毒
「キャロライナ様に恥をかかせる気?」
毎度の様にロキとともにモルガ王国へと呼ばれた際の事。
この日は陛下が直接ロキと話をしたいという事でキャロライナは苛立っていた。その矛先がエフレシアへと向けられてしまった。
丁度その日はキャロライナが開いたパーティを行っていた。他国からの偉人やお嬢様達が集い、お菓子やダンスを楽しむものでエフレシアも招かれはしたが歓迎はされていなかった。
「謝りなさいよ!」
キャロライナを取り巻くお嬢様達が厳しい口調で彼女を咎める。
位の高い人達とキャロライナが話していた時、答えに詰まったキャロライナの代わりに側にいたエフレシアがそれとなく解答してしまった事で怒りの頂点に触れたのだ。
恥をかかされたキャロライナは真っ赤になりながらエフレシアを突き飛ばし、物凄い形相で睨みつける。
「……ごめんなさい……。キャロライナ様に恥をかかせるつもりは無かったのですが……」
「それが謝罪のつもり?礼儀が成ってないんじゃなくて?」
「不相応なドレスなんておブスなだけよ。誠心誠意、綺麗な姿で謝りなさい」
「……どうしたら……」
「裸になって土下座するのよ。キャロライナ様は深く傷付いたのだからそれくらい当然でしょう」
「……それでお許し下さるのですか……?」
「えぇ。このギャラリーの中で貴方が出来ればの話ですが……」
キャロライナが言い終える前にエフレシアは脱ぎ出していた。肌を見せるなんて造作もない。恥も外聞も彼女にとってはどうでもいい事。気に病むものでも無い。
下着同然となった彼女は周りの目など気にもせず地面に膝をつき、徐に頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。二度とでしゃばった真似は致しません」
その光景をロキは王室の窓から眺めていた。それは陛下も目にしている。自分の娘の悪態を冷めた表情で捕らえていた。
「姫様!」
事態に気付いたアマレとルフスが駆け付け、急いで彼女に上着を羽織らせた。
「何をしているのですか?」
殺気立った声色でルフスが周りに問いかける。
「この子がキャロライナ様に恥をかかせたものだから、謝罪させていただけよ」
お嬢様達がクスクス笑いながら説明する。
「私は屈辱を味わいました。けれど、誠心誠意の謝罪をされてしまっては妬む気もありません」
澄ませた顔でキャロライナは言い放つ。
「こんな格好にさせて何とも思わないのかよ……!」
「アマレ!」
怒りを向けようとした彼をルフスが止める。
「失礼致しました、キャロライナ嬢。今後、貴方の手を煩わせる様な事は起こしませんので。今日の所はどうかお許しを」
大人の対応でルフスはキャロライナに跪く。
「良いですよ。ロキ様の妹様ですもの。私もそこまで酷くはしません。それに勉強不足な私もいけなかったのです。今日は運が悪かったと思うことにします」
「……ありがとうございます」
「さぁ。貴方達もパーティに参加なさって下さい。ご馳走なんて普段はお口になされないでしょう?」
「お気遣い、痛み入ります」
キャロライナの機嫌も直り、パーティは再開された。
「最っ低だな、あいつ」
「滅多な事を言うもんじゃないよ、アマレ。キミは短気過ぎる」
「悪かったな。我慢出来なかったもんで」
「姫様の行為が無駄になるとこだったよ」
「……ごめんって。姫様も、ごめんな。余計な事した……」
しゅんとなりながらアマレはエフレシアに謝った。
「悪いのはあたしだから。ありがとう。アマレ、ルフス」
「お怪我はないですか?」
「大丈夫。ドレスは汚れちゃったけど……。ローズに怒られちゃうな……」
「姫様。そろそろ帰りましょう」
「駄目だよ。折角パーティに入れて貰えたんだから。食べ尽くして満腹で帰りたい」
「……流石ですね」
その後、エフレシアはお嬢様達が手を付けない様な食べ物にも手を伸ばし、全て美味しく味わった。その光景をキャロライナ達に笑われていてもなんのその。その堂々たる態度に事態を見ていたロキも安堵した。
「なんなのあれ……。無様ね」
「キャロライナ様。ロキ様とご結婚なされたらあの子とも関わらないとでしょう?邪魔じゃありません?」
「そうですね……。目障りなのは変わりませんけど、此方から関わらなければ良いだけの事です。それに、私がロキ様を独占したらあの子はずっと一人。そう考えたら可笑しくて」
