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正体③

もうすぐで交代の時間だ。

時計を確認しながらヴィトは接客していた。

思ったよりも人気が出てしまった為、客が途切れず外には行列まで出来ている。アドニスとリーシャも笑みを絶やすこと無く客をもてなしている。

交代したら、エフレシアと一緒に学祭を回るんだ。

その気力だけでその時を待っていたのに。


「団体で来るなんて、本来なら喜ばしい限りなんだけど」


やっと時間だ、と喜んだ瞬間、バタバタと教室に駆け込んできた。

全身、紫色のタキシード姿で。

一目で分かる。

なんかちょっと嫌だ。

カラスの仮面を付けているのが更に鬱陶しい。


「その場から動くな。叫んだら殺す」


ドスの効いた声がクラスメイトと客達を威圧した。


「営業妨害……」

「黙れ!殺すぞ」


彼らは、分厚い書を手に持っていた。


「……それは、殺される覚悟があっての発言だよね?」

「なんだ?その度胸は素晴らしいが、態度は気に入らねぇ」

「そう。別に良いんだけど、折角の学祭を台無しにされたら困っちゃうんだよねぇ」


皆の顔色を窺うと、不安で堪らないとすぐに見て取れた。


「ルフラ様のご意向だ!この学園は我々、ユフィル教が占拠した!」


どうだ!と、言わんばかりの言い方をされ、ヴィトは反応に困った。聞いた事も無い宗教だ。センスも悪いし、礼儀も無い。


「何しにきたの?」

「……いや、占拠しに……」

「だから、何の意図があって?」

「えっ……」


彼らは戸惑いながら、隣の人と小声で話し始めた。


「それで?目的は?首謀者は?何の為に此処にいるの?」

「……う、五月蝿い!」


質問攻めするヴィトに苛立ち、一人が持っていた書から光を放った。素手で受け止めたヴィトは、その瞬間に痺れを覚えた。


「ヴィト……」

「皆は下がってて」


アドニスもリーシャも心配そうに様子を窺っている。


「お前……人間か?我らの攻撃を食らって無傷とは」

「ただの光だと思ったのか?そんな生温いやり方はしない。我々の能力は人間を食らい尽くす」


今度は彼ら全員が書から光を現していた。

先程は痺れだけで外傷は無い。同じ攻撃が二度も来るとは限らないだろう。


「邪魔な奴らは全て排除との命だ!やれ!」


一斉に光がヴィトを包み込んだ。

今度は酷い頭痛に襲われ、身体中が切り裂かれ、血飛沫が上がった。呼吸も苦しい。光の所為で視界も歪んで見える。

生徒達の阿鼻叫喚らしき声が聴こえるが、籠っていてよく分からない。まるで、深水にでも突き落とされた気分だ。


「流石にこれだけ食らえば、もう出張ってこないだろう」


嘲笑だけはハッキリと耳に届いた。

嫌な奴らだ。

ヴィトは全ての感覚を忘れ、一度目を閉じた。

頭痛も切傷も自然と治る。それだけで天使族だとバレてしまうが仕方無い。もう、色々と考えている場合ではない事は確かなんだ。


「死んだか?」


光が消えた瞬間、彼らの書にナイフが突き刺さった。

動揺する彼らの身体にも、数本のナイフが刺さっていた。


「なっ……んだ、これは……」

「仕返しだよ。もう攻撃出来ないでしょ?」


