掲示板
「だからやってないってば! カードも置いてない」
僕はガタガタと震えながら、言い返す。
「カードを置いたかどうかなんて、このスマフォを見ればすぐわかることだ」
そして自席にセットした予備のスマフォを操作する。
美木はこっちの席には戻ってきていない。
投票を回避させるために三島に近づいた後、前方の車両で殺されるまでの間は僕の席より後ろに下がっていないのだ。
「だから、カードは前もって……」
映像の中で、美木ではない者が、後ろの座席に進んでいく様子が映っていた。
それが誰と、僕は口に出さなかった。
「どうなのよ!」
「美木さん、事実を言ってください。本当のことを言わないと、犯人を探せない」
僕がそう言うと、柏が立ち上がってきた。
「もう美木が疑わしいのは間違いない。さっさと追放すればいいだろう」
「それって殺すことになるんですよ」
「乗客はこれだけしかないし、元の世界に戻れるかわからない。こんな状況下で、人を殺したってそれを気にする方がおかしいと思いますよ。だいたい『デバッガーズ』だったらそういう流れになるのは分かってるでしょ? 最初に『デバッガーズ』だって言い出したの唐松さんだし」
この『デバッガーズ』と言うのは人狼ゲームを元にしたようなゲームだ。
アストロ・デバッガーズというのが元々の名前で、ゲームが有名になったことで、省略された『デバッガーズ』が正式名称になってしまった。
ゲームの舞台は宇宙船で、旅をしているクルーの内、数名だけが『虫』にとりつかれる。
バグに取り憑かれた人間は、宇宙船の行き先を変えさせることを目的として、クルーの殺人を試みる。
宇宙船の限られた設備では、バグに取り憑かれた人間なのか、確認する方法がない。
会話や会議などで、怪しいクルーを探し出し、多数決を用いてバグに取り憑かれたクルーを宇宙船の外に『追放』していくのだ。宇宙船の外に放り出されれば、それはすなわち死だ。
宇宙船が、この走り続ける新幹線に置き換わっただけに思える。
ここではバグかどうかはわからないが、何かに取り憑かれている人が、他の者を排除しようとしているのだ。
「美木さん。嘘をつき続けると『追放』されますよ? 分かりにくいかもしれませんが、処刑されるってことです」
僕は美木の腕を取って列車の前方へ進む。
扉があるスペースに出ると、非常コックを使って扉を開けた。
外の轟音が車内に響く。
声を張り上げる。
「ここから外に出てもらいます」
沖田が手すりに掴まりながら、叫ぶ。
「おい、唐松! 投票してないけど、その女を殺すのか?」
美木は沖田の腕を掴んだ。
「助けて!」
「だから知っている真実を話して」
「話しているわ」
待て。僕は考えた。もし彼女が言っていることが全て真実だとすると、西浜が喫煙室に行くのも見てないことになる。
西浜はこの二人の様子を見たと言っている。西浜の発言を美木は聞いていない。
非常コックを戻し、扉を戻す。
音が静まると、周りを確認する。
車両との扉もしまっている。
ここには、沖田、美木しかいない。
僕は一呼吸入れてから、美木に聞いた。
「さっき聞こうとしたことです。美木さんが向こうの車両に行ってから、三島さん、西条さん、西浜さんの三人が車両に入っているんです。どっちからどっちに動いて行った、そういう細かいところまでは別として、人が通り過ぎて行った順番とかはわからないですか? 最初は一人で座っていた訳でしょう? ほら、西条さんもいませんから」
「……」
美木は何か考えているようだった。
そして口を開いた。
「ごめんなさい。いろんなことがあって、いろんな状況にいたから、ハッキリとはわからないけど、西浜さんの姿までは見てない」
美木と三島、男女の間でどんなことが起こっていたはわからない。
どんな態勢だったとか、どんなプレイをしていたとか、そういうところを聞きたいわけじゃない。
「せめて扉が開いたとか開かなかったとかは?」
「扉は開きました。それが西浜さんだったかもしれません」
「逆に、三島さんと西条さんは見たってことですよね」
「ええ、喫煙室の方に行きました」
僕は聞き返した。
「二人ともですか?」
「!」
美木は何か感付いたようだった。
そうさっき、三島がどっちからやってきたか分からないと言った。
なのに、曖昧に尋ねた時の答えとして『喫煙室の方へ行った』と発言した。
誰が通った、通ってない、と言うことを把握しているはずなのだ。
「えっと……」
「美木さん、誰を庇おうとしているんですか?」
「それもそうだが、唐松は誰を疑っているんだ」
この段階で、沖田には言えない。沖田が犯人の可能性もゼロではない。
柏が車両の扉を開けて、大声で呼びかけた。
「おい! こっちにもどれ!」
「何があった」
沖田が戻っていく。
「ほら、二人も来い」
座席に残っている人が、前方、つまり僕らの方を見ていた。
正確には、少し上だった。
「掲示板だよ」
僕たちは少し車両の奥に入ってから、振り返った。
『次は広島』のアナウンスが繰り返されてた場所に、別のメッセージが書かれていた。
『全員を集めろ』と表示された車内アナウンスが繰り返し流れ、表示されている。
「これは?」
「いや、いつ表示が変わったか分からないが、気づいた時にはこうなってた」
「……」
沖田が、人数を数えてから、掲示板へ向かうと言った。
「おい、全員集めたぞ」
掲示板の内容は変わらない。
僕は誰かがこの掲示板を操作しているのではないか、そう疑った。
「唐松さん、このシステムをスマフォとかから操作するのはありえないから」
柏は鉄道に詳しい。彼が言うなら信じるしかないのか。
「けど、掲示板を操作できる人にメッセージを送るかも」
「圏外だったでしょ?」
僕はもう一度スマフォを見る。
アンテナ表示は『圏外』のままだ。
「全員集めたぞ!」
沖田がイラついた声をあげる。
それがきっかけ、という訳ではないだろうが、掲示板の内容が変わった。
『これは殺人ゲームだ。車両の中にいる犯人を探して殺せ』
この列車を支配している者が、堂々とゲームであることを宣言してきた。
わざわざこんなメッセージを入れてくると言うのは、何か理由があるに違いない。
何度かメッセージが繰り返し流れ、僕たちは無言で、お互いの顔を見合わせた。
『制限時間はこれから3:00だ。犯人を殺せなければ、車両ごと全員が死ぬ』
「えっ!」
僕の他に、何人かが反応していた。
そして沖田が僕へ言った。
「どうするんだ」
僕が黙っていると、後ろから声がした。
「まるで自分は犯人じゃない見たいな言い方してるじゃないですか」
沖田が声を方を振り返った。
「柏とか言ったな」
「あなたと、あばずれ女をまず殺してみれば分かりますよ」
「ワシは嘘はついてない」
「ほら。殺してない、とは言わないんですよね。こんなに何度も死体の第一発見者になるわけないでしょ。そっちの美木とかいう女と一緒だ」
沖田は柏の胸ぐらを掴んで突き上げた。
「ほら、見てください。こんな暴力的な人間は、先に処分しておいて間違いない」
柏を突き飛ばすように手を離す。
「ワシはお前たちには殺されんぞ」
そして僕を突き飛ばし、沖田は出て行った。
「あんなの、自白したようなもんだ」
襟元を直しながら、柏がそう言った。




