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長いトンネル


 僕は博多から新幹線に乗って東京に帰ることにした。

 博多から東京までであれば、空港は近いし、圧倒的に飛行機が早い。

 飛行機が怖い訳ではない。行きは飛行機で来たのだし、帰りも飛行機で帰れば良かったのだが、早く帰る用もなくなり時間が余ってしまったのだ。

 昼過ぎに博多駅に着き、新幹線に乗って、夜には東京に着く予定だった。

 僕は博多に着く前に食事を済ませていた。

 新幹線の席に座ると、疲れがあったのかすぐに寝てしまった。

 どれくらい経ったか分からなかったが、周りが騒がしいせいで、目が覚めた。

 どうやら小倉駅は寝ている間に過ぎてしまったようで、車両の前方の掲示は『次は広島』となっていた。

「圏外で電話が繋がらない」

 とく(とう)の男が、そう言った。

「そんなことより前方の車両にも、後方の車両にも移動できないぞ」

 その男の横にいる少し太り気味のビジネスマン風の男がそう言った。

「前の車両は灯りが消えてしまったわ」

 華奢な女性がそう付け加えた。

 一体何があったのだろう。

 僕はスマフォを取り出そうとして、さっき、とく頭の人が言っていたことを思い出してやめた。

 窓を見るが、トンネルに入っているようで、時折、光が流れるがそれ以外何も見えない。

「おい! 停電している車両に男の死体があったぞ」

 白いヒゲを蓄えた老人が、前の扉からこちらに入ってくるなり、そう言った。

 立っていたとく頭の男が言った。

「警察に電話……」

 言いかけてから、ずっと圏外なことを思い出したようだ。

 近くにいるビジネスマン風の男が、窓を見ながら言う。

「なあ、さっきからずっとトンネルだ」

 僕は圏外ではあるがスマフォを取り出して確認した。

 時刻を見ると、昼過ぎではなく、夕方に近い時間だった。

 ネットが使えないから、各駅の通過時間まではハッキリしないが、順調に走行していたら『次は広島』という表示ではない時間だ。

 僕は立ち上がってビジネスマンに訊く。

「本当にずっとトンネルなんですか?」

 すると、途中の席に座っていたメガネをかけた青年が、座ったまま僕を振り返った。

「本当ですよ。ハッキリと覚えてはいませんが、関門トンネルがずっと続いているような感じです」

 僕からみて、メガネをかけたその男は鉄道に詳しそうだと思ったので、言った。

「関門トンネル以外も、小倉から新神戸までの区間、全体的にトンネルが多い印象だけど」

「そうですが、いくらなんでももう広島は過ぎている時間です」

「小倉には止まった?」

「もちろん止まりましたよ」

 座席を勢いよく叩く音がした。

「おい、そんなことより、前の車両に死体があると言ったろう」

 ヒゲの老人は、僕に言っているのか。

 僕は考えた末に言った。

「それなら救急車を呼ばないと」

「だから圏外」

 もう一度よく考えたが、何も出てこない。

「じゃあ、どうしようもない」

「放っておけと言うのか?」

 睨むような目でこっちを見ている。

「僕に言ってます?」

「お前が話を逸らすからだ」

「死体が出た、なんて事より、この車両がずっとトンネル内を走行しているという事の方が興味深いです」

 メガネをかけた青年が笑ってしまった。

 老人は低く渋い声で青年に問う。

「何がおかしい!」

「いえ。失礼しました」

 青年は椅子に深く座り直してしまった。

 僕は面倒くさいことは嫌だったが、言ってしまった。

「今の状況をまとめている人はいないんですか? いろんなことが起こっているみたいですけど」

「……」

「誰もいないんですね」

 僕と同じように寝ていた人もいただろう。

 だが誰も今の状況をまとめていないとは……

 僕は、とく頭(・・・)のスーツのおじさんを指名した。

「では、あなたから、知っていることをどうぞ。そうだ、名前も」

「俺は東出(ひがしで)雅紀(まさのり)。分かっていること、それは、ずっとスマフォが圏外だってことだ。全然ゲームが遊べないから間違いない」

