天使狩りの続き
バキッ───
骨が砕けるような痛々しい音が響き、それと同時に仲間の悲鳴が耳を劈く。
眼前で片翼をもぎ取られたのは、それまで一緒に旅をしてきた同じ天使族の子。囚われの身であるレスティは為す術もなく、ただ傷付く仲間をその目に焼き付けていた。
「メル……!」
「お前の決断が遅いから犠牲者が出た。天使の片翼なら高く売れる」
天使にとって翼は殆ど飾りに過ぎない。羽根を持たなくとも空は飛べるし、飛翔能力に違いは無い。けれど、身体の一部である以上、無理矢理剥がされるというのは神経を切られるのと同じ。想像も出来ない痛みが襲い、思考が止まる。
「天使族の長。仲間を見殺しにするか、己が献上されるか、選べ」
レスティを捕らえたのはこの国随一の富豪の男で、世界で貴重とされる物は全て自分が所持したいと言う傲慢さを兼ね備えていた。
能力制御装置の首輪をされているレスティは抵抗も出来ない。
唯一、頼みの綱であった勇者は満身創痍でとても立てそうな状態ではない。男の所有物になったら、もう二度と外には出られず、見世物として檻に容れられてしまう。
「……分かった。あんたのモノになるよ」
「レスティ……!そんな事したら……」
「これ以上、仲間を傷付けたくない。メルヴィア、勇者を頼むね」
まるで最期の別れみたいな言葉を向けられ、片翼を奪われたメルヴィアは泣きながら首を横に振った。
「嫌だ……!レスティ……!」
激痛を堪えながらメルヴィアは手を伸ばす。
このまま連れて行かれたらもう二度と会えないような気がした。
「傷物の天使は目に毒だ。生かしていても幸せにはなれん」
富豪の男が卑しげな笑みでメルヴィアを見た。
「殺せ。虫の息だろうが勇者も必要無い。残骸は海にでも打ち捨てておけ」
「レスティ……!」
城の中へと連れられていくたった一人の仲間を、メルヴィアは見送る事しか出来なかった。
「なぁ、まだ売れる価値あるんじゃねぇの?」
メルヴィアの片翼をもぎ取った兵士達が値踏みをするような視線を向ける。
「天使って貴重なんだろ?幾らか金になりゃ儲けもんだ」
「そうだな。幸い、顔に傷は無い」
「こっちの勇者はどうする?奴隷市場にでも持ってくか?」
「あぁ。海を汚しちゃ悪いしな」
兵士達の手がメルヴィアに伸び、目の前が暗転した。
市場の闇商人に売られるまでに時間は掛からず、それなりの金額で取引された。
メルヴィアはある国の王だと名乗る男に売られ、勇者は奴隷市場の商人へと渡された。
楽しかった旅の終着点がこんなにも呆気なく、バラバラになってしまうなんてあの時は思いもしなかった───。
そして今、メルヴィアの前に居るのは亡国から逃れてきたかつてのお姫様。この国、シュヴァルツ王国の当主に囚われたメルヴィアの世話役になったらしい。
「エフレシアと言います。よろしくお願いします」
第一印象はふわふわした女の子だった。まさに、「お姫様」という役名がピッタリ当てはまる。愛嬌はあるが、それ以外はまだ子どもだ。
「あんたも大変だね。こんな厄介な役目を負わされて」
「あ、いえ……。自分から申し出た事ですので」
「……なに?私頑張りますスタイルなの?」
「助けて頂いた御恩に報いる為です」
「健気だねぇ。今までの世話役は皆自分から辞めていった。お前はそうならない確証があるの?」
「ありますよ!だって、こんな大層な役目を頂いたんですから。貴方に何を言われようが何をされようが、放棄する心算はありません」
纏う雰囲気とは裏腹に、芯の強さが垣間見れた。この手のタイプは結構図太い。恐らくメルヴィアが意地悪した所でめげたりしないだろう。そんな下らない事はやらないけども。
「これからよろしくお願いします」
彼女は満面の笑みで挨拶を交わした。