彼らの眼前には、無傷のヴィトの姿があった。

その姿に安堵する生徒や驚きと別の不安を抱く生徒も。


「……お、お前……その……治癒能力……」

「まさか……」

「……こんな所にも逃げ隠れていたのか……」

「……天使族め……」


ざわっと生徒達の視線が変わったのが分かった。

天使族がどんな末路を辿ったのかは大体誰でも知っている。


「出来れば、普通の人間として、皆と一緒に過ごしたかったよ」


哀しげに微笑みながら、ヴィトは呟いた。


「ボクに攻撃されたら、もう出血は止まらない。何れ意識を失って気持ちよく死ねるよ」

「……我らを殺った所で事態は変わらない……。ルフラ様は、あの子を許さない……」

「あの子……?」

「お前達も……《祝祭》に巻き込まれて終わりだ」


そう叫んだ瞬間、彼らはドロっと黒く溶け、生温い風が吹き去った。気配も無くなり、幻影だったのかと思う位、跡形も無くなった。


「ヴィト……」


不安気な生徒達にヴィトは、いつもの笑みを向ける。


「皆も、避難しておいた方が良いかも」

「ヴィトは……?」

「エフレシアが心配だから体育館に行ってみるよ。皆、ボクと仲良くしてくれてありがとう」


そう言って、リーシャ達の呼び止めも聞かず、ヴィトは教室から出ていった。




「とんだ災難ね」


売店が立ち並ぶ校舎前の中庭でも紫色のタキシード達が占拠していた。丁度、校舎内に入ろうとしていたフィンも巻き込まれ、溜息をつく。売店で当番をしていた生徒達の何人かがタキシード達を捕らえようと試行錯誤したが失敗に終わり、その場に伸びていた。相当、自身の能力に自信があったのだろう。あの光る書に抵抗出来る術など無く、静観していた他の生徒達はただ怯え、困惑していた。


「無駄な抵抗はしないで頂きたい」


仮面越しからの声だと音がこもっていて聞き取りずらい。


「折角の学園祭なのに、邪魔しないで欲しいわ」

「大人しくしていれば危害は与えん」

「そう……。でも、生徒達に手を上げた事は見逃せない。貴方達の方こそ退散しなさい」

「黙れ。殺されたいか」

「……いいわよ。出来るものなら」


彼らは容赦なくフィンに向け、光を放った。

痛みを覚悟していたフィンだったが、感じたのは痺れと嘔気おうきと激しい目眩。立っているのもしんどい程の倦怠感にまで苛まれ、なんかもうどうでもいいかなという思いに支配される。

身体を動かそうとしても誰かに押さえつけられているみたいに重く、一瞬でも目を瞑ろうものならそのまま洗脳されてしまうと直感も湧いた。立たなければならない。思い通りにされては腹が立つ。

折角の学園祭を、あの子が楽しみにしていたものをぶち壊そうなんてイカれた度胸だ。


「無理に動くと身体から血が噴き出るぞ」


……あぁ、それなら慣れている。

そうか、人間の姿だからこんなにも反応してしまうんだ。

周りの生徒達にはバレてしまうが致し方ない。


「えっ……」

「あれって……」


ざわつく声が耳に障る。

天使族はそういう存在。素のままでいれば欲に塗れた悪党どもに金でやり取りされる。最高峰の価値を付けられ、意志を奪われ名を剥がされ、残った美しさに腹を満たされる憐れな生き物。


