三島を殺したのは誰か
寝ていたというのだから、西浜が来た時に、西条が喫煙室にいなかったのは確かなようだ。
僕は訊ねる。
「西条さん。最初タバコを吸いにいくと言ってましたよね。そこからの行動をもう一度説明してください」
「暗い車両を通って、喫煙室に入った。三島さんとタバコを吸っていたけど、三島さんが先に喫煙室を出て行った。だから、そっちに戻ったんだと思ってた。そのまま吸い終わって喫煙室を出ると、少し疲れたのか椅子に座ったら寝込んでしまった」
「寝てしまう前に、車両で三島さんを見ていないんですか?」
「わからない。先頭の方で座ってしまったから、後ろの席の方にいたら見えないかも」
都合がいい答えだが……
「……その後も、一応」
「起きて、喫煙室に行ったら、西浜さんがタバコ吸ってた。吸い終わると二人で話しながらここまでやってきた」
寝ていたのか、隠れていたのか。
どちらにせよ、一人になっている時間があるのだ。
「西浜さんはどうですか? 後で一人でタバコを吸いに行きましたよね」
タイミング的にはちょうど殺害現場に出くわしてもおかしくないのだ。
「美木さんと三島さんが一緒に座ってました。イチャイチャしているところを、覗くような事もできないので、チラッと見ただけで、じっくりとは見ませんでした。私が車両の通路を出る時に振り返ったのですが、美木さんは立ち上がって明るい車両の方へ帰っていったようです」
「二人とも、生きてたって事ですか?」
「私、人が死んでるのを見てから、ゆっくりタバコを吸うように思えるんですか?」
「いや、そうは言ってませんが、チラッとしか見なかったんですよね」
既に三島には毒が入っていたが、じっくりと見られないように美木が『イチャイチャ』しているよう小細工したのかもしれない。
「そのあとは?」
「喫煙室でタバコを吸っていると西条さんが入ってきました。あとは西条さんが言う通りです」
もし発言が正しければ、美木が殺したことになる。あるいは……
「なんだ、またワシに戻ってくるのか」
「ええ。この扉開けた時に、いきなり三島さんが倒れ込んできたと言うことでしたが」
「事実に、それ以上も、以下もない。そもそも、ワシは嘘をつかない。というか、この二人ではなく、美木が一番怪しいだろうが」
僕は頷いた。
「当然、美木さんについても行動を確認しないといけません」
それにしても、と僕は思った。
死体がこんなに近くにあるのに、僕が気を失わなかったのは、はっきりした外傷がないせいだろう。
三島の死体については、沖田さんに任せて、僕は明るい車両に戻った。
僕は通路を後ろの方まで進んで、三島の席を見た。
「……」
そこには『デバッガーズ』のカードがあった。
死んだ事実を知らなければ、このカードを置く意味はないだろう。
殺した人間が戻ってきて、カードを置いたのだとすれば…… こっちの部屋まで戻ってきている容疑者は一人。美木しかいない。
「美木さん、ちょっと伺いたい話があるのですが」
「はい?」
「このカードですが」
明らかに警戒している。
「知りません」
「置いたのはあなただ」
僕が言うと、美木は答える。
「後ろの席なんて行ってませんから」
「けど、投票するしないの話の時、三島さんと話をしていたじゃないですか」
「その時にはカードなんてなかった」
いや、そうかもしれないが……
「けど、誰も証明できない」
「だいたい、置こうにも、そんなカード持ってない」
沖田が戻ってくると、話に割り込んできた。
「敵は、なんでもできるんだ。持ってる、持ってないを聞いたって無駄だ」
いや、なんでもかんでも出来るなら、もうすでに全員処分しているはずだ。
何か、ルールの下で動いているのは間違いないのだが……
「とにかく、さっき暗い車両へ行った際、どういう行動をとったのか教えてください」
「聞いたって無駄だ。犯人なんだから、嘘をつくに決まってる」
「嘘かどうかは、他の人の証言と合わせて判断します」
美木は僕と沖田を交互に見ながら、口を開いた。
「まずトイレに行ったんです。この部屋寒いでしょ。で、暗い車両に入って温まろうと考えて、トイレの後に暗い車両に行ったんです。そしたら三島さんが、横にきて」
僕は開いた手を出して、話を止めた。
「どっちから来ましたか?」
「はぁ?」
美木が聞き返してくるその声に、僕は足が震えた。
女性に怒られるのが苦手だからだった。
「西条さん、西浜さん、黙っててください」
足の震えを耐えながら、僕は続けた。
「三島さんは、喫煙室側から来たのか、こちらの車両側から来たのか、と言うことです」
「……」
美木の視線が泳いでいる。僕は美木の視線が何度か向けられた方向を確かめる。
西条だ。西条の顔色を窺っているように見える。
美木と西条はやはり何か繋がりがあるに違いない。
僕は振り返る。
西条はスマフォに何か入力していた。
「西条さん、美木さんに何か指示を出してますか?」
「……」
「一旦、それ、止めてもらっていいですか?」
指が止まり、僕を目だけが動いて僕を見た。
「やめた」
「ありがとうございます」
もう一度、美木を見る。
「わからない。座ってどっちからやってきたか、なんて。急に横に現れて、近づいてきたの」
まずい。西条の発言と矛盾する点が出てきそうだったのに、逃げられた。
「わかりました、正確じゃなくてもいいので、どっちからやってきたか教えてください」
「気にもしていないことはわからない」
ここは引き下がるしかないのか。
僕は話を先に進めた。
「三島さんと二人でどうしてたんですか」
「言いたくないような下品なことをしてきた」
「嫌ならハッキリ言うとか、抵抗するのでは?」
「したわよ」
沖田が手を叩いた。
「白状したな。やっぱりお前が殺したか」
「下品な行為に抵抗した、と言っただけよ。なんでそれが殺したことになるのよ」
「それしかないからだよ」
僕は手を振って、沖田を黙らせた。
「待ってください。話を最後まで聞きましょう。美木さん、続けて」
沖田はムッとして腕を組んだ。
「なんとか三島を押し退けると、慌ててこっちの車両に戻ってきた。それだけ」
「それと同時に三島さんが死んでいた」
「だから知らないって言ってるでしょ!」
だめだ、震えが止まらない。
僕は力を振り絞って言った。
「じゃあ、あなたと何かしている以外に三島さんは誰とも接触していないことになる。つまり、あなたが殺したんだ」




