取り残された観客席
初投稿です。短編でサクッと読めます。眠れない夜のお供にどうぞ。
「俺はほら、ガテン系じゃないからさ」
次の言葉が、出なかった。
風が流れる、心地よい5月の夜更けに、息が詰まる沈黙が流れた。
***
私とあなたは、名前がつけられる関係ではない。
友達でも、恋人でも、遊び相手でも、不倫でも、家族でもない。
強いて言えば同僚だけど、同僚というだけでもない。
私もあなたも、お互いに好きだと言葉を交わしている。それだけのこと。
身勝手と誠実を行ったり来たりする、都合の良い、名前をつけられない関係。
感性が合うわけではない。話も弾まない。
私はとても口下手だから、自分から話題を切り出すことなんてとてもできない。
いつも聞き役で、だからあなたが喋らないと、会話さえも上手く流れなかった。
それでも、今日は珍しく会話が弾んで、私からあなたに色んな話をした。
前勤めていた会社のお話。共通の知人のお話。あなたの好きなもの。夜のドライブって楽しいね、なんてこと。
交通量が少ない平日夜の高速道路で、穏やかな音楽をスピーカーでかけながら、あなたと私の時間を楽しんでいた。
そろそろ家に着こうという頃。もう一つ、あなたが好きそうなお話を思い出した。
きっとあなたも興味を持てる。もっと一緒に笑える。
そう思って切り出した。
一つ前の部署の、同僚のお話。
あのね。前の部署のデザイナーの〇〇さんがね、すごくスタイルが良いの。いつもロングワンピースを着てる、素敵なお姉さんなの。
自衛隊の旦那さんがいるんだけど、いつも単身赴任で長期出張中なんだって。
そういう感じの、遊んでるお姉さんなの。綺麗なの。
あなたが好きなお話だと思った。
そういう話。噂話。男女関係のあれこれ。きっと好き、私も好き。
偏見なんかない。どういう形であれ、自分の意思で人生を豊かにしている人のことが、純粋に好きだった。
一緒に飲もうよ、良いおつまみを出すね。そのくらいの気持ちだった。
「へえ、いいね。でも自衛隊ってことは違うか〜」
思考の空白。
何が言いたいのか、わからなかった。
私の戸惑いが伝わったのか、すぐに、
「ほら、自衛隊好きってことはガテン系が好みってことかなって」
「俺はほら、ガテン系じゃないからさ」
するりと出てきた感想に、続ける言葉が出なかった。
どうして、その感想を出せるの?
私とあなたは、手を繋いで。一緒に同じ景色を見ていると思ってた。
一緒に野次馬しようと思ったの。
なのにあなたは、何を考えた?
その人の好みに自分が当てはまるかどうか。そういう想像をしたの?
あなたは、私が繋ごうとした手に気付きもせず、するりとすり抜けて、あまつさえ、他の女の人生に登場しようと。そういう想像をしたの?
私は、面白い劇場があるから、一緒に見ようと思ったの。
どうしてあなたは、舞台に上がって、他の女の物語に出演することを思い描いたの?
どうして。そんな簡単に隣からいなくなれる存在なの?
そんな簡単に、離せる手なの?
そんな簡単に、好きと言ったの?
そんな簡単な、関係だったの?
彼への問いは尽きないけれど、何から言えばいいのか、何を言いたいのか、言葉が綺麗にまとまらなかった。
『同じ星空見上げながら、違う夢見てたのね』
あ、大好きな歌の歌い出しと同じシチュエーションかも。
そうやって1人で笑うことでしか、心を温める術がない。
大して温まりもしない。
ああ神様。
いっそもう、この冷めた心をそのまま底まで冷やしてください。
灯す価値のない炎でした。
二度と、間違って温まらないよう。
この人と二度と手なんか繋がないよう。
どうか、厳しく目を光らせていてください。
あなたのことを好きだと思った。
やっと好きになれたと思った。
やっと、私に向き合ってくれる人と出会えたと思った。
関係に名前なんかつかなくていい、それでもずっと一緒にいればいい。
そう思ってた。馬鹿だった。
気づけばまた、私だけ重い。
私のこと、好きになってくれたと思ってたのに。
全然。軽すぎて馬鹿みたい。
もう、付き合ってられない。
ばーか。しね。
開いた手を、握りしめて。
隣に誰もいない座席から、腰を上げた。