「憐れ、か。あんまり好きな言葉じゃないわね」


フィンを包み込んでいた光は瞬時に蒼い焔と化し、彼らの一人が犠牲になった。

天使族としての姿をあらわにしたフィンに人々は釘付けだ。


「……てっ……天使族が人を殺してもいいのか!」

「あら?貴方達、人間ヒトなの?」

「ひ、ヒトだろう。どう見ても」

「それにしては、跡形も無く燃え尽きたわね」


タキシードも仮面も全て焔に焼かれ、存在すら無かった事になっている。


「まぁ、人間だったとしても私の場合は例外。元々、この能力を認知された上で私は生まれてきた。だから、他の天使族とは違って幾らでも人を殺せるのよ」

「なっ……!」

「はい、さようなら」


一斉に蒼い焔に包まれた彼らは悲鳴すら上げる間もなく消え去った。呆気なさにフィンは小さな溜息を吐く。


「伸びてる子達は警邏に任せて、貴方達は避難しておいた方が良いかもね」


それだけ言ってエフレシアのクラスへと向かった。

だが、教室には誰の姿も無く、遠くから聴こえた喚声に足を走らせた。





その場にいた誰もが、ルフラの姿に目を囚われていた。

その姿は、人間には目に毒だ。

「美しい」の一言で表される様な美ではない。

艶やかな雰囲気に、息をするのも忘れる程、吸い込まれる。

魔術によるものかもしれないが、人目を惹きつけるのが上手い。


「……エフレシア。動ける?」

「えっ……あぁ、大丈夫」


ルヴェルに声を掛けられ、エフレシア(本物)はルフラに見惚れているのに気付いた。


「なんだ、あれ……。魔族より質悪い?」

「悪いね、相当。普通の人間なら洗脳されかねない」

「危なかった……。有難う、ルヴェル」

「いや……」

「クロエは大丈夫かな……」


視線を向けるとクロエは平然としていた。

後ろの部員達はルフラの姿に当てられ、言葉を失っている。


「エフレシアに姿を変えていたのは何故だ?」


沈黙を破り、剣を突き付けながら団長が厳しい口調で聞いた。


「その方が動きやすかったからだよ。あんただって気付かなかっただろう」

「大した変身だ」

「オレより強い魔術師はいないからね」

「目的は?」

「《ラスティマーレの祝祭》。その能力を持つ者を排除してやろうと思って」

「何故?」

「復讐だよ」


低い声。

その目には殺意が宿っている。


「復讐?」

「あの《災い》で、オレの大事な人が死んだ。その復讐」

「……ありふれた理由だ」

「《アレ》は人間が所持してちゃ駄目な能力なんだよ。キミだって、大切な人が明日死んだら復讐心を抱くだろう?」

「どうかな。想像だけでは何とも……。けれど、キミ一人の復讐だけに大勢の人間を巻き込むのはやめて頂きたい」

「イヤだね。誰も守れなかった無力さを味わって貰わないと」

「なら、排除されるのはキミじゃないのか?」

「出来るかな?あんたに。エフレシアの事は心配じゃないの?」

「あぁ。彼女は一人でも強い」

「そう。大した信頼だ。でも、残念だね……。彼女はオレが殺しちゃった」


空気がざわつく。

クロエも一瞬、息をし忘れた。

他の人達も、あまりにもほがらかな笑顔でルフラが言うものだから理解するのに遅れが生じた。


「そうか」


瞬間、ルフラの首が消滅した。

団長は剣を抜いていない。それどころか、ルフラに触れてさえいない。幾ら動体視力に優れている者でさえ、その技を見切る事は不可能。


「魔術師とあれど、心臓を突かれれば死ぬだろう?」


団長がルフラの心臓に視線を向けると、そこから腕が伸びてきた。その手は団長の首を掴み、軽々と持ち上げた。

グロテスクな光景に辺りは阿鼻叫喚だ。殆どの生徒達が逃げようとバタバタしている。けれど、音もなく現れたタキシード達に阻まれ、更に恐怖が増幅していた。

団長の首を掴み上げているその腕から光に包まれながら形成されていくはルフラの姿。先程と同様、美しい容姿が出来上がった。

それはまるで脱皮の様だ、とエフレシアは思った。


「あんなんで死んだとか思われたらオレが激弱みたいじゃん。首をねた位じゃ、オレは死なない。心臓を一突きしても死なない。じゃあ、どうしたら死ぬんだって思った?そうだな……オレは死なないよ」

「…ぐっ……」


あとほんの少し力を込めたら折れてしまうんじゃないかと思う程にルフラの握力は桁外れだ。団長は何の抵抗も出来ず、藻掻き苦しんでいる。


「団長!」


見兼ねたクロエが助けに入ろうとルフラに攻撃を仕掛ける仕草をした。だが、複数の黒い羽根が物凄いスピードでクロエを後ろの壁に叩きつけた。両の掌と両の太腿に黒い羽根がぶっ刺さって身動きすら取れない格好にされてしまった。