キャロライナは卑しく微笑む。
その視線は次第にエフレシアの護衛にも向けられた。
「姫様、お腹大丈夫ですか?」
「うん。どれも美味しいし。アマレも食べてるよ」
「まぁ……」
「ルフスも食べた?」
「はい」
「……さっきは嫌な思いさせちゃったね……」
「姫様が気に病む事はありません。それよりも、あんな事させられてトラウマになりはしませんか?」
「大丈夫。肌見せなんて大したことない」
「……強いな、あんたは」
気丈なエフレシアにルフスは表情が緩んだ。
パーティは無事に終わり、お嬢様達も上機嫌で帰っていく。
キャロライナは帰りそうだったロキを引き留め、自室に招いていた。
「今日は楽しまれましたか?」
「……キミは随分と楽しそうだったね」
「はい!とても良い事がありましたので」
「それは良かったね。妹が世話になったみたいで」
「とても美味しそうにお料理を食べていらっしゃいましたよ」
「あぁ……此処の食事は美味しいから」
「ありがとうございます」
「……フレアとどんな話をするの?」
今まであまり聞かないことをロキは思い切って聞いてみた。
「そうですね……。どのように普段生活なされているのかとかどんな香水が好きかとか、下らない会話ですけど」
「話してくれるだけ嬉しいよ」
「それはだってロキ様の妹様ですもの。無下には出来ません」
どの口が言うのかとロキは怒りを抑える。彼女は先程の自身の行為をロキに見られていた事など知りはしない。陛下も言わないだろう。
「大事な妹なんだ。ありがとう、良くしてくれて」
「いえ……。ロキ様の妹様ですからお付き合いなさってるだけです。ただの他人ならあんなおブスとは関わりたくないです」
「えっ……」
「あ、ごめんなさい。あの子、姫としては可愛らしくないというか気品が感じられませんでして……。ほら、私は持って生まれた美が加算されておりますし。ね?」
ね?と言われてもロキは頷けない。寧ろ否定したい。
キャロライナは確かに美人で品行方正だ。他国からの求婚も絶えなかったと聞く。それがあったから出来上がった性格。ロキも大目に見ていた。多少の我儘なら我慢出来る。
「……キャロライナ様。今日はこれで失礼するよ」
「あら、もうお帰りになさるのですか?またいらして下さりますか?」
「あぁ。会いに来る。おれを待っているのも楽しいだろう?」
「えぇ……えぇ!それは勿論です!貴方がいらした時の高揚感はとても幸せなものです」
「だからまた来るから。キャロライナ様も今日はゆっくり休んで」
「ありがとうございます、ロキ様」
上機嫌で見送られ、その日は夜遅く帰城した。
「殿下」
エフレシアが寝た頃、ロキの元にローズと数人の騎士達が現れた。
「……どうしたの?フレアに何か……」
とりあえず自室に招き、ロキは皆を見渡した。
「姫様が……大衆の面前で肌を曝け出されたというのは本当でしょうか?」
アマレとルフスからロキも報告は受けていた。聞いた騎士達も信じられないという表情をしている。
「……そうだよ。服を脱がされて謝罪させられていた」
ガンッ
話が真実だったと知り、ローズはロキの襟元を掴みながら後ろの壁に押し付けた。
「何故……止めに入らなかったのですか……?」
「あちらの陛下と話をしてたんだ。抜け出す訳にはいかない」
「……っ、お前……それでもあの子の兄か!どんな事があっても妹を守るんじゃなかったのか……?何があっても妹を助けるって言ってたじゃねーかよ!」
「ローズ!」
爆発したローズをルフスとランが止めに入り、ロキから離れさせた。
「……なぁ……?お前、オレが姫様の世話役になった時に言ったよな………?どんな事があっても守れって。お前もそうするって約束しただろ……?それなのに兄のお前が助けなくて何やってんだよ……。お陰で姫様は大勢の人間に肌を見られた。そんなの……傷つかない筈ない……」
「ローズ……」
泣き崩れる彼をランが支えた。
ローズは金稼ぎの為に盗賊をしていた過去があり、この国の騎士団に討伐された。他の仲間は罪が重かった為に他国へ送られたがまだ人を手に掛けていなかったローズはその腕を買われて騎士団に入った。柔らかな見た目からエフレシアも懐き、それを見た国王が直々にエフレシアの世話役にと任命した。言葉遣いも改めるようになって己の命よりもエフレシアさえ幸せならばと生きてきた。