 怒ったように白ヒゲの老人が言う。

「馬鹿者が。そんなことばかりしとるからこの国は衰退して行くんだ」

「すみません、お名前と現状わかっていることがありましたら、ご説明いただけませんか」

「なぜ名乗る必要がある? 名前は個人情報の最たる……」

 僕は謝って、取り消した。

「続けて、そちらのスーツの方」

 太り気味のビジネスマンは、スーツを着て、黒黒(くろぐろ)とした髪を、ムースか何かで後ろになでつけていた。

「おい、お前。他人(ひと)に名乗らせるなら、自分から名乗るべきじゃないのか? だからご老人が怒っているんだ」

「ああ、失礼しました。僕は唐松(とうまつ)(まこと)と言います。博多から乗って、ずっと寝ちゃってたので、状況がわかっていません」

 白ヒゲの老人は座席の肘掛けに寄りかかって、腕を組んだ。

「嫌! もう嫌!」

 と、金切り声で叫ぶ女性。

「出して! ここから出して!」

 そう言って立ち上がると、荷棚からスーツケースを手に取った。

『ガン!』

 激しい音と共に、女性は、窓ガラスにスーツケースをぶつけ始めた。

「おい! やめろ、バカ女!」

 近くで立ち上がった男が、女性の服を引っ張ると、女性はスーツケースを落としてしまった。

「何すんのよ!」

 女性の怒りの矛先が、その男に向けられた。

 男は容赦なく、女性の頬を平手打ちした。

 そして『まだやる気か』と威嚇をするように、腕を上げたまま構えている。

 半袖の服から見えるその腕には、古臭い色合いのタトゥーが入っていた。

 女は、どうにもできない、と判断したのか、泣き出した。

「出して、私を電車から下ろして」

 座面に顔をつけ、泣きながら何か言っている。

 女性の様子から分かるのは、つまり、それほどの間、この車両が止まらず走り続けていると言うことだ。

「良く覚えてないけど、もう静岡とかに来てなきゃいけない時間?」

 すると、メガネの青年が立ち上がって言う。

「嫌、もう小田原通貨の表示が出てもおかしくないですよ。その表示は『次は広島』と表示したままですが」

 僕はその点が気になっていた。

「あの掲示板の仕組み、出発からの経過時間とか、車輪の回転回数から判断した距離、とかで表示してるんじゃないの? つまりまだここは小倉と広島の間じゃないの?」

 泣き伏せていた女が、僕を見た。

「……」

 僕は何か言うべきか迷い、黙っていた。

「……えっと、唐松さんでしたっけ。申し遅れました。私は(かしわ)龍之介(りゅうのすけ)と言います。確かに、その方式ならもう東京を表示していていもおかしくないです。なぜなら、一回も停車していないでモーターが回転しっぱなしなんですから。ですから、その仕組みである推測は間違っていると思われます」

 太り気味の男が、前に落ちてきた髪を後ろに撫で付けると、言った。

「それ、おかしくねぇか? モーターが回りっぱなしで前に進んでいないって」

「その通りです。何時間も駅に停車していない時点で、おかしいですよ」

 女が黙ったまま、前方の車両の方へ歩いていく。

 僕はそれを横目で見ていながら、それには触れず太り気味の男に言う。

「えっと、あなたのお名前を伺ってませんでした」

「ああ、三島(みしま)(たかし)だよ。そっちのハゲと仕事の帰りだったんだ」

 僕と柏は、東出(ひがしで)の方を見た。

「なんで『ハゲ』でこっちむくんだよ、そいつだってハゲみたいなもんだろ」

 東出はタトゥーを入れた男の方を見た。

 確かに、金色か黄色なのかハッキリわからないが、明るい色に染めた髪は短く揃えられていた。

「良く見ろよオッサン。髪あんだろ」

 自らの頭に手を触れながら、そう言った。

 その時だった。

 いきなり走行音が大きくなり、乗客全員が驚いて窓を見た。

 だが、やはり外はトンネルのようで何も見えない、と思った時だった。

「これ…… 血?」

 そう言いながら車両前方にいた女性が立ち上がって、窓を指さしていた。

 前方窓に、血のような液体が付着し、吹き流されていた。




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