「クロエ……!」


カタリナが泣きそうになりながら羽根を抜こうとした。

ただの人間には触れる事すら出来ず、バチィと静電気の様に弾かれた。


「カタリナ……」

「……大丈夫です……」

「抜かなくていい。それより、団長を助けないと……」


その場にいる者達がまた、ルフラに注視する。

漆黒の大羽根が異形さを醸し出していた。


「最早、悪魔の方が似合ってるな」


呆れた様子でエフレシアは呟く。

団長を助けに行った方が良いって事は頭では解っている。

けれど、今は団長が知っているエフレシアの姿ではない。

初見の少女がパッと出ていった所でまた注目の的だ。

それに、そろそろクロエも限界だろう。


「誰も助けないの?団長さん、死んじゃうよ」


ルフラは挑発っぽく周りに言い放つ。

動こうとする者は見当たらない。

クロエは力を込めてそのまま動こうとした。

虚しく終わる抵抗。やはり人間の姿では脆く弱い。

まぁ、ルフラだって正体をバラしている訳だし、今更天使族と知られた所で大した変化は無いだろう。


「つまんないなぁ。一方的に殺しても味気無いんだよねぇ」


クロエと目が合ったルフラはニヤッと口元に笑みを含み、何の躊躇いも無く団長をクロエの方に投げ飛ばした。

その衝撃で舞台の一部が崩壊。舞った埃の所為で辺りが包まれた。

それは好機。衝動を与えられた事でクロエを捕らえていた羽根は床に散らばった。


「さて。そろそろ、登場してきたら?」


その声はエフレシアに向けられていた。

周りの生徒達は未だ恐怖に支配され、身体が硬直している。


「エフレシア……」


ルヴェルが彼女の様子を窺う。

まだ、出ていくべきではない。エフレシアは黙りを決め込む。


「……なんだ。やる気無しか」


呟いた矢先、舞う埃の中から光るものが見え、それはルフラの腹部に突き刺さった。


「……あらら」


差してダメージの無いルフラに今度は人影の様なものが現れ、それが手だと気付いた時には顔を掴まれていた。


「跡形もなく、溶かしてやるよ」


熱だった。

顔全体が熱に包まれていく。

熱い……痛い……息が出来ない……。

シューっと嫌な音をさせながら、またルフラの首が消えた。

それと同時に埃の中から出てきた団長が平然とした足取りでルフラの腹に刺さっている剣を抜いた。


「助かったぜ、団長」

「それは此方も同じだ、クロエ」


天使族の姿を顕にしたクロエに、カタリナを含め生徒達はその綺麗な容姿に見惚れていた。


「戻ったか。その方が賢明だな」

「こっちの方が動きやすい」

「……く、クロエ……」


少し震えた声でカタリナに呼ばれ、クロエは生徒達に視線を向けた。


「カタリナ」

「……クロエ……天使族、だったのですか……?」

「あぁ、隠してて悪かったな」

「……いえ……」


戸惑いを隠せないカタリナにクロエは静かに歩み寄った。


「人間の姿の方が良かったか?」

「……どちらも、素敵です……。すみません、天使族だとは気付かずに接してしまって……」

「謝ることじゃないだろ」

「……ですが……」

「カタリナが気に病む事なんて何一つ無い。寧ろ、おれと一緒にいてくれて感謝してる。だから、傷付けたくない」


下がってて、と他の生徒達と一緒にカタリナを舞台から下ろし、団長の元へ戻った。


「これ、死んでんの?」

「また何処から手が飛び出てくるか分からない。離れていよう」


首は消滅したままで、腹からは大量の血が流れ出ている。

けれど、ルフラの気配が消えていない。手応えは確かにあった筈なのに、見えない恐怖心に囚われそうだ。


「良かったね、団長生きてて」


ルヴェルがそう言うとエフレシアはまだ不安そうな表情を浮かべていた。


「どうした?」

「……嫌な感じがする」

「それはだって、キミの後ろに居るからね」


耳元で囁かれた声に悪寒が走った。

振り返りたくない。でも、確かめずにはいられない。

エフレシアの後ろの席で寛いでいるのは紛れもないルフラだった。

その姿は変わることなく美しい。黒い大羽根はしまっているのか。


「どうして……」

「あの二人じゃ相手にならないよ。キミがオレを殺してみる?」


とても優しい笑みで促され、その目からは逸らせられない。


「団長、あそこ」


ルフラに気付いたクロエが指差しながら言った。


「生徒達には手を出さないで頂きたい」

「……えー?此処シトラス学園じゃん。高い能力持ってる子達いっぱいいるじゃん。絡んでも良くない?」

「良くない」

「……そうなんだ。じゃあ……」


今まで確かに眼中に捕らえていたルフラをエフレシアは見逃してしまった。瞬きなんてしていない。一瞬で団長の所まで移動したんだ。魔術師なのだから出来て当然、とでも言わんばかりに。


「あの子を渡して貰えば此処から去る」

「それは出来ない。生徒には関わらないで欲しい」

「あの子は此処の生徒じゃないでしょ?」


エフレシアは団長と目が合ってしまった。

「お前は誰だ?」と不思議そうな目をしている。

クロエも気付いていない。周りの生徒達だって、珍しいものを見るかの様な視線を向けてくる。


「誰にも気付かれないなんて、哀れだねぇ」


早く正体をバラしてしまえ、と言われているみたいだった。

明かした所で信じてくれるんだろうか。


「《ラスティマーレの祝祭》。その能力の持ち主なんだよ、彼女は。と言っても、あの《災い》を知ってる者なんてこの時代にはいないのかな」


このままでは全て暴かれてしまう。

何か答えなければいけない。でも、何も言い返す言葉が見つからない。


「さぁ!キミの正体を皆に知らしめてあげよう!亡国の姫君………いや、《エフレシア》と呼んだ方が正しいのかな?」


嫌な微笑だな、とエフレシアは溜息をついた。

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