だから今回みたいなエフレシアが傷付けられたとあらば黙っている訳にはいかない。
「殿下。俺もあれは無いと思った。アマレじゃないけど、あの女が姫じゃなかったらぶん殴ってたよ」
「ルフス……」
「なぁ、殿下。本当にあの人と結婚するの?地獄じゃない?」
アマレは言葉を選ばない。
「あの国とは繋がっておきたい。敵にしたら厄介だ」
「でも……一番辛い思いするのは姫様じゃないの?」
「……最もな意見だな」
「ロキ。姫様の事もだが、お前自身の事も考えろ。後で病んでも誰も助けられねぇからな」
ヴァイラスが助言する。騎士達もキャロライナの事は苦手意識していた。元々ロキ以外の人間とは関わる事すらしない令嬢なので自分達に挨拶もしない様なキャロライナは信用が薄い。
「ありがとう、皆。ごめんね、心配かけて。少し、考えるよ」
「殿下……」
「おれの答え次第じゃ皆に迷惑かけちゃうかも知れないけど……」
「俺らは国の要だ。何があってもお前と姫は守る」
「ヴァイラス……」
「そうですよ、殿下。我らの事など気にせず自身が正しいと思った事をして下さい」
不安になりそうなロキを騎士達は支えた。
「今日はもう遅い。ロキ、お前も休んだ方がいい」
「あぁ……」
「ローズも、姫様を一人にするな」
「……すみません」
落ち着いたローズは支えてくれていたランに大丈夫だと伝え、切り替えながらエフレシアの元へ戻った。明日も訓練があるのでヴァイラス達も早々に自室へと帰って行った。
「姫様」
翌朝、目覚めたエフレシアはローズに跪かれた。
「……え、ローズ……?どうしたの……」
「先日の件、お聞きしました。その……羞恥な事態を……」
「あぁ、謝罪のやつ?大丈夫だよ、気にしてないし」
サラッと呟く彼女にローズの方が戸惑った。
「本当ですか……?」
「うん。それに全裸になった訳ではないし、小娘の下着姿なんてオヤジどもにはお菓子みたいなものでしょ?」
「……少し意味が……」
「キャロライナ様の身体ならオヤジどもも発情すると思うの。だからあたしが脱いだ所で男は魅力を感じない」
「そうですか?」
「えっ」
ローズはゆっくりとエフレシアを押し倒した。彼女は生地の薄いネグリジェを着ている。
「名も知らない様な奴らににこうやって襲われても文句は言えねぇんだよ」
「……無いよ。あたしの身体見てガッカリするだろうし……」
「こんなに上品な身体をなさっているのに?」
「……ローズは胸が無い女性がタイプなの……?」
「いえ。そういう訳では……」
「ならあたしなんて小娘みたいなもん……」
グイッと両手を強く掴まれ、彼女は表情を歪めた。
「随分とご自身の価値を低く見ている様ですね。確かにキャロライナ様と比べたら差は歴然ですが、綺麗ですよ。あわよくばなんて男はいつも狙ってる。例え、胸が小さくともセックス出来れば嬉しいものです」
「っ……」
そっと胸を撫でられ、エフレシアは身体が震えている事に気付いた。
「ローズ……」
「嫌なら殴るなり蹴るなりなさって下さい」
「……出来ないよ……」
「そんなんじゃ喰われるよ。幾らあんただって力の強い男にこうされたら泣き叫んでも誰も助けてくれない。どうすんの?死にたくなるような経験なんてあんたにはして欲しくないんだよ」
「……ごめん」
「女性が……好きでも無い奴の前で肌を見せて平気な訳無いだろ……?小娘であってもそういう趣味の奴には目を付けられる……。オレらの前では気丈ぶらないでよ……」
「……ローズ……」
言えてスッキリしたのか、ローズはエフレシアから離れた。解放された彼女は身体を起こし、ローズを見つめる。
「大変失礼しました」
「いいよ。……本当は強がってた……。あんなの大した事ないって……。でも……あたしを見る目が……獲物を捕らえる野生みたいで……怖かった……」
「姫様……」
「怖かった……」
ローズが抱き寄せると彼女はその胸の中で泣いた。本音を出せて気が緩んだのだろう。
「姫様。今後は私もお供します」
「……うん。ありがとう、ローズ」
全部吐き出した彼女はスッキリした表情だった。
「キャロライナ嬢には気をつけなければなりませんね」
そういう意識も高まりつつあった頃だ。
ロキは答えを出し、そして国は滅びの一途を辿る羽目になる。