を返すことができなかった。
「ちょっとタバコに行ってきます」
西浜が立ち上がり、すぐに前の車両へと消えていく。
僕は、扉の上のランプが点くか、何気なく見ていた。
他人がタバコを吸うと吸いたくなるものなのだろうか、今度は西条が立ち上がり「タバコ」とだけ言うと、去っていった。
西条が出て行って、まるで入れ替わるように西浜が戻ってくる。
「どうしました?」
僕は、車両の前方へ進んで、西浜に近づいた。
「向こうの車両にいく前に、バッテリーが切れているのを思い出して」
「?」
喫煙所は前の車両の端だ。行って帰ってきていたら、こんな時間で戻ってはこない。発言は正しいように思える。
西浜は、予備の機械を探している。
タバコの機械がなかなか見つからないようで、ブツブツ何か言いながら、バッグのあちこちに手を突っ込んで探し続ける。
「……」
「あった」
僕に見つけた機械を持ち上げて、頬の横に持ってくると、西浜は笑顔を見せた。
つられて笑顔になっていた。
僕の反応を見てか、西浜が更に「フフフ」と笑う。
僕は西浜を見てられなくなり、目を背けると言った。
「……よ、よかったですね」
「行ってきます」
西浜が前の車両へと消えていく。
紅潮する顔を上げ、僕は扉の上のランプが点くかを見ていた。
つかない。
それがどう言うことか、僕は考えていた。
まるでその考えを邪魔しようとしているのか、列車が激しく揺れた。
「!」
扉が開くと、西条と西浜が二人で戻ってきた。
「沖田が」
「沖田さんが」
「死んだ」
「死んでます」
僕はチャンスだと思った。
「まだそんなに時間たってない。まだ息があるかもしれない。柏さん、沖田さんから話を聞きましょう」
僕はそう言って、柏の腕を引いて前の車両へ行った。
「沖田さん!」
柏は、椅子に座った状態の沖田を揺すった。
「沖田さん、誰に殺されたんですか!?」
AEDを持ってきた柏は、胸骨圧迫を始める。
「沖田さん、何か言って!」
「何か見てないですか!」
柏の胸骨圧迫とAEDを使った心肺蘇生は続くが、沖田の体は反応せず、意識は戻らなかった。
暗い室内の中で、柏は手を止め、汗を拭った。
「ダメだ……」
「柏さん、ありがとう。もうやめよう」
気づくと、暗い室内に大勢集まっていた。
西浜、西条、そして池内がここにいる。
「まずい!」
「唐松さん、何かあったんですか?」
「こっちに集まり過ぎてる! 人数の少ない、明るい車両側が危ない!」
僕は手で追い返すようにして、全員を明るい車両へ追い戻した。
明るい車両に戻って、点呼をとるように、順番に確認していく。
パッと見でわかった。
「美木さんがいない!」
僕はパッと前方の車両に目を向ける。
扉の上『トイレ使用中』のランプがついている。
「待って! 唐松さん、慌てないで。小宮山さんも居ないみたいだよ」
柏が後方を指差す。
小宮山さんの背丈なら、座っていれば見えるはずだった。
「……」
小宮山を確認しようと少し進んだところで、沖田の席にカードが置いてあることに気づく。更に進むと、小宮山が倒れているのがわかる。
ダメだ、いろんなことが一度に起こって処理できない。
「柏さん! お願い! AED持ってきて」
柏が事態を察したのか、暗い車両へと走って行った。




