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勇者の到来

「勇者様っ」

 翡翠のように輝く瞳を揺らしリュウセイの背から顔を覗かせるアオイが息を吐くように言う。

「アオイか。変わらないようで良かった」

 店内にある座敷風の席の縁にその大きな体を座らせる、岩から掘り起こされたような逞しく雄々しい体を持った熊は、絵本に書かれたような勇者の手本のように白いを輝かせて笑みを作っている。

「僕も驚いたよ」

 カウンターの椅子に座り腕を組んでいるヴァズロフが言う。

「リュウセイたちが出て行ってからぬっと来たからさ心臓止まるかと思ったね」

「ハハハ、すまない。連絡をすると色々と人が来るからなヴァズロフの場所ところがまず行きやすかったのもある。まだここで店を開けてくれていたから辿り着けたんだがな」

 楽し気に笑う勇者にヴァズロフは肩をすくませる。

「からだ」

 アオイが飛び出すように熊の勇者に近づき太く黒い毛皮の腕に小さな手が乗せられる。

「体は大丈夫なのですかっ」

「大丈夫。俺はまだ、ここにいる」

 なだめるように頭に手が置かれる。

「それに、湖でハシモリ一家に世話になった。ここまで連れてきてももらって世話になりっぱなしだ。ミナトとシアトに約束したから用事が済んだらホウジョウに会いに行くってな」

 アオイから視線を外し、リュウセイにその視線を向けた。

「キミに会いに来た」

 言って足に力をこめて立ち上がる。

「あいに、きた」

 ようやくリュウセイが口を開く。

 どうして、と言いたくもあったがリュウセイ自身も目の前にいる熊に会えたという気持ちがあって言葉が続かなかった。

「リュウセイくん」

 何か変だとアオイが呼びかける。

「初めて本物の勇者様に出会えてビックリしてるかも」

 アオイに見られているのに気づきはにかんだ笑みをリュウセイが作る。

「ヴォルフハウンドとディアザーじゃ違いすぎるのに皆勇者って言ってたんだね」

「この世界で俺とキミだけしかオルグがいないからそう思われているか願われていたんだろう。みんなまだ勇者にいてほしいのかもしれない」

 それだとうれしいのだが、と小さくつぶやく勇者。

「もう少し話し合っていたいが、先にこちらの用事を済ませたい」

 手首にはめられたシルバーのリングを光らせる。

「君に決闘を申し込む」

「決闘って」

 なにと、リュウセイが話しかけようとした時、

「リュウセイ」

 ヴァズロフが声をかけて何かを投げる。

 不意に投げられた照明に反射して輝くそれを驚きながら受け取る。

「え、なに、この…輪っか」

 シルバーに輝く輪が目に写る。

「勇者さんと同じような」

「ヴァズロフ」

 驚くようでもなく喜んだようでもなく勇者の重音な声が響く。

 勇者に目を細めて見たヴァズロフはリュウセイに向く。

「リュウセイ、こいつのしたいことなんだいきなりで理解してないことだとは重々承知だ。でも、付き合ってほしいんだ」

「ヴァズロフ、さん」

 ヴァズロフの顔から輝く指輪へ目を移し、一瞬目を閉じて頷く。

「わかった」

「待って」

 アオイが遮る。

「会っていきなり決闘って、勇者様は体調が心配だしリュウセイくんは理解していないし、この場合ヴァズロフさんが止めないとだめじゃないですか」

 顔に見合わず声を荒げてアオイは叱る。

「アオイさん俺なんとなくだけどわかるんだ」

「なんとなく、って」

「本当はもっと早く勇者さんに会わないといけなかったって」

 変わらないはにかんだ笑みに、何か言いかけた口をアオイは閉じる。

「俺からは頼むしかできないのだが」

 と熊の勇者。

「もう……」

 アオイが肩を落とす。

「やめないのね」

「どうしようもなくなったら僕が仲裁に入るさ」

 熊と狼の勇者の顔を見ながら言った。

「リュウセイ、リングをつけてくれ」

 ヴァズロフの言うことに頷いて手に持ったリングを手首にはめた。

「そうだ」

 リュウセイが言う。

「自己紹介、リュウセイってヴァズロフさんやアオイさんに言われて俺から言うことがないのですが、勇者さんの名前は」

 熊の勇者は首をかしげる。

「勇者だが」

 リュウセイは口を開いたまま目をしばたたかせる。

 アオイとヴァズロフを見る。

 ヴァズロフが苦虫を噛みしめるように顔を崩し、

「通り名だったんだがすっかり勇者で馴染んでしまってな」

 驚きを隠せずに三角の耳を立てる。

「なるほど……いや、なるほどなの」

「困ることなのか」

 熊の勇者が首をかしげる。

「あ、いえいえ困るじゃなくて」

 リュウセイの尻尾が逆立つ。

「勇者さんの名前がどこにも記載されていなかったので、名乗っていなかったのかと思っていたので本名とは思わず」

 びっくりしてと、耳を伏せる。

「そう、か」

 熊の勇者は顎の毛を親指でさする。

「では、キミが俺を名付けてくれ」

 真っ直ぐな視線をリュウセイに送る。

 すっと場が静まり返る。

 閉まりきっていない蛇口の水が滴り落ちた音が鮮明に聞こえるほどに。

「おいおいおいおい」

 ヴァズロフが沈黙を破った。

「どうしたっ」

「勇者ではない名が必要というから」

「うぅん、ぃやぁ、えぇー、名前かぁ」

 そういうつもりで言った訳ではなかったことに困惑するリュウセイ。

 アオイが見上げて口を開く。

「勇者様。名前ってその、うまく伝えきれないですが大事なものなので、リュウセイくんがダメというわけではなくて、リュウセイくんにいきなり名付けてくれというのは難しいかと」

「アオイさんだい、丈夫。何とかなる気がする」

「何とかならない顔してるよ」

 アオイが肩を落として溜息をつく。

「今すぐではないから、気楽に考えてくれ」

 と勇者は笑う。

 ヴァズロフは目を回しながら肩をすくませる。

「はあったく、誰に吹き込まれたのやら。こんな空気だが時間が惜しい始めるぞ」

 サングラスを取り出すと装着する。

「ほら二人ともリングを合わせろ」

 ヴァズロフに言われリュウセイと勇者は腕のリングを合わせる。

 リングから部屋の電気で照らされている光とは違う輝きを一瞬垣間見た。

「リュウセイ迷わず進めよ」

 テンプルを触ったヴァズロフの声が書き消されるように小さくなっていく。

 リュウセイが目を見開いて周りを見渡す。

 三角の耳を傾け今までいた店ではなくなっていた。

 周りや見上げる天井まで吸い込まれるような黒に囲まれるが、光源もなく自分の姿がわかるほど明るく、出口又は入口であろう白い門が構えられていた。

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