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心マウント

作者: 村崎羯諦

「あーあ、これだから機械はダメなんだよ。やっぱり心がないからさ、そういう所がホント使えねーよな」


 サラリーマンの言葉に、周りにいた他の人間たちが彼に同調するような笑い声をあげる。『心がない給仕型アンドロイド』である私は「申し訳ありません」とマニュアル通りの謝罪を口にし、テーブルまで持ってきた料理を取り下げた。罪悪感を覚えながら、出来立ての料理をゴミ箱に捨て、私はキッチン横のパネルを操作して、自動調理システムに再入力を行う。厨房から聞こえてくる機械音に混じって、ホールからは人間たちの下品な騒ぎ声が聞こえてきた。



*****



 AIによる自動化技術や私のようなアンドロイドの登場により、元々人間がやっていた仕事は機械によって代替されるようになった。かつては人間にしかできないと言われていた、高度なコミュケーションが求められる仕事であったり、クリエイティブと言われていた仕事も例外ではない。ありとあらゆる仕事を私たち機械は柔軟に対応することができる。


 与えられたマニュアル通りにしか機械は動けないと言われていた時代もあったそうだが、私たち機械は人間よりもずっと気が効くし、丁寧に仕事を進めることができる。運動能力だって、型にはよるけど、基本的にはアンドロイドの方が上。正当防衛以外で人間を傷つけることは禁じられているけれど、もし一対一で喧嘩をしたら、人間は絶対にアンドロイドには勝てないと言われている。


「確かに、仕事の正確さやクリエイティビティ、柔軟性という点では、私たち人間よりも機械の方が一枚上手でしょう。ですが、それは結局機械の仕事であって、そこには心というものがありません。ちょっと間違っていたり、融通が効かなかったりする方が、よっぽど暖かみがあり、素晴らしいものだと思いますけどね」


 お店のピークが過ぎ、休憩に入った私は控え室でテレビを眺めていた。ワイドショーでは人間のコメンテータがアンドロイドの誤操作による過失傷害事件について意見を求められ、いつもと同じような持論を展開していた。この時間帯は、機械に仕事を奪われた人たちがメインの視聴者だから、こういった番組の方が視聴率があがるらしい。テレビ局に勤めている知り合いのアンドロイドから聞いた、そんな裏事情を思い出す。


 そこに同じくこのお店で働いている同じ給仕型アンドロイドのミハルが入ってくる。ミハルはテレビに映っているコメンテーターを一目見て、顔をしかめた。首から取り出した給電ケーブルをコンセントに差し込みながら、ミハルがうんざりした口調で話しかけてくる。


「別に私たちが人間を相手に危害を加えているわけではないし、仕事をなくした人たちにとっての一番の敵は同じ人間である経営者でしょ? なんでこうも、私たちを目の敵にするのかね?」

「さあ、私にはわからないわ。だって、人間みたいに心があるわけじゃないから」


 私の返事にミハルがため息をつく。それからテレビのリモコンを手に取り、チャンネルを公共放送の国際ニュース番組へと切り替えるのだった。


 その日の仕事を終え、私は帰り道に書店へ立ち寄った。インターネットに接続していつでも自由に最新の知識にアクセスできるけれど、本を読むことは個人的に好きだった。店内に入ると、入り口の正面には特設ブースが設置されていて、そこには目立つポップで『心特集』という言葉が掲げられていた。


 ミハルとの会話を思い出した私は、特設ブースの前で立ち止まり、並べてあった本を一冊手に取ってみる。すると、隣に立っていた品のいい老婦人がにこやかな笑顔を浮かべて話しかけてきた。


「あら、お勉強かしら。アンドロイドなのに、偉いわね〜?」


 私ははあ、と相槌を打つ。


「やっぱり、アンドロイドは心がないから、こういう本で勉強しないと駄目よね。嬉しいとか、悲しいとかって感情なんか難しいかもしれないけど、頑張ってね」


 人間社会に自然に溶け込めるようにするため、喜怒哀楽を含む感情反応については、十年前からアンドロイドに実装されており、その反応の精度は人間とあまり遜色のないレベルに至っている。彼女が言っていることは正確には間違っているけれど、ここで変に訂正するのも失礼だと思い、私は愛想笑いを浮かべながらそうですねと流すことにした。


 老婦人が満足そうな表情を浮かべて立ち去っていく。私は手に取った本をパラパラとめくってみたが、それが最新のアンドロイド工学を無視した間違いだらけの本だということがわかったので、私はそっと元の場所に戻した。


 仕事を奪われ、知性も運動能力も機械に劣っている人間たちは、自分達には心があると言い聞かせることで何とか尊厳を保とうとしている。なぜなら、人間は尊厳がなくては生きていけないから。


 この前読んだドイツの社会学者の本に、そんな言葉が書かれていた。最近はAIが人間の手を借りずに自律的に進化してはいるものの、一番最初のAIや機械は人間が作ったという事実は変わらない。だから、人間たちへの尊敬というか、感謝の気持ちはもちろんある。だけどその一方で、心という定義が曖昧で、目に見えないものにしがみつき、必死に私たちにマウントを取ろうとしてくるその姿を見て、何とも言えない気持ちになることもある。


 そんな考え事をしながら高架下を歩いていた時、突然低いうめき声が聞こえてきて、私はビクッと身体を震わせた。声のする方へ目を向けると、高架下の壁際には何重にも敷かれた段ボールの上で、ホームレスの高齢男性が涙目になりながら乾いた咳をしているのが見えた。


 周りの人間たちはそんな彼の姿などまるで見えてないみたいに通り過ぎていくだけ。私は少しだけ迷った後、近くの自動販売機で飲み物を買ってきて、「大丈夫ですか?」を声をかけながら、それを彼に手渡した。彼は私から飲み物をありがたそうに受け取った後、私がアンドロイドであることに気がつくと、複雑そうな表情をしながら悪態をついた。


「機械が人間の真似事をしてんじゃねえよ。俺から仕事を奪った後は、俺たち人間らしさも奪おうってか」

「別に人間の真似事をしているわけではありません。ただ、あなたが心配だから声をかけただけです」


 私は少しだけムッとしながら反論する。


「人間みたいな心を持ってないってあなた方はおっしゃいますけど、なんでそんなよくわからないものにこだわったりするんですか?」

「おめえらみたいな、機械にはわかるもんか」

「アンドロイドにだって感情はあるんですよ」

「ちげぇよ」


 それからホームレスの男性は、まるで年老いた家の番犬のようなぎらついた目で私を睨みつける。


「嘘でもなんでもいいから自分はすごい存在なんだって思えるものがないとやってらんない。お前ら機械に、そんな俺たちの気持ちなんてわかるもんかよ!」


 結局彼は私の飲み物を受け取ることなく、そのまま不貞腐れたように段ボールの上で横になる。飲み物を受け取ったところで、彼に何か不利益があるわけではないし、見返りに何かを要求しているわけではない。非合理的で筋の通らない彼の行動に困惑しながら、これもそれも心というもののせいだと自分に言い聞かせ、彼に背を向けた。


 それでも、高架下を抜けるタイミングで私はもう一度だけ彼の方へと振り返る。咳を堪えるように縮こまる彼の姿は、彼が言っていたすごい存在とは程遠い存在のように思えた。


 別に相手の上に立たなければ死んでしまうというわけでもないし、尊厳とやらでお腹が膨れるわけではない。アンドロイドが人間の仕事を奪ったことは事実かもしれないが、アンドロイドが稼いだお金は税金として納められ、失業保険や生活保護の財源として使われている。感謝されこそすれ、どうしでここまで目の敵にされるのか、私にはどうしてもその理由がわからなかった。


 問いはぐるぐると回り続け、私の頭を悩ませる。色んな本を読んで勉強したりしたけど、どの説明もしっくりくることはなかった。日々の忙しさに気を取られ、その疑問は少しづつ小さくなっていったけれど、時折、高架下で会ったあの人のことをふと思い出してしまう。


 それから月日が経ち、秋空が綺麗な青に色づく頃。私は久しぶりに本屋に立ち寄り、その帰り道、あの日と同じように高架下の道を通った。


 そのタイミングで私は彼のことを思い出し、前に彼を見かけた場所を探した。しかし、そこに彼の姿はなく、代わりにあったのは、妙に黒く焦げた跡だけだった。何かが激しく燃えた痕跡に、私の胸がざわつく。


 意識をインターネットに繋げ、ここの位置情報が紐づけられたニュース記事を探す。すると、ちょうど一ヶ月前、ちょうどこの場所で焼身自殺があったという記事を見つけた。記事の内容を確認し、日時を頼りにインターネットの海に潜っていくと、焼身自殺の光景を撮影した動画が海外サイトにアップロードされていることを見つける。


 画像解析を行い、その動画に映っている火だるまの人間が、以前私が出会った彼だということを知る。そして、燃え盛る炎の音と、周りを取り囲む人々の悲鳴に混じって、彼自身が発しているわずかな音声を、私は聞き逃さなかった。


 ちくしょう。


 炎に包まれながら、彼は繰り返し繰り返しその短い単語を叫んでいた。私はそれからいくつか関連したSNSの投稿を確認し、迷惑だとか、頭がおかしいだとか非難めいた意見が大多数であることに目眩を覚え、そこでようやく意識をインターネットから切り離した。私は深くため息をつきながら、胸の前で小さく手を握る。


 彼がどういう理由でそんな行動を取ったのか、私には理解できない。彼が言っていたすごい存在じゃなくなっても、別に生きていくことはできるはずだった。彼が死という道を選んだのは、私たち機械や他の人間たちにマウントを取ることすらできなくなったからなのかもしれない。そんな可能性を空想することはできるけれど、やっぱり真実はわからない。それにそれが事実だったとしても、私にはやっぱりその理屈がわからなかった。


 私は近くの花屋で花を買ってきて、それを黒焦げた高架下の壁にそっと置いた。人間の真似事とまた言われるかもしれないけど、私は手を合わせ、彼の冥福を祈る。


 もう一度目を開けた時、なぜか、いつも私たち機械に心でマウントを取ってくるいろんな人たちの顔が思い浮かんだ。


 だけど、彼らの顔が思い浮かんだ時、いつも感じているような鬱陶しさとか苛立ちは感じなかった。


 代わりに私が感じたのは、尊厳がないと生きていけない人間たちへの哀れみと、それでもやっぱり心がない私には未来永劫彼らを理解できる日はこないだろうという諦めにも似た気持ちだった